94 善悪のない者
迷宮に向かう仇敵とその仲間。
いずれも高レベルの探索者だ。
レベルは2000に到達している。
人類最高とまではいかないが、ここまでレベルを上げられる者もそう多くはない。
そんな人類の中でも希有な存在になってる仇敵。
だが、その実力をもってしても覆せない現実に襲われている。
トモヒロの迷宮による人類社会への攻撃。
それを避けるために求められた、仇敵をはじめとした者達の殲滅。
それは高レベル探索者の仇敵にも及んでいた。
周囲の一般人による有形無形の圧力や攻撃。
同業の探索者からの拒絶。
政府からの追求。
様々な事が仇敵に襲いかかってきた。
おかげで家族や関わりのある者達も酷い目にあっている。
子供に孫、さらにひ孫まで悲惨な目にあっている。
その事に仇敵は憤りをおぼえていた。
「くそ……っ」
何度も口から漏れる悪態には苛立ちが色濃くにじんでいる。
(なんでこんな目に!)
理由が分からないわけではない。
原因ははっきりしている。
かつて学校で遊んでいた者。
そいつが迷宮の主人になって報復に来ている。
これは仇敵も理解していた。
だが、ここで反省するわけではない。
自分が悪かったなどとも思わない。
(昔の事だろ!)
過ぎ去った過去の事をいつまでも気にしてるのが腹立たしかった。
仇敵からすれば、ただの遊びである。
叩いて殴って弄んで。
これが悪いことだとは思ってない。
むしろ、何が悪いのか分からないほどだ。
(なんでだ!)
とるにたらない事でなんでこうも酷い扱いを受けるのか?
それが仇敵には分からなかった。
そういう人間である。
何が悪いのか分からない。
自分が楽しいら悪行でも平気でやる。
良心の呵責などない。
善悪の区別がつかないからだ。
してはいけない事が分からない。
そういう人間は確かにいる。
善悪の区別がつかないから、悪いことを平気でやる。
それをたしなめられても理解が出来ない。
何も悪いことをしてないのに、なんで叱られるのかと怒るほどだ。
そんな人間だからトモヒロからの反撃を理解できないでいる。
どうして自分が攻撃対象になるのか?
これに疑問しか出てこない。
理由が分からないから理不尽に思える。
ただただ腹が立ち、頭にくる。
どうして自分がこんな目にあうのかと。
だから憤りと共にトモヒロの迷宮へと向かう。
彼の主観からすれば理不尽としか言いようがない事をしてきた者へ。
落とし前をつけさせるために。
そんな思考こそ非道というべきなのだが、本人が理解することはない。
どれほど説いても分かることはない。
人間、自分の中にない物事を理解することはない。
仇敵にとって、それが善悪だった。
強いていうなら、仇敵にとって良いこと。
それが善である。
仇敵にとって悪いこと。
それが悪である。
自分にとって良いか悪いかだけで決まる事。
それが仇敵にとっての正義だった。
もちろんこんなもの正義ではない。
一人一人の立場によって変わるもの。
それは都合というものだ。
人はそれぞれの都合を正義と勘違いする。
だが、正義とは誰かのものになるものではない。
誰かに利益を与えるものではない。
それぞれの都合や我が儘を抑えて守るべきものである。
人が寄り添うものである。
誰かが好き勝手にいじれるものではない。
だが、自分を正当化するために、人は自分の都合を正義と嘘を吐く。
仇敵は今まさにそうしている。
やらかした悪事を正しいことと言い放つために、己の都合を押し通している。
もっとも正義に悖ってる。
そんな仇敵は迷宮の影響範囲へと向かっていく。
そこにある全てを蹂躙するために。
自分がされた事をやりかえすために。
そもそもとして自分が相手に色々やらかしてるのだが。
その事を振り返る事は決してなかった。
振り返らねばならないとも思ってないのだから。
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