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ダイバージェンス・フィーネ  作者: 黒陽 光
Chapter-04『正義に燃えよ烈火の拳』
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第一章:イレギュラー・ルージュ/01

 第一章:イレギュラー・ルージュ



『――――うおおおおっ! ファルシオンが決めたぁぁぁぁぁっ!! これでウェインも準決勝への進出が確定だぁぁぁぁっ!!』

 国立エーリス魔術学院のアリーナエリア、スタジアムに木霊するのは風牙のやかましい実況と、観客席からの割れんばかりの大歓声。

 そんな歓声を背に浴びながら、ウェイン・スカイナイトはちょうどグラウンドから引っ込んで、入場ゲートからスタジアムの廊下に戻ってきたところだった。

「お疲れさまだウェイン、順調じゃないか」

 と、帰ってきた彼を出迎える少女が一人。

 壁にもたれ掛かりながら、腕組みをしてフッと笑う彼女は――無論、フィーネ・エクスクルードだ。

 そんな彼女にウェインは「おうよ」と軽く手を挙げて返してやると、

〈おめでとうございます、ウェインさん。流石の腕前ですね〉

 フィーネとはまた別の女声が、どこからか聞こえてくる。

 それは彼女が首に吊るす銀のペンダントからの声――フィーネのナイトメイル、ジークルーネの声だ。

「あんがとよ、ルーネ」

〈ですが、ここからが本番です。このまま勝ち進めば、お姉様とは決勝戦で相まみえることになる……楽しみにしていますよ、その時を〉

〈――――楽しみなのは、私たちとて同じですよルーネ〉

 と、ジークルーネに応じるのは低く落ち着いた男声。

 こちらはウェインの懐にある白い短剣、彼の相棒たるファルシオンの声だ。

〈ええ、もちろんですファルシオン兄様。あの時は不完全燃焼で終わってしまいましたから〉

「ふふっ……ああ、ルーネの言う通りだ。あの時の決着は、決勝戦の舞台で付けるとしよう。だから……次も勝てよ、ウェイン?」

 微笑みながらフィーネに言われて、ウェインは「へいへい……」と小さく肩を揺らして返す。

 ――――彼女もまた、準決勝への進出は決まっている。

 だから、お互いこのまま勝ち進めば、最後の決勝戦で剣を交えることになるだろう。

 二人にとっては、不完全燃焼で終わった勝負の――転入当日の、あの中途半端に終わった模擬戦のやり直しみたいなものだ。あの時はお預けになっていた勝負にやっと白黒つけられるとあっては、楽しみにするなという方が無理な話だ。

 だが……決勝まで進むのに、問題があるとすればひとつ。

「おいフィーネ、着信来てんぞ」

「む? ……ああ、気付かなかったな」

 ウェインが肩を揺らした直後、フィーネの携帯端末に着信が入ってくる。

 懐にしまっていたそれを――学生証を兼ねたそれを取り出してみると。

「フレイアか、珍しいな……」

 通話を掛けてきた相手は、フレイア・エル・シュヴァリエだった。

 彼女から連絡を寄こしてくるなんて、珍しいこともあったものだ。そう思いつつフィーネは応答ボタンを押して、ハンズフリーモードで着信に応じる。

『――――ああ、繋がりましたね』

 そうすれば、端末の画面に彼女の顔が映し出された。

 透き通った長い金髪を揺らすフレイアの、普段と変わらぬ気品のある可愛らしい顔がディスプレイに映る。微かに見える背景から察するに……こことは別のアリーナエリアに居るらしい。

