第三章:天翔ける白き翼の魔導騎士/02
…………やっぱり、二人の言った通りになったか。
どういうわけか、昼休みに風牙とフレイアに言われた通りの展開になってしまった。予想は出来ていたことだが……いざ実際にこうなってしまうと、なんとも悔しいような微妙な気持ち。
そんな気持ちを感じながら、数分後――ウェインとフィーネは、互いに向かい合うようにしてコロシアムの広いグラウンドに立っていた。
授業で使っていた数騎のクーガーはもう片付けられたから、グラウンドには二人だけが立っている。エイジと他のクラスメイトたちは安全のために観客席のスタンドに場所を移していた。
「…………」
「…………」
お互い以外に誰もいない、がらんとしたグラウンド。
そこでウェインとフィーネは無言のまま、ただ向かい合い……静かに視線を交わし合っていた。
「準備は整いました。ではウェインさん、フィーネさん、お二人ともナイトメイルを展開してください」
遠くから聞こえてくるエイジの声にウェインは小さく頷き、了承の意を返しながら……制服の懐から、そっと小さな何かを取り出す。
「短剣……でしょうか」
「多分な。でも……短剣型のスタンバイモードなんて聞いたことねえ」
静かにウェインが取り出したそれを見て、観客席に座るフレイアと風牙がボソリと呟き合う。
ウェインが左手に握り締めたそれは、二人の言う通り……白い短剣のような形のものだ。
しかし明確な刃は無く、どちらかといえば儀礼用の神器のような……何故だか神々しさすら感じさせるような、真っ白い短剣だった。
「さあ、行こうぜ――――ファルシオン!!」
そんな白い短剣を、ニヤリとしたウェインは雄叫びとともに天高く突き上げる。
すると、直後に彼の身体を眩い閃光が包み込んで……真っ白い流星となったそれが、遙か上空へと飛び上がっていく。
一直線に舞い上がった流星は、ちょうどスタジアムの上空でぱあっと瞬きながら弾けて……そうすれば次の瞬間、そこに現れたのは――――鳥のような翼を持つ、白いナイトメイルだった。
「マジかよ、羽の生えたナイトメイルなんて……」
「なんて美しい……まるで、天使のようです」
「これは、こんなものが……こんなナイトメイルが、存在していいはずが…………!?」
上空に現れたそれを見上げながら、ざわめくクラスメイトたち。風牙は度肝を抜かれてうわ言のように呟き、フレイアはその神秘的な美しさに心奪われて。そしてエイジは……目を見開いて、驚きを隠せないままにひとりごちる。
現れたのは、純白のナイトメイル。背中に有機的な……本当に鳥のような四枚の翼が生えた、美しい純白の聖騎士。主たるウェインの荒っぽい性格とは裏腹に、どこまでも優雅で神々しい……そんな姿に風牙らクラスメイトたちは心奪われ、言葉すら発せないまま、ただ呆然と見つめていた。
――――『ファルシオン』。
それが、スタジアム上空に現れた天使のような魔導騎士の名。魔導士ウェイン・スカイナイトの駆る、純白のナイトメイルの名に相違なかった。
〈どうやら皆さん、我々に見とれているようですね〉
そうしていれば、ウェインの耳に聞こえてくるのは低く落ち着いた男の声。ウェインのものでもクラスメイトたちのものでもない、でもウェインにとっては聞き慣れた相棒の声。
その声にウェインは「だろうよ」とニヤリとしながら返す。
「俺も初めてお前を見たときは、目が離せなかったもんだ」
〈ではもう少し近くに寄って、もっと見やすいようにして差し上げては?〉
「ンな必要ねえよ、馬鹿」
〈ふむ、折角の機会ですからファンサービスでも、と思ったのですが〉
「余計なことはすんなって、それよりも相手はフィーネだ……気合い入れていくぞ、ファルシオン」
〈それには同意です。イエス・ユア・ハイネス……とでも、言っておきましょうか〉
「口の減らねえ野郎だ」
聞こえてくる声に、ウェインはニヤリとして返す。その声の主に――ファルシオンに。
――――ナイトメイルには、それぞれ固有の意志が宿っている。
何もファルシオンが特別なワケじゃない、他のナイトメイル全てにこうした意志が宿っているのだ。例外は練習機のクーガーぐらいなもので、魔導士が所有するナイトメイルには、例外なく個体ごとの意志がある。
だから、今ウェインと話していたこの声は……他でもない、ファルシオンの声なのだ。
ナイトメイルは、魔導士と一体化して共に戦うもの。戦闘機のようなコクピットは無く、魔導士がナイトメイルと融け合い……文字通りに融合することで、巨大な騎士はその真価を発揮するのだ。
故にナイトメイルには意志があり、言葉も発する。魔導士と魔導騎士、二つの心がひとつになってこその力。それが魔導士であり、ナイトメイルという特別な存在なのだ……。
「フィーネ、お前も早くしろよ!」
そんなファルシオンと言葉を交わしながら、ウェインは上空に留まったまま、眼下のフィーネに呼びかける。
するとフィーネは「無論だ」と小さく笑い、首元にそっと左手をやると……首から吊るしていた銀色のペンダントを、白い制服ブラウスの下から引っ張り出す。
チャリン、と小さな音を立てて銀色のペンダントが揺れる。
瞬間――フィーネの周囲に吹き荒れるのは、猛烈な疾風。
ぶわあっと、まるで竜巻のような激しい暴風の渦がフィーネを包み込んで、彼女の銀髪が激しく靡いて揺れる。
「さあ勝負だ、ウェイン! ――――ウェイクアップ・ジークルーネ!!」
そして、フッと小さく笑った瞬間……フィーネの身体は竜巻の中に包まれて、融け合い消えていく。
吹き荒れる竜巻はそのまま加速度的に強さを増して、高く大きく膨らんで。数十メートルの高さまで伸びた竜巻がひゅんっと晴れれば……その向こう側から、真っ青なナイトメイルがその姿を現した。
…………それは、まさに騎士という名に相応しく凛々しい風貌だった。
背中に長いマントを靡かせる、細身なシルエットの青い騎士。纏う騎士甲冑はあちこちが鋭く尖っていて、その内に秘めた圧倒的なスピードを暗に示すかのよう。
烈風とともに現れた、そのナイトメイルの名は――――『ジークルーネ』。
それこそが、フィーネ・エクスクルードの駆る青い魔導騎士の名だった。
「へへっ、久々に見たぜお前のジークルーネ。やっぱ格好いいよな」
「それはこっちの台詞だ。ナイトメイルを出す機会なんて久しく無かったからな……まして、手合わせするのはどれほど振りか。授業の一環とはいえ……ウェイン、お互い存分に楽しむとしよう」
「おうよ、そうこなくっちゃな!」
現れたジークルーネの前に、静かに着地するウェインのファルシオン。
二人は示し合わせるでもなく、互いにじりじりと後ろに下がってある程度の距離を取り、じっと静かに睨み合う。
ウェインもフィーネも、顔に浮かぶのは楽しげな笑顔だった。しかし……二騎のナイトメイルの間には、ピリピリとした火花を散らし合っている。
だが、まだ仕掛けない。
ここは魔術学院の作法に則り、二人はその時をじっと待っていた。
「ではお二人とも、互いに騎士として、魔導士として誇りある戦いを期待します」
そんな睨み合う二人に向かって、エイジが教師としての言葉を口にする。
「どうか、見事な戦いを。――――戦闘開始!!」
そして、次に聞こえた号令の言葉を合図に――――ウェインとフィーネ、ファルシオンとジークルーネの熱い模擬戦の火蓋が切って落とされた。




