第十二章:サード・エージェント
第十二章:サード・エージェント
「やったな、ウェイン!」
〈お見事でした、ファルシオン兄様っ!!〉
ファルシオン・ハンドクラッシュを叩き込んだ体勢のまま、パワーダウンに陥り海中を漂うファルシオン。
そんな彼に合流しながら、フィーネとジークルーネがねぎらいの言葉をかける。
「ったく、ギリギリもいいところだったぜ……」
〈でも、上手くいったでしょう?〉
「確かに良い作戦だったけどな、あんなウナギ野郎の相手なんざ二度と御免だ……」
バシュンと開いていた左手の装甲を閉じながらファルシオンが言い、それにウェインが大きく肩を竦めて返す。
「ふふっ……よくやったな、上まではちゃんと連れて行ってやる」
そんな彼らの会話にフッと笑いつつ、フィーネは動けない彼に肩を貸してやる。
ウェインは「悪りいな……」と素直に彼女の肩を借りて、動けないファルシオンの身体を支えてもらう。
「……おい、あの野郎はどこ行きやがった?」
としたタイミングで、ウェインはあるべき姿が無いことに気がついた。
――――ミシェル・ヴィンセントの、ソードブレイカーの姿がどこにも無いのだ。
「む……? 確かに居ないな……ルーネ、気付かなかったか?」
〈いえ、私も特には……しかし、いつの間に〉
〈私も見ませんでした、というよりも余裕が無かったと言った方が正しいのですが……しかし、妙ですねウェイン〉
ファルシオンの言葉に、ウェインも「妙だよな……」と首を傾げる。
するとフィーネは「……とにかく」と言って、
「一度、海の上に上がってみるとしよう。奴がどこに行ったのか、探すのはその後だ」
ウェインに肩を貸しながら、彼を引っ張り上げる形で遠い海面を目指し、上昇を始めていった。
――――その頃。
エーフィングが水中で爆散した際に、余波で噴き出した巨大な水柱。それによって舞い上がった海水の雨が激しく濡らす、豪華客船の船首甲板で……この船のオーナーことアルベルトは、唖然とした顔で海の方を見つめていた。
「う、嘘だ……マスターに頂いたDビーストが、負けるはずが……」
信じられないといった顔で、うわ言のように呟くアルベルト。
だが同時に、エーフィングが負けたのだと……頭のどこかでは理解していた。
噴き出したあの巨大な水柱は、エーフィングが倒された何よりもの証拠。もしも三騎のナイトメイルを倒していれば、あの海竜は残りのSHADOWのクーガーを喰らうべく再び海上に現れるはずだ。
しかし、待てど暮らせど一向にあの青い巨体は浮かび上がってこない。
それは即ち――――エーフィングが、撃破されたということだ。
頭のどこかではそれを理解しつつも、しかし受け入れられずに、アルベルトはただ呆然と船首から海を見つめていた。
と、そんな時だった。
カラン、コロンと隠しもしない草履の足音を鳴らしながら、誰かが彼の背後から近づいてくる。
(ま、まさか……っ!)
