表裏一体INSIDE
これはとある、太陽が元気よく照らしていた夏の日の話。
それは日本人誰もが共通認識を持つものとともに、一刻の猶予すら与えないものである。
あ、あちぃ、暑すぎるぞ。
きっと、こんなに日本人が苦しめられ、かつ脳味噌がとけそうになる季節はないだろう。
しかし夏といえど、今の日本、いかにも人が住んでなさそうな鬱蒼な南部の森中よりもいまやいまや、首都圏のコンクリートの上があたかも鉄板みたくアツアツらしい。なんならガラス張りのビルの直射日光反射によって人間も、上から下にかけてしっかり加熱されてます☆
なんでだよ、俺たち人間のこと煮ても焼いてもおいしくないぞ!
いつのまにか太陽光が人間を浸食し、気づいたら太陽に喰らわれてるっていうイフストーリーに畏怖ストーリーと思う俺はそろそろ緊急搬送案件のかもしれない。親父ギャグはさすが関西人なだけある。
正直こんなことはどうでもよくて、俺が声を大にして言いたいのはただ一つ。そう、屈折するな日光、侵食するな紫外線! ってね。もはや猛暑に対して呪詛を綴ろうかと考えている頃あいなまでである。そんな状況で人は、避暑という回避行動をとるのが必然なわけで本能レベルに刻み込まれた意志はもはやとめることはできない。街中にはいかにもつつましく歩く長髪の白ワンピ姿の少女は日傘で直射日光対策をしている。
これがきっと模範事例だろうか。俺もワンピ着て日傘にしたほうがいい? とういうか長髪はあつそうだけどな。すると、はっと気付いた。ほのかにサボン系の香りが鼻をそそり、脳が酔ってしまいそうだった。
そんな可憐な雰囲気に見とれてしまったがために店前の看板に直撃してしまったことは秘密にしてほしい。ここまでがテンプレ、ここまでがテンプラ。その後姿がマイナスイオンを出しているみたいで、あまりにも容姿端麗だった。俺、次輪廻転生する際は美少女になってやろう。
そんな未来あるはずもないと気付くのはきっと死んでからだろう。
無意味なことを考えても、結局は無意味なままなので一旦の思考は放棄しよう。
気分を切りかえてと。どこか最適な避暑地はないのかとうだうだ徘徊していた。
大学生活とは思いのほか気だるげなものだ。なんだかんだ言って、大学受験はそこそこ精をだして、ドキドキワクワク凛々としていたのが入学してそろそろ半年がたとうとしているのにこの有様ですか。
なんでだよ、てっきりハチャメチャキラキラキャピキャピキャンパスライフを堪能できるのかもと思っていた俺がバカだったな。
運良くば、サークルとかでたくさん友達つくれちゃって? 彼女つくれちゃって?
そんな期待だけは無駄に大きかった幻想は、即座に打ち砕かれてしまった。俺はこのまま夢現を見たかったのに、と短いため息をつくのは何度目だろうか。
そろそろ飽きてきたんだろう。横隔膜もしゃっくりおこしてきちゃうよ。嘆息な吐息をつく余裕ももはやなく、ただ心の中がつめたいままなのだ。かといっても、そんな俺を唯一励ましてくれるものといえば世にいわく、『楽単(楽な単位)』だけだろう。この『楽単』があるだけで相当な休息を与えてくださったのだ。なんならそれが決して足枷になることなんかないのでノーストレス・ノーライフなのであーる。
……というのはもぱらの嘘で実は、『楽単』を『落単(単位を落とす)』して『落胆』する未来しか見えないのですがどういうことですかね。
軽く、はーっと淡いため息をついた。
もしもあれだぞ、この単位を落とした暁には先輩後輩の間で広く話題になってしまってなんなら後世に語り継がれるくらいの不測の事態になるってことはあるあるすぎて解ってる。
どうしてもそんな未来は現実にするわけにはいかない! その現実をぶち壊す!
おいおい、幻想じゃなくて現実をぶち壊してどうするんだよ。結局逃げてるだけじゃねぇか。
ということで、俺はやっとまじめに講義の姿勢に入った。しっかりと講義に耳を立てると、存外静かだった。もはや一つの咳払いも許さないような空気感漂っていた。前方を見ると、
「…………」
しんとした空気の中、白墨が乱雑に黒板へと何度もこすられ、打ちつけられている。その響く音を聞きながらすぐ目先に置かれていたメトロロームをひたすら眺めていた。これといった意味はないのだが。
何度とメトロロームが脈を打ったのだろうか。ようやく教授が開口し、講義が再開された。
「さて、本日の題はこの地球の内部構造に関する研究課題を各々発表してもらう。以下、基本的知識としてはここに提示した通りなのでこれらを参照しつつ、発表してくれ」
そう言うと教授は教団からおりて、ささこいと講義室にいる全員に目の矢を向ける。困ったなぁ……こらきっと立候補して先先といかないと終わらないパターンだな。ほらみてみろ、みんなのこの落ち込んだ顔つきよ。そこはあんたからの指名制にすれば場も楽になるんじゃないかと、心中愚痴を吐いていた。
そんなこんなで誰一人として前に進む者はいなく、いまだ前方にいる困った老父を終始見届ける光景にもそろそろ白けてきた頃合いだ。
誰も名乗り出ないから、ここはかっこをつけて俺がいこうかな、と意を決したのだが、それはいつものごとく唐突だった。
「♪♪~♪♪~♪♪~地震です地震です♪♪~♪♪~♪♪~地震です地震です」
なんだなんだ何事か、と起きたことを認識するのにそう時間はかからなかった。なんたってこの世で二度と聴きたくない音ランキング上位の緊急地震警報だ。訳が違う。
その瞬間、毛が逆立つとともに急激に体温上昇した。たとえるなら、道端を歩いていると急に友達に肩を叩かれるレベル。うん、ちょっと例えがしょぼかったな。そんなことを考えるくらいには体がびっくりしたおかげで冷静になったっ訳だが、後部の名も知らない学生らは警報音にも負けないくらい騒ぎ立てている。たぶんあれが正常の反応。そんな傍観をしてる暇もない。ほら、この国は義務教育以前から習う重要な行動があっただろ。
そう、秘技『Go under the desk』ってな。……どあほ、ささ入るぞ。
脊髄反射でできるようなものであり幼子からの教育がしっかりと施されていることに感謝しつつ、机の下に身をひそめたのだが……どうにもこうにも地震は未だ来ず、地震のじの字もないのである。
これはおかしいと思いながら、机の下で待ち構えていたのだが結局はこなかった。
あれ、ここはもしや震源地からだいぶと遠くて揺れが伝わらなかったのか? いやでも、緊急地震警報が発令されるのはある程度ゆれが強い地域限定じゃなかったっけ。まぁなんとしても、一件落着ってところか。そっと胸を撫で下ろし安堵のため息をついた。弛緩した空気も流れていて心底安心したさ。
ぞろぞろとみな机の下から出てきたので俺も倣って出るとなんと教授が教壇付近で腰を抜かしていた。
それはなんとも滑稽な姿であり、失笑してしまった。それを見ていると、なにやら後ろからスマートフォン特有のシャッター音が響いている。ふりかえると、ウェイ系のやからが教授の姿をとらえようとカメラワークをかかさないでいる。どうせその画像を無断でSNSやらなんやらで投稿するのだろう。それか身内同士で盛り上がるのか。どちらにしても、肖像権の侵害は甚だしいな。『Go under the desk』はしっかりとできていたのに、こんなところでは義務教育は敗北だな。
緊急地震警報からしばらくして。
ネットニュースを覗いてみるが、どれもこれも『世界的テロ⁉ 誤報があったわけとは』という記事しか見られない。それもそのはず、なんたって警報が発令されたにも関わらず一切揺れが起こらなかったのである。しかも、しかもだ。これが世界的に起こったということに注視してほしい。なんと、全世界のそういうなんて言うんだ、まぁ地震を検知する機関かなんかよくわからんところが全部が全部検知したという前代未聞な現象が起こっていた。なんということだろう、もしやあれか? 最近はやりのハッカー集団の仕業か。最早、陰謀論までが掲げられて荒れまくったネット掲示板。とまでの考えに至ったがそれにしてもやってることが幼稚すぎてあんまり擁護しがたいな。むしろ、悪徳ハッカー集団を擁護すること自体が間違ってるのかもしれない。
そんなこんなで一連の騒動があったわけなのだが、だからといって、大学の講義自体に問題が生じたのはその刹那だけだった。
あわよくば、大学の共同サーバもなんらかの組織にやられていて、正常運用できない状態であったら、僅かな休暇くらいはとれたというのに。
とほほ……わたくし、たいへん悲しゅうございます。
勝手に悲劇のヒロインを演じつつ、自分はなんのヒロインではないことが発覚して(もはや主人公じゃないまでである)肩を落としため息をついた俺なのでした~。
とキャンパス内をフラフラ歩いていると、不意に誰かと左肩がぶつかった。比較的体格がいい俺はぶつかった相手を突き飛ばしたのではないかと危惧し、すぐ相手のほうを振り返った。
すると覚えのある匂いが鼻をついた。サボン系のいい香りだった。
その刹那、プルースト現象がおこった。これは、と思いみるとやはり以前に炎天下の中すれ違い、挙句の果てに肩が看板にぶつかって難あった事案だな。
今回に関しては、看板ではなくその原因を作った本人に衝突してしまった。
これは流石にまずいなと思って、こういうときはまずは誠心誠意の謝罪だ。
とりあえずというべきか、頭を下げて謝罪の言葉を口にした後、彼女が倒れこんでいることに気づいた。大丈夫か、いや大丈夫じゃなさそうな。途端に『ごめんなさい!』と反射で出した。
あぶねー、これって三秒ルール通用しますよね? え、ですよね??
よいしょと腰を上げて短い吐息をついた彼女は、両手をあわせて前に添えて礼儀にも無言で頭を下げられた。
こんだけしてくれて本当に申し訳ない。
「ほ、ほんとうに申し訳ない。服を汚したかもしれない」
彼女もこくりと顎を上げて、目を合わせる。
「いえ、こちらこそたいへん申し訳ございません。お怪我はございませんか」
透き通ったまっすぐな声は、初対面ゆえの冷たさを交えながらも、華やかさや甘美さも残しつつなんとも言えないような艶美な気質が漂っていた。そんなさなか、やはりといわざるべきかいい香りがしていい気がしたのは仕方がないと断っておこう。
「いやいや、こっちこそ悪いし本当にそちらこそ怪我ない?」
彼女はなんのあわてた素振りも見せずに、ワンピースを揺らしながらたんたんと言葉を紡いでいった。
「こちらなら心配ご無用です。そうでしたか、なれば私は安心です」
「改めて、本当にもうしわけない。俺の不注意だった」
今度は軽く頭を下げる。
「いえ、こちらこそ不注意故の結果ですので」
その長髪をたなびかせ、その立ち姿はみていただけなのか、ギラギラとした太陽のせいなのか頬が赤に染まる。それともほんとうにいいこだなぁこの子は。きっと育ちのいいんだろうな。そんな想像だけの世界線にひたりつつ、彼女をまじまじと見る。
容姿はすらっとしていて、すらっと腰までのびた艶のある髪、色白の肌をしていて白のワンピースをまるで天の品物かのように上手に着こなし、ずっと見ていて飽きないようだった。それはそう、簡単に言い表すと美少女というやつだ。
「あの、なんかお詫びしましょうか? よければですが」
もしかしたら、こんなお節介は必要ないとはおもったが、焦りのあまりつい口が弾んでしまった。
変なことが口走って焦っていた自分もいたが、こんな美貌をもった女の子の前で誠実さをみせずに何をする。ここはとりあえず言葉を紡いで、
「いや、えーっとですね、別段必要なければ本当にいいんですよ。そちらも急ぎの用があるかもしれないですし、一応初対面なんで」
多少の自身の傲慢さが垣間見えてため息をついたが、返答がどうなるのかで頭がたくさんだった。この返答次第によっては俺は壁に頭を打ち付けながら写経を唱える、よしっ!