「珍しいな、お前から連絡を寄こすなんて」

『ふふっ、折角ですからウェインさんをお祝いして差し上げたくって。だから思い切って掛けちゃいました』

 意外そうな声のフィーネに、フレイアは微笑みながら返す。

 その後で彼女は画面越しにウェインの顔を見ると、

『ウェインさん、此度(こたび)もお見事でした。おめでとうございます、これで準決勝に進出ですね♪』

 と、笑顔でそう祝ってくれた。

「おうよ、あんがとなフレイア。でも――次はお前の番だぜ?」

 祝ってくれた彼女にニヤリと口角を吊り上げて返しつつ、ウェインは言う。

 ――――そう、問題というのは他でもない彼女の存在だ。

 ちょうどフレイアが次の試合に出場する。そこで勝利すれば、彼女もまた準決勝に進出することになるのだ。

 そして、トーナメント表での彼女の位置は、ウェインと同じAブロック。

 つまり――――フレイアが勝てば、ウェインが準決勝で戦う相手は彼女になるのだ。

 フレイアと、彼女の駆るデュランダルの恐るべき強さは知っての通りだ。あらゆる攻撃を跳ね返す鏡の自立子機『ミラーリフレクター』による変幻自在な攻撃と、天才戦略家たる彼女の人並外れた戦術の前に……他ならぬウェイン自身が一度、完膚なきまでに敗北しているのだから。

 故に、決勝戦のステージでフィーネと戦う前の一番の問題点は……その前に、フレイアと戦わねばならないということだった。

 彼女の実力ならば、次の試合はほぼ間違いなく突破してくるだろう。

 そうなれば、準決勝では彼女と一対一で戦うことになる。

 この間のタッグマッチと違い、互いにサシでの真っ向勝負にはなるが……それでも強敵なのには変わりない。

 フィーネとあの時の決着をつけるための、最も高くそびえ立つ壁。それこそが今こうして話している彼女、フレイア・エル・シュヴァリエに他ならなかった。

『ふふっ、そうでしたね……ええ、準決勝での貴方との勝負、今から楽しみで仕方ありません♪』

「そのためにも、ちゃあんと勝ってこいよ? ま……フレイアなら万が一にでも心配は要らねえだろうがよ」

『……ええ、勝利してみせましょう』

 結果なんて分かり切っている、と言いたげなウェインに、フレイアは――何故かほんの少しの間を置いた後でそう返し。

『あっ、そろそろ私も準備に入る時間ですので……この辺りで』

「おうよ、頑張ってこいよ」

「それではな、フレイア」

『はい♪ ではお二人とも、また後ほど――――』

 と最後に微笑んでから、フレイアは二人との通話を終了した。

 画面から彼女の笑顔が消えて、ディスプレイが真っ暗になったそれをフィーネは懐にしまいつつ。くるりと彼の方を振り向くと「では、我々も行こうか」と言う。

 それにウェインも「おうよ」と頷けば、二人並んで歩き出し……そのまま、スタジアムを後にしていくのだった。





 試合を終え、スタジアムを出たウェインがフィーネと一緒に向かった先は学院エリア。その片隅にある大きな学食棟だった。

「おうお二人さん、こっちだこっち」

 食券機で買い求めた食券と引き換えに、手に入れた昼食のトレイ。それを持った二人がどの席で食べようかと思案していた矢先、ウェインたちを呼ぶしゃがれた声がひとつ。

 ちょいちょい、と手招きするのは、四人掛けのテーブルに一人で着いていた男子生徒だ。

 金髪オールバックの髪を揺らしながら、フレームレスの眼鏡の下に切れ長のエメラルドグリーンの双眸を覗かせる彼――――ミシェル・ヴィンセントが、トレイを持ったウェインたち二人を手招きしていた。

「よう旦那、席取っといてくれたのか?」

 彼に気付いたウェインが近づきながら言うと、ミシェルは「まァな」と頷く。

「ちょうど昼飯時ジャストタイムだ、試合終わってからじゃあ席の確保なんざ間に合わねェと踏んだんだよ。親切なおいらに感謝するこったな」

「へいへい、旦那は相変わらずだな……」

「すまんなミシェル、助かったぞ」

 ニヤニヤしながら言う彼に、ウェインは肩を竦めて、フィーネは素直に礼を言いながら、彼の対面に二人して腰掛ける。

 相変わらずの皮肉屋っぷり全開なミシェルの言い回しはさておき、実際のところ本当に助かった。

 なにせ今はお昼休みの時間帯、学食棟は昼食を摂りにきた生徒や教師たちでごった返しているのだ。

 ほとんどの席が埋まっているような状況、どこで食べようか、無理なら相席しなきゃならないか……と考えていたところだったから、ミシェルが先んじて席を確保しておいてくれて本当に助かった。

