56 そんなもの溜めこむなと叫びたい
翌日。
回復したとは言いがたいやる気を抱えて迷宮に向かう。
娯楽殲滅派の面々は一様に疲れた顔で迷宮を目指していく。
とはいえ、1階から順に攻略していくわけではない。
転移を使い、可能な限り手間を省いていく。
無理して進みにくい場所まで進む必要は無い。
転移の出来る限界まで転移をして、移動時間を短縮していく。
転移出来る距離には限界がある。
これは能力によって変わる。
この限界の範囲で、最も楽な移動経路をとっていく。
そうして18階の終点までやってくる。
前日に踏み込めなかった場所。
そこへと足を入れていく。
そこは色々と最悪だった。
内容としては5階に近い。
すさまじい悪臭が漂ってる。
ただ、その原因があるのが5階との違いだった。
19階は、ゴミや汚物が溢れていた。
それらによる悪臭が漂ってる。
臭い事態は5階ほど酷くは無いのが救いだ。
ただ、正真正銘のゴミや汚物がそこにある。
色々な意味で踏み込みたくない場所になっている。
「どこからこんなに集めてきたんだ……」
呆れながら19階の様子を見る娯楽殲滅派。
相変わらずの嫌がらせっぷりを嘆いている。
だが、文句を言ってケチをつけても状況が変わるわけではない。
どうにかして進み、迷宮の奥にいる核玉を破壊するしかない。
でなければ、この迷宮は存在し続ける。
娯楽殲滅派にとって許せる事ではない。
その為、娯楽殲滅派は進む。
さすがにゴミや汚物の中に踏み込むつもりはないので、浮遊の魔術・超能力を使う。
汚れを気にしてるだけではない。
健康を損なう危険が大きいというのが最大の理由だった。
19階にある汚物は様々だ。
廃材などの無機物だけではない。
腐った生物や糞便などの排泄物もある。
それらによってどんな雑菌・細菌が繁殖してるか分からない。
そんなところに肌を直接接したらどうなるか。
悪質な物質があるかもしれない。
病原菌が皮膚に張り付くかもしれない。
汚れがあるだけが問題なのではない。
汚れにはびこる人の害になる様々な物質や生物が問題なのだ。
それを警戒して、浮遊で空を飛んでいく。
また、悪臭をさけるために風を周囲に張り巡らせていく。
空気を循環させるためだ。
空気中にも問題のある細菌などが浮遊してるかもしれない。
空気感染を避けるためにも、身のまわりを安全に保たねばならなかった。
これはこれで悪質で悪辣な場所だった。
進むのが面倒というだけではない。
気分が悪くなるというだけではない。
実際に害がある可能性が高い。
だから気をつけねばならない。
いっそ、魔術や超能力で汚れを浄化しようかとも考える。
汚れを消すものもあるのだ。
それを使えば、少しは汚物も消えるだろう。
しかし、迷宮の1階層一つを浄化しなくてはならない。
そんな事、ごく一部の高レベル探索者にしか出来ない。
この場にいる者達には不可能だ。
そんな事するくらいなら、浮遊で進むか、転移した方がよい。
どちらにせよ手間はかかるが、汚物を消すよりは楽だ。
どこからとも流れこんでくる汚物の上。
いやいやながら進んでいく。
汚れに直接触れる事はないが、どうして目で見てしまう。
汚いものを見るのは、それはそれで苦痛だ。
「相変わらず嫌がらせだけは最高だな」
迷宮の主人への評価を口にしていく。
何とか回復した気力が一気に消滅していく。
ここから更に先に進むのも辛い。
この先何があるのかを考えるのも嫌になる。
そんな彼等は、黙々と終点へと向かっていく。
相変わらず怪物も罠もない。
進むことは出来る。
しかし、ここまで来ると考えてしまう。
この先に進む事が幸せなのかと。
探索者として、娯楽殲滅派としては進まねばならない。
だが、こうも利益のない迷宮を必至になって攻略してどうするのか?
そんな思いも浮かんでくる。
少なくとも、自分達が頑張る必要があるのか?
他の誰かにやらせてもいいのではないか?
そんな思いも抱いていく。
いっそ、金をどれだけ積み上げてでも、誰かに依頼した方が良いのではないかと。
まず無理だろうとすぐに思ったが。
迷宮探索を依頼するとなればかなり高い金が必要になる。
危険な迷宮探索なのだから当然だ。
それに、探索者はたいてい自分の気に入った仕事しかしない。
下手に依頼を受けるよりも、自分達で迷宮に潜った方が稼げるからだ。
そこそこに強くなれば、そこそこ強い怪物を倒した方が金になる。
生活費を稼ぐだけならそれで充分になる。
そんな者達が、わざわざこんな迷宮に足を運ぶわけがない。
怪物が出ないので金が手にはいる事もない。
そのくせ、虫除けなどである程度の準備が必要になる。
その費用も負担する事になる。
余所に頼むならば。
それなら自分達の身内で調査しようとなる。
幾らか費用を軽減する事ができるからだ。
おかげで19階まで来た者達が様々な困難に直面する。
見たくもないものを見させられ、その中を突き進まねばならない。
主義主張や思想信条がなければとっくに止めていた。
今だって、ここまで苦労してやる必要があるのかと思っている。
だんだんと考えてしまう。
確かに自分達は漫画やアニメを野放しに出来ないと思って行動してる。
こんな酷い迷宮のこんな所までやってきた。
しかし、嫌気がさす場所に突入してまで貫き通さねばならない主義主張なのだろうかと。
この思想信条は、そこまでしてやり通すような事なのかと。
(俺、何してんだろ)
(私、どうしてここにいるんだろ?)
だんだんとこんな考えが頭に浮かんでくる。
素に戻るというか、現実に向き合うというか。
苦労してまでやる事とは思えなくなる。
どうせ苦労するなら、もっと別の事をするべきではないか。
もっと違った形で頑張ればいいのではないか。
そうして目の前の現実から目をそらす。
ある意味、逃避ともいえる。
だが、たとえ逃避だとしても考えてしまう。
これが本当にやるべき事なのかと。
それでも彼等は進み、次の階に向かう階段にたどり着く。
不思議とゴミや汚物が流れこまない階段にたどり着き、下へと向かっていく。
次はどんな嫌味が待ってるのだろうと思いながら。
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