……よしっ、じゃないんだよなぁ。
「そう、ですね……うふふ、よければお言葉に甘えましょうか」
姿勢を改め、彼女はこういった。
「私とデートしてください!」
……………………は?
あの後、どうなったのか意味わからんと思うが簡潔に説明しよう。
まず、俺は俗にいう、逆ナンというものにったらしく、そして彼女に言われるがままにのこのこと付いてきた。そしてなんでだろう、俺は今、目の前に緑が広がっているということを。
とはいうものの、俺の通ってるキャンパスは、背高々と威厳を放っていて、かつ貫禄のある山が後ろ手に居座っているので有名な某有名国立だ。巷では、型落ち国立ともよばれ我々は非常に肩身の狭い大学生活を送っている(被害妄想)。しかもかなりのど畜生で、キャンパスに向かう際はみなが山道を歩かせられるという何とも地獄なのである。夏場なんか特にひどく、虫なんて余計と煩わしい。
ただ一つ良い点を挙げるならば、きれいなホタルの群集がみれるくらい。
そんな山中をさらに奥まで進んで、キャンパス生ですら未踏の地のような獣道しかないような場所だった。周囲は真緑色に輝いた木の葉を垂らした木々がこちらをのぞきこんでいる。
ぐるっと首を回してみたのはいいものの、そうしたら今しがた己がどの方向からここまでたどり着いたのかわからなくなってしまった。
俺が方向音痴すぎるだけなのか、もしくは彼女がそれに長けているのかはついにわからなかったが、羅針盤だのスマートフォンだの不使用で、寸分の迷いなくここまできた事実は確かなわけで、彼女の異質様が窺える。
ここまでの道のり、彼女はルンルンと鼻歌をはさみながら意気揚々としていた。その姿はいかにも心地げでなんだがこちまで頬が緩みそうだった。というか緩んだ。
もはや天使なんじゃないか? とまで錯覚してきた。
とはいうものの、奇行走った彼女への怪訝な感情は払拭されることはなく、これがデート(仮)だとしてもこれはおかしいと感じていた。
でもな、一つ俺の意見を聞いてほしい。
こんなかわいい子がついてきて、なんて上目遣いでいわれた暁には、ぼったくりバーだのあの世の果てまででも行ってしまうだろ! なんなら逝ってしまうレベル。かといって、俺は純ルッキズムなんかではないので中身もしっかりと見るタイプだ。そこは信用してくれよな。
じゃあさっきの発言取り消せって感じだが。
「あのー、こんなとこまでついてきてあれですが一体ここまできてなにをするつもりなんでしょうかー」
かなりこれを訊くのは遅かった気もするが、一応訊いてみた。彼女は長い髪の毛をかきながら、
「大変申し訳ございません。説明なしでここまで連れてきたのは失礼しました。ここにきた訳を説明いたしますと、少々ばかし長くなりますのでその話はまた、目的地についてからでお願いできますか?」
「あ、あぁ。そういうことなら」
彼女に従順すぎる俺もいるが、これはきっと何かのサプライズに違いないと半ば妄想していた。
なんてピュアな心を持っているんでしょう、俺。
すると彼女はある大木の目の前に足を止める。
それも、かなり大きな。樹齢に換算するとどれほどまででのものなのか分からないくらいだった。まるで、国民的ジ・ブリ映画のト◯ロにでてくる巨大樹みたいだ。もしやクスノキか、これは。
彼女は飄々とした大木の木肌を手でトントンと叩くと、よろしくね、と呟いた。
「ここはやはり、住みやすい環境ですね。乱反射のおかげでしょうか」
ひとり言のように意味深なことをつぶやいて、首をかしげていたが考えるのはやめることにした。だって、こんなところに俺を連れてくる人だし、明らか変子だ。いまさら、発言の一つ一つに意図を汲み取ろう気はない。
彼女は腰を下げ、木の下部分にある草の繁茂しているところをみると急にかき分け始めたのだ。なんならその茂みの中にある空間へと入り込んでいった。
なんとまぁびっくり仰天なわけで、俺は目を疑ったよね。
なんたって、デート(仮)の最中に野山に潜り込むこと自体も謎だがさすがに俺もそっちの趣味はあるわけではない。海派か山派かと言われるとなんだかんだ山派ではあるんだが、そんなにダイレクトなことをするようなやつではない。なんなら、虫が大の苦手でな。虫がいや過ぎて、一分に一回は虫のことを意識している。
もはやこんなにも虫という存在を想うということは熱狂的なファンなのでは。もしくはそれを通り越した恋人? あれ、俺まさか虫に恋をしているのか、まさかまさか。
そんなことがあろうもんなら俺は来世は虫になって一心同体になったほうがマシなのかもしれん。
そんな気持ち悪いことを考えながらも、忘れかけていた疑問を問いかけた。
「おいおい、まて。なにしようとしてるんだ」
その声に反応をしめすのはほんの少し後で、草木をかきわけた先の暗闇の空洞を見せつけてから開口した。
「申し訳ございません。説明不足でしたね。あなたにはこれから、最高のデートスポットへとご招待いたしますのでよければ」
未だ抜けない敬語に引っ掛かりながら、知らぬ場所へ今日付けの女の子に誘われるというのはかなりのカモなのでしょうか。
「そうなのか……まぁそこまでいうなら」
行きますよそれは。なんたって、人生初の彼女出来るかも知んないチャンスを逃すわけにはいかないもんね! 俺よ、あまり悲しいことを言うなよ。
「話が早くて助かります。それでは、参りましょうか」
この大木の茂みに隠れていたのは、秘匿にされていたかのような洞窟であたかも幾星霜と放置されていたような、何とも言えない神秘的なものを感じれた。
パッと見、中は暗く奥がこちらを招いているようだった。
そもそも入口が半身くらいのもので、内部は開けてはいそうなのだがどうしても屈みながらの潜り込みになるのでどうしても腰に来るー。やばい、普段運動していないのがばれちゃう。
入った後にある程度の段差があり、下ってたちあがると天井が木の根の屋根になっていた。そう、今の俺は「ルート俺」になっている! 根号に梱包された俺今後、ここで混同するんだぁ。……頭が沸いてたようだな俺。
洞穴のなかに入ってからというもの、序盤は日光もさして明るい部分も多かったのだがだんだんと暗くなってくるのは必然なわけで、心もとなくもスマホのライトを使っていた。
なんでここにくるってわっかっているのに、懐中電灯もなにも持ってきてないんだよ。
せめて持ってきなさい、こんなところにくるなら。こんな洞穴の中、奥まで進むと視界不良になって、こうもりにでもなる勢いで目を慣らさないと無理でしょ。相変わらず、変子だな~。
一応、なぜ電灯系を持ってこなかったのか訊いたが、流れではぐらかされてしまった。
それはさてきお、なんだろうなこの女の子は。今まで女の子と呼称しつつも、きっと中身大学生くらいなんだろうけどさ。どうも口調と行動のギャップがすごいんだよなぁ。ますますこの子の人間性が不鮮明になっていくのを感じた。
そして唐突に今日の一句。
掴めぬは 掴まずいてよう 核心を
謎に一句を詠んでしまったが、なかなかにいい節だと思わないかね諸君。よくないか、よくないね。
それにしても、奥行がものすごい洞窟だな。
広大だしなんだろう、世界の洞窟百選に選ばれてもいいレベル。
もうユネスコにここを世界遺産に登録されてもいいレベル。
なんなら俺のお気に入りの観光スポットにしていいレベル。
かつかつと足音が洞窟内が響き渡り、時折聞こえる彼女の吐息も、揺らぐことのない感情を再現しているようだった。ずっと無言ながらも、彼女の鼻歌だけはかすかに耳にあたって、顔立ちの整った彼女の楽しげな姿が容易に想像できる。すっげぇ微笑ましいことだけれども、一体全体どこに連れてゆくつもりなのだろうか。こんな洞窟の奥地へと。
けどもこの洞窟、なんだか外とは違いひんやりしてて気持ちい。やはり直射日光を避けたりだの、冷気が下がってくるだの要因はあるとは思うんだが。
先程まで頬を降下していた汗も、すっかり存在がたちまち消えた。なんなら温度差によって寒いくらい。
ただ多湿ではあるので、低温多湿というおいしい空気が吸える。
まぁ嫌な部分をあげるとしたら、虫が多いことだな。低温多湿の弊害がここまでとは、だが俺の恋人は一応、虫ということになっているので存外理想の物件なのかもしれない。
スマホの照らす岩肌にはぽつぽつと水が滴っているのが確認できて、自然の恵みを生で感じた。
そうこうしている間にも、我々はまたもや無言が続きながらも確実に奥へと足を踏み入れた。
きっともといた高さよりも低い場所に今は位置しているだろう。なんたって時々下に降りる段差があって入口がはるか上に思えた。
ザッっと足を止めて、左脇にいた彼女は突然にも停止した。今度はなんだなんだと思っていたが答えは単純明快だったらしい。
「ご足労いただき誠に感謝します。ここが私の推す最高のデートスポットです」
こちらに振り向き、整った顔立ちをみせてくる。
彼女はスマホのライトに顔を照らされてもなお、崩れることのない余裕の表情とまぶしくなさそうにもわらってみせた。
「やっとかい、だいぶと思ったほか長足だったな」
きっとその所以は、彼女の楽しげな雰囲気をこちらにも伝わってきたからだろうけども。
「そうでしたか? それならばいいのですが。とはいっても、目的地に着いたことですし。ここで見せたかったものをみせますね」
すると彼女が大きく一歩近寄ってきて、
「これが、私の最高のデートスポットです!」
その言葉を聞いて、彼女の満面な笑みを最後に微かな光を残して、暗転したのだった。
▽▼◇▲△
「い、っててて……頭うってめっさ痛いんやけども。頭グワングワンするぞ」
ほっぽり出された後に、地面に軽く激突した衝撃か、頭を思いのほか強く打ってしまったようだ。とっさに受け身を取れなかったのは普段運動をしていないのがばれる証拠で、最低限の体力はあるといえど反射神経は劣っていたようだ。中学、高校と柔道の授業で習ったはずなのにぃ。またもや義務教育敗北しとるがな。
