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ダイバージェンス・フィーネ  作者: 黒陽 光
Chapter-04『正義に燃えよ烈火の拳』
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第三章:ふたつの想い

 第三章:ふたつの想い



 そして、次の日のこと。

「――――で、どう思うよ旦那は?」

 昼休みの学食棟で、ミシェルと顔を突き合わせながら食事をしていたウェインはそう、対面に座る彼に向かって問いかけていた。

 ちなみに今日も今日とてフィーネは別件任務で休んでいるから、ここには居ない。少し離れた席では、例によってフレイアが膝の上に風牙を乗せてイチャついているが……今日は話の内容が内容だけに、ウェインはミシェルと二人で離れた席に座っていた。

「どうって、おいらに訊かれてもねェ」

 そんな彼の質問に、カツ丼を食べながらミシェルは何とも適当な返事をする。

「涼音のことに関しちゃ、おいらも詳しいこたぁ知らねえんだ。なにせ教室に顔を出すのなんざ稀なことだからな」

「ま、そうだよな……」

 続くミシェルの答えに、ウェインはがっくりと肩を落とす。

 今日の話題は、無論あの羽衣涼音についてだ。

 少なくともウェインよりは涼音との付き合いも長いだろうし、ましてミシェルも同じスレイプニールのエージェントだ。その見地からの助言を貰おうと、こうして昼休みに相談してみたのだが……結果はまあ、ある意味で分かり切っていたものだった。

「ただおめえさんの言う通り、アイツぁ悪党って感じはしねえわな」

 カツ丼を食べながら、ミシェルは答える。

 箸を動かし掻き込んで、湯呑みのお茶で一息ついた後。カチャンと箸を置けば、続けてミシェルは一言。

「ただし、油断は禁物だぜ。先入観に足を掬われねえようにな」

 と、ウェインに警告じみたことを言った。

 それにウェインが「分かってらあ」と肩を揺らして返せば、ミシェルはズズッとまた湯呑みのお茶を啜る。

「……ま、アイツにお熱になるのもいいがね、肝心のフィーネのこともちゃあんと気にしてやんなよ」

 とすれば、どうしてだかミシェルはフィーネの名前を口にした。

 なんでまた、このタイミングで彼女の名前が飛び出してくるのか。

 急なことにウェインが何のこっちゃ、と首を傾げていれば、その仕草を見たミシェルはやれやれ……と呆れ返った様子で肩を竦める。

「おいおい、分かんねえのかい?」

「分かんねえよ、なんで急にここでフィーネが出てくんだよ?」

 本当に、どうしてミシェルが突然言い出したのか分からない。

 そんな率直な疑問をぶつけてみれば、ミシェルは「ったく……おめえさんって奴は」と呆れた顔で溜息をつく。

「おめえにとっちゃ、アイツは一番の相棒だろうがよ。涼音のケツを追っかけんのもいいがね、ちゃあんとフィーネのことも気にしてやんなってことをな、おいらは言いたかったんだよ」

