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ダイバージェンス・フィーネ  作者: 黒陽 光
Chapter-04『正義に燃えよ烈火の拳』
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第二章:音色に誘われて/01

 第二章:音色に誘われて



 ――――それは、次の日の休み時間の出来事だった。

「あ゛~~~~…………」

「んだよ風牙、急に気持ち悪りいな……」

「だってよお、しょうがねえだろお? 毎日毎日あんなテンションで実況やってたら俺っちでも疲れるってえ……」

「ふふっ、風牙の実況は賑やかですからね。疲れてしまうのも仕方ありません♪」

 授業と授業の合間、ひとときの休み時間。その時ウェインたちは教室で何気なく雑談をしている最中だった。

 ウェインと風牙、それにフレイアのいつもの三人だ。フィーネは昨日言っていた通り、別件任務のために今日は休んでいる。

 だから、今日は三人でこんな風に雑談しているのだが……どういうわけだか、風牙はフレイアの膝の上にちょこんと乗せられていた。

 かたや風牙は163センチ、かたやフレイアは178センチの長身だ。数字にして15センチの身長差だけに、今のフレイアと風牙はまるで大人と子供……は少し言い過ぎだが、歳の離れた姉と弟ぐらいの雰囲気を醸し出している。

 と、フレイアの膝の上に風牙が乗せられているという、なんとも奇妙な光景なのだが……しかしウェインも、教室に居る他のクラスメイトたちも、別にそれを不思議とも奇妙とも思っていなかった。

 まあ、さもありなんという奴だ。フレイアがこんな具合に風牙で遊んでいるのは日常茶飯事。ましてタッグマッチであれだけ堂々と宣言した彼女だ……風牙をこんな風に膝に乗せていても、今更もう誰も奇妙には思わないのだ。

「しっかし、フレイア……昨日はその、残念だったな」

 と、そんな風に膝に乗せられた風牙がそう、すぐ後ろのフレイアの顔を見上げながら……どこか、言いづらそうに呟く。

 無論、それは昨日の試合――羽衣涼音にフレイアが敗北した、あの試合のことだ。

 フレイアにとっては負け試合、だからか風牙は言いづらそうに言ったのだが、しかし彼女はふふっと微笑むと。

「いえ、悔いはありません。私も涼音さんも、お互いに全力を尽くしての戦いでしたから。その結果として私が負けただけのこと、それだけですから」

 と、あっけらかんとした風に答えた。

 フレイア本人は、そこまで負けたことを気にしてはいないらしい。こういうサッパリしたところは、ある意味で彼女らしいか。

「でも……次は、負けませんよ?」

 小さくウィンクなんかしながら、風牙の頭を撫でつつ言うフレイア。

 こういうところも、やっぱりフレイアらしい。きっと彼女のことだ、次に涼音と戦う機会があれば、その時は更に巧妙な策を用意してくるに違いないと……笑顔を浮かべて言うフレイアを見て、ウェインは何気なくそう思っていた。