そんなことはいずしらず、青はこちらに微笑みかけ、さも『大丈夫か愚民ども』と嘲るようにみえるまでは壮麗だったに違いない。
仰向けになりながら全力で大の字になるといった行いは、小学生以来とかだろうか。実際、今の住み家にはそんなに悠々と体を広げる空間がないだけであって、頭の痛みを抱えながらも心地よさに浸っていた。
と、いうよりかは現実逃避をしているだけなのだろう。
なにせ、満点の青空、下にしかれていたのは自然な草原。さきほどまでの状況、今までの経緯、何が起こったのか、そんなことを考えても何も考えつかなかったので取り敢えず、目の前の刺激に浸っているだけなのだろう。
俺の現状を誰もが説明できるわけもなく、かつ俺ですら理解が追い付いていないのだった。まじ、どういうことだってばよ。
すると、さくさくと足音をならしながらもこちらに向かってきた存在がいた。
その存在を目で認識しても、それが誰かなんてわからなかったしなんなら今までお目にかかったことのないような人物だったに違いない。え、てかこいつ本当に誰よ。
誰かの特定ができないその人物は、長くさらっとした長髪で黒髪、神のように神々しき白衣をまとっていて青の刺繡が特徴的。やけに白い肌を多少露見させつつもしっかりと整のった顔立ち、小柄でかわいらしくうるっとした瞳に眠るのは透き通った天色。その眼差しがとらえるのは目の前にいる俺。
だ、誰。WHO ARE YOU!? 你是谁!? 倒れこんでいる俺のもとにきて、上から覗き込んできた。すると彼女が開口し、
「お怪我はござませんか?」
「お、おう。大丈夫だけど……失礼ながらどなたでしょうか」
急に話しかけてきたことにはびっくりしたが、それよりも彼女がだれなのか知りたかった、恐る恐る訊いた。
「大変失礼いたしました。これじゃわからないのは仕方がないですね。私はさきほど、貴方と洞窟まで同伴してもらった者です」
深くお辞儀をして謝意の言葉を発する。
「もしかして、さっきの。あの、な、名前がわっかんねぇ」
なんとまぁ衝撃は電光石火の如く駆けめぐって軽く失神しそうになった。そしてもうひとつ、そういやこいつの名前きいてねぇぇ。なんで、なんでそういや自己紹介いあわなかったのここまで。この人がさっきの彼女というにわかに信じがたい事実よりも、我々が身の内紹介してないことのほうが驚くことってまじ? なんだかんだ変なところで平静保って、別のところで驚愕するなんて。というか、真に訊きたかったポイントはそこじゃない。
「というかいったい、ここはどこなんだ。教えてくれないか」
未だあたふたあいている俺にゆっくりと悟すように、単刀直入に説明してくれた。
「ここは地球内部、つまり地球の中に存在する空洞です!」
「え、なに? もう一回言って?」
「ここは地球内部、地球の中の空洞です!」
「え、なになに、もう一度頼むわ」
「地球内部、空洞です!」
「え、えーっともういっかいお願いできるかな」
「空洞です!」
「最後雑なっとるー、てか、え、まじなのそれ」
「まじです」
「まじなのかーい」
間髪いれず、このマシンガントークを続けてきたわけだが理解したのはほんの十割ほど。あと0割は理解していないから、人類の諸君、安心してくれよな!
「いやいやいやいや、全然説明になっとらんから」
顔の目の前で手を横に大振りし、否定の意を示すが彼女は気にせずとも続きを言う。
「ここは、言った通り地球の内側の世界です。特定の地点を境に、地上世界と内部の世界繋がっていて、この世界をアガルタ世界といいます」
「アガルタ世界……?」
目線をおくり、続きを促した。
「ええ、アガルタ世界です。この呼び名はごく最近のもので、19世紀頃に地上世界で考えられた思想です。まぁあれは地底都市と定義されたもので、正確には異なるんですけどね」
あははと軽く笑い、冗談めかしさが絶えない中、興味心身の俺はただただ視線を向ける。
「ここはですね、わかると思いますが、地上と逆の重力が働いているんですよ、それで、」とその彼女の言葉を遮って、
「絶対わからないでしょ。え、それらのことを一度反芻したとして、逆の重力ってもうわけがわからないよ。地球空洞説立証されちゃった感じ?」
「世間では、そうよばれたりもしましたね。まぁいわばそうですね。その考えはあながち間違ってはいないです」
「まじかよ」
絶句してしまった。え、そうなの? ここって地球の裏側なの?
頭がパンクしそ、こんなのをきいてると気絶しちゃうレベル。さすがにキャパシティオーバーなのでここは彼女の言葉を制止させることにした。
「一旦その説明は省こう。俺の脳内スペックがおいつかん。鵜呑みにはしとくつもりだから」
「誠に感謝いたします。恩に着ます」
再び彼女は深くお辞儀をしてくれた。なんていい子なんだろうか。いや、違う違う。
「それにしても寝耳に水だよなあそらぁ」
「あはは、そうですよね。仕方のないことです。地上では誰も信じている人なんかみかけませんでしたよ」
彼女は残念そうに顔を俯け、乾いた笑いをこぼす。
「それは難儀だよなぁ、心中お察しするぜ」
なんだかこっちまで悲しくなってくるじゃねぇか、そんな美貌を悲壮な表情にしないでくれ。心が痛む。だから俺はこう元気付けてやった。
「だが、俺はこの状況も相まってだがお前の言うことを信じている。安心しろ、保証する」
何の根拠もない発言、あとあと考えたらこのまま不発に終わってしまうのではないかとまで身を構えていたがそんなことはなかった。
「なんですかそれ、根拠がなってないですよ……でも、私はとてもうれしいです。貴方の言葉が、今は心に染みます」
ぎゅっとこぶしを握り締め、にかっと満点の青空の笑顔を浮かべた。つい俺まで頬がゆるみそうで、気を抜いていたら赤面していたな。てか赤面していたに違いない。ばれてないかなぁ……。
そんな不安と焦燥の中、彼女はそんなことを気にせず、話のレールに戻る。
「そういえば私たち、それぞれの自己紹介というものをしておりませんでしたね」
「おお、それはそうだったな。俺も名乗ってなかったわ。俺はただの大学二年生の誠司だ。よろしくたのむ」
「誠司さんですね。とってもいい名前ですね」
はじめていい名前なんて褒められたぞ俺。こんな平凡な前でも、褒めてくれるなんて、この子につい惚れそうなんやけども。
「ありがとう、えっと君あ名前なんていうのかな」
忍び忍びと訊く。彼女は大きく息を吸い、その名を口にした。
とはいってもこの女の子、本当にさっきの子と同一人物なのか?
「私の紹介をお忘れいたしましたね。失礼しました。私は、この星の創造主である、ジオ・フロントと申します」
▽▼◇▲△
どうやらなんだが、なんか。そう。地球の裏側で間違いないらしい。
よく空を見ると、太陽という概念はあるものの、水平線がなんだか水平線じゃねぇ。なんだろう、ほんのわずかだけども、奥に上り坂になっているよう見て取れる。途方もなく上りなようで、全方向見ても山登りをしているようだ。ごめん盛った、そうでもないただの平原でした。
それにしても彼女、ジオ・フロントって言ったか。へんぴな名前だな。少なくともおれの知人にこんな名前のやつはいない。しかもこの世界の創造主だなんて、神様ですかなんなんですか。そんな信憑性薄な言葉は唐突には信じることはできないものの、すくなくとも行動の端々には誠実さが垣間見えて安心感だけはあった。
彼女はある目的があるのだといい、俺もまたまた追従いていっている。容姿端麗で、相変わらずサボン系の香りがとおった道を漂っているというのはなんとも至福なんだろう。それにつられるように、俺は二歩後ろを歩いていた。別にその行動には、先ほどと同じような間柄を形成していて、何ら違和感は持たなかった。空気感というかなんというか、ワクワク感も込みで言うのであればどちらにせよ同様に等しい。
だが、俺は学習能力のないようなやつなんかじゃない。なので、あらかじめに訊いておくことにした。
「今度はどこに向かってるんだ」
「只今、この世界に点在する集落のそのひとつに向います。そこである使命があるので。そのために唯一の交通機関である列車がある駅へ向かっている途中です」
「今度は行き先を先約で教えてくれるんだな」
「えぇ、さすがにここに連れてくるのは多少強引過ぎたとこもありましたし、かわいそうかなとは思っていましたので」
キョトンとした声で首をかしげながら答える。
「いやいや、多少強引って次元じゃなかったぞあれは。もはや一種の拉致監禁罪。びびったわ本当に。泣くぞ」
「まぁまぁ泣かないでください。というか、誘拐じゃないですから! あなたには酷いことをいたしましたが、別段あなたが嫌がっているそぶりを見せないものでつい。私はとても安心しています」
「ついやっちゃうなんて、それこそ犯罪者の典型的動機だよ」
そうだな、実際問題こんな未踏の地に連れてこられて困惑はしたものの不快感を思えたことはなかったよな。俺はなんでもかんでもすぐに享受できる人間なのかもしれない。または、彼女の魅惑のせいか。
「どたいらにせよいいよ、この先の展開、俺さ割とわくわくしてるからさ」
「それよりも、この世界に列車という概念があるんだな。それはどういったものなんだ」
「全く地上での列車と同じようなものですよ。ちょっとばかし外見や機能は変わりますけどね。ほら、あそこをご覧ください」
彼女の指さすほうに目をやる。さしていた方向は想像の前方斜め上で、それはかすかなものでしかなかったように思う。青みがかった雲ひとつない空には、幾数の線がはいっているように目視できた。なんだあれは。またもや見知らぬ物体を目の当たりにしたのだが、慣れてきてそろそろ怖いわ俺が。慣れとはおそろしやおそろしや。
というか、「なんだあれは」
「あれですか。先ほども申し上げた通り、列車を走らすための線路です」
