第八章:インター・ミッション
第八章:インター・ミッション
「てめえっ、やっぱりそういうことか!」
突然現れた彼、予想だにしていなかったミシェルの登場に驚きながらも、ウェインは警戒心を露わに吠える。
咄嗟に左手のピストルを向け、その銃口で彼を睨み付ける。
――――野郎、やっぱり敵だったか!
思いながら、ウェインは鋭く尖らせた瞳でキッとミシェルを睨む。
だが、銃口を向けられた当のミシェル本人といえば――――。
「おいおい、そんな物騒なもん向けんじゃねえよ。落ち着いて話もできやしねえじゃねえか」
と、落ち着いた声でいつものキザっぽい言い回しで返してみせる。
ピストルを向けられているというのに、恐怖する素振りなんて一切見せない。
「っざけんな!」
その態度が、余計にウェインの警戒心を煽る。
「やめろ、ウェイン」
だがフィーネが横から手を伸ばし、彼の構えていたピストルを下ろさせた。
それにウェインは「どういうことだよ!?」と混乱した顔で問う。
「なんで……なんでこの野郎がここに居やがるってんだ!?」
「くくっ、全く理解力のない野郎だねぇ」
しかし答えるのは彼女でなく、皮肉っぽく引き笑いをするミシェルだった。
「んだと!?」
「嬢ちゃんの言ってたイレギュラーってのが、何を隠そうおいらのことなんだよ」
「……っ!? おいフィーネ、本当なのか……!?」
驚いた顔で振り向くウェインに、フィーネはうむと頷き返す。
「そういうことだ」
「おいおい、意味分かんねえぞ……!?」
「分かっている。とにかく落ち着け、話はそれからだ――――」
言って、フィーネは混乱するウェインに事のあらましを――――どうしてミシェルがここに居るのか、その事情を彼に説明し始めた。
――――時間は少し遡って、フィーネがVIPルームの専用客室に居た頃の話だ。
フィーネの前に現れ、彼女と互いに銃を向け合った相手。あのしゃがれた声の男の正体は……ミシェル・ヴィンセントだったのだ。
「……何故、貴様がここに?」
トリガーから指こそ離せど、銃口は向けたままフィーネが静かに睨む。
「そいつぁ、おいらの台詞だぜ」
それにミシェルもピストルを向けたまま、しゃがれた声で返す。
……が、彼女が片手に持っていた書類の束をチラリと見て。
「そうか……そういうことか、おめえさんが局長の言っていた……」
と、一人で納得した様子でピストルを下ろす。
「貴様、聞いているのか!」
そんな不可解な行動を見せるミシェルを、フィーネは思わず怒鳴りつけた。
が、ミシェルは「ようやく状況が呑み込めたぜ」と涼しい顔で返し、
「通信機ぐれえ持ってんだろ? 局長に訊いてみな、おいらの口からあーだこーだ説明するよりずっと早いぜ」
完全に戦闘態勢を解いた、リラックスした態度で続けて言う。
(……ニールに?)