「……ん?」

 ――――と、そんな話をしている最中のことだった。

 ウェインの耳はふとした折に、どこからか流れてくる不思議な音色を聴きつけていた。

 一体、どこから聴こえてくるのか……。

 不思議に思ったウェインが注意深く耳を澄ましてみると、どうやらその音色は窓の外……ちょうどウェインのすぐ隣にある、開けた窓の向こうから流れ込んでいるようだった。

「あー、多分これ涼音がハーモニカ吹いてる音だぜ」

 と、不思議そうな顔できょろきょろするウェインを見て察したのか、風牙が彼に向かってそう言って答えを示す。

 きょとんとしたウェインが「アイツが?」と首を傾げれば、今度はフレイアがええと頷き。

「涼音さん、ああしてよく屋上でハーモニカを吹いていらっしゃるんです。でも……ここまで聴こえてくるのは、珍しいですね」

「窓開けてるからじゃねえか? 俺っちは最近よく聴いてるなあ。実況でアリーナエリアにあちこち出張してっからよ、その道すがらでよく聴いてるんだ」

「でも、この分ですと……涼音さん、きっと次の授業も出られませんよね」

「まーな、アイツのサボり癖は今に始まったことじゃねえしなあ」

 二人で笑い合いながら、涼音の話をする風牙とフレイア。

 その話に興味を持ったウェインが「そんなにサボってんのか?」と訊けば、風牙は「んだな」と肯定して。

「ほぼ教室には居ねえな、授業に出る方が珍しいってぐらいだぜ?」

 と、軽く説明してくれた。

「あー……そういや、ミシェルの旦那も似たようなこと言ってたな」

 それを聞いて、思い出したかのように唸るウェイン。

 するとフレイアも「そうですね」と相槌を打ち、

「単位そのものは足りているらしいですから、出る理由がない……というのが正しいそうです。あれだけの実力がある方ですから、当然といえばその通りですね」

 風牙に続けてそう、ウェインに説明をしてくれた。

「へえ、なるほどな……」

 二人の話を聞いて、うんうんと頷きながら……ウェインはどこか興味ありげといった様子。

 すると、すぐに彼はガタッと席を立ち、そのままスタスタと教室を出ていこうとする。

「お、おい待てよウェインっ!? もう授業始まっちまうぞ!?」

 背中から聞こえるのは、戸惑った風牙が引き留めようとする声。

 が、ウェインはそれをスルーして、そのまま足早に教室を出て行ってしまう。

 そんな彼の行き先は……言うまでもなく、分かり切っていた。

「んだよ急に、ヘンなヤツ……」

 出ていったウェインの背中を見送りながら、(いぶか)しむ風牙。

 フレイアも「いいのでしょうか……?」と首を傾げるから、風牙は「まーアイツが興味津々になってもしゃーねえかもな」と彼女に言う。

 すると、フレイアはええと頷き。

「これは……フィーネさんには、内緒にしておいた方がよさそうですね」

 と、色々と察したように呟いた。

 それに風牙が「なんでだ?」と首を傾げれば、フレイアはふふっと小さく笑い。

「きっと、焼きもちを焼いてしまいますから」

 そう、不思議そうな彼に返す。

「ウェインさんの気持ちも分かりますけれど……でも、私ならきっと焼きもち、焼いちゃいますから」

「へー、そんなもんかねえ」

「はい、そういうものなんです♪」

 呑気な顔で言う風牙を、後ろからぎゅーっと抱き締めて言うフレイア。

 二人がそんな風に過ごす中、窓の外からは……相変わらず、ハーモニカの音色が聴こえてきていた。





 コツ、コツと靴音を立てて、階段を昇る。

 昇りきった先の突き当たりにある、ちょっと埃っぽい踊り場。そこの一番奥にある扉が、校舎の屋上に通じているドアだ。

 キィッ、と軋むドアを開けて、ウェインはその向こうにある屋上に足を踏み入れる。

 すると――まず初めに感じたのは、頭上から照り付ける日差し。その次に視界いっぱいに広がる青空と、点々と浮かぶ白い雲に気がつく。

 そして、三番目に感じたのが……聴こえてくる、ハーモニカの音色だった。

 さっきも教室で聴いたあの音色が、今はずっと近くから聴こえてくる。

 どこから聴こえてくるのだろう、と屋上を見渡してみるが……でも、どこにも見当たらない。

 じゃあ、この音色は一体どこから?