「はへーあれが線路なのか。もう空中に浮いてるし重力無視ってるしもうさすがだわー」
もうここまでくると心の中が、わんだほーいだね☆
かくしてとてつもなく心中興奮している俺です。なんたってさ、列車なんて男は一度があこがれるもんなんだぜ。
「だんだん反応薄になってきましたね、なかなかのつわものですね。恐れ入ります」
「こちらこそだな、こんな誘拐を堂々とできるなんてのは」
「だからこれは誘拐なんかじゃありませんから!」
顔を赤くして頬を膨らませるものの、うるっとした瞳はゆるがないわけで、それすらほほえましく思えてきた。
「じょーだんだよ。そういや、駅まではあとどんくらいでつくんだい」
「ただいま到着いたしましたよ。ここが駅構内です」
え、まじか。
と口にするよりもはやく、言の葉を遮られて間近での絶大なインパクトは本日通算二度目に当たるだろう。周りの大気が煌びやかにひかり、すっと一瞬反重力にさらされたようだった。言葉を失いながらも目の前の物事は非情なもので、ずっと俺の自由は奪われたままであった。ただ、その時もついには終わり、身体は自然にはなされたのだ。俺はその過程を見逃すわけもなく、しっかりとこの目に焼き付けたぜぇ。
無の空間から有へと変換される瞬間は、世界のどこを探しても再現可能なイリュージョナリストはいないだろう。
もはや、最新鋭の映像技術を駆使すればぎりぎり再現クリアするくらいの物理法則を無視した現象が起こっていたのだ。もはやキランキランと効果音をつけたいくらいだ。
「うおぉぉ……! なんだこれは。おい、これ何、おい、これ何」
「あはは、ものすごく驚きますね。大変申し訳ございません。害はありませんのでご安心ください。ただの有機転換現象です」
「ゆ、ゆうき? なににしろ新現象発生しすぎじゃない? おれが心臓弱かった心臓とまっていたぞ」
いつしか腰抜かしていた俺は、それに気づき立ちあがる。お尻についた埃をとりはらい、踏み場の感触が劇的に変わっていることを感知した。
硬い……地面が非常に硬い。ただ俺の目の前にあるものは、やはりといわざるべきか架空の世界のものでしかなかったはずのものでいつしかそれを受容する俺は相当タフなのだろうか。もはやこの享受する心をそこらの修行僧とかに説きたい。もはや仏までに説法したい気分。おい、なに教祖様に説法しようとしてんの俺。そうとう罰あたりじゃないか。ふむと腕をくみながら、
「これが、あんたのいう駅、ってやつか。イメージ的には田舎のホームしかない駅だな。出現方法は非現実的なのに出ていたものは現実的だな」
「まぁそれもそうかもしれませんね、でもこちらではこれが常態です。期待を裏切ってしまったのならすいません」
「いやいや、そんな謝らなくてもいいのに」
「ちょっとばかし癖なんです。おきになさらず」
そろそろ慣れてきたので適当にあしらいながら、
「へいへい。それより、駅ってこんな見えぬところに散らばってるの?」
頭をかきながら彼女の返答をうながす。
「そうですね、基本はそうです。というよりもある一定の領域内に入れば、願うことをトリガーとして駅に限らずですが出現するんです。ただし、私だけしかその技は使えませんが」
ほーん、そんな都合よくできるシステムなんだ。なんか駅限定とかせずに思い描いたものそのものを具現化可能なら利便性ありきなのりなー。例えばペガサスとか鳳凰とかさなんか架空の動物とか出せたらいいなぁ。そこまでくるとロマンの域で、自分世界に入り浸ってしまう。またロマンに走っているあたりさすが俺、ほとんどが煩悩で脳みそ調合されてるわ。
「ほーん、なかなかSFチックだな」
「ええ、そうですね。地上ならこんなものはないですもんね。なかなか新鮮だったのかもしれません」
彼女がほほ笑みかけ両手を前にあわせてあさっての方向を見ていた。なにをみているのだろうと俺も彼女と同じ方向へ目線をやったが、無変の時間が長々といた。
今度は何なんだとマジマジみていたが、何事もなく数分経過。
そわそわし始めてさらに経過後。彼方さきから糸のようなものがっ徐々に伸びてきてそれが線路ということがわかったのはそう遅くはなかった。ワームみたく伸びてきたそれは、サイレント状態で敷かれて準備は万端かといわんばかりに待ち構えていた。そして、とうとうとそれは来たらしい。
「本当に列車なんて来るんだな。しかも大層な飾り付けなんてせずに普通の田舎列車だな。かの国民的ジ・ブリ映画の千と千◯の◯隠しに出てくるのに酷似した簡素な造りなんだな。割かしこういう雰囲気なの好きかも知れん」
キーンと列車特有のブレーキ音が響きわたり余計にそれを思わせる。なんて趣のあるものなんだろうか、列車発祥の地がイギリスとはいえど和の感性が刺激されるのは否めない。てかブレーキ音はちゃんと鳴るんだ。ここでなにげに不覚にもリアリティなの笑ってしまった。
「さて、列車も到着したことですので、のりましょうか」
彼女に手招きされ、俺は流れで列車へと乗車していく。先導されつつ、サボンの匂いを添えて。
▽▼◇▲△
もはや飛行機? これ。
窓枠の縁をなぞりながらそう口にする。
またとないほどの新感覚で、依然新アトラクションに搭乗しているみたいだった。
ガタンゴトンとたしかに線路をはしる音はするのに対し、なんだか違和感のある浮遊感。ジェットコースターとは名ばかりで、列車といえども名ばかりのなにかなのだが、どちらにせよ結論は導き出せないまま、そんなことに思いをつめても空虚な時間だけでしかなくまるで、その様態はまるで俺の人生の根幹となっているようなきがした。なんて哲学なはなし、しがない大学生がかんがえるもんじゃないぞこれ。でもまてよ、そういや俺の大学にも人文学科哲学科ってのながあったな。そのひとらは一体何を思いその科に勉めてるのかしら。人類誕生史上、もっとも奇抜な体験をしているであろう俺ですら、こんなちんけな考えにしか至っていないのだから、きっとそれ以上の前人未到と領域はまだ早いということだろう。どちらにせよ、俺の感受性とかそんな問題なのだがな。
それにしても絶景というものはまさにこれを指しているのだろう。各地には滝やちょっとした丘などがあって、青、緑が満載である。みろあれ、でっかい滝、イグアスの滝越えかよ。軽く地上世界での世界一超越しちゃって大丈夫か。常識という常識が欠落していくなこの世界なかなか。
列車を乗車して以来というもの、彼女は座席にすわることはなく扉沿いにもたれては儚げに外の景色を眺めている。
彼女の白衣がゆらゆらとたなびき、涼しげのある顔とその天色の瞳の奥にうつる外は美化されているようだった。
俺はそんな彼女を目の当たりにしつつ、申し訳程度に後部座席に座って外を眺めていたのだ。
というよりも、ただ単にこんなにまで高度があがるとビビり散らかしてまずいから平静を保つように背もたれにずっしりともたれている。いやだって、こんな足ガクブルの状態で見られてくないでしょ普通。こんな高い場所で車体が揺れているんだぜ。怖いに決まっている。
「この列車、かなりと揺れるでしょうし、怖くはありませんか?」
いやなんでそこでどっ直球にもピンポイントに訊いてくるの!? なんなの、いじめなのなんなの。まさかテレパシー能力でもあるのかしら。あらやだ、おぞまし。
「いやいやそんなことないから。け、決して俺は。び、びびってなんかいないんだからな!」
「あきらか怖気立ってますね。別に隠さなくてもいいんですよ。初見なら仕方のないことです」
さっきの雰囲気とは一変、優しい声かけで多少の気分は均衡を保ったらしい。ありがとう、まじ感謝。
とはいうものの、こんなに長旅をするわけではなく、そろそろと目的地に着くそうな。あっ、そういや集落にいくとも言ってたな。
「集落とかっていったか。どんな場所なんだそれは」
「そうですね、まだ説明不足でしたね。この世界には板主が多数健在しまして、彼らは裏側の秩序を保つための機能を有しています。わかりやすく表現しますと、知事や市長といったようなものですね」
「ほーん、なるほどな。そんな場所に行って何をしようとしてるんだ」
「あなたの身の安全を確保するためです」
身の安全? うーんと引っかかる部分はあったが、適当な相槌でスルーしていた。
なんとなく揺られていた己の身を正しつつ、以外にも静かな車内の空気を堪能する。思いのほか防音には優れているらしく、いくばくか快適だった。そのうち受け入れたこの世界にも浸り、とうとう俺のドーパミンも限界地間近だった。いかんいかん、悦に浸るのも今のうちにしとけ。そうしていると大抵の人生、滑落真っ盛りなんだから。これぞ、俺の人生論だよ。そうほのぼのしているお時間も長くは継続することはなく潰えるというのは人生行路、艱難辛苦を避けて通ることは不可能のほかあらないのである。
だからこそ、きっとこんな予想だにしない事態でも的確な対処は必要だったはずなのだ。
「…………っ、まさか!」
短い悲鳴とともに、彼女は今まで優しげな雰囲気ではなくなり途端に険しい表情になった。一瞬、なんのことかわからなくて俺は戸惑い色の一方。
「誠司さん、椅子などにしがみついてください!」
「おう、なんだなんだ」
口に出すのが早いか、起きてしまうのが早いか、どちらにせよそれは同時並行で進行していったのは変わりなく、焦りというデバフがかかってしまった。のどかに走行していた空中列車が異常にもガタガタと揺れ出していた。焦燥感に駆られて正常な思考ができなかったが、なんとかメンタルを強く持とうと、彼女のほうに視線を送った。
俺は彼女に目線だけで訴えかけ、
「これは不味いですね。不測の事態です。仕方ないですね、やっぱり誠司さん、私にしがみついてください」
「しがみつくって、一体なにを」
「とにかく早くしてください!」
本当に、ちょっと何言っているのかわかんなかったが彼女の令には従うことにした。だってこの状況で無能な俺が独断下してもフラグにしかならないからね!
