あるいは、匿名掲示板と罪人の間にある量子力学的現象について
作者は、科学の事はよく分かっていない人です。あしからず。
あの日は雪が降っていました。何年かに一度の大雪だと、夕方のニュースで報じられるのを聞きながら、あと何回、この部屋の窓からいつもの街並みを見ることが出来るだろう、と考えていたのです。
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2025年、3月20日。なんと、匿名掲示板に私専用のスレッドが立っているではないか。誰だ、内部事情をこんなところに書き込んだのは。
……まあいい。どうせ、ろくでもない事が書かれて……ああ、ちゃんと私の話、分かってくれた人もいるんだな。そう、世界初・量子移動装置実験失敗の背景には、矢部教授の不倫騒動があって……番組では言えなかった事も、ちゃんと分かってる人は分かって……いや違う。そうじゃない。私は矢部教授の愛人じゃない。愛人は蒲田君。お金に困ってた蒲田君を援助するうちに、そういう関係になったのが事実。何で私と……大体矢部教授は男しか好きじゃないから。いや、矢部教授が愛したのは、自分だけ。そうじゃなきゃ、蒲田君の存在を消したりしない。
そもそもの発端は、量子移動装置「Memorizer」の研究をしていた「辺境大学・矢部研究室」が突如、研究成果が出ていない事を理由にスポンサー側から研究費の削減を一方的に通告された事だった。
成果を焦った矢部教授らは、とうとう倫理的な問題を踏み越えてしまった。というよりも、純粋な若者が自ら志願し、「シュレーディンガーの猫」となった。それが、蒲田君だった……
蒲田君と、蒲田君の犬のジョンは凍結され、仮死状態になった。そして、彼らはそれぞれの場所で装置にセットされ、彼らが蘇生した時、彼らの意識が同期するか私たちは固唾を飲んで見守った。
結論を言うと、彼らは死んだ。私たちは……矢部教授は、実験装置を開錠する事をかたくなに拒んだ。その中身を見てしまえば、生、または死の状態は現実として固定する。確率は、半々。装置の中身……すなわち蒲田君とジョンを見なければ、その生死は分からない。それが、我々「辺境大学・矢部研究室」の共通認識だった。
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今私は、凍てつくような部屋でこの手紙を書いています。インタビューの申し入れの事を聞いた時は、また掲示板の噂話のように面白おかしく書かれるのかと、正直に言えば、嫌な気持ちにもなりました。だけど、私はそうやっていわれなき罪を着せられ、余分に罰せられたいような気持でもあったのです。
あなたの思うままに書いて下さい。