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ダイバージェンス・フィーネ  作者: 黒陽 光
Chapter-04『正義に燃えよ烈火の拳』
118/137

第一章:イレギュラー・ルージュ/02

 そうして、ウェインたちが中継で見つめる先――――。

 エーリス魔術学院のアリーナエリアのひとつ、仮想都市フィールドでは……今まさにフレイアと、そして羽衣涼音とが対峙していた。

「涼音さん……やはり、貴女が来ましたか」

「当然ね、アタシには最初から分かってたわ」

「そうでしょうね。貴女の実力なら、ここまで勝ち上がってきて当然です」

「ふふっ、アタシのこと褒めてくれてるの?」

「ええ、褒めています。貴女ほど強く気高い魔導士を……私は、他に二人しか知りませんから」

「……へえ、アナタにそこまで言わせる相手なら、一度手合わせしてみたいものね」

 ふふっと微笑むフレイアに、涼音はニッと小さく笑んで返す。

 ――――羽衣(はごろも)涼音(すずね)

 油断ならぬ気配を漂わせる、小柄でスレンダーな少女だ。

 赤いロングツーサイドアップの髪を靡かせながら、フレイアの前に立つ彼女。かなり着崩した制服の背中には……何故だか、一振りの太刀を背負っていた。

 涼音が背負う、紅い(あつら)えの太刀。

 その太刀の存在が、涼音が漂わせる武芸者のような鋭い雰囲気をより強くしているようだった。

「……では、よい戦いにしましょう」

 と、フレイアはそんな涼音に向かって言う。

 それに涼音も「ええ」と静かに頷くのみで応じた。

「参りましょう、デュランダル」

〈うん、ここがボクらの正念場だよ〉

「負けられませんね、あの方と――ウェインさんと、戦うためにも!」

 聞こえる相棒の声に応えながら、フレイアは左手をスッと静かに構える。

 その中指でキラリと光るのは、ルビーのような赤い宝石が埋め込まれた綺麗な指輪だ。

 フレイアは静かに目を閉じて、意識を集中させて――――カッと目を見開けば、そのキラリ輝く美しい赤の指輪を嵌めた左手をバッと天高く突き上げた。

「フォトンウェーブ・イミッション! コール――――デュランダルッ!!」

 そして、彼女の雄叫びが天に轟いた瞬間、指輪の赤い宝石からカッと閃光が瞬く。

 パッと左手から放たれるのは、目も眩むような黄金の輝き。

 そんな一瞬の閃光が晴れたとき、輝きの向こう側から……金色のナイトメイルが姿を現した。

 ――――デュランダル。

 全身の甲冑がキラリ輝く黄金の騎士。背中に翼を……六本の大きなフィンを生やすそれが、彼女のナイトメイル。フレイア・エル・シュヴァリエの剣たる、美しき黄金の騎士だった。

 見る者全てが息を呑むような、美しく気高い黄金の輝きを放つ魔導騎士。

 そんなデュランダルを前にしても、しかし涼音はフッと小さく笑うのみで。

〈我らもゆくぞ、(あるじ)よ〉

「さあ、行くわよ朱雀(すざく)! アタシたちにピッタリのステージよっ!!」

 どこからか聞こえる、低く落ち着いた男声に――相棒の声に応えながら、涼音はグッと握り締めた右拳を力強く突き出した。

 まるで、正拳突きのように突き出した右拳。

 そうすれば、拳を突き出すと同時に……その手首に着けていた深紅の数珠から焔が噴き出した。

 太陽よりも熱く激しく燃え盛る、真っ赤な焔。

 渦を巻くその焔は、黒い指抜きグローブに包まれた涼音の右拳を這いまわり……そのまま腕を伝って彼女の全身に纏わりつく。

 灼熱の真っ赤な焔が、涼音の周りの空気すらをもチリチリと焦がす。

剛烈(ごうれつ)……合身(がっしん)ッ!!」

 そして灼熱の焔を纏った涼音が雄叫びを上げて、ガンっと両手の拳同士を打ち付けた瞬間――――激突した拳の間から、強烈な焔が噴き出した。

 涼音の身体を瞬時に呑み込んだその焔は、火柱となって一気に天高く突き上がり……やがてその火柱の中から、ゆらりと人影が現れた。

 それは、深紅のナイトメイルだった。

 研ぎ澄まされた鋼の肉体を思わせるような、ほっそりとしたシルエットの魔導騎士。尖った鎧を身に纏うそれは、しかし細く弱々しいということはなく……むしろ不思議なほどの力強さを感じさせる、しなやかな体躯のナイトメイルだった。

