第二章:Kissは甘く切なく、愛おしく/03
「おい、ちょっといいか」
そうして魔術の実技授業が終わり、教室に戻ってきた直後――ウェインはまた風牙に絡まれていた。
またかよ、と呆れた様子のウェインに、風牙はどういうわけか「ちょっと昼飯付き合えよ」なんてことを口にする。
「はぁ? なんで俺がてめえなんかと」
「だーれがお前なんぞと二人っきりでランチタイムに洒落込むかよ!? フィーネちゃんも一緒にだ、一緒に!」
言われたウェインが困った顔で目配せをすると、隣に居たフィーネはうむと小さく頷き。
「私は構わない、ウェインさえ良ければの話だが」
と、肯定するようなことを口にした。
そんな彼女の反応を見て、ウェインも少しだけ悩んだ後「……分かったよ、仕方ねえから付き合ってやる」と、渋々といった様子で了承する。
「でしたら、私も混ぜてくださいませんか?」
そうすると、横から話に入ってきたのはフレイアだ。どうやら彼女も一緒に行きたいらしい。
風牙のお目付け役という意味でか、それとも単なる興味本位かは分からないが……どちらにせよ、ウェインたちからしてみれば彼女が居てくれた方がありがたい。相手が風牙だけというのは……さっきの出来事もあって、どうにも距離感に困りそうだったから。
「あえ? んー……まあいいか、フレイアも来いよ折角だし」
「俺たちは構わねえぜ、なあフィーネ?」
「ああ、お前なら大歓迎だ。少し話足りないと思っていたところだからな」
「ふふっ、ありがとうございます♪ でしたら参りましょうか、早く行かないと席が埋まってしまいますし」
ということで、今日の昼休みはこの四人で昼食と洒落込むことになったのだった。
教室を出て、四人で向かうのは食堂棟。校舎からほど近い場所、ほぼ隣接しているような距離にある建物で、校舎とは長い渡り廊下で接続されている。
そんな食堂棟に入っていけば、流石に昼休みというだけあって……既に無数の生徒たちでごった返していた。
とはいえ、早めに来られただけあって席にはまだ余裕がありそうだ。ウェインたち四人は食券機で手早く各々の食券を買い求め、カウンターで交換し……それぞれ昼食の載ったトレイを手にして席に着く。
場所は二階の角にある六人掛けのテーブル席、窓際で景色のいい中々のベストポジションだ。
ちなみに配置はウェインとフィーネが隣り合って座り、対面に風牙とフレイアという感じ。ウェインとフィーネにとって学院で過ごす初めての昼休みは、そんな位置関係で顔を突き合わせてのものだった。
「あら……? お二人とも、ひょっとして左利きなんですか?」
と、そうして皆で昼食を摂り始めた矢先のこと。対面に座る二人の手元を見て、ふと気付いたフレイアがそんなことを言った。
というのも、ウェインもフィーネも箸を持つのは左手なのだ。
それを見てフレイアは気付いたらしく、二人にそう質問していた。恐らくは話の切っ掛けにでもなれば、とでも思ったのだろう。
「あー、そういやそうだな」
「言われてみれば、な。別に気にしたことはなかったが、確かにウェインと一緒だ」
「ふふっ、お二人はそんなところも似ていらっしゃるんですね」
「似てる? 私とウェインがか?」
きょとんと意外そうな顔をするフィーネに、フレイアは「はい♪」と楽しそうに微笑みながら頷く。
「ホームルームでの挨拶の時から思っていたんですが、お二人はとてもよく似ていらっしゃいます。似た者同士……といったところでしょうか♪」
「ううむ、私自身はそんな気はしていないのだがな……なあウェイン、私とお前ってそんなに似ているか?」
「いや俺に聞くなよ、分かんねえよ俺にも」
「ええ、よく似ていますよ? ねえ風牙?」
「そうかい、俺にゃそんな風には見えねえがなあ。……ところでフィーネちゃん? 今日の放課後ってお暇だったりしなーい?」
「残念だが暇じゃない。誘いならさっき断ったはずだが」
「なんだてめえ、さっきの続きでもやる気か?」
「違うっての! あん時は確かに俺も強引過ぎたよ! だから改めて、ちゃーんとした形でお誘いしてんの!」
「ま、その結果は玉砕みてえだがな。ざまあみろ」
「んだとぉ!? ……まあいいさ、次の機会は幾らでもあるからな!」
あっさりフィーネに断られても、めげる様子のない風牙。その根拠のない自信はどこからやって来るのか……懲りた様子なんて無さそうな彼を見て、呆れたウェインは「勝手にしやがれ……」と肩を竦めるしか出来ない。
「……ま、その話は置いといてだ。お前ちったあやるじゃねえか」
そんなウェインに、風牙はふと思い出したように言う。
ウェインが首を傾げて「なんの話だよ?」と訊き返せば、風牙は「さっきのことだよ! お前やフィーネちゃんの魔術、凄かっただろ!?」と言い。
「フィーネちゃんは当然として、確かにお前のもすげえよ。想像以上だった。そこに関しちゃ認めるよ」
だがな、と続けて風牙は言い。
「でも午後からのナイトメイルが本番だ、魔導士の本懐は魔導騎士だからな。……よお、どうせ持ってるんだろ? てめえのナイトメイルをじっくり見させて貰うぜ」
と、ニヤリと不敵に笑いながら言う。
「お二人ともご自分のナイトメイルを持っていらっしゃるのなら、今日の授業は……多分、お二人のを見せていただく形になるかと思います」
そうすれば、フレイアも続けてそんなことを二人に言った。
「俺たちのを……ねえ」
「ふむ……根拠はあるのか、フレイア?」
ウェインとフィーネが訊き返せば、フレイアは「はい」と小さく頷き返す。
「折角の転入生、しかもあれだけの魔術を行使できるお二人です。その実力は確かでしょうし……皆の後学のためにもなりますから。ですから私が先生の立場なら、そうします」
それを聞いたフィーネは「ふむ……」と唸り、
「しかし、見せてしまっても良いものだろうか」
と、隣のウェインに小声で耳打ちをする。
するとウェインは「良いんじゃねえか」とやはり小声で答えて、
「おっさんからも許可は出てるんだ、構うこたあねえよ。何より……この野郎に舐められっぱなしってのも癪だからな」
なんてことを続けて呟けば、ニヤリと牙を剥くように笑う。
そんな彼のどうにも悪い笑顔を横目に見て、フィーネはやれやれと肩を竦めてしまう。
「負けず嫌いなところは相変わらずだな、また悪い癖が出なければいいが……」
肩を竦めながら、フィーネは思わずそんなことを呟かずにはいられなかった。
(第二章『Kissは甘く切なく、愛おしく』了)




