55 何もない、本当に何もない、そんなわけがない、そう思っていました
向かった18階は何の変哲もない場所だった。
広さは縦横20区域の基本的な構造。
それを区切る壁などは見当たらない。
無駄に広い空間が広がり、その奥に下に続く階段がある。
今度は何があるんだと誰もが思った。
とりあえず、様子を探る為に魔術・超能力を使っていく。
そこで判明する。
この階では魔術・超能力は使えないと。
備わってる能力で全てを把握するしかないのだと。
幸い、見通しは良い。
何もないのだから、どこまでも見通せる。
レベルが上がり、身体能力も上昇してる娯楽殲滅派には、奥の壁まで見える。
上の階からおりてる部屋の隅にある階段から、対角線の向こう側にあるもう片隅にある下り階段まで。
目で見える範囲は何でも見る事ができる。
その範囲で何かがあるという事はなかった。
それでも警戒しながら進んでいく。
直進も避けて、あえて遠回りもしていく。
見える範囲に何もないからといって、本当に何も仕掛けられてないとは限らない。
特に直進など怖くて出来ない。
なので、あえてこの階の片隅まで移動し、そこから下り階段を目指していく。
幸い、途中で何かに引っかかるという事はなかった。
問題なく下り階段にたどり着く。
ここに来て、娯楽殲滅派は安心する。
なんだ何もなかったのかと。
同時に、凄まじい徒労感に襲われる。
無駄な警戒をしていたのだと。
既に通り過ぎたから言える事だが、何もない場所に無駄な労力を支払ったのだ。
無意味な労力を割いたのだと分かってしまう。
何もない。
ありがたい事なのだが、無駄に気を張った。
しなくて良いことをしてしまった。
そう思うとやるせなくなる。
「なんなんだよ本当に……」
これはこれで嫌になる。
安全に終わることが出来たのは良い。
だが、力んだ分だけたるむのも早い。
人間、労力をつぎ込むのも辛いが、注ぎ込んだ労力が無駄になるのがもっと辛い。
無意味な作業だったと分かると、今まで何をしていたんだと思ってしまう。
何もなくて良かったと思えれば良いのだが。
なかなかそうもいかない。
人間、甲斐を求めるものだ。
生き甲斐とかやり甲斐を。
労力を注ぎ込むのは良い。
苦痛もある程度までならば耐えられる。
だが、そうまでして何も得られないのは耐えられない。
今の娯楽殲滅派がこの状態だった。
何かあるかもしれないと警戒し、これが無駄になった。
無駄な行為をして余計な徒労感をおぼえた。
気分も落ち込むというもの。
ここで彼等はやる気の全てを失った。
意思や士気と言ってもよい。
気力がなえ、先に進む気力もわかなくなった。
「帰ろう」
誰ともなくそういった。
そして、その場から撤退していった。
さすがにこの日はこれ以上先に進みたくはなかった。
帰還した彼等は、情報をまとめていく。
何階に何があったのかを。
他の者達にも情報を提供し、これからに役立てていく。
その中に個人の感想も書き込んでいく。
私見や私情は不要という意見もあるが、時に個人の感想が攻略に役立つ事もある。
この為、事実の記録とは別に、個人の見解も添えられていく。
その記入欄に彼等は様々な言葉を並べていく。
長いものもあれば、短いものもある。
要を得たものから、乱雑なものまで。
だが、それらには共通する部分があった。
「この迷宮は最悪だ」
どの感想にもこの意思が共通していた。
分析する者達も、よせられた報告からそれを理解していく。
この迷宮は最悪だと。
決して攻略できないわけではない。
ただ、ひたすらに精神的な圧迫を強いてくる。
とにかくひたすら嫌がらせをしかけてくる。
それだけに、攻略に手間も時間もかかってしまうと。
「厄介だな」
迷宮の情報を知る者達は、概ねこんな感想を抱いた。
これまたトモヒロの迷宮に共通する評価だった。
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