「……わかった、そうする」
すんなり受け入れ、すくっと立ち上がった。彼女の下に向かったのはいいものの、えー、どこを掴めばよろしゅうですの、わたくし。
そんな緊急時のなか、アホなことしか考えるほど馬鹿じゃない、はず。たぶん服の袖とかつかんどけば、問題はナッシングなはずである。激震だった車内にいたためまったく外の景色に注意を向けていなかったが、ふとみると、あれほどに焼けついた綺麗な空がいつしか漆黒の帳へと変貌していったのだった。それはそれは禍々しい空気に包まれていて、ビリっと電流が身体にはしるように悪感もしてしまう。
「どうなってんだよ、こりゃあ」
圧巻されつつある現在、俺が彼女の袖をつかむ力が無意識にもよりいっそう強くなった気がする。
無駄に心臓の音だけが大きくきこえ、それでは冷静とはうってはなれての状況。これを打破しないといけない。思い出せ、思い出せ。父親直伝の切迫するもとでの必ず落ち着けるいろはを。
・一つ、ミスした際には反社が事務室に乗り込んできてまともに作業できなかったと報告を。
・一つ、遅刻した際には借金取りが自宅に押し掛けてきたからと連絡を。
・一つ、経済状況が赤字な際には路地裏にて相談を。
ってばっかおまえ。これは父親流リーマンブラティージョークだから今全然やくにたたないのよ。てか俺の父親、そうとうなブラック企業に就職していやがる。大丈夫かいな親父。
というか冗談はさむ余地本来皆無なんだけども。
「こ、これからどうするつもりなんだ。かなりヤバみ感じてんだけど」
「そうですね。あの誠司さん、落ち着いて聞いてください。この列車はじきに墜落してしまうことでしょう。なのでその前に安全準備をしようかとおもいまして」
凛々しいまなざしをむけながら、口早にものをいう。その聡明な目に嘘は籠ってはいなさそうだった。
つまり彼女を信じているということでもあり、とても不味いってのもすぐわかった。
人生経験上、まずこんな高さから墜落しようものなら当たり前かのごとく昇天コース。これは笑点にギリギリできるかできないかわからないくらいの境界線。これは氏んじゃう。あー、現実逃避したい、それか走馬灯はやく仕事してくれ。こういうときには一体俺はどうすればいいのでしょうか、経験則様。
そんなご都合主義で事態は進展するわけはなく、ほんとうにあっけない。だが運命でもなんでも俺は全身全霊他力本願。ここは運命様にのってやるか。
ていうかこいつ自称神様だろ、なんとかしてくれ(他力本願)。
ただ、なんとかしてくれるというのは何かの妄言のようで、徐々に列車の速度が低下するとともにひしひしと生命の危機が迫っていた。
とうとう、列車は完全に力を失い、がたんと大きな音とともに真っ逆さま! 地球の裏側ということなので、地上から見て反重力のままに自然落下していく。このまま列車ごと地面に衝突して、本日二回目セカンドインパクトなのにたいして最期と思われる衝突。その刹那悟ってしまった。俺はここでもう氏ぬんだと。グッバイマイセルフ、来世は東京のイケメン男子にしてくださーい! そう意を決して、終幕を迎えるべく、そっと目を閉じた。
▽▼◇▲△
なにこれ、なんだかおでこあたりがひんやりしてて心地い。
あー、ここもしかして天国、まさかの。そうだとしたらもう説明つくし、ということは身体全体を包んでいるふかふかの感触はやはり雲かなにかか。あの世ってまじで雲の上で過ごしてんだな。うんと布団ぐるみになっている気分である。ほのかに木のいいにおいがして、付近に良質な木質の作り物があるのかなとも思った。
ぐったりとしていて依然、身体に力は入らないものの、目を閉じたままでいるといけないってことはわかっているので、なんとか気を保ち、ぐいっと起き上った。
それは想定外のものでしかなくて、目の前には様々な家具。木目の目立った壁に沿ってみると一人の少女。
「おとー! 起きたよ! 起きたよ!」
ちょっと距離の置いたところで甲高い叫び声がしたもので、俺も一気に目は醒めたのはいいものの。
「おう、それはホンマか。今そっちにいくで」
多少、威圧感の声は聞こえてこちらに向かってくるのだろうが、ここは一体どこなんだろうと。
「おとー! はよしな!」
二人の姿を目視し、相手が二人の人間であったのはわかったが、どうやってここまで俺を運んできたのだろう。
疑問文がとうとう飽和しそうになっているので一旦は落ち着くことにした。目の前に現れたのは、ひげを生やした巨漢と俺よりも頭二つ分くらいの少女で、歩みを進めながらこちらに近づいてくる。俺はというと、なんかベッドらしきものに寝かされていたらしく、天国の雲の上ではなかった。
「あの、ここは一体どこなんでしょうか」
直球に問いかけてみた。彼は素直に答えてくれて、
「ここはわての家や。兄ちゃんが草原のど真ん中で倒れとったっちゅーに。やから、わてのうちに運んできたんや」
草原で俺が倒れていた? 俺はたしか列車にのっていて、それが墜落しそうになり、挙句墜落して俺は輪廻転生する予定だったんだけども。
「そうなんです、か。それはどうもありがとうございます。あっ! そういや、あの、俺、ある女の子といたんです」
「ある女の子?」
首をかしげて謎めいた表情をしていて、彼女のことはよくわからないらしい。
「はい、黒い髪で長髪で、えー白い服をまとって。それで、この世界の創生主とか言ってました!」
「創生主、それってあんた、ジオ様なんじゃないか。ほんまにジオ様におうたんか!? わしでもまだおうたことないのにや」
彼は俺の言うことに目を疑って、なんどもききかえしてきた。だがその言動はわからなくはない。いまだ俺だって疑心暗鬼なのだから。彼には共感しつつ、本当のことなんどと必死に伝えた。彼も彼でまだ平行線なのだが、心が休まりつつ。
かくかくしかじかをすべて話し終えると彼はうんうんと頷きかえした。
「んで、あんたさんは地上からこっちにきたんか。ホンマかホンマか?」
ホンマをほんまさっきから連呼しながらずっと俺の体をべたべた触ってくる。まゆげをへの字にしながら、鑑定士のような目つきをぎらつかせていた。
「いや、本当ですって。ほんと、ほんと。ってか、さっきからなにからださわってんですか」
さっきからずっとこの言い合いである。そんな言い合いに嫌気がさしたのか、
「ちょっとおとー! うるさい! 大人なんだからちょっとは静かにしてんば!」
かわいらしい高い声が響いて、我々はびくっとしたしまった。
「すまんて、カルタ。許せ」
「もう、いっつも言ってるでしょ! 気をつけてね!」
ぷくーと頬を膨らませて、大きくかわいらしい眼でみてくる。それで微笑ましい雰囲気に包まれつつも、男とその少女と他愛もない会話が繰り広げられていた。
そんな状況はまるで親子で、なにも言われてはいないが親子なのだろう。初対面なのに何故か親近感がわくようないい人たちだった。
そんな彼らはやはりの親子らしく、母親はいなく二人暮らしをしているらしい。ここはある小さな集落の一部で、人は少ないもののなんとか生活をしているらしい。色々な方言がまざりあって違和感はマシマシなのだが別段悪い人ではなさそうなのでそこは放置だな。
しかも駅の停まり場であったらしく、仮の終点だそうだ。そこの付近の草原に俺は倒れていて、たまたま通りがかったこの父親が発見して運んでくれたらしい。
ありがたやー、と感謝しつつおいしいシチューまでたべさせてもらった。こんな真夏日にシチュー? なんて思うかもしないがそうでもなく、地上と異なりこの世界、なかなか住み心地のいい気候をしている。表すと西岸海洋性気候、草原もたくさんあるしもしやここはヨーロッパ?
とりあえずそゆことだ。
そして俺をここの世界に連れてきた張本人、ジオ・フロントといわれるのは本当にこの世界の神様らしい。それを各集落の住民たちは方法が違えど、崇拝しているんだそうだ。すくなくとも、全能神的なあつかいでキリスト教に近いのだろう。
「で、あんたさんは結局、ジオ様を探してるってことでええんか?」
「そうなんだよ、あいつには色々なききたいことがまだまだあるからな。だから早くここから出て、早く問い詰めたい」
「兄ちゃんは豪運な男じゃけね。あのお方に好かれるなんて、もしかしたらあの計画を……」
いつしか地上世界の住人ということも信じてくれていて、感謝でしかない。持ち前の髭をさわりながら、同じようにこしかけて話してるあたり西洋の紳士らしさが垣間見れる。
人間性がとても素晴らしいのだろう。俺もこうだったらモテはやされるのだろうか。
もはやこれは男らしさ? ダンディの骨頂なのかもしれん。
それにしても、計画、とは?
「まずどこから説明すりゃいっかなー。いっちゃん最初から説明しよか。まずな、紫外線ってもん兄ちゃんしっとるか?」
「さすがに紫外線は知ってるよ!」
「しっとったか、すまんすまん。んでな、その紫外線なんやけどな。あんたらは普通のように地上で生きてるけどや、わっしら、実は紫外線に当たるとまともに生きていかれへんねん」
曇った表情を見せるおっちゃん。それは今までの調子とは外れていて、哀しみの意思は何をせずにも伝わってきた。だからこそ、その言葉を疑うことはできもしなかった。
この世界の住人はその問題があるからこそ、きっと裏側で生活をしているのだろうと察した。
「もともと、わっしらはジオ様によって生み出された存在なんやけどな、まぁそれはあんたにも言えることやで、でな、あんたに関しては地上組なんやろ? ほな、ジオ様のなかでは成功作なんやなぁ」
「成功作……つまり、紫外線を浴びれる生命体ということなのか?」
「うんうん、まさにそういうことや。だから兄ちゃんは成功作ってわけやな。せやけど、紫外線を浴びれんってなると活動領域も限られてくるし決して豊かた生活でできへんし、ってジオ様はお思いになったおうや。やからちょいと昔は我々に救済をしてくれようともしたんや」
「救済、ですか」
「そうや、アリスシティネットワーク構想を企ててたんや」
「またよくわからんもん突っ込んできたな。なんだよそれは」
「この構想計画はな、ジオ様が我々を不憫におもうて、地上の住人とこっち側の住人が交流できるような地下都市建設を試みたんや。やけどな、どうにもこうにもうまぁいかんくて断念しよったんや」
それ以上彼が語ることはなかったが、言葉もなく語りかけてくるような構えで、そこには確かな信念があったように思えた。このこともまだモヤモヤは残っているし、あいつにたくさんのこと、確かめに行かないとな。あいつの所在も不明で不安である。あの後どうなったのか、ってな。こんなところでうかうかしているわけにもいかないよな。俺は椅子から力強く踏み込み、立ち上がった。そして簡易的な身支度を済ませた。
「あんたさん、もうどっか行ってしまうんけ」
「はい、もうこれ以上迷惑はかけれないので」
「まぁまぁちょいまちや、どうせ駅に行こうとしてるんじゃろ。駅まで道のりわかれへんやろから。カルタ、ちょっと兄ちゃんに教えたってくれ」
「はーい! 私が連れてったる!」
大きく手を挙げていかにも元気な生娘だ。みていてこっちまで心が温まる。
「おう、頼んだでカルタ。ほな兄ちゃん、そうゆうことなんでお願いなぁ」
とまぁそんなわけで、あのイケイケダンディ親父の生娘であるカルタによってこの集落の駅であるところまで案内してもらった。
