18 割に合わない報酬
重い気分を引きずりながら1階の調査を進める探索者達。
彼らは迷宮1階の1割ほどを探索してその日の仕事を終えた。
時間をかけながらになるので、どうしても1日で全部を見てまわれない。
そもそも、1階がバカみたいに広い。
念のために調査に来た8人の探索者は、突き当たった奥から今度は横に移動していった。
片方の壁には扉がないので、目印に困る事は無い。
回転しても、壁になってる側があるからだ。
それを見れば、今どちらに向いてるのかは分かる。
壁を頼りに進んでいけば良いだけだ。
そうして進んでいって再び奥に突き当たる。
1階の隅にあたる区域にたどり着いた。
突き当たりから50区域目になる。
距離にして1000メートルになる。
そこまで歩いて探索者達は心底うんざりした。
身体から力が抜け、虚脱状態になった。
体力的な疲労よりも、精神的な疲弊が大きかった。
この迷宮の大きさの見当が付いたためだ。
縦に100区域、距離にして2000メートル。
この縦軸を中心に左右にそれぞれ50区域だとすればだ。
横方向に合計101区域になる。
2000メートルの距離が101本だ。
それを全部見て回るとなると、とんでもない労力になる。
まっすぐ進むだけでもとんでもない時間がかかった。
それをこれから101回も繰り返す事になる。
気分がうんざりするのも当然だ。
「なあ、どうする」
探索者の一人が仲間に尋ねていく。
「この仕事、やめないか?」
誰もが思ってる事を声にしていく。
その声に誰も応えない。
それだけの元気もない。
だが、決して否定もしなかった。
安全と言えば安全だ。
今まで怪物に遭遇したわけではない。
危険な罠があったわけでもない。
だが、普通に歩くことが出来ない。
それだけで充分に嫌気がさしていた。
おまけにやたらと広い。
全部を調査するだけでかなりの時間がかかってしまう。
一日かけて、おおよその広さが分かった程度なのだから。
全てを調査するとなると、一週間はかかるだろう。
その間、回転床に回され続けるのだ。
それを想像するだけで8人はうんざりした。
この迷宮、時間をかければ確実に踏破する事は出来る。
だが、その時間が無駄に思えてしまうのだ。
この間、探索者が手に入れる報酬は役所からの依頼料。
総額200万円である。
期間は15日。
その間に迷宮の調査をする事になっている。
そこそこ良い金額に思えるかもしれないが、そうでもない。
1日で割れば、おおよそ13万円。
それを8人で分けるのだ。
日当は1万5千円を上回る程度でしかない。
これで危険な迷宮の調査をしろというのだ。
普通なら請け負わないだろう。
命がけでこの程度なのだから。
だが、これはこれで旨みはある。
引き受ける者達もこういった報酬だけが目当てではない。
まず、怪物との戦って得られる霊気結晶は探索者達のものになる。
この分の利益が上乗せされる。
普通に迷宮で活動するより利益は大きくなる。
怪物との戦闘が不調であっても、それなりの収入が確保出来る。
常に戦闘を有利に進められるわけではない探索者稼業だ。
確定された利益があるのはありがたい。
保障や保険になるからだ。
こういった事があるので、生活費の足しにと様々な依頼を受けるのが探索者だ。
主な作業は怪物退治。
そのついでに、依頼をこなすという考えでいる。
依頼を出す方もそういうものだと割り切っている。
それでも必要な情報や成果が得られるならば、途中経過がどうであっても気にしない。
引き受けた探索者達もそのつもりだった。
多少は戦闘もあるだろう、それと依頼料を合わせて稼ぎにしようと考えていた。
だが、この迷宮ではそうはいかなかった。
怪物がいないので稼ぎようがない。
手に入るのが200万円だけになってしまう。
8人でこれでは少し割に合わない。
単純に稼ぐだけなら、怪物退治をしていた方がよい。
200万くらいなら、簡単ではなくても稼げないわけではない。
15日間もあればより多く稼ぐ事も出来る。
成果が少ない場合の保険としてなら悪くは無い。
だが、怪物退治が出来ず、これだけが成果になるというなら200万円は安いのだ。
その分、この迷宮でなら命の危険はなさそうだが。
たとえ安全でも、延々と精神を削られるような徒労感を味合わされるのはつらい。
「死なないのはいいけどよ。
これはきつい」
「普通に進めないってのはね」
「怪物と殺し合ってた方が、よっぽど気が楽だ」
そんな事を誰もが口にしていった。
とんでもない話だ。
命を削る心配がないのに、それを蹴ろうというのだから。
これが普段の彼らだったら、そんな事を言ってる者を嘲笑っただろう。
「ふざけんな!」と怒鳴りつけていたかもしれない。
死ぬ心配がないのだから。
しかも、それで金も手に入るのだ。
普段より稼ぎが減っても、命が無事で五体満足なのだ。
それを捨てようという考えを理解できなかっただろう。
だが、この迷宮でそれなりに動き回った後だ。
そんな考えなど全くない。
たとえ命の危険がなくても、無駄な努力をさせられる。
これがどれだけ辛いのかを彼らは身をもって理解した。
依頼料を棒に振ってでも、この仕事を拒否したかった。
だが、リーダーは「駄目だ」と言う。
「ここで仕事を投げ出してみろ。
これからの信用にかかわる」
「でもよお」
「命の危険はないんだ。
期限まで出来る限り調べるぞ」
確実に手に入る金のため、リーダーはこの仕事を継続する事にした。
「それにな」
「なんだ?」
「ここには怪物はいないみたいだが。
下にいけばいるかもしれん」
そういって仲間をなだめる。
本当にいるかどうかは分からない。
だが、いるかもしれない、稼げるかもしれない。
そう言って仲間と自分を言いくるめていく。
その言葉に、仲間も渋々ながら従っていく。
やむなくではあるが、残りの期間もこの迷宮の探索に費やしていく。
気は乗らなかったが。
そんな彼らは見落としてる事があった。
確かに今のところ、この迷宮には死ぬような罠は仕掛けられてない。
だが、それがこれからも続くという保証は無い。
なんとなく命に関わる罠は無いと思い込んでいるだけだ。
しかし、この先もそうだという保証は無い。
苛立ち、うんざりしていたからだろう。
そういった事に気が回らなくなっていた。
迷宮というものを舐めてたのかもしれない。
しらずしらず、思い込みでものを考えていっている。
その事に彼らは全く気付いてもいなかった。