95 時の牢獄、空間の断裂
迷宮の影響範囲に仇敵が入っていく。
それをトモヒロはしっかりと把握していた。
対策もしっかりとっている。
仲間と共に押し寄せてきた仇敵。
予想通りに進んでくるそれの前に、トモヒロは迎撃部隊を置いていた。
いずれもレベル500の者達。
まともに戦ったら勝ち目はない。
だが、それらは迫る仇敵に対して、怯むこと無く魔術・超能力を放っていった。
迷宮の影響範囲に入り、本来のレベル2000の能力を発揮する仇敵。
その瞬間に迷宮まで一気に駆け抜けようとした。
行く手を阻む全てを粉砕するつもりで。
しかし、その動きは異様なほどゆっくりとしたものになっている。
共にやってきた仲間もだ。
一瞬、仇敵は何が起こってるのか分からなかった。
なぜだか知らないが、目の前にいる敵とおぼしき者達。
姿形は人間その者のそれらの動きが異様に早いのだ。
能力増強の魔術や超能力を使ってるのかと思った。
だが、それにしても動きが尋常でなく早い。
能力強化系の魔術や超能力では不可能なほどだ。
では、自分達に能力低下系の魔術や超能力が使われたのかと思ったが。
そういった気配は全く感じない。
直接作用する魔術や超能力なら、大なり小なり使われた事が何となく分かる。
また、不利な効果をもたらすものなら、かからないように意思の力で弾くことが出来る。
だが、そういった効果はまったく感じない。
(まさか)
とある可能性に思い至る。
相手の動きがやたらと早く感じる。
なのにそれを可能とする魔術や超能力が使われたとは思えない。
となれば、自分達に直接作用しない何かが使われた事になる。
自分を取り巻く空間・場所そのものにだ。
ありえない事ではない。
天空から降り注ぐ稲妻や、大地を引き裂く地割れなど。
自然現象などを起こして相手を攻撃する手段も確かにある。
そういった何かが使われたのだろうと仇敵は察知した。
ではいったい何が使われてるのか?
何が行われてるのか?
そう考えてとある可能性に行き当たる。
レベル2000に至った能力が答えを導き出す。
(時間か!)
その通りである。
仇敵と仲間のいる場所の時の流れ。
それを操作されているのだ。
極度に遅くなるように。
その場にいる者達の動きがとてつもなく遅くなるように。
レベル500の者が揃って時間の流れに干渉したのだ。
それなりの広さに渡って、かなりの時が流れを遅らせていく。
レベル2000の探索者をカタツムリやナメクジよりも遅くする程に。
そこに踏み込んだ仇敵達に、更に別の魔術・超能力が使われていく。
今度は空間に作用するものだ。
いわゆる転移、瞬間移動である。
それが動きを滞らせる仇敵達に用いられていく。
とある場所から別の場所へ。
一瞬にして移動する魔術・超能力である転移。
瞬間移動とも言われるこれに、直接的な攻撃力は無い。
物体を別の場所に移動させるだけなのだから。
ただし、それは使い方次第である。
壁や土などの物体の中に放り込めば、分子原子の単位で融合する。
そのまま即死する事になる。
それだけではない。
転移する部分をある程度限定したりずらせば、少し違った攻撃が出来るようになる。
たとえば、転移するのを上半身だけにするとか。
腕だけ、足だけにするとか。
そうすれば、指定された部位だけが転移する。
当然ながら、胴体だけが別の場所に転移する。
手足だけが別の場所に転移する。
どれ程鋭利な刃物でも不可能なほど滑らかに身体や物体を分断する。
それが仇敵に向かって行われた。
攻め込んできた者達が全員、身体を部位単位で分断していく。
何十人、何百人といるレベル500の者達によって。
「──── !」
悲鳴をあげる事もなく、仇敵とその仲間は細切れになった。
幾重に重ねて、微妙にずらして行われた転移。
それは対象となった仇敵達の身体を文字通りに細切れにしていった。
肉片にまで細断された仇敵達。
それらは、地下迷宮のとある1区域に飛ばされる。
新設された、迷宮の壁の中に飛び込むように作られた場所だ。
そこに転移した仇敵だった物体の数々は、続く転移で迷宮の壁の中に放り込まれた。
分子原子の段階で融合していく。
今まで同じ目にあった者達がそうであったように、霊魂ごと迷宮に吸収されていく。
最後に残った仇敵は、こうして潰えていった。
トモヒロは最後に残っていた心のしこりを消すことが出来た。
「ようやくか」
達成感というよりは安堵感をおぼえる。
今までそうであったように、復讐の対象を消すごとに得ていた感覚だ。
身体から力みが消えて穏やかに落ち着いていく。
「長かったなあ」
そう呟くと、深々とため息を吐いた。
この日、トモヒロはようやく様々なとらわれから解放された。
地下迷宮の奥深くで、たとえようのないほど大きな爽快感をおぼえながら。
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