〈出たね……涼音ちゃんの朱雀が〉

「油断ならない相手です、気を引き締めて参りましょう……デュランダル」

 現れたその深紅のナイトメイルを前に、デュランダルとフレイアが静かに呟き合う。

 ――――朱雀(すざく)

 それが、灼熱の焔の中から現れた騎士の名。羽衣涼音と融合した、深紅のナイトメイルの名だった。

『んじゃあ先生、出揃ったところで号令頼んます』

『はい。……では涼音さん、フレイアさん。お二人とも騎士として、魔導士としての誇りある戦いを期待します』

 実況の風牙に促される形で、エイジ・モルガーナが――担任教師で、審判兼解説役の彼が形式ばった台詞を口にして。

『では、どうか善き戦いを。――――戦闘開始(ファイツ・オン)!!』

 そして次に聞こえてきた、試合開始を告げる号令を合図に……フレイア・エル・シュヴァリエと羽衣涼音、デュランダルと朱雀の、準決勝への進出を懸けた試合が始まるのだった。

「天竜活心拳、この羽衣涼音が相手よ! ……さあ行くわよ、フレイアぁっ!!」





〈ゆくぞ、我が主よ!〉

「でやぁぁぁぁっ!!」

 最初に動いたのは、涼音の方からだった。

 ダンっと地を蹴って飛び出した朱雀は、瞬時にフレイアとの間合いを詰めて……試合開始から一秒と経たないうちに懐へ飛び込めば、グッと握り締めた拳を鋭く振り上げた。

「ッ――――!」

 身を低くした姿勢から繰り出す、渾身のアッパーカット。

 腕の力だけじゃない、身体そのものをバネにするように繰り出した拳が、フレイアに――デュランダルに襲い掛かる。

 だが、そこは流石のフレイアだ。懐に飛び込まれたのを見てすぐバッと飛び退けば、ギリギリのところで彼女の拳を回避してみせた。

 振り上げた朱雀の右拳が、デュランダルの顎先を掠めていく。

 瞬間、僅かに掠めた顎先からパッと小さな火花が散った。

 魔術も何も使っていない、ただの拳だというのに……掠めただけで衝撃を感じるほどのアッパーカット。もしも直撃していたら……きっと、タダでは済まない。

〈間一髪だったね、フレイアっ!〉

「油断はできません! 次が来ます……備えなさい、デュランダル!」

 フレイアの言う通り、すぐさま涼音は追撃に打って出た。

 大きく飛び退いて距離を取ろうとするフレイアに対し、走り出した涼音はどんどん間合いを詰めていく。

 無論、フレイアも全力で逃げの態勢に入っているから、ただ走るだけじゃ追いつけない。

「逃がさないわよ! ……でやぁぁぁぁっ!!」

 すると涼音はダンっと地を蹴って飛び上がると――逃げるフレイアに向かって、飛び蹴りを仕掛けてきた。

 十分に加速してから、勢いを付けての飛び蹴りだ。これは避けきれない――――!!