ハッと顔を青ざめさせたアルベルトが振り向くと、そこに居た足音の正体は。
「――――そこまでだ、神妙にしろい!」
彼に向かって十手を突き付ける、藍染めの着流しを粋に着こなした、長身のキザっぽい青年――ミシェル・ヴィンセントだった。
「悪りいな旦那、ご自慢のDビーストは魚の餌になっちまったよ」
「き、貴様ぁ……っ!」
ニヤリと不敵に笑むミシェルに向かって、アルベルトは忌々しげな視線を向ける。
「よくも、よくも裏切りおったな……!」
「だーかーら、さっきも言ったじゃねえか。おいらは別に裏切っちゃいねえよ、ただ表返っただけだってな」
皮肉っぽい口調で、挑発じみたことを口にするミシェル。
「き、さまぁ……っ!」
それにアルベルトは顔を真っ赤にして怒りを露わにすると、
「こ、こうなったら……せめて、貴様だけでもぉっ!!」
怒りの感情に身を任せて、バッと懐から抜いたピストルを破れかぶれに向けた。
震える両手で握ったピストル、その銃口はミシェルを睨み付ける。
しかしミシェルは一切慌てずに、ただニヤリとして。
「あらよ――――っと!」
何故か十手を高く放り投げると……瞬間、彼の右手が閃いた。
「ぬあっ!?」
同時に、ひゅんっと飛んできた硬い何かがアルベルトの手に当たり、彼の手からピストルを弾き飛ばしてしまった。
濡れた甲板の上を滑り落ちて、そのままピストルはぽちゃん……と海に沈んでいく。
その少し後、アルベルトの足元にチャリンチャリン、と小さな何かが転がった。
薄っぺらくて丸い、銅でできたそれは……コインだ。
帝国のフェリア硬貨。ミシェルはひゅんっと投げたコインで、彼の手からピストルを弾いてみせたのだ。
「さあ、お次はどうするつもりだい?」
コイン投げで見事にピストルを弾いてみせたミシェルは、降ってきた十手をキャッチしつつニヤリと皮肉っぽい笑顔で言う。
「こ、こんなところで終われるものか……っ!」
すると、アルベルトは走って逃走を図る。
しかし瞬時にミシェルは彼の前に立ちはだかると、ひょいっと出した足でアルベルトを引っかけてやり……ずでーんと前のめりに転ばせてしまった。
「ぬおおっ!?」
「おおっと、そこまでだぜ」
立ち上がったアルベルトが破れかぶれに殴り掛かってくるが、そこはミシェルが巧みな十手捌きで上手く受け流し、逆に叩きのめして制圧してみせた。
片腕を捻り上げながら、ミシェルはアルベルトを甲板に跪かせる。
「往生際が悪りいぜ! 神妙にお縄につきやがれってんだ!」
「ぐぬ……っ!」
「安心しろい、生命までは取らねえよ」
だがな――――。
「いい加減に観念しな! ゲイザーのことだけじゃねえ、てめえのしでかした悪行も全部……洗いざらいキッチリ吐いて貰うぜ」
低くドスの利いた声で凄み、ギッと憎悪の籠もった鋭い視線で睨み付けてやれば、アルベルトは「くっ……」と悔しそうに歯噛みするだけで、もうそれ以上は抵抗しようとはしなかった。
〈よし、これで全て片付いたな〉
「ま、どうにかな」
そうして手近なロープでアルベルトを縛り上げながら、ミシェルがソードブレイカーとそう話していた頃。ジークルーネ……と、それに肩を担がれたファルシオン。二騎のナイトメイルがやっと海面に上がってきた。
「おう、ご苦労だったな。こっちも片付いたぜぃ」
見るからに唖然とした様子の二騎の顔を見上げながら、ミシェルがニヤリと不敵に笑んで言う。
「……なるほど、そういうことか」
〈抜け目のない方ですね、お姉様〉
〈そういえば、肝心な捕縛はすっかり忘れていましたね〉
「て、てめえ……ホントに一番美味しいとこ持っていきやがったな……」
フィーネたちが納得する中、ウェインはなんとも言えない、まあ微妙な声で呟く。
そんな彼を見上げながら、ミシェルはフッと小さく笑い。
「ウェイン、おめえさんも中々やるじゃねえか。おいらすっかり気に入っちまったぜ――なぁ、相棒よ?」
〈フン……まあ、認めてやらんことはない〉
「くくくっ、素直じゃねえこと」
〈ミシェルっ!! おま……お前にだけは言われたくないわ、馬鹿者がっ!〉
ソードブレイカーと言い合いながら、ファルシオンを見上げるミシェルは……ニヤリ、と微かな笑みを浮かべていた。
(第十二章『サード・エージェント』了)