道中は父親の愚痴などを恥じらいなくいってきたのだが、その内容が余りにも幼稚すぎる内容がゆえに俺が笑いをこぼしそうになる場面も何度かあった。改めて、そんなのどかな親子関係に憧れを抱き、そんな家族の一員になりたいとまで思ってしまった。断じて現実の自身の両親に感謝の念を抱いていないわけではなく、ただ理想に近しい関係像だったからで。抵抗なく、日々本音をキャッチボールしあえるなかというのはある意味、本物の愛なのかもしれない。そんなことを考えていると、なんだか自分が将来愛を育める環境で愛妻などといった存在が成立するのかに重きを置くはずである。
はぁ、そろそろこの齢。身を固めることも視野に入れないとな。そして経年劣化をするごとに妙に現実感ある思考に腑に落ちてしまいやすくなるあたり、自身の精神発達が伺える。とっても悲しい人生経験の一つである。
ここまで来てくれたカルタでさえ、いつかはこんな救いようのない現実に挟まれるのかと思うと、途端に愛着がわいてくるように思えた。人生の不条理からこの子を守ろうとする庇護慾なのかもしれない。
なににせよ、
「わざわざ俺のために案内ありがとう。感謝する」
「お兄さんがよかったならそれでいいです! 感謝はけっこーです!」
相変わらず、双方の距離相応ではない声量でハキハキ話してくれるカルタ。最初は耳触りと感じていたものの、今はそうではない。きっとカルタ自身の人間性にこの短時間でかなり触れたからだろう。
カルタ、その持ち前の大仰さと声のデカさできっと飛び込み営業とかに向いてるぞ。
といってもだ、彼女といたときは思うだけで駅が出現したがここはどうなのだろうか。ここも同様、更地みたいな場所でこれといって建造物は見当たらない。
「どの駅もそうなんですけど! ここにあるレバーを引くと! 駅がどかーんって出でくるんですよ! ジオ・フロント様がわざわざつけてくれたらしいよ!」
というのと同時に、カルタはレバーを思い切りひき、その勢いに比例するかのごとく隆起してきた。腰抜かしそうになるから急にやるのは止めれ。
「そんな便利機能が備わっていたなんて、なかなかの発展しているとこだな。それかこの世界の常識がこうなのかもしれないがな」
「そうだよ! どの集落でもこんなレバーあるよ!」
ほーん、これで一般庶民でも活用できるよう工夫されてんだなぁ。なかなか慈善的じゃんか、あいつ。神と言いつつ、強引な面は多少は内在しているもののこうやって一般人にも思いやりがあるんだな。これこそ、神様に似つかわしい在り方なのかもしれないな。
「ここからどうせお兄さん、ジオ・フロント様のもとにむかうつもりなんでしょ! 実はね」
俺の正面に回ってきたカルタは、人差し指をたてて自慢げに話す。
「列車にのってるひとの心をよんで、その目的地にいってくれるんだ! とーっても! かしこいんだよ!」
「様様だな乗車に対して。これが世にいわく、ユニバーサルデザインか。この機能、こっちの住んでいる世界にも欲しいです」
カルタと話しているうちに、列車はきてそのまま、一言二言交わしたのちにお別れを告げた。多分、もう二度と会うことはないのだろうが、またな、とだけ添えて。
とまぁ、乗っていたわけたわけなのだが、どうにもこうにも列車の進行方向がなんだかおかしい。
螺旋状に線路はのびてゆき、それをなぞる列車があって、目的地が真上なんだと悟った。これ真上に向かってるけどさ、俺が考えるにこれって地球の中心部に一直線ってわけだよな。たしか、地上から地球中心までは6400kmなんて言われていたな。だとしたら凄まじく時間を要すのではないだろうか。
とおもったが、存外そんなことはなかったようだ。
遥か上に見えているのはなにか白いもや。わかりやすい表現で例えるならば、かの国民的ジブリ作品である天空の◯ラピ◯タいでてくる積乱雲ばりの規模。今までこの世界で雲の一つみなかったので驚きではあった。
しかしあそこに彼女はいるのだろうか。そんな不安だけが渦巻いていた。
ゴゴゴと完全防音性と思っていた列車にもとうとう外の音が漏れてくるほどの振動と、外の荒々しさが容易に伝わってくる。これが積乱雲の恐ろしさなのかもしれない、あの中を主人公のパ◯ーやシ◯タが突き進んでいたのかと考えると、流石である。一つ違いを挙げるなら、稲妻が皆無ということくらい。こんな好都合に列車を阻むような障害物があって、まるで外部からの侵入を塞いでいるようにも。
てか待て待て待て、この爆風のなかをこの車体は突っ込むというのか。正気かよ列車さん。
あれだろ、あんた乗車さんに対してテレパシー使えるんだろ? なら早くUターンしろ、今ならまだ間に合う。いや、あの中心部こそあんたの実家なのか? ならIターンになるのか、それにしても個人的にやめてほしいのだが。
凄絶な状態を何分とばかり続いたのだろうか、夏おわりの蝉の鳴き声がやむように、車外は平穏さが感じ取れた。俺も安堵し、頬を流れる己の汗水を拭い取る。
ふぅと乾いた吐息を一つ。
ドバッと出た汗はまだ滴りつつ、余計に心拍数とともに共鳴していく。静寂を外界が強調しているように思え、心の揺らぎが生まれた。これがギャップというものなのだろうか、劇的状況で相手にトキメキやすくなる吊り橋効果なのかもしれない。こんな一人で吊り橋効果発動しても意味ねぇんだよなぁ。(あまり悲しいことを言うなよ)
「おっ、やっと見えてきた。あれはなんだー? ……しん、でん?」
やおら見えてきた空に浮かぶ建造物は、規模も規模なものでかなりの大きさを誇っていたに違いない。雲の上にずっしにと座る、しっかりと独立したもの。見た目はかの世界遺産である、パルテノン神殿。ギリシャ風の雰囲気を醸し出していてその壮麗さは言うまでもなさそうだ。
入念に磨かれたような白大理石のようなものがどこから運んできたのかと創造をそそる。
アテネ市内のペンデリ山からでも削って持ってきた? それ。
それもこれも、全て想像だにしないような神地からでなんとかなっているのだろう。どうせ思うがままに自由に具現化できるのだろうか。
なら納得も安易にできる。
線路もそんな神殿の目の前に伸びきって、螺旋線路でずっとグルグルして自律神経がイカれそうになっていた。
やめてー、病的反応起こさないでー自律神経さーん。
三半規管や耳石器ごときに惑わされないでー。
『終電ーラストコア。終電ーラストコア。お忘れ物のないようお降りください』と車内アナウンスが流れ出した。
この列車、車内アナウンス機能付きだったの? 思いの外最先端〜。
それよか終電なのか。気づかぬあいまいに、停車していたらしく列車の扉だけは開放され続けたまま、なにも次の言葉を紡がない。俺がこの列車から降りることを待っているかのように。あー、わーたよ、だがせめて待ってくれ、現在絶賛動揺病罹患中(尚発症不可避也)なんだよこちとら。気を抜いたらうぷって嘔吐しそ。酔いどめくらいは携帯必須だったなこの乗り物。クソガキの時代は乗り物とか、遊具のブランコとか楽勝だったのになー。なぜ発育発達するたび、こんな部分は弱くなってくるの、やはり人間の成長過程はわからないものである。これと反対もまた然りだがな。
しかし深呼吸とは偉大なもので、自律神経を整えるとともに吐き気も同時に収める。
これには深呼吸アドバイザーの俺も感激。そろそろ深呼吸というジャンルでアイドルプロデュースしちゃっていい段階。なにその謎ジャンル、でも案外現代なら謎なものが謎にバズるからな。何起こるかわからんな、大衆の価値観の変動と言うものは。近年ではキモいとカワイイが融合した造語、『キモカワ』なんてのがブームだった。
未だ俺はその価値観に理解を示すことはないが、彼らも彼らなりの共通認識があるのだろう……というか近年と言うにはだいぶ古くね?
話は外れるが、本来は列車からばいばいしたら、俺は彼女の元へ向かわなければならない。早く彼女のもとに。
しっくりこない踏み場をふしふしと感じながら、彼女を想っていた。そんな気の巡らしをしていた。俺はもちろん軽微な心でここまで着たのを後悔したかもしれない。またはこれが運命なのかな。
「そこにいるのは、人間か」
刹那。空気が冷え固まった。それは本能的に寒気がして、それとともに、鳥肌が全身を覆い尽くした。津軽剛情張り太鼓をさも至近距離でそれを鳴らしたような、そんな感覚だった。腹まで響いた音波は体を震わせた。
「っ…………!!」
言葉にならない悲鳴とはまさにこのことだと。
太い声が轟々とどよめき、鼓膜までに反響してきた。ドンと鼓動が高鳴り、あっけらかんにとられていた俺なのであった。
頭上に自然にむけ、それに俺は戦慄してしまった。
本日三回目。サードインパクト。
超特大級の巨体、黒塗りにされた肌にはところどころに赤い線がはいっている。造形は人の形をした何かで、下半身は半透明になっていてまさに非人間的。
力強くなにかを持ち上げるために創られたような、そのでっかい腕とその握りこぶしの先に握られている存在が確認できた。
長髪を垂らした黒髪、天色が反射で輝き、こぼした雫が一つ。
間抜けに腰を抜かしていては決していられない状況だった。
彼女が宿した涙雨、それはどういった情緒を指すのか目にも明らかだった。
「せ、誠司さん! どうしてここに」
悲痛な叫びを訴えかける彼女の声が、紫外線のように貫通して心にどよめきを与えた。どうして彼女がああなっているんだ、このでっかいやつは何なんだ。わけがわからない。
「は、はやくここから逃げてください! じゃないと、」
「人間ごときにえらく低頭だなジオよ。そこまでして自身の格を落としたいわけか」
でっかい野郎は彼女を俯瞰すると、あざけるような顔つきをして、いかにも憎たらしさを覚えた。
「……っ! それは」
「見苦しいぞジオ。我はそんなお前の姿を見て心が痛む。やはりお前だけだ、出来損ないは」
出来損ない? 何を言っているのか全く理解できなかったが、彼女が出来損ないといわれてることに無性に腹が立った。一体どういうこったよ、俺も、この状況も。
「なぜ崇高なる我々がありながら、ただの生命体一つ二つに相手をしていようとするのか。そもそも生命という概念は利点がほぼ皆無なのだ。自然造形での格を見て測っていたが、もう我慢ならん」
でかぶつは唾をまきちらしながら、彼女に憤怒の槍を刺す。それをとても不快そうに瞳がうるんでいた彼女を見ていられやしなかった。
「し、しかし! 私は完全なる損壊不可な神器は確かにこの手でおつくり致しました。それはこの世界のどこかに放たれ、手元にはないですが」
「ふっ、馬鹿め。そんなものが存在するはずはなかろう。机上の空論だ。所詮はジオ、お前のことだ。我から生まれた存在は、我に抗えない絶対的格差があるのだ。お前も、他界の子ですら同じこと。完全無欠の我に何をしようものか」
高らかと嗤いあげるばけもんはこの世のものとは思えないほど、邪悪な顔つきをしていたに違いない。凶悪じみたにやついた表情はまるで毒を制する悪魔。
それにしても彼女があの状態じゃさすがにかわいそうだ。こっちも見ていてむかっ腹が立つ。
「おい、そこのでっかいやつ。彼女を離しやがれ」
これを発言するのに勇気なんてのはもはや要らなかった。彼女があんな悲しい表情をするから、それだけで途端に活力へと変換されていったのである。
「誠司さん、いうことを聞いてください! ここから早く逃げて」
「愚かだな人間よ、所詮は我の能によってうみだされた端くれの存在。いかにして我に口をきこうものなのか」
「やめてくださいお父様! 誠司さんは何も悪いことなんかしてないじゃありませんか!」
彼女のことばに引っかかったポイントが一つ。
お、お父様?