「……っ!」

 瞬時にそう判断したフレイアは、逃げから防御の態勢に移行。立ち止まって身構えると、クロスした両腕で涼音の飛び蹴りを真っ正面から受け止めてみせた。

「っ、重い……っ!!」

 朱雀の足が両腕に直撃した瞬間、そのあまりの衝撃にフレイアは思わず顔をしかめる。

 が、それだけだ。防御したフレイアはすぐさま両手で涼音の足首を捕まえると……。

「この……ぉぉぉっ!!」

 そのまま身体ごと大きく振り回して、涼音を放り投げてしまった。

〈ふむ、流石はデュランダルといったところだな〉

「あははっ、やるじゃないフレイア! でも……まだまだ、アタシはこんなもんじゃないわよっ!!」

 デュランダルの渾身の力で放り投げられた朱雀は、このままいけば間違いなくビルの壁に激突する。

 しかし涼音は空中でくるりと身を捩って体勢を整えると、目の前に迫っていたビル壁を蹴って……勢いをつけながら、フレイアに向かって再び飛び込んでいった。

 要は三角飛びの要領だ。放り投げられたのを逆に利用した涼音は、壁を蹴ることで加速し……眼下のデュランダルに向かって、また鋭い飛び蹴りを繰り出す。

〈フレイア、次が来るよ!〉

「分かっています! ――――デュランダル、ミラーリフレクター展開!!」

〈アイコピー! リフレクター・アクティヴ!〉

 頭上から降ってくる、涼音の飛び蹴り。

 それに対し、フレイアは背中の翼を――背中の六つのフィンを分離。その全てを急降下してくる涼音の軌道上に盾のように配置し、彼女を迎え撃つ。

 ――――『ミラーリフレクター』。

 言わずと知れたデュランダルの真骨頂、あらゆる攻撃を跳ね返す鏡を持った自立型の子機だ。

〈そんなもので、この私と――――!〉

「――――アタシを、止められるかぁぁぁっ!!」

 が、涼音は一切臆さず、その勢いを止めることもなく。円形に配置されたミラーリフレクターに向かって一直線に突っ込んだ。

 空に浮かぶミラーリフレクターと、飛び蹴りを仕掛ける朱雀の爪先がぶつかり合う。

 ――――瞬間、空に閃光が弾けた。

 激突した刹那に、パッと散るのは眩い火花。結論から言えばミラーリフレクターはどうにか涼音の蹴りを防ぎ、受け止めていた。

 ……だが、それもほんの一秒足らずだけの間だ。

 リフレクターはすぐに朱雀の蹴りのパワーに押し負け、弾き飛ばされてしまう。

 涼音はリフレクターの防壁を突破して、そのままフレイアに向かって一直線に飛び込んでいく。

 そう、彼女を防げたのはたった一秒足らずの間だけだ。デュランダルの誇る無敵の盾・ミラーリフレクターを以てしても、涼音を止められたのは一瞬の間だけだった。

 だが――――その一瞬こそ、フレイアが最も求めた刹那だった。

「見事に引っ掛かって頂けましたね、涼音さん……!」

 涼音がリフレクターの盾を突破したとき、弾けて飛んでいくリフレクターの向こうに見えたのは、デュランダルの――周囲に超低温のブリザードを纏わせた、金色のナイトメイルの姿。

「っ……!」

〈いかん、逃げろ(あるじ)よ!〉

 それを目の当たりにした瞬間、涼音も朱雀もハッとする。

 だが飛び蹴りで急降下を仕掛けている今、彼女に逃れる術はない。翼を持たない朱雀には、空中で回避行動に移る手段はない……!

「お熱い貴女に、この吹雪はちょうどいいでしょう! ……スパイラル・ブリザァァァドッ!!」

 バッとフレイアが左手を突き出せば、その瞬間――彼女の周囲に纏わりついていた超低温のブリザードが、飛び込んでくる涼音に向かって一気に叩きつけられた。

 そうすれば、叩きつけられたブリザードは朱雀を、その深紅の鎧を瞬時に凍り付かせてしまい、飛び蹴りの勢いを完全に殺してしまう。

 ――――『スパイラルブリザード』。

 風と氷の二属性を織り交ぜた複合魔術、フレイアが最も得意とする技のひとつだ。

 強力な魔術だが、これを発動するには一瞬のタイムラグがある。それでも普通なら気にならないほどの、ごくわずかな隙でしかないが……涼音が相手では、その一瞬が命取りになりかねない。

 だからフレイアは、このスパイラルブリザードを発動するための一瞬が欲しかった。そのためにリフレクターを囮にして時間を稼いだのだ。涼音の蹴りにリフレクターの盾が破られるのも、何もかも織り込み済みで――――。

 スパイラルブリザードの猛吹雪を浴びた朱雀が、足先から凍り付いていく。

「――――逃げる、ですって?」

 だが涼音は猛吹雪にも臆することなく、

「そんなの――――アタシのスタイルじゃないわ!」

 気合を入れて叫ぶと、足先に紅蓮の焔を纏わせて――逆に氷を溶かしてしまった。

「なっ……!?」

〈そんな、ムチャクチャだ……っ!!〉

 朱雀の脚に宿った紅蓮の焔が、スパイラルブリザードの猛吹雪を逆に溶かしていく。

 それを目の当たりにして、フレイアとデュランダルは驚きの声を上げる。

 だが、その間にも急降下してくる涼音との距離は狭まっていく。今度こそ、フレイアに逃れる術はない……!