「へいへい……そういうことかよ」

 言われて、やっと意図は汲み取れた。

 が、それはそれ、これはこれだ。少なくとも今この場にフィーネが居ない以上、とりあえずは目の前の涼音を注視するべきだろう。

 そう思ったウェインは、ちょうど食べ終わったタイミングということもあり席を立つ。

「なんでぃ、もう行っちまうのかい?」

 そんな彼を見上げてミシェルが言えば、ウェインは「ちょっとな」と言って、スタスタと足早に学食棟を立ち去っていった。

 空の食器が載ったトレイを返却口に返した後、学食棟を出ていくウェイン。

「なあ相棒、おめえはどう思うよ」

 そんな去り際の彼の背中を見送りながら、ミシェルはふと懐から取り出した十手に――自身のナイトメイル『ソードブレイカー』に問いかけてみる。

〈難しい話ではあるな。こればかりは本人の問題でしかない、貴様も分かっているのだろう?〉

 とすれば、相棒から返ってくるのはそんな言葉で。

 そうすればミシェルは湯呑みを片手にズズッとお茶を啜りながら、ただ一言。

「いやはや、難儀なもんだねえ……」

 と、誰に向けるでもない言葉を、虚空に向かって独り呟くのだった。





「ほらよ、昨日と同じので良かったよな?」

「ん、ありがと」

 ミシェルと別れた後、学食棟を出たウェインはまた校舎の屋上を訪れていた。

 屋上に上がり、購買で買ってきた例のメロンクリームパンを涼音に投げ渡すと、また昨日と同じように梯子を昇って貯水槽の傍に二人で寄りかかって座る。

「悪いわね、昨日に続いて今日まで奢らせちゃって」

「気にすんな、お近づきの印にって奴だ」

 ビニールの包みを破いて、はむはむと菓子パンを頬張る涼音。

 ちなみに今日のウェインは何も食べていない。というかさっき学食でミシェルと食べたばかりだ、流石にこれ以上食べる気にはなれなかった。

「で、今日もサボりに来たわけ?」

「いんや、そういうわけじゃねえよ。単にお前と話したかっただけだ」

「なにそれ、アタシを口説いてるつもり?」

 ふふっと横目の視線を流しながら微笑む涼音に「そんなんじゃねえよ」とウェインは肩を揺らして返す。

「今日もフィーネは居ねえからな、かといって野郎と二人っきりで顔突き合わせてちゃ気が滅入って仕方ねえ。だったらお前の話を色々と聞きたいと思った、それだけだ」

「フィーネって……ああ、確かアナタと一緒に転入してきた」

 ああとウェインが頷き肯定すると、涼音はクスッとおかしそうに笑い。

「聞いてるわよ、アナタたちの噂。なんでも転入初日にキスされちゃったんですってね?」

「勘弁してくれよ、その話は……」

「アタシはその場に居なかったけど、フレイアが楽しそうに話してたのはよく覚えてるわ。二人とも随分とお熱いみたいじゃない?」

 からかうように言ってくる涼音に「頼むから、勘弁してくれ……」とウェインは参ったように大きく肩を竦める。

 すると涼音は「ま、それは別にいいわ」と呟き、また菓子パンを一口頬張ってから。

「……で、今日はアタシに何の話を聞きたいの?」

 改まった調子でそう、問うてきた。

 それにウェインは「そうさなあ……」と空を見上げて少し思案した後、こんな質問を投げかけてみることにした。

「お前とフレイアとは、何度も戦ってるんだよな?」

「ええ、ご存知の通りよ」

「フレイアに訊こうと思って聞きそびれてたんだ、お互いどれぐらいの勝率なんだよ?」

 実際、それは本当に気になっていることだった。

 あの時の試合で、涼音はフレイアを倒している。だがそれを見ていたミシェルや、後からフレイアに聞いた口振りから察するに……涼音の全戦全勝、というわけではない感じだ。

 でも、実際どれぐらいなのかは聞きそびれてしまった。

 だからウェインは話題作りも兼ねて、涼音ご本人に訊いてみよう……と、こんな質問を投げかけたのだった。

「そうね……」

 訊かれた涼音はうーんと思い出すように考えてから、

「ざっくりアタシの三勝二敗ってところね」

 と、答えてくれた。

「いや……この間のも含めたら四勝二敗ね。他にエキシビションとかも含めたら、もう少し負けてるかも」

「エキシビション?」

「授業であるのよ、たまにね。基本アタシは授業には出ない……のは知ってるわね。でも実技のエキシビションの時だけは、頼むから出て欲しいってお願いされちゃうのよ。皆の後学のためにって」

「あー……俺とフィーネが先生にやらされたような感じか」

 思い返せば、転入してすぐの実技授業でウェインとフィーネも模範演武をやっている。あの時もエイジに皆の後学のために、と頼まれたのだ。涼音の場合もあれと同じような感じなのだろう、きっと。