「ジオ、お前には今まで目を瞑っていたがもう懲り懲りだ。悪いがこの地球は閉幕してもらう」
さっきから何を言って……というか、さすがにこの状況で口出しするのは気がひけたが、どうしても口が先走ってしまった。この選択に後悔はない。
「あんたが彼女のお父様とかどうとかしんねぇけどよ、さっきからブツブツと色々言ってて、あんたはさっきからなんなんだ。彼女のことを散々罵り散らかした挙句、そうやって力で抑えつけて何が楽しいんだ」
「両親の水入らずの相談だ。人間は失せろ」
俺は片方の手で、この場から薙ぎ払われようとした刹那だった。
「やめてください、そんなことをしたらお母様が悲しんで」
あっぶねぇ、彼女のおかげで何とか一命を取り留めた。このままこの上空何千万フィートなの? ってところから落とされるとこだった。
「お前は我妻にたいし、不謹慎なものを生み出してしまったことを忘れたのか!」
お母様や、妻などのワードが飛び交う中、俺はもちろんのことはなしに全くついていけない。だが事実として、彼女とでかぶつが言い合いをしている場が展開されていた。
「お母様ならきっと、許してくれるはずです。アマテラス・オオミカミの名のもとで許してくれます!」
「たとえ妻が許しかろうが、スサノウ・ノ・ミコトの名において我が容認することはない」
重厚な声が腹にまでひびいてなんだか悪い気味。彼女の悲痛な叫びも、こころにひびいいて限界を迎えそうになっていた俺。そんなこはいず知らず、聞き覚えのある崇高な単語を次々と飛び交って、マシンガンに打たれているよう。
「我らはアマテラスによって快適にすごしているのだ。なのにこんなとこに住みかをおいて、一体何になる。無下にしているのだぞ。まだ解らぬかジオ」
そして己は思いのほか無力なこと。それを知らしめられるには十分すぎた。
その後は無茶苦茶で、どうなったかわからない。なにか一言二言言葉罵声を浴びせされて絶望をしたのか、はたまた暴虐を挙げられたのかもしれない。
ただ現状として、俺はなんだろ~、スカイダイビングをしてもう終焉を察知したよ、というくらい。
たぶん、このまま地表に強打しこの身が朽ちる未来しか見えない。というかそれ以外に救われる余地なんてないのかもしれない。とおりとおり交差しあう線路も俺にひっかかることなく、どうぞと言わんばかりの避け様。めっっっさわかりやすい例えで言うと、かのボカロ曲のアスノ◯ゾラ◯戒班のイメージイラストみたいになってる。
グッバイ宣言マイライフ。思い残すことは挙げればきりがないものだがとにかくいい人生だった。親には手厚く教育してもらいなかなかの大学に進学できる程度には熱心に育ててもらった。
だが死んでしまったら、そんな努力も、名誉も水の泡。
ただ最後に願うとするなら彼女のあの悲痛な顔、その真相がたまらなく気になると同時、たまらなく救いたい気持に駆り立てられた。
だけども、俺ではどうすることもできない。だってこのままズドーンと落ちてエンディングに入る予定なのだから。
意識も遠のいてく中、俺は本日二度目の死の覚悟が整った。
▽▼◇▲△
次こそ俺は命の灯が完全に消失したなきっと。
だからこそ、気持ちいい肌触りのいいの物に身を預けていたのかな。
今度は雲の上に寝転んでいるのかもしれないな。
やっぱりそうだ。
目を開けても一面、ホワイトだ。
これはもう確定かな?
まさかの布団で寝てましたーエンドではなさそうだ。
俺、乙。
これで本当の氏の証明おめでとう。
……うーむ、俺はなにか早とちりする傾向がありそうだ。
さっきから明らか変な体勢でぐったりしているし、モロに空気抵抗を感じる。ヒョウヒョウと風が耳元を通り過ぎ、こころなしかバサバサ変な音がきこえなくもない。
というよりまさにそうだった。
うつぶせで寝ていて実際気づかないことも多いわけで、首をあげて見るとなんということでしょう。私が空に浮かんでいるではありませんか。
頬をなぞるのは冷たい雲。だけど想像よりも優しく雲はかすめるようだ。
その空中飛行している実態、それを可能にしている在るものは、言葉で説明するには簡単で、存在証明をするのは難解な、そんなもの。生き物。
「ちょ、ちょまてよ! なんで。なんで俺がペガサスに乗ってるんだよオオ」
ヒィィンとその言葉に相槌までうってきたぞこいつ。
なんでなん? え、こっち側の世界きて最大の困惑なんだけど。
と、い、う、か、な、ん、で、す、か。
「んっ? こっちには鳳凰みたいな巨大なやついない?」
今乗ってるやつもバッサバサしてるし、隣にいるやつもバッサバサしててもう、す、すごい(語彙力崩壊)。
ペガサスと思われる生命体は解釈通り全身純白に染められていて、両極に生える体よりも大きい翼をはばたかせながら、ありえないくらいの安定性で飛行している。かなりの巨体なのにすっげぇ。
それはこちらも等しく、鳳凰と思われる生命体は、本当にこれはたまげた。解釈一致しすぎてな。体の前には麟、後ろは鹿、尾は魚、背中は亀、顎は燕、くちばしは鶏に似ている。虹色の羽毛はかっこよさがにじみ出てる。
まさに伝説と伝説に挟まれた現状。戦慄を覚えるわこれは。
この世界には架空の生き物とかが蔓延っているのか? そもそもなんでこの二匹なんだ、あまりにも偶然すぎる。だって。彼女と駅で、ロマンだのなんだのいって想像していたものがどんぴしゃで現れてきたからな。驚くのはいたしかたないだろう、だがこれ以上頭の容量が刺激のあまり持たなさそうなので、深く考えるのをやめた。とくと考えることは俺の性分にあっていない。元来、俺の生き方はエコ。いかに低燃費で生けるかが決め手。がんがえるのやめやめぇ。
というか、この第二頭はいったいどこに向かっているのか。
まっすぐと、目線を合わして、肩を寄せ合って、というよりあれか、翼を寄せ合ってるんだな。
これもこれで思考を放棄し、さきほどの落下するというショックで彼女のことをすっかりと考えなくなっていた。
長旅ご苦労の二頭がいきついた場所は、裏側には点点とする山だった。ここにきて降り立ったわけだが、一体何をしろというのか。登山でもさせるつもりなのか、ここ見た感じ山頂っぽいけども。
あたりはほんとに何もない山のなかの山。草木だけが生い茂った山肌は山頂に近付くにつれ自然と減りつつある一般的な雰囲気。
そこまで高いというわけでもなく、何の変哲もなさそうだった。
なぜここに連れてきたのか真意がわからず、あっけにとられていると、鳳凰がはじめて声をあげた。
なんともたくましい瑞鳥の鳴き声は空高くまで舞い、その波を追いかけるように空高く飛んで行った。どこにいったんだろう、と思って見ていたのだが。
するとすぐにこちらに戻ってきた! ……のまではいいんだが。
なんで垂直に落ちてきてんだよ~、それも隕石のごとく勢いは増して。
どっかーんどしゃどしゃどっからかーん。←????? うん?
その目の前で繰り広げられた衝突は、轟々というよりも、耳元で手のひらを思い切りたたかれたよう。ちょっとは良心ってものがないんですかねこの子は。砂埃も宙を舞い、視界不良にみまわれてしまった。
まじわんだほーいじゃん、勢いと迫力が。
これには熱血勢いとにかくクソデカボイスピン芸人サンシャイン◯崎も驚嘆の声だな。
とにもかくにも、その一波を起こしたのには必ず理由があうはずであり、それは目をぎらつかせた伝説が見ていたものにあった。大きな穴が開いており、その中央部には一羽とそれを見守る一頭と一人。瑞鳥の足元にあるのは、地面からばっちり真っ直ぐに刺さった、一筋の光。
それは鳳凰がくちばしでくわえ、親切にもこちらに持ってきてくれた。
見た目は明らか、剣だった。それも時代を超えて、年季の入ったようなレベルで。相当古い所以なのか、表面の錆はあまりないが、重みはかなりである。
なんか書いてるけども、うっすら文字がみえるくない? なんてかいてるんだろか。
『我地球創世之神髄先駆成。将象成硬事草薙剣』
これは……頑張って翻訳してみると、
「私は地球の創生に携わった実質的な先駆者だ。まさにその証として、砕けぬことのない硬くなる草薙の剣をここに残、す…………く、草薙の剣?」
草薙の剣って、あの草薙の剣か?
草薙の剣、別名、天叢雲剣、もしくは草那藝之大刀。八咫鏡、八尺瓊勾玉に並ぶ三種の神器の一つであり、今では熱田神社と皇居の二箇所におさめられてたはずなのだが。
なんでここにも同じものがあるのだろうか。てかこれは本物なのか?