「でやぁぁぁぁっ!!」

 焔を纏った涼音の飛び蹴りが、フレイアに直撃する。

 朱雀の脚がデュランダルの胸に激突した瞬間、凄まじい火の粉が飛び散る中……デュランダルが大きく後ろに吹っ飛んでいく。

「っ……!」

 だが、やられてもタダでは起きないのがフレイアだ。

 かなりの距離を吹っ飛んだフレイアは、何度も地面をバウンドしつつも……転がる勢いを利用し、すぐさま起き上がって膝立ちになる。

「流石です、涼音さん……貴女もまた、私にこの策を使わせるのですね!」

 言いながら、フレイアはスッと左手を天に掲げて――――。

「ですが、貴女のスタイルは全て分析済み……こう来ることも、予想の範疇です!」

 ――――その左手を、すぐに振り下ろした。

 彼女が左手をバッと振り下ろした瞬間、ズシンと仮想都市フィールドに大きな地響きが鳴り響く。

〈ふむ、これは……(あるじ)よ〉

「皆まで言わなくてもいいわよ、朱雀。出たわね……フレイアの十八番(おはこ)、足場破壊戦法が……!」

 地響きが轟き、朱雀と涼音がそう呟き合う中、彼女の足元が――踏み締めていたはずのアスファルトの地面が、ガラガラと音を立てて崩れ始めた。

 同時に、ドドドンとどこかで何かが派手に弾ける音も響く。

 すると直後に、彼女の周囲にあった全てのビルが……同時に崩れ始め、涼音の頭上からその無数の瓦礫が降ってくる。

「まだです、私の策はそれだけじゃありません――ミラーリフレクター!」

〈アイコピー! リフレクター・フルマニューバ!!〉

 しかし、まだフレイアは更なる一手を打つ。

 散り散りになっていたミラーリフレクターを呼び寄せて、涼音の周りに展開。彼女の全方位を取り囲むように配置し、鏡の結界を形成すれば――――。

「フォトンバスターライフル、アクティヴ! 速射モードで畳み掛けます……デュランダル!」

〈プラーナエネルギーはチャージ完了! 細かい調整はボクに任せて、フレイアっ!!〉

「逃がしません――――シュート!!」

 その右手に巨大なライフル銃――フォトンバスターライフルを生成し、それを構えたフレイアはすぐにトリガーを引き絞った。

 瞬間、バスターライフルの銃口からオレンジ色のプラーナビームが放たれる。

 だが……一発だけじゃない。何発も何発も、バスターライフルは無数のプラーナビームをまるでマシンガンのような勢いで断続的にバラ撒いた。

 ――――速射モード、と彼女は言った。

 普段の太く高威力なビームで狙い撃つのが通常モードだとすれば、連射モードは低威力の速射ビームで弾幕を張る、いわば制圧用の発射形態だ。

 そんな連射モードで撃ちまくるバスターライフルから放たれた無数のビームは、そのまま涼音と……彼女の周囲に展開するリフレクターに向かって飛んでいく。

 足場は崩れ、頭上からは崩れたビルの瓦礫。そして正面のビームを避けても、リフレクターが反射した別のビームがあらゆる方向から襲い掛かってくる――――。

 まさに涼音にとっては八方塞がり、逃げ場のない絶体絶命の状況だ。

 入念な下準備に巧みな誘導、そして想定外の事態にもアドリブを利かす柔軟な対応力――――。

 今この状況を演出したフレイアの戦術は、ただただ見事としか言いようがない。

「きゃはっ……!」

 だが――――そんな絶体絶命の中にあっても、涼音は笑っていた。

「いいわね、やるじゃないフレイア! でも……こんなんじゃ、アタシの焔は絶やせやしないわっ!!」

 頭上からは瓦礫が降り注ぎ、無数のプラーナビームが襲い掛かってくる中。涼音は楽しそうに笑うと……全く予想外の行動に出た。

「そーれ……っ!!」

 真っ正面から飛んでくる速射ビームに対し、涼音は避けることなく拳を叩きつけたのだ。

 さっきの蹴りと同じ、紅蓮の焔の宿った右拳がビームに激突し――そのまま、叩き消してしまう。

「まだまだ、これからよっ!!」

 だが涼音はそれだけで満足せず、同じように紅蓮の焔を宿らせた拳と脚で次から次へとビームを叩き消していく。

 正面からのは拳で叩き伏せ、リフレクターで反射し背中側から飛んでくるものは回し蹴りで消し飛ばす。

「なんて力業を……っ!」

 それを目の当たりにしたフレイアが、思わず戸惑いの呟きを漏らす。

 確かに、速射ビームは防がれた。しかし……踏み締めるべき足場が崩れ、頭上から瓦礫が降ってくる状況は変わらない!