 現に二人はこうして、昼食ラッシュの大混雑の中でもちゃんとテーブルに着けている。

「良いってことよ。それよりとっとと食っちまいな、折角の飯が冷めちまうぜぃ」

 ミシェルはニヤリといつものキザな笑みを浮かべると、自分も箸を取って食事を再開する。

 そんな彼に促されるように、二人も昼食に手を付け始めた。

『――――さぁぁぁて! お次も大注目の対戦カードだぁぁぁっ!!』

 ……と、そんな食事中にも風牙のやかましい実況が聞こえてくる。

 食堂棟の壁掛けテレビからの声だ。普段は民放を流しているこのテレビも、ナイトメイル競技会の時期だけはリアルタイムの中継を流しているのだ。

「ったく、相変わらず(かぜ)()はやかましくっていけねえや……」

「俺も同感だぜ、旦那。試合中なんか気が散って仕方ねえんだ」

「ふふっ、まあそう言ってやるな二人とも。盛り上がっているのは間違いないだろう?」

 そんな風牙のやかましさに辟易する二人に笑いかけつつ、フィーネは箸を動かしながらチラリと壁掛けテレビの方に視線を向けた。

 どうやら、フレイアの試合が始まるところらしい。

 試合の場所は仮想都市フィールド。以前にもタッグマッチやらで使った、あの都市ひとつを丸ごと再現している場所だ。

 そんな仮想都市フィールドの大きな中央交差点で、二人の少女が向かい合っているシーンがテレビに映っている。

 もちろん、片方はフレイア・エル・シュヴァリエだ。

 そして、もう片方はというと――――。

「……羽衣(はごろも)涼音(すずね)、か」

 ミシェルも横目にテレビを見ながら、ボソリと小さく呟く。

 どうやら、それが対戦相手の彼女の名前らしい。

 150センチ台の小柄でスレンダーな体格に、ロングツーサイドアップに結った赤い髪。どうしてか背中に紅い太刀なんか背負っていて、ターコイズブルーの瞳は……大きくぱっちりとしているが、しかし同時にウェインやミシェルにも似た、一流の武芸者のような色も見せている。

 そんな彼女は、確か……ウェインたちのクラスメイトだったはずだ。学院への潜入前に全員の顔と名前は一通り暗記しているから、彼女が誰なのかは二人ともすぐに分かった。

 だが、肝心の本人にお目に掛かったことは不思議と一度もない。

「知ってはいる、だが直に見た覚えはないな……ミシェル、何か知っているのか?」

 それを不思議に感じたフィーネが問うと、ミシェルは「ほんのちょっぴり、だがな」と頷いて。

「一応おんなじクラスなんだが……ま、簡単に言っちまえばサボり魔って奴さね。マトモに授業に出てる方が珍しいからな、おめえさんらが見覚えねえのも無理ねえや」

 続けてそう、箸を片手に答えてくれた。

「かくいうおいらだって、そう深くは知らねェがな。一応顔見知り程度の関係っちゃそうだが、とにかく出てこねえからな……時たま気まぐれで授業に出てる時に、背中を遠巻きに見るぐれぇだぜ」

「ふむ、なるほどな……」

「ま、相手が誰であれ、フレイアなら余裕だろ?」

 納得するフィーネの横で、ウェインがお気楽そうな調子で言う。

 そんな楽観的な彼の言葉に、ミシェルはスッと目を細めて。

「……さて、どうだかねェ」

 と、遠くにある壁掛けテレビを静かに見上げるのだった。

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