「へえ、まあまあ負けてるんだな」

「意外だった?」

 まあな、とウェインは頷く。

「この間みたいなの見せられちゃ、お前が無敵に見えるってもんだぜ」

「ふふっ、素直に褒め言葉として受け取っておくわ。……でも、フレイアが冗談みたいに強いのは事実よ。特にあの戦術眼は凄まじいわね……今回は上手く対処できたけれど、あの()の張り巡らせた罠には何度も煮え湯を飲まされてるわ」

 だろうな、と納得の顔でウェインは相槌を打った。

 実際、ウェインもまたフレイアの巧みな策に煮え湯を飲まされた内の一人だ。あの足場を崩す地形破壊戦法……次に戦う機会があるとして、果たして今度は上手く対応できるか、実を言うとウェイン自身あまり自信はなかった。

〈――――我が(あるじ)の言う通りだ。その時の状況次第では、どうやっても対応不可能なことはある〉

「うおっ!?」

 突然聞こえてきた、第三者の落ち着いた男声。

 それにウェインが素っ頓狂な声を上げて驚くと、涼音はクスッとおかしそうに笑いながら「これよ、これ」と言い、自分の右手首に着けた深紅の数珠を彼に見せる。

 確か、あれは……彼女のナイトメイル『朱雀』のスタンバイモードだったはずだ。

 ということは、今の声は……朱雀の声、なのだろうか?

〈すまぬな、君と話すのはこれが初めてだった。私は我が(あるじ)、羽衣涼音のナイトメイル……朱雀だ。以後見知り置いてくれ〉

「あ、ああ……急に喋り出すから驚いたぜ」

 本人がそう言うなら、間違いないか。

 驚いていたウェインは戸惑いながらも、納得した顔で座り直す。

〈ふむ、貴方が朱雀ですか〉

 とすれば急にファルシオンも喋り出すから、ウェインは懐から白い短剣を――スタンバイモードの彼を取り出す。

 すると朱雀はうむ、と肯定の意を彼に返し。

〈君のことは以前から(あるじ)とともに見させてもらっている。次の戦いでその実力、この目で見させてもらうぞ〉

〈ええ、こちらも負けるつもりは毛頭ありません〉

 朱雀の言葉に、ファルシオンもどこか楽しそうな調子で返す。

 どうやら、互いのナイトメイル同士も割と気が合うらしい。何にしてもいいことだ。折角の試合なら、お互い気持ちよく戦える方がいいに決まっている。

「ん、これありがとね」

 と言ったタイミングで涼音はパンを食べ終わり、その包みを差し出してくる。

 ウェインは「あいよ」と受け取り、例によってゴミ袋代わりのレジ袋に放り込む。その後で「ガムでも噛むか?」と訊いてみれば、涼音がうんと頷いたからガムを一枚、手渡してやる。