 例えひとつの策が破られても、それをフォローするための二重三重の策を張り巡らせる。それが稀代の天才戦略家、フレイア・エル・シュヴァリエの戦い方だ。

 そう、ビームを防がれるのもある程度は予想していた。過去に涼音と戦った経験から、なんとなくだが考慮には入れていたのだ。

 で、あるが故の地形破壊戦術。例えバスターライフルの連射を防がれても、地形そのものを崩すことで涼音を追い詰める……そういう作戦だったのだ。

 ――――しかし、そんな彼女の策を涼音は真っ正面から粉砕した。

「使えそうなのは……ええと、これねっ!」

 飛んできた速射ビームは、全て払いのけた。

 しかしその間にも涼音は……朱雀は、足場を失った深紅のナイトメイルは落下し続けている。

 そんな中で、サッと周囲を見渡した涼音はあるものに目星をつけていた。

 近くにあった適当な瓦礫を殴り飛ばし、その反発力で飛び上がると……涼音はその目星をつけていたものに飛び乗った。

 滞空していた――――ミラーリフレクターの、真上に。

「なっ……!?」

 それを見たフレイアがハッと驚愕に目を見開く間にも、涼音は更に予想外の行動に打って出る。

「きゃはっ!」

 飛び乗ったリフレクターをダンッと殴りつけると……涼音はさっきと同じ要領でまた飛び上がり、今度は別のリフレクターの上に乗っかる。

 それを何度も何度も繰り返して、ぐんぐんと上昇。彼女の足場にされた上に殴られたリフレクターは、その全てがミラー面を拳で叩き割られて……次々と破壊されていってしまう。

「なんて、なんて滅茶苦茶な……っ!」

〈フレイアっ! このままじゃリフレクターが全滅しちゃうよっ!!〉

「分かっています! 残っている分だけでも逃がしなさい……今すぐに!」

〈あ、アイコピー……っ!!〉

 残るミラーリフレクターは、二枚。

 その無事な二枚をフレイアはどうにか逃がそうと動かすが、しかしそれよりも涼音の到達速度の方が早く、その二枚にも飛び乗られ、足場にされた挙句にミラーを叩き割られてしまう。

 そうして六枚のミラーリフレクター全てを粉砕した涼音は、見事にビルの倒壊範囲から逃れ出て……そのまま高く飛び上がれば、フレイアの懐を目掛けて飛び込んでいく。

「最高よフレイア! 今のはすっごく楽しめたわ! 流石は私の認めた貴女だけあるわねっ!!」

「ッ……! 羽衣涼音、やはり貴女はイレギュラーですか……っ!!」

 朱雀の踏み込みの速さから、デュランダルが逃れる術はない。またそのための策も……実行するには時間が足りない。

 瞬時にそう判断したフレイアは、この場に踏みとどまっての迎撃を選択。落下軌道を描きながら飛んでくる涼音に対し、バスターライフルを構えることで応じる。

〈フレイア!〉

「相手は涼音さん、手加減は無用です……全力で撃ちなさい、デュランダルッ!!」

〈分かった! フォトンバスターライフル・ファイナルウェーブ! リフレクターが無い分、威力は減っちゃうけれど……それでも!〉

「これが、今打てる最善策……リミッター・カット! オーバーチャージ……シュートッ!!」

 右手で構えたバスターライフルから、最大出力のプラーナビームが撃ち放たれる。

 フォトンバスターライフル・ファイナルウェーブ。本来なら銃口の周りに六枚のミラーリフレクターを展開させ、ビームを反射増幅して放つ最大火力モードだ。

 しかし今はリフレクターが全損し使えない分、威力は少なくなってしまう。

 それでも――――これが今のフレイアが打てる最善の策、これが今の彼女が撃てる最大火力の一撃だ!