それを聞いたフィーネは、不審に思い首を傾げる。
だが、気になる話だ。
ミシェルがここに居たことも驚きだが、奴の口から『局長』と……即ちニールを指す単語が出てきたことも気にかかる。
それに、あの気の抜けた態度。どう見ても戦意を失っているとしか思えない。
フィーネは警戒しつつ左手でピストルを向けたまま、書類を投げ捨てた右手で小さなインカムを取り出す。
少し大きなイヤホン程度のそれを左耳に嵌めて、電源を入れる。
〈気を抜かないでください、お姉様。罠という可能性もあります〉
そんな中、微かに聞こえてくるのはジークルーネの声。
フィーネはそれに「分かっている」と小声で頷き返しつつ、
「いざとなればルーネ、お前を展開して強行突破する。その時は……頼んだぞ」
〈はい、私に出来ることは全力で〉
ジークルーネが静かに答えたところで、ザザッ……という微かなノイズが左耳のインカムから聞こえてきた。
『――――俺だフィーネ、何かあったのか?』
そして次に聞こえてきたのは、ニールの声。どうやら通信が繋がったようだ。
「どうもこうもない、船でミシェル・ヴィンセントと遭遇した。奴はお前のことも知っているらしい……どういうことか、説明して貰えるな?」
少し鋭くした声でフィーネが静かに問えば、ニールは『あー……』と何かを思い出したように、どこかバツの悪そうな態度で相槌を打ってから。
『えーとだな、ミシェルはだな……お前たちと同じ、スレイプニールのエージェントなんだ』
なんて風に、意味の分からないことをサラッと言ってのけた。
「………………は?」
〈…………はい?〉
ともすれば、フィーネもジークルーネも思わず言葉を失ってしまう。
するとニールは『悪い悪い』と詫びて、
『今回の作戦にな、ミシェルは別ルートで潜り込ませてたんだ。そういえばお前たちに言うのをすっかり忘れてたな……』
「おい待てニール、この男が私たちと同じエージェントということは、つまりだな」
『ああ、うん、そういうことだ。学院にも同じ任務で潜入させている。尤も……内偵調査のために、お前たちよりずっと早い段階、何年も前から先行して潜り込ませてたんだが』
――――とりあえず、話を整理しよう。
ミシェル・ヴィンセントは敵でもゲイザーの内通者でもなんでもなく、スレイプニールに所属するエージェント。つまりフィーネやウェインの同僚だった。
エーリス魔術学院にも同じ任務で潜入していて、数年前から内偵調査のために学生として潜り込んでいた。
加えてこの豪華客船に居るのも、二人と同じ任務を帯びていたから。
…………ニールの話を総合すれば、こんなところか。
「おい……そういう大事なことはもっと早くに説明しろ……」
『す、すまん。けどなフィーネ、学院に関しちゃお互い知らない方がいいと思ったんだよ。機密保持の観点ってことでな? お互いに正体を知らなきゃ、仮に片方が疑われたとしても、もう片方まで疑われるってことはないだろ?』
「あのな……全く、もういい。状況は理解した」
しどろもどろなニールの態度にフィーネは呆れ返りながらも、納得はしていた。
ミシェル本人ならともかく、直接ニールの口から聞いたことだ。なら真実として受け止めても問題はあるまい。
『黙ってたのは悪かったって、でも必要なことだったんだよ』
「分かった分かった、とにかく一旦切るぞ。今は時間が惜しいからな」
最後に言って、フィーネはニールとの通信を切る。
それからミシェルの方に視線を戻すと、見下ろしてくる彼はスッと肩を揺らして。
「納得して貰えたかい?」
と、いつものキザっぽい態度で言う。
「とりあえずは、な」
フィーネも言葉を返しながら、今まで構えていたピストルを下ろす。
「で、なんでお前もここに?」
「決まってんだろ、そいつが目当てよ」
ミシェルが視線で示すのは、さっきフィーネが床に投げ捨てた書類だ。
「おいらは上手くアルベルトの野郎に取り入って、用心棒ってことで潜り込んでな。おめえさんらをチョイと利用して、その隙に家探しをと思ってたんだが……いやはや、まさかフィーネ・エクスクルード、おめえさんだったとはよ」
「私たちのこと、お前は知っていたんだな?」
フィーネの質問に「別動隊が居るってこたぁな」とミシェルは答えて。
「……が、誰かまでは局長にゃ聞かされてなかったがね」
続けてそう、やれやれと肩を竦めながら言う。
「私だけじゃない、ウェインも一緒だ」
「おいおい……あの野郎もエージェントだったのかい?」
きょとん、とした顔を浮かべるミシェル。
どうやら彼としても、ここでウェインの名前が出てくるのは予想外だったらしい。本気で驚いているような顔だ。
だからフィーネは「ああ」と頷き肯定してやる。
……すると、ミシェルは思案するように顎先に指を当てて。
「ってこたあ……追われてんのは野郎の方か」
と、何かの合点がいったようにひとりごちる。
「おい、どういうことだ」
そんな彼の独り言が不審に思えて、フィーネが問う。
――――と、その直後だった。
船のあちこちから、騒がしい声が響き始めたのだ。
それに留まらず、すぐ後に乾いた銃声までもが連続して木霊してくる。
「……ッ!」
聞きつけたフィーネがハッとする中、ミシェルは「……ってことだ」と肩を揺らす。
「おいらにまんまと囮に使われたなぁ、おめえさんじゃなく……どうやら、野郎の方だったみてえだな」
「まさか、仲間を囮に使うとはな……」
大きく溜息をついてあきれた様子のフィーネに、ミシェルはまた肩を竦め返して。
「仮にもスレイプニールのエージェントだ、魔導士なのは分かり切ってらぁ。それがまさか、ただの人間相手に遅れは取らねえだろうと思ってな」
そう言った後で一呼吸の間を置き、フィーネの方にチラリと横目を流すと。
「それとも何かい、おめえさん……あの野郎がこの程度の状況、切り抜けられねえとでも思ってんのかい?」
なんて、皮肉っぽい口調で言う。
それにフィーネはフッと微かに笑い「まさか」と答える。
すると、ミシェルもニヤリと笑って――十手を軽く肩に乗せながら、彼女にこう言った。
「とにかく、こうなった以上は野郎と合流するのは先決だ。後のこたぁ、それから考えるとしようぜ」
「…………と、いうことだ」
「マジかよ……」
時系列は戻り、現在。警備室で事のあらましをフィーネの口から聞いたウェインは、ただただ呆然としていた。
ミシェルに感じていた例の違和感――奴が異様に戦い慣れていることも、これで何もかも腑に落ちた。
あまりにも当然な、でも考えもしなかった意外な答えだ。
「なんてこった……同じスレイプニールなら、そりゃあ場慣れしてて当然だよな……」
それにウェインは肩を落とせば、大きな溜息をついて納得する。
「事情は呑み込めたかい?」
そんな彼に、壁際にもたれ掛かったミシェルが言う。
ウェインは「とりあえずは、な」と疲れた顔で返し、
「てめえはともかく、フィーネが言うなら信用できる」
「あーあ、おいら信用されてないねえ……」
「逆にてめえも俺らのこと、疑ってたんだろ?」
皮肉っぽく言うミシェルにそう言い返せば、ミシェルはニヤリと僅かに口角を釣り上げながら。
「まぁな」
と、どこかキザっぽい口調で肯定した。
「……で、これからどうするよ」
「こうなりゃ仕方ねえだろ、方針変更しかあるめえよ。本当ならおいらが証拠物件を奪取して、そのまま船からトンズラ……後は控えてるSHADOWの連中に任せちまうつもりだったがねえ」
ウェインの問いかけに、ミシェルはそう答えて。
「だが――見つけちまったんだろ、あの金庫で?」
続けてチラリとフィーネの方に目配せをしながら、彼女に問う。
それにフィーネは「ああ」と頷いて肯定すると、
「奴が金庫に隠していた資料の中に、こんなものを見つけたんだ」
言って、ウェインにある書類を差し出した。
受け取ったそれを見てみると、どうやら何かのマニュアルらしい。
ぺらりとページを捲って、詳しく中身に目を通してみる。
そこに記されていた内容は、Dビーストに関する機密資料だった。
先日戦ったインヴィジリアを始めとした、これまでに出現したDビーストについてや、次元湾曲現象についての情報が事細かに記されている。
だが、重要なのはその先だ。
記述されていたのは、手のひらサイズの小さなアンプルの使い方。
――――Dビーストを召喚するための、アンプルの説明書だった。
つまり、この船のオーナーは……アルベルトは、護身用にDビーストを所有している可能性が極めて高い。