 貰ったガムを口に放り込み、噛んだ後でぷくーっと膨らませる涼音。

「……おっと、もうこんな時間か」

 そんな風に涼音と過ごしていれば、いつの間にか結構な時間が経っていたらしく……チャイムの音色が聞こえてくる。

 今のは予鈴だ。これから五分後にもう一度チャイムが鳴れば、それが昼休み終了の合図。

 その予鈴を聞いたウェインはひとりごちながら、よっこいしょと立ち上がる。

「あら、もう行っちゃうの?」

「まあな。今日はサボりに来たわけじゃねえし、そろそろ帰るわ」

 ウェインは言いながら、ひょいっと下に飛び降りる。

「……また、来てくれるのかしら?」

 彼がタンっと着地する中、涼音は上から彼を見下ろしながら……どうしてだか、そんなことを問いかけていた。

 そんな頭上の彼女を見上げながら、ウェインはニッと小さく笑い。

「気が向いたら、な。まだお前とは話し足りない気もするからよ」

 最後にそう言って、屋上から立ち去っていった。

 キィッとドアが軋む音がして、その後でバタンと閉じる音が聞こえてくる。

 そうすれば、屋上に残るのは涼音ただ一人。穏やかな風が吹き込むそこに、また彼女一人きりになった。

〈……あの者のこと、我が(あるじ)は随分と気に入ったようだな〉

 そんな屋上で独り貯水槽にもたれ掛かりながら、ぼうっと空を見上げていると……朱雀がそんなことを言う。

 それに涼音はスッと微かに目を細めながら、

「……ふふっ、まあね」

 どこか楽しげな顔で、小さく頷き返していた。





 ――――で、時間は経ってその日の夕方のこと。

「ウェイン、戻ったぞー」

 学生寮の203号室でウェインがだらだらと過ごしていれば、ガチャッと玄関ドアが開いて……帰ってきたフィーネの、そんな声が聞こえてくる。

「おう、今日は早かったんだな」

 帰ってきたそんな彼女を、例によってウェインが玄関で出迎える。

 するとフィーネはうむ、と頷いて肯定の意を示すと。

「今日で別件任務は終わりだ。明日からは元通り、朝から晩までお前と過ごせるようになる。寂しい思いをさせてすまなかったな」

 言って、フィーネはまた昨日と同じように抱き着いてきた。

 とはいえ昨日みたく勢いよく飛び込むって感じじゃないから、特にウェインもよろめいたりはしない。

 が、このパターンで来るということは、つまり……。

「ふむ……今日もお前から別の女の匂いがするな」

 やっぱりこういうことかよ、とウェインは苦い顔を浮かべる。

「例の羽衣涼音とかいう女か?」

 続けてそう訊かれれば、もうどうしようもないウェインは「……あ、ああ」と頷いて肯定する以外に選択肢がない。

 が、フィーネの反応はやっぱり昨日と同じくあっけらかんとしたもので。

「そうか、お前も随分と気に入られたみたいだな」

 と、平然とした顔でそう言うだけ。

 それにウェインが戸惑った顔を浮かべれば、フィーネはふふっと小さく笑い。

「私も今日までお前を寂しくさせてしまったからな、この程度は別に構わん。こういうのは度量が大事だからな」

 なんて言ってのけたのだが、しかしその後で……。

「しかし、埋め合わせする必要はあるな」

 続けてフィーネは、急にそんなことも言い出した。

「埋め合わせ……って、何のこっちゃ」

 意味が分からず首を傾げたウェインに、フィーネはうむと小さく頷く。

「言葉通りだ。私はウェインを一人にして寂しくさせてしまった、お前はまた他の女の匂いをつけてきた……だから、お互いの埋め合わせを兼ねてだな、明日はデートにしよう!」

 ……また、突拍子もないことを。

 とはいえ明日は土曜日、つまり休みの日だ。特にこれといって予定も無いし、行こうと思えば行けるのだが……しかし、デートとは。

「おいおい……デートってなんだよ、デートって。普通に出掛けるだけだろ?」

「うるさい、私がデートと言ったらそうなんだ。ふふっ……お前に拒否権はないぞ? これは決定事項だからなっ!」

 ウェインは困惑した顔で言ってみるが、しかしそこはフィーネ・エクスクルードだ。こうなった彼女は誰にも止められない。長い付き合いで分かり切っているだけに、ウェインは特に抵抗することなく受け入れることにした。

 とりあえず、明日のお出かけ……フィーネ曰くデートとやらは、もう決まったことらしい。

 なんて風に明日の予定をゴリ押しで決めたフィーネは、最初こそ満足げな顔を浮かべていたのだが。

「……しかし、それはそれとして気に食わん。また風呂で洗い流してやるから、さっさと来い」

 すぐにぷくーっと頬を膨らませると、また昨日のようにウェインの首根っこを掴めば……そのままズルズルとバスルームの方に引きずっていく。

 無論、これもウェインに抵抗する術なんてなく。

「またこのオチかよぉぉぉっ!?」

 ただウェインの断末魔だけが、部屋に響くのだった。





(第三章『ふたつの想い』了)

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