「ふふっ……いいわねフレイア、そうでなくっちゃ!」

 ビームを発射した瞬間、限界を迎えたバスターライフルが火を噴いて破裂する。

 それほどまでの超高出力で放たれたプラーナビームを前にしても、しかし涼音は恐れるどころか、むしろ楽しそうに満面の笑みを浮かべて――――。

「だったら、こっちも!」

〈仕掛けるか、我が(あるじ)よ!」

「喰らいなさい! ――――ブレイクシュートよっ!!」

 涼音はその右脚に紅蓮の焔を纏わせて、襲いくるプラーナビームに真っ正面から飛び込んでいく。

 そして飛び蹴りを仕掛ければ、その右脚を……何のためらいもなく、ビームに正面から叩きつけた。

「でやぁぁぁぁぁっ!!」

 フレイアの放った最大出力のプラーナビームと、涼音の叩きつけた紅蓮の焔を宿す右脚とがぶつかり合い、拮抗し合う。

 だが、押し合ったのも僅かな間だけのこと。やがてビームは涼音の脚に押し負けて……弾き飛ばされてしまった。

 ――――ブレイクシュート。

 羽衣涼音が、朱雀が持つ数多くの技のひとつ。焔を纏った脚で叩きのめす……必殺の飛び蹴りだ。

〈メチャクチャだ! ビームを正面から蹴り飛ばすなんて……力押しってレベルじゃないよ!〉

 ビームを真っ正面から飛び蹴りで消し飛ばした涼音を見て、デュランダルが驚きと動揺交じりの声を上げる。

「それが涼音さんという方なのです! ……来ます、構えなさいデュランダル!」

 そんな彼女を鼓舞するように叫びつつ、すぐにフレイアは迎撃態勢を取った。

 壊れたバスターライフルを投げ捨てて、フレイアはパンっと両手を合わせる。

「これを私に抜かせるとは……しかし、貴女はそれほどまでのお相手ということ!」

 両手に渾身のプラーナを注ぎ込んで、チリチリと光がスパークする手のひらの間から姿を現すのは――長く分厚い、騎士の聖剣。

乾坤一擲(けんこんいってき)! カーディナルソードで勝負です……!!」

 両手の間から生み出したその聖剣を、ガッと右手で握り締める。

 それは、フレイアにとって最後の切り札たる聖剣。彼女が真に追い詰められた時、本気で戦うべき強敵と相対したときのみ抜く……正真正銘、最後の切り札。

 その名は――――――『カーディナルソード』。

 かつて、ウェインとファルシオンすら一刀の元に斬り伏せたその聖剣を今、フレイアは抜いたのだ。

 それは即ち――それほどまでの強敵ということだ、羽衣涼音という少女は……!!

「きゃはっ! やっと抜いたわね……いいわ、掛かってきなさいフレイア!」

 上空から飛び込みながら、歓喜の声を上げる涼音。

 そんな彼女を真っ直ぐ見据えながら、フレイアは静かに聖剣を構える。

(接敵まで、あと数秒といったところ……フラッシュバインドで拘束する時間は、どうやら無さそうですね)

「ならば……正面から、斬り捨てるのみです!」

 本来なら、光属性の拘束魔術『フラッシュバインド』で拘束してから斬り込むのが彼女のスタイルだ。

 が、涼音はとんでもない勢いで降ってきている。そんな彼女を縛り上げる時間は……どうやら、無さそうだ。

 故に、フレイアは敢えてフラッシュバインド無しでの迎撃を選択する。

「はぁぁぁ……っ!」

 キッと目を細めたフレイアが、構えた己が聖剣に渾身のプラーナを注ぎ込む。

 そうすれば……カーディナルソードの刀身が、黄金に光り輝き始めた。

「でやぁぁぁぁぁっ!!」

 涼音が、上空からものすごい速度で飛び掛かってくる。

 そんな彼女を真っ直ぐに見据えて、そしてここだと思った瞬間――フレイアは、構えたその聖剣を振り下ろした。

「――――デュランダル! ファイナルジャッジメントッ!!」

 涼音が間合いに入った刹那、その瞬間に合わせるように振り下ろした聖剣。

 黄金に光り輝いた聖剣の刃は、確実に彼女を……朱雀の深紅の鎧を捉えていた。

 間違いない、取った――――!