もしかして元々、これは世界に三つでも存在したのか? そうなんだとしたら、かなりの歴史が覆るよな。それはなんとも大発見な。
というか裏側自体が社会常識どころか、世界中の秩序の破壊を招くんだよなぁ。
これもこれで不可解で驚愕なことなのだが、そんなことよりも『我地球創世之神髄……』の文字。これはやはりか……。
それで俺は思い出したかのように己を奮い立たせて、俺は行くべき場所にこの伝説二匹を連れていった。
▽▼◇▲△
「お前の言っていたことが本当なら、こいつで、お前のことを解放できるよな。あいつからきっと」
手にもつ重厚なものは、見た目とは裏腹に天のきらめきを全て跳ね返し、それは神聖なるものを醸し出していた。それをここまで持ってきたのには理由は一つだ。
「おい、そこのでっかいの。お前が在りもしないと思っていた品はこれすかね」
それを硬い神殿にさして、挑発するような目つきをぎらつかせた。
巨体は返答するように、右眼をぎらつかせた。それに臆することなく、俺は続けるんだがな。
「これが彼女の造った、損壊不可な神器ですか?」
「誠司さん! なぜここに……というより、それをどこで見つけてらっしゃんたんですか!?」
たいへん彼女は驚いているよう。これは完全に決まった、俺の再来がこんなにも格好の付けれるシチュエーションだなんてな。笑えるぜ。
「ははー、これはな俺が見つけたわけじゃねぇ。これは…………こいつらがみつけてきたんだよ!」
俺の声に反応して、ジャストタイミングで伝説たちが俺たちの上空を飛び交う。それはまるでパレードを彩るかのように、彼らがステージを展開しているようにも。きっと彼らなりのショーなんだろうか、じゃないとここまでカッコイイ演出はない。
片方の伝説は大気をまといながら白の聖気をだしており、片方の伝説は大気を自由自在に舞い。
それはまるで幻想的で、とても言葉では伝えきれないほど、綺麗だった。
「なんだこの生命体は。我が憶えではこんな生命体は存在し得なかったぞ」
ふふふっ、こんなショーをこいつらに見せられちゃあ俺も負けられなくなってくるな。だが、俺の役はまだお預けだ。もうちょっとこいつらに舞い踊っていただかないとなぁ、さあびっくりショータイムだ。
「およよ? あの神様が見たことのないものを見ただけでビビっちゃってるのかなぁ?」
「ええい鬱陶しい、人間よ。あまり調子に乗るではない、煩わしい。お前の存在ごと微塵もなく消し去ってやる」
彼女を握ってないほうの巨躯のこぶしがこちらに向けられてきた。きっとここは魔法やら神力やらなんやら行使してくるのだろう。そんなことくらい百の承知。本当にこの数秒後には、今までと違って確実に俺は死んでいるのかもしれない。俺はいっつも勢いで生きてきて、その場凌ぎのことでしか生きていけなかった馬鹿だ。
「真に愚かな者よ。我の前に再来しては見かけ倒しの手札なしか。誠に愚かだ」
ばがでかいため息をつく巨躯の神様は蔑む行為すら、もはや必要とは思わないくらいにはさぞ呆れていたことだろう。
「誠司さん、言って失礼だとは思いますが、あなたはたまに馬鹿なことをしますよね! なんでここにまた来ちゃったんですか……これは私が解決すべき問題なのに、ただ巻き込んでしまっただけなのに」
のどが掻っ切れそうなくらい、きっと彼女は叫んでいただろう。それは悲愴な感情をありったけぶつけてきた証でもあろう。だが、俺は彼女のことを裏切るしか他ないのである。
「さあ消えるがよい、愚かなる存在よ」
神様の手には、大気から力を吸い寄せたであろうものがこめられていて、俺を殺す気満々の雰囲気であった。だが、そんなもの、俺は屈することは一つもない。だって、彼女のあの笑顔が、忘れられないからだ。
「いやああああああああ!」
「…………ジオ、逆だ。俺は超たまに頭がいい」
「えっ……」
「煩い人間! 早く消えてなくな……うぐ、ぐはっ。うがぁぁ、な、なんだこの激しく芯を貫通する感覚はッ」
でかぶつは急に暴れ出し、とても痛みに悶絶しているのだった。それもそのはず、全ては俺の策略どおりってわけだ。
「小学校の授業で習わなかったか? 見知らぬ人と話している時、よそ見はしちゃあいけないってな」
ここまでよくもまぁ計画通りに進めてくれたあいつらには真の感謝しかないだろう。
いよいよとでかぶつは悶え苦しみ、力が抜けてしまった証拠か、すんなりとこぶしを緩み彼女を解放してくれた。
ただこの状況を制すのは、俺とその仲間たち。
「よくやったぞ、ペガサス。陽動作戦大成功だ!」
そう、さきほどまでのおしゃべりはすべて茶番。真の目的は別にあったのだ。彼女の作ったとされる三種の神器の一つ、草薙の剣をやつに突き刺すっていうな。ただ、やつは少なくとも神。ただの陽動と諸々でそう簡単にできるわけではない。ただ、一つ、抜け穴があったことを俺は推論がら確信していた。
「これらはすべて、お前らが,『紫外線でしか』物が見えない体だからなせた業だ。俺ってたぶん、ちょー天才」
あの大木の前での彼女の独り言、神ということ、ずっと同じ側でしか歩かなかったこと、振り向く所作がどちらも同じだったこと、暗闇でも適応できる眼、眼で認知するでの時差など。この要素すべてを合致してこの結論に到達した。それは彼らにとっては図星だったようで、俺はさながら殊勝。
すると、彼女が猛ダッシュでこちらにくるのがわかった。きっとやつからの避難行動なのだろう。やつは何が何でも神は神なので、そうそうに回復して開口した。
「ジオ、お前はまた愚かな行為を繰り返し、我の期待を裏切るというのか。そんなこと、我は許さんぞ」
「見苦しいぞおっさん、お前はお前の娘にしてやられたんだ。その背中に刺さってるものはなんだ、効果抜群じゃねえか。相当効いてるよな、それ」
「黙れ、こんなもの、我こそ完全無欠の者。ジオごときに」
「その完全無欠が何を言ってるんだか。そもそも娘のことを出来損ないだとなんとかいう精神が考えれない」
もうこの憤怒は収まるとこを知らなかった。
「なぜ娘を信じてやれない、なぜ過多に期待をかける? そんなの、親としてあるまじき姿に決まってるだろ。俺はな知っている。本来あるべき、親と子の姿を」
そう、俺は知っている。俺を助けてくれた、あの天真爛漫な生娘とそれをあたたかく見守る父親の姿を。俺は知っている。
「腹をわって互いが話し合うことができて、互いに意見を認め合い、時には喧嘩をすることだってあるのかもしれない。だけど、そんな関係性が成り立つからこそ、一緒にいても苦にならないんじゃないのか。お前はそんなこともできないような奴なのか。こっちもこっちで人間してるんだ、愚かでも惨めでもなんだっていい。だがな、少なくともお前の態度や心持ちはまちがっている」
まだ言いたいことは山ほどあったが、言いすぎと思ったのと、単に意気消沈したから次の言葉はなかった。だが、彼女は気持ちが昂ぶってきたようで、
「そうです、誠司さんの言うとです! しっかりと私を見てください。たしかに、私は姉妹と違いオチブレかもしれません。本来は創造困難な生命体を生み出してしまったが故に、私の力不足で不完全体ができてしまったのも承知の上です。それを埋め合わせするのに、本来あった私の力も半分捨てることも多々ありました。ただ、私が選択した道、後悔はありません。でも、私だって少ないながら完全体を創造できるんです。それがお父様、誠司さんが持ってきてくれた草薙の剣なんです!」
怒涛の彼女の叫び、これがきっと奴に届くのであれば、あるいは……。
暫時、沈黙が舞い降りる。
奴は何か考え事をしているのだろうか、それともただ思いの丈を言い出せないだけであるのか。どちらにせよ、似つかわしくなくソワソワしている所作で、その巨体とはなんともギャップ。
わからんでもないで、その気持ち。
きっと娘に言い負かされ、舐めていた人間にも言い負かされ、メンタルがブレイクしてブレブレなんだろう。
なんて可哀想に。ここまで水を差しておいてなんだが、ここからはもう親子同士の領域だ。俺が手出しするべきところじゃない。
「我は、もしかしたらジオのことをより深く見ようとしていなかったかもしれない。理解をしようとせず、価値観の押しつけだけで完結していた、固定概念にとらわれ差別化を図り、我こそ醜態をさらしていた。だから、こんな我を許してはくれないだろうか、ジオよ」
ギャップ萌えをさらに加速させるように、弱々しい返答のもと、しおれて元気を喪失した枯れ木みたい。そんな姿を見て俺は安心だ。こんな話が通じなさそうな、傍若無人な態度でも、しっかりと親心があったことに安堵しかない。初対面での印象は本当に頑固なでかぶつだったが、今となっては、素直になれなかった稚拙な父親になったかな。
「私は大丈夫ですから。それより、誠司さんに謝意の言葉を述べてはくれませんか? そうしないと、本気で怒りますよ」
なんとも強気な態度ぉ、これはさすがの父親もビビり散らかすだろう。
「ほほ、本当にすまなかった。この通りだ」
即座の反射で、その巨躯は土下座の体勢。新人のリーマンごとく、あたまをペコペコさせていた。神様にも謝罪の際には土下座っていう共通認識があったんですね。異文化と共通の文化が存在してるとは、なんとも感慨深い。
「全然いいんですよ、だから頭をおあげください。こちらこそ、今思えばなんともご無体な真似を」
「いいんだ、もう我は親失格だ。ひとまずは己の心に磨きをかけてくる」
「……ああ、そうしたほうがいい。その状態だとお前、ゴホンゴホンッ、あなたはきっといい親になる。だから俺は信じてる。なんたって、あなたと娘さんのためにもな」
俺は親心なんてものは一切わからない。
対して、こいつは。まるで子に対して良心が全くなく、心根から廃れているような奴と思っていたが、存外そうではなかったらしい。娘を想う気持ちは確かだったわけで、決してそれが嘘の言葉とは感じれなかった。だからこそ、こいつはより一層、親としての責務を果たし、娘に対して愛を育み、そんなの綺麗事といわれるかもしれないけど、そんな紛い物で塗り固められた感情かもしれないけど、そんな一時の感情の昂ぶりかもしれないけど。
でも俺は、そんな固く結ばれた心渡りの橋が大好きだ。
ほんの少しくらい、ここは調子がのったっていいじゃないか。
それもこれも、全てはこの二人が紡いでくれた心のキャッチボールのおかげ様だ。きっと、神様っていうのは本来、こうして人間の模範となるような、またどの人間よりも人間しているような像なのかもしれない。これはあくまで俺の哲学だがな。
漢はこぶしで語らうように。
俺はこんなやつとは比べ物にならないほどの小さなこぶしを、神様向かってつきつけた。
この所作で解ってくれたらしく、ことのは無しにその巨大なこぶしを合わせた。
「……頑張れよ」
「ありがとう……お前には教えられたことはたくさんあった」
そう言い残したら最後には、彼はもう目の前にはいなくなっていた。
きっと父親として、自分を見つめなおすのとともに、神という立場、もちろん親という立場ででも良好になっていくのだろう。
これからよくなることを願い、二礼二拍一礼をこころなしかしていた。もとよりこれが神様に対する作法というものなのだから、致し方のないことだろう。最後には色々なものを改めて学ばせてくれた、見つめなおさせてくれた神様に感謝も忘れずに。
「ありがとうございます、誠司さん。誠に感謝しています、とても、その……たかが私のことのために怒ってくださって、正直な気持ちとして嬉しいです」
らしくもなく、手をもじもじさせながらうつむきがちな彼女。いつしか頬が朱色に染まっているようにも。
「いやぁあれはだな、少々情が熱くなってしまって。ドーパミンあのときやばかったから。本当に大量分泌してた」
「いえ、それにしてもあの演出なり言葉なり、とても格好良かったですよ。とても、本当に……」
なんだかさっきから彼女の言葉のつまりが見受けられる気がする。これは彼女なりの照れなのだろうか。そうならば、俺は気にしないから大丈夫だぞ! どんどん照れろ照れろ。
あっ、やっぱやめて。こっちまで恥ずかしくなっちゃう。
「まぁなんだ、お前が可哀想だったから助けたーって感じ。そんな気にすんなよー」
適当にまくしたて、照れ隠しが俺も限界。そろそろ話題のベクトルを方向転換するとして、
「それよりも、まだ飛んでるのかーお前ら。そろそろ降りてきてもいいころ合いだろ~」
そういったものの、なかなか降下してくる気はまんざら無さそうである。
これは俺たち二人の時間を邪魔しないべく行いっていることなのだろうか。そうだとするなら、あいつらは大分と賢しいんだな。
「結局、あの生命体は何なんですか? 見たことがありませんが」
「あの翼の生えた白馬がペガサスって言って、あの虹色の羽毛の持ち主が鳳凰って名なんだ。あれは奇跡が生み出した、人間の中での生ける伝説だよ」
実際にそうだ、なぜ俺が願った二体の伝説が今、こうして真上を飛び交っているのだろうか。不思議でならない。
「あの駅で、あんたといた時、俺は密かにあの動物の想像をしたんだよ、たまたま。それがまさか、創造されるような形で生み出されるなんて思いもよらなかったぞ」
「それは同じくです。なぜこんな現象が……はっ、まさか」
「おう、どうしたどうした」
急に顎に手を添える肌白い手が美しく輝くが、いったい何を考えていらっしゃるのか。
まさか俺が世にない生命体を創造しちゃったことによって、秩序が乱れてしまったのかしら。だとしたら凄まじい重大犯罪起こしちゃった可能性ある? めっさビビり散らかすんやけども俺。
「誠司さん、私の手を握ってください」
また口を開いたと思えば、何を言ってるのか。手を握れって。
いやいやいや、まだ