第二章:音色に誘われて/03
それから時間は経って、陽もすっかり傾いた頃。
「ウェイン、戻ったぞ」
学生寮の203号室でウェインがだらだらと過ごしていると、ガチャッと玄関ドアが開いたと思えば……ようやく帰ってきたフィーネの、そんな声が聞こえてくる。
「おう、やっと戻ったか――って、うおっ!?」
そんな彼女を出迎えに玄関まで歩いていけば、すぐにフィーネが抱き着いてきて。急に飛び込まれたウェインは半ば転びそうになりながら驚いた声を上げる。
「遅くなってしまったな、寂しくなかったか?」
とすれば、抱き着いてきたフィーネは彼の顔をじっと見つめながら言う。
「んなわけねえだろ、俺は子供か!」
「似たようなものだろう、お前は。ふふっ、やはり寂しがらせてしまったか……♪」
思わず突っ込み返すウェインに微笑みかけて、するとフィーネはまたぎゅっと強く抱き締めればそのまま顔をうずめて、すんすんと匂いをかいで……。
「……む、他の女の匂いがするな」
とすれば、途端にそう言って怪訝な顔を浮かべる。
(げっ……)
そんな彼女の反応を見て、思わずウェインは顔をひきつらせた。
――――フィーネは感覚が鋭いだけじゃなく、鼻もやたら利くのだ。
彼女の言う『他の女の匂い』というのは、まあ確実に涼音のことだ。フレイアなら普段接しているから判別がつくだろうし、ほぼ間違いない。
「…………私に隠れて、いったい誰と会っていた?」
じとーっとした目で疑いの視線を向けてくるフィーネを前に、ウェインはどうしたものかと思わず顔を逸らしてしまう。
正直に言っても怒られそうだし、かといって隠し続けるのも不可能だし……。
まさに進むも地獄、退くも地獄といった状況。そんな中でどうしたものかとウェインが冷や汗を流していれば、するとフィーネは何故か「ふふっ……♪」と表情を崩して。
「冗談だ、少し意地悪が過ぎたな」
と言って、ウェインの頬に手を添えて……逸らしていた彼の顔を、自分の方に向け直す。
「お前が今日、誰と会っていたかは何となく想像がつく。どうせお前のことだ……あの羽衣涼音とかいう女だろう?」
ビンゴ。的中も的中、大的中だった。
ぴったり言い当てられたウェインが「……マジかよ、なんでわかった?」と鳩が豆鉄砲を食ったような顔で驚けば、フィーネは「私には何でもお見通しだ」と言ってまたふふっと笑い。
「ただ、お前が他の女の匂いを漂わせているのは納得がいかん。今日は早めに風呂に入ってこい、その後でちゃあんと私の匂いで上書きしてやる」
と、なんとも彼女らしい台詞を口にした。
それにウェインが「おいおい……」と戸惑ったような反応を見せると、フィーネはふむ、と小さく唸り。
「……で、どうだったんだ?」
そう、暗に涼音のことを問うてくる。
問われたウェインは少しだけ思案した後、
「そうさなあ、戦い甲斐のある相手だぜ? 間違いなくアイツは強い……今からワクワクが止まらねえぜ」
こんな風に、闘争心を露わに答えてみせたのだが……しかしフィーネは「違う、そうじゃない」と首を横に振り。
「羽衣涼音が怪しいのか、ゲイザーの内通者なのかと訊いているんだ」
と、再びウェインに訊き直した。
「あれだけの力を持つ女だ、フレイアを正面から叩き潰すほどの強さ……敵に回せば、これ以上なく厄介だ。警戒して当然だろう、私とお前の立場なら」
「……まあな」
フィーネの言葉を聞いて、納得したウェインは頷いて相槌を打ち。
「今の段階じゃあ、なんとも言えねえな」
そう、率直な感想をフィーネに述べた。
「ただ実際に話した感じ、そう悪いヤツとは思えなかった。アイツの戦い方と同じように、どこまでも直球で……そうさな、体の真ん中に一本芯が通ったような感じだったぜ」
ウェインの述べた、涼音に対するありのままの感想。
それを聞いたフィーネはふむ、と興味深そうに唸って。
「お前がそう言うのは珍しいな」
と、意外そうな顔を浮かべて言う。
それにウェインが「そうか?」と首を傾げれば、フィーネは「そうだ」と頷き返して――――。
「……だが、やっぱり気に食わん。今から風呂に入れてやる」
と言って、ウェインの首根っこを掴むと……どういうわけだか、バスルームの方に引っ張っていく。
「そうだ、ついでに今日は久しぶりに髪も洗ってやる。ふふっ……さあ、行くぞウェイン?」
「待て、待てって! 落ち着けフィーネぇぇっ!?」
部屋中にウェインの断末魔が響いたのも虚しく、彼はそのままフィーネに引きずられてバスルームの中に放り込まれていった。
〈……お二人とも、実に平常運転ですね〉
〈ええ、まあ……お姉様らしい、ですよね……?〉
その後で聞こえるのは、ファルシオンとジークルーネの……己が主たちに、ただただ呆れたような声だけだった。
(第二章『音色に誘われて』了)