 怪訝に思ったウェインがもう二歩、屋上に踏み出してみると。

「――――あら? 噂の白騎士様が、アタシに何の用かしら」

 すると、後ろから聞こえる少女の声がひとつ。

 振り返ってみれば――ああ、やっと見つけた。あの綺麗な音色の主は……羽衣涼音は、屋上の一段高い場所に腰掛けていたのだ。

 梯子を使って登れる、丸い貯水槽がある高い場所。入ってきたドアのちょうど真上あたりの位置だ。その(ふち)に腰掛けながら、涼音はウェインを……眼下の彼を、どこか怪訝そうな視線で見下ろしていた。

「白騎士……なんだそりゃ」

 涼音に言われた、覚えのない単語。

 それにウェインが首を傾げれば、涼音はスッと目を細めてこう答える。

「アナタのことなら、誰だって知ってるわ」

 口振りから察するに、どうやら彼女の言う白騎士というのは――ウェインのことらしい。

 変なあだ名だな、と一瞬ウェインは思ったが、しかしすぐに納得する。白騎士……つまりファルシオンになぞらえた名だろう。翼も鎧も真っ白いナイトメイルだ、確かに白騎士というのはその通りかもしれない。

「で、そのアナタがこんなところに何の用かしらね」

 独り納得するウェインに向かって、涼音は冷ややかな視線を向けて言う。

 ……何というか、こうして実際に話してみると随分イメージと違った感じだ。

 フレイアとの戦いの最中は、元気いっぱいでとても楽しそうだったのに……今こうしてウェインを見下ろす涼音は、その表情も声もどこか氷のように冷たく、そして言葉の端にはチクリと棘がある。

 急に現れたウェインを警戒しているのか、それとも別の理由なのか。

 何にしても、彼女がこうも冷たい応対をするのは意外だった。

 だが、そんなことでウェインの興味が消えるわけじゃない。

「なあに、次の準決勝で戦う相手だからな。チョイと興味があったわけよ、話したこともなかったしな」

 だからウェインはそう、頭上の彼女を見上げながら喋りかけてみた。

 すると涼音はふぅん、と興味あるのか無いのか、なんとも微妙な相槌を打つ。

「そういえば、次の対戦相手……アナタだったわね。すっかり忘れてたわ」

「で、お前のハーモニカが聴こえてきたんでな。……好きなのか、ハーモニカ?」

「さあね、アナタには関係ないでしょ?」

 冷ややかな視線で見下ろしながら、つんけんとした態度の涼音。

 最初の印象とは違い、意外と気難しいタイプなのかもしれない。距離を詰めようとしても、なかなか心を開いてくれないのがその証拠だ。

「――――ほらよ」

 そんな頭上の彼女に向かって、ウェインは急に何かを投げ渡した。

 片手にぶら下げていたレジ袋から取り出したそれを投げれば、涼音は顔色ひとつ変えずにキャッチ。手の中のそれを、涼音が怪訝な顔で見てみると……それは、菓子パンの包みだった。

 さっき、ここに来る前にウェインが購買で買ってきたものだ。それを彼女に投げ渡した、というわけだ。

「……いったい、何のつもり?」

 怪訝に思うのと、戸惑いとが入り混じった声で問う涼音。

 それにウェインは「差し入れだよ、差し入れ」と小さく肩を揺らして返し。

「俺はお前に興味があるんでな、どうせ戦う相手なら……お互いに色々と知っておいた方が、もっと楽しく戦えるんじゃねえか?」

 ニヤリとしながら、彼女を見上げて言うウェイン。

 それに涼音は呆れたように肩を揺らしつつ、ふふっと――ここに来て初めて見せる、小さな笑顔を浮かべて。

「……変なの。でも面白いわね、アナタって」

 呟きながら、涼音はゆっくりと立ち上がる。

 ――――それと時を同じくして、チャイムの音色が鳴り響く。

 次の授業開始を知らせる、慣れ親しんだチャイムの音。しかし涼音はそんなことは一切気にせず、眼下に立つウェインの方に視線を向けて。

「ちょっとだけ、アタシも興味が湧いてきたわ。アナタのお誘いに乗ってあげる……さ、お話しましょ?」

 と言い、彼を手招きした。

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