「冗談だろ……!?」
想像を絶するその内容にウェインが驚く傍ら、フィーネは「厳密に言えば、所有しているのとは違うようだ」と付け加える。
「説明書にあるアンプルを叩き割ることで、意図的に次元湾曲現象を引き起こし……ワームホールの向こう側からDビーストを呼び出す、といったものらしい」
「なんてこった……つったって、奴は一体どこからそんなもんを?」
ウェインの疑問に「詳細は分からん」とフィーネは答えて。
「だが、恐らくは奴が電話で話していた『マスター』という者から提供されたものだと……そうだな、ミシェル?」
続けてチラリと視線を向けて言うフィーネに、ミシェルは「おう」と頷き返した。
「おいらも詳しいこたぁ知らねえが、奴の口振りから考えるに、そいつが大本でほぼ間違いねぇだろうな」
ミシェルがわざとらしく肩を揺らす中で、ウェインは尚も資料のページを捲る。
……手元の書類にはアンプルの使い方だけじゃなく、それを使って呼び出せるDビーストの情報まで丁寧に書かれていた。
資料を斜め読みする限り、かなり強力なDビーストなのは確実。こんなものが放たれては、ウェインやフィーネですら苦戦を強いられるだろう。待機しているSHADOWのクーガー程度では確実に太刀打ちできない相手だ。
だから、今すべきことはひとつ。
アルベルトを確保し、奴の手からアンプルを奪い――Dビーストの出現を何としてでも阻止することだ。
「そいつを見つけちまったからには、ここで退くわけにゃいかなくなったってこたぁよ。是が非でもアルベルトの野郎をとっ捕まえなけりゃならねェ。だから……おめえら、力貸しな」
「無論だ」
「ヘッ、てめえに言われるまでもねえや」
ミシェルの言葉に、フィーネと一緒に頷くウェイン。
「こんなもん放っておけるかよ……で、奴は今どこに居やがる!?」
手にしていた書類をフィーネに押し付けて、ウェインは今にも飛び出していきそうな勢いだったが……しかしそこを「待ちねえ」とミシェルが止める。
「焦りは禁物だぜ? アルベルトは……どうやら上層区画に逃げてるみてえだな。おめえさんが散々蹴散らしてくれたおかげで、敵の数もそう多かねえや」
監視カメラの映像を見ながらミシェルは言うと、警備室の奥に一度引っ込んでいって……。
「ほらよ、おめえさんはコイツを持っていきな」
と、奥から引っ張り出した何かをウェインに投げ渡した。
ウェインが受け取ったそれは……銀色の大きなショットガンだった。
一発ずつガシャンと手動で装填するポンプアクション式で、口径はポピュラーな12ゲージ。船の備品だからか、潮風での錆対策にクロームステンレスで造られている。
「へえ、ご機嫌じゃねえか」
「奥の武器庫に転がってた中じゃ、一番上等な代物だ。これで弾切れ問題も解決だな?」
「礼は言わねえぜ」
「んじゃあ、貸しひとつだな」
皮肉っぽく言うミシェルに、ウェインは思わず「おい!」と怒鳴る。
「真に受けんなよ、冗談だ」
それにミシェルはくくくっ、と皮肉っぽく笑って返しながら、
「フィーネ・エクスクルード、おめえは何か要るかい?」
と、彼の隣に居たフィーネに問う。
だがフィーネは「要らん」と首を横に振って即答し、
「飛び道具など、私にはこれで十分だ」
と言って、隠し持っていたピストルを左手で抜く。
当然ながらウェインと同じもの、サイレンサー付きのスレイプニール特製ピストルだ。
それを見たミシェルは「そうかい」と肩を揺らしながら、手にぶら下げていた十手を肩にかけて二人の方に振り向く。
「奴をとっ捕まえるのがベストな結末だが……手向かうようなら構うこたあねえ、叩きのめしちまいな」
「とにかく、奴がDビーストを呼び出す前にどうにかするのが先決だな」
「ここからはド派手に暴れりゃいいってことか、俺好みだぜ」
「くくっ、よく言うぜ……今までだって、散々暴れてたんじゃねえのかい?」
「うるせえっ! 不可抗力だ、不可抗力! そもそもてめえが原因じゃねえかっ!」
「ああ、そうだったねェ。悪かったな」
「ったく……」
「――――そいじゃお二人さん、行くぜぃ」
「おうよ」
「急ぐぞ、いつ奴がDビーストを呼び出すかも分からん」
(第八章『インター・ミッション』了)