 確信し、フレイアは確かな手ごたえを感じ取っていた。

 ……だが、しかし。

「な、っ……!?」

「きゃはっ、驚いたでしょ?」

 驚愕に目を見開くフレイアと、してやったりな風に悪戯っぽく笑う涼音。

 結論から言うと、涼音は斬られていなかった。

 カーディナルソードの刃が当たる直前、着地した彼女はその刀身をパンっと両手で挟み込み……止めてしまったのだ。

〈これって、真剣白刃取りってヤツなの……!?〉

 デュランダルが驚きに満ちた声で、ひとりごちる。

 ――――真剣白刃取り。

 そう、まさにこれは白刃取りだ。刀身を両方の手のひらで挟んで受け止める、武術の中でも超高等テクニックに類される達人技。

 それを涼音はこの局面で、ナイトメイルでやってのけたのだ。涼しい顔で、ごく当たり前のように――――。

〈白刃取りは天竜活心拳の技のひとつだ、(あるじ)の得意とする技でもあったな?〉

「正解よ朱雀、さっすがよく覚えてるじゃない!」

 冷静に呟く朱雀と、それに嬉しそうな声で返す涼音。

 どちらも余裕のある声音だ。とてもじゃないが、フレイアの剣を白刃取りで受け止めた直後とは思えないほど……彼女たちは、楽しそうだった。

〈っ……フレイア!〉

「分かっています……今は!」

 デュランダルに呼びかけられて、ハッと我に返ったフレイアが離脱しようとする。

「おっと、逃がさないわよっ!」

 だが、涼音はそれを許さない。

 両手で刀身を掴んだまま、腕をグッと身体ごと横に捻り……その勢いを利用し、聖剣を持っていたデュランダルごと地面に引きずり倒す。

「くっ……!」

 逃走に失敗し、フレイアが地面に転がる。

 その間に涼音はガンッと刀身に強烈な肘打ちを喰らわせて、カーディナルソードを叩き折ると……一度バック宙で大きく後ろに飛んで、ビルの屋上にタンっと着地。太陽を背にしながら、フレイアを高い位置から見下ろす。

「ありがとフレイア、楽しかったわ! でも……どうやら、今回もアタシの勝ちのようねっ!」

 心底楽しそうに叫び、涼音はスッと構えを取る。

 半身を引き、腰を低く落とした姿勢だ。その構えを取れば、やがて彼女の右腕に……朱雀の右拳に、紅蓮の焔が渦を巻いて纏わりつく。

〈フレイア……!〉

「……分かっているでしょう、これ以上……私たちに打てる手立ては……!」

 折れた剣を片手に、よろめきながら立ち上がるフレイア。

 しかし、彼女に残された手段は何もない。カーディナルソードも折られた今……もう、彼女に出来ることは……!

〈あの者への礼だ、一撃で仕留めろ……我が(あるじ)よ!〉

「分かってるわ! 相手はフレイアですもの……手加減抜き、全力で挑むのが礼儀ってヤツよねっ!」

 拳に宿る焔はその勢いを増し、やがて右腕そのものが赤熱化し始める。

 その真っ赤な焔が、右拳の熱が最高潮に達した瞬間、涼音はダンッと地を蹴って飛び上がった。

 天高く飛び上がり、空中でくるりと一回転。そうして体勢を整えれば……勢いをつけて、地上目掛けての右ストレートを放つ。

 焔を纏う、赤熱化した拳を構えて飛び込む先は……ただ一点、フレイアの懐のみ――――!

「喰らえぇぇぇっ! 天竜活心拳・奥義……劫火爆裂(ごうかばくれつ)! デフェール……インパクトォォォッ!!」

 勢いをつけた急降下で繰り出した右ストレートが、デュランダルの胸に直撃。ダァンっと強い衝撃とともに火の粉を散らせば、デュランダルは彼方まで吹き飛んでいく。

 何度も地面をバウンドし、何十メートルも先に吹っ飛んだ金色の騎士。

 それでも、よろめきながらも立ち上がった彼女だったが――――。

「ふふ……っ、涼音さん、やはり貴女は……イレギュラー、のようですね――――っ」

 ニコリと微笑んだフレイアがそう呟いた瞬間、デュランダルは――――爆発。その一瞬の爆炎が晴れた先で、デュランダルは原形を留めたまま……がっくり、と膝を折った。

「見たかしら、これが天竜活心拳の……アタシたちの、力よ!」

 ふぅーっと深く息をついて呼吸を整え、残心しながら涼音が呟いたとき。

『――――戦闘終了(ノック・イット・オフ)

 仮想都市フィールドに設置されたスピーカーから、エイジ・モルガーナの声が聞こえてきて。

『勝者――――羽衣涼音』

 続けて木霊するのは、彼女の勝利を告げるそんな号令……信じがたい出来事を告げる、エイジの号令だった。

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