第七章:エスピオナージ・オペレーション/04
バックヤードの廊下に、激しい銃声が木霊する。
〈ウェイン、次が来ます!〉
「分かってらい! ――――フレイムシュートだ、喰らいやがれっ!」
ピストルを連射しつつ、合間に突き出した手のひらから灼熱の火柱――火属性の魔術『フレイムシュート』を放ち、迫りくる警備の黒服たちをウェインは次々と叩きのめしていく。
〈残りの弾は!?〉
「まだまだ余裕はある!」
〈ならば……!〉
「強行突破するっきゃねえよなぁっ!」
空のマガジンを放り捨て、素早く新しいマガジンを装填。リロードの完了したピストルを構えながら、ウェインは黒服たちとの距離を一気に詰める。
ガンガンガン、と連射して敵の動きを封じつつ、地を蹴ったウェインは三角飛びの要領で壁を蹴りながら、一気に黒服たちの懐に飛び込んで……。
「オラァッ!」
そのまま、一人の側頭部に飛び蹴りを喰らわせた。
鋭い蹴りを喰らった黒服の一人が昏倒して倒れる中、着地したウェインは素早くピストルを構え。残る数人の敵に向かって連射する。
警備員たちは全員が黒いスーツの下に軽い防弾チョッキを着けていたが、しかしウェインの銃から放たれるのは特製の5.7ミリ特殊徹甲弾だ。あんな薄い防弾チョッキぐらい簡単に貫いてしまう。
パスパスパスッ、とサイレンサーで抑えられた小さな銃声が響く。
すると――防弾チョッキごと貫かれた黒服たちが、バタバタと一斉に倒れていった。
〈突破口は開けました、今のうちです!〉
「おうよ!」
これで、ひとまず敵の包囲網は突破した。
ウェインは足元に倒れた黒服たちの骸に一瞥もくれないまま、バックヤードの廊下を全力疾走で駆け抜ける。
(――――ウェイン、聞こえるか?)
そうして走っている最中、頭の中にフィーネの声が聞こえた。
実際に耳で聞いているわけじゃない、頭の中に直接、彼女の声が響いているのだ。
――――念話。
これも魔術のひとつだ。言葉を介することなく、他者と直接こうして意思を交わし合うもの。要はテレパシーの類だと言えば分かりやすいか。
ただし念話を使うには条件があって、それは使う魔導士がお互いに深く信頼し合っていること。故に普通はよっぽどの深い関係じゃない限りは使えないし、使う機会もない魔術だ。
……が、ウェインとフィーネの間柄なら念話も使える。
それはひとえに、二人が幼い頃から一緒に長い時間を過ごしてきたが故のこと。だからこうして念話で意思を交わすことも、この二人に限っては容易いことなのだ。
…………尤も、フィーネの方の親愛感情が振り切れていることも大きな理由だが。
(おうよ、どうしたフィーネ?)
フィーネの声にウェインも言葉を発さずして、遠く離れた彼女に応じる。
(何やら騒がしくなっているようだが……どうした?)
(あー……すまん、感づかれたみてえだ)
(お前、一体どんなミスをした? 怒らないから私に言ってみろ)
(違うってえの! ……敵の中にどうにも勘の鋭い奴が居やがる。俺の仕掛けた盗聴器まで見破りやがった……フィーネ、お前も気を付けろよ)
(ウェイン、その件だが……)
何かを言いかけたフィーネは、しかし途中で言い淀む。
彼女にしては珍しくハッキリしない態度に、ウェインが不思議に思っていると。
(……私の方はちょっとしたイレギュラーが起きたが……詳しいことは後で説明する。とにかく今はお前と合流するのが先決だ)
と、念話で言う。
(あいよ。んで合流ポイントは?)
(ブリーフィング通り、船の警備室にしよう。あそこなら何かしら武器もあるはずだからな。場所は下層区画だ、ちゃんと一人で来られるか?)
(子ども扱いすんなよ、船内図はちゃーんと頭に入ってる)
(ふふっ、ならそれでいい。――――ウェイン、気を付けてな)
(お前もな、フィーネ。……あいよ)
念話でフィーネに頷きつつ、ウェインは敵陣を一気に突破する。
時にピストルで撃ち倒し、時に攻撃魔術で焼き払い。場合によってはさっきみたいに三角飛びで壁を蹴って飛び掛かりつつ……上層VIPフロア、バックヤードの廊下を突っ切っていく。
〈ウェイン、ここは階段で行くべきかと!〉
「ったりめえだ! エレベーターなんぞ使ってみろ、そん時ゃドア開いた瞬間に山盛りの敵とご対面だ!」
そうして突き当たりまで辿り着けば、ウェインは先程使った従業員用のエレベーター……ではなく、階段を駆け下りていく。
普段は使われていないような、ほぼ非常用の階段だ。
分厚い水密扉を開けて、急角度の階段を一気に駆け下りる。
「待てっ!」
「逃がすな、奴は階段だっ!!」
だが下から二人、上から三人の追っ手が挟み込んできた。
〈ウェイン!〉
「慌てんなよ、相棒!」
だがウェインは焦らず冷静にピストルを構えて。
「こういう時はな、慌てた方が負けんだよ!」
バッと振りむけば、まずは上から追ってくる三人の警備員に向かって発砲する。
響くのは、くぐもった銃声。
サイレンサーで押さえつけられた発砲音が響けば、放たれた5.7ミリ拳銃弾が迫りくる追っ手を貫いていく。
「さあてと、お次は!」
〈前から二人、間もなく接敵します!〉
「あいよ! だったらこっちからお出迎えだっ!」
後ろの三人を倒せば、そのままウェインは階段を飛び降りた。
手すりをバッと飛び越えれば、眼下に迫る二人の追っ手に向かって――ウェインは飛び降りながら、左手のピストルを構えた。
「あらよっと!」
トリガーを引き、連射。頭上から三発を同時に撃ち込んで、まずは片方を無力化する。
……が、そのタイミングで弾が切れた。
ウェインは舌を打ちつつ、そのまま重力任せにもう一人に飛び掛かる。
「オラァッ!」
もう片方の顔面にキツい膝蹴りを喰らわせつつ、バッと着地。
顔面に膝蹴りを喰らった衝撃で、警備員がよろめいた隙に……弾切れのピストルをリロードする。
空のマガジンを捨てて、新たな二〇発フルロードのマガジンを左手で叩き込む。
後退したままのスライドをガシャンと元に戻し、初弾装填。これでリロードは完了だ。
「うぅ……っ」
とした頃に、よろめいた警備員が我に返った。
折れた鼻から鼻血を垂らし、フラつきながらもウェインに向かってピストルを向けようとする。
だが――――ウェインの方が圧倒的に早い!
「やらせるかよ!」
ウェインはバッと振り上げた脚で回し蹴りを放ち、まずは警備員の右手からピストルを弾き飛ばす。
そのままの勢いで突進しながら、ウェインは警備員の胸に銃口を押し付けて……零距離でピストルを撃ちまくった。
密着した状態で撃たれた警備員が、力を失いガクッと膝を折る。
――――これで、全員を排除した。
〈急ぎましょう、ウェイン!〉
「おうよ!」
ウェインは邪魔な警備員の骸を払い除けつつ、三段跳びで階段を駆け下りていく。
目指すは船の下層区画にある警備室、フィーネとの合流ポイントだ。




