第六章:絡みつく疑念の糸/03
「――――って感じだ」
「あのミシェル・ヴィンセントという男、どうにも怪しさが拭いきれん。私たちは奴をひとまず候補の一人だと捉えている」
『なるほどなあ』
その夜、学生寮の203号室で、二人は通信機を使ってニールに彼の件を……ミシェルの件を報告していた。
通信機のモニタに映るニールの表情は、なんとも言えないような色をしている。
〈私もお姉様と同意見です。何より……以前、お姉様が感じたと仰っていた風のことが気がかりです〉
そんな彼に向かって、ジークルーネもそう意見する。
〈私もおおむねルーネやお二方に同意です。実際に手合わせした立場から言わせて貰えば……腕前はウェインと同程度、あるいはそれ以上かもしれません〉
続けてファルシオンも、あくまで冷静な声で言う。
「おいおい、言ってくれるじゃねえか相棒」
〈事実ですから。そのことはウェイン、直に戦った貴方が一番よく分かっているでしょう?〉
「……ま、悔しいがその通りだ。次に手合わせしたとして、勝てる自信は正直言ってあんまねえよ」
「とにかく、奴が怪しいのは事実だ。私たちは引き続きあの男の動向を探ってみる。ニールの方でもう一度、ミシェル・ヴィンセントの裏を洗ってみて欲しい」
『そうか……』
真剣な声のフィーネに、しかしニールの返事はどこか曖昧な調子。
だからウェインが「おいおっさん、真面目に聞いてんのか?」と怪訝な顔で言えば、
『あーうん、聞いてる聞いてる』
と、なんとも微妙な感じにニールは頷いて。
『それより、二人に別件で頼みたい任務があるんだ』
続けてそう――話の軌道を全く別方向へと逸らしてしまう。
『単刀直入に言えば、お前たちには密偵をやって貰いたい』
「密偵だと?」
「んなもん、今こうしてやってる最中だろ?」
首を傾げた二人に『そうじゃない』とニールは言い、
『……潜入するのは豪華客船、富裕層向けのカジノが開催されているクルーズ船だ』
「おいおい……そんなもん、俺たちスレイプニールの仕事じゃねえって」
『ウェイン、いいから話は最後まで聞けって』
「へいへい……」
ウェインが肩を揺らす中、ニールは小さく咳払いをしてから説明を始める。
『作戦目的は船のオーナーの調査と、奴が保管している裏の顧客名簿の奪取だ』
「ふむ、ますます我々の仕事とは思えんな」
『ここからが本題だ、フィーネ』
と、ニールは言って。
『――――このオーナー、どうもゲイザーと繋がっている疑惑がある』
「……なるほどねえ。そりゃあ確かに俺らの出番だ」
「つまり、作戦目標はあくまで行きがけの駄賃。本命はそのオーナーが奴らと繋がっている、その証拠を掴むこと……そうだな、ニール?」
確認するようなフィーネの問いに、ニールは『その通りだ』と肯定する。
『動かぬ証拠が必要だ。ウェイン、フィーネ、それを手に入れてくれ』
「へへっ、いいじゃねえか。俺は乗ったぜ」
「それが私たちスレイプニールの仕事だからな」
『……ああ、それと沿岸には別動隊が待機することになっているらしい』
「別動隊だと?」
きょとんとするフィーネに『そうなんだ……』とニールは微妙な顔で頷き返し、
『帝国警察の対ナイトメイル特殊部隊『SHADOW』のクーガーが、沿岸に待機することになっているんだ』
――――特殊部隊SHADOW。
正確にはノーティリア帝国警察・対ナイトメイル特殊部隊SHADOW。可能性として起こりうるナイトメイルを使った凶悪犯罪に対抗するために、帝国警察が組織した対ナイトメイル戦特化の特殊鎮圧部隊のことだ。
部隊には魔導士も少数居るが、隊員の大半は警察内の魔導適性のある者を……言ってしまえば魔導士未満の人間をスカウトする形で揃えているという。
またナイトメイルも部隊の均一化と統制強化のため、学院でも使っている訓練機『クーガー』の特別カスタム機で全て統一している……と、ウェインもフィーネも前に聞いたことがある。
……が、彼らに実戦経験はない。
当然だ。そもそも魔導士の数が少ない上、更にその中でナイトメイルを使った犯罪を起こす者などほぼ存在しないに等しいのだ。
だからSHADOWは設立されて長い時間が経った今でも、一度として実戦の機会には恵まれていない。いわばお飾り同然の特殊部隊だ。
…………つまり、使いものにならないのだ。
「おいおい……なんの役にも立たねえぜ?」
「無意味だ、下がらせた方がいい」
だからウェインもフィーネも怪訝な顔をしてそう言ったが、しかしニールは『気持ちは分かるがな……』と溜息交じりに答えた後。
『んでも、連中は俺たちとは別の命令系統で動いているんだ。だから俺の権限でSHADOWの連中を下げることは不可能なんだよ』
「おいおい……」
『ま、アイツらも手柄が欲しいんじゃないのか? ただでさえ帝国警察のお荷物だの穀潰しだの、予算の無駄遣いだので散々叩かれまくってる連中だ。無理くりにでも俺たちスレイプニールのヤマに首突っ込んで、少しでも手柄を立てたいんだろうな』
大きく溜息をつきながら言ったニールは、またこほんと咳払いをして。
『……話、戻すぞ』
と言って、脇道に逸れた話題を元に戻す。
『豪華客船への潜入、その為に必要な衣装はもう送ってある。届いてるよな?』
ウェインはそれに「おうよ」と肯定して、
「コイツのことだろ? 帰り際におっさんから俺たち宛てだって、理事長の爺さんから預かってきたんだ」
そう言いながら、傍らに置いてあったアタッシュケースを引っ張り出す。
ニールは画面越しに見て『それそれ、それだ』と言い、
『……とにかく二人とも、よろしく頼む。そっちはそっちで忙しい中、わざわざ別件任務に駆り出してしまうが……お前たち二人にしか出来ない仕事だ。ウェイン、フィーネ、くれぐれもよろしく頼んだぞ』
最後にそう言うと、彼の方から通信を切った。
「豪華客船への潜入任務、ねえ……」
通信を終えた後、パタンと通信機を閉めながら呟くウェイン。
その横でフィーネはふむ、とアタッシュケースを手に取る。
「とりあえず、その衣装とやらを見てみよう」
「あー、そういや中身見てなかったな」
ニールから送られてきたのは、大きなアタッシュケースだ。
銀色で、恐らくジュラルミン製。大きさ的にも衣装一式を入れるには丁度いいサイズだ。
「にしたって、こんな大袈裟なもんで送って来なくたっていいのによ」
「衣装を送るぐらい、ダンボールでも構わんと思うのだがな」
「おっさんのことだ、この方がそれっぽくて気分が出るとか言うんじゃねえか?」
「ふふっ、違いない。ニールなら言いかねん台詞だ」
そんな風に二人で冗談を言い合いながら、一緒にアタッシュケースを開けてみる。
二ヶ所のロックを外して、パカッとケースを開く。
開いたその中に収められていたのは、ニールの用意した潜入用の衣装だ。
しかし、その衣装を目の当たりにした二人は。
「これは…………」
「…………マジかよ」
と、思わず互いに顔を見合わせるのだった。
(第六章『絡みつく疑念の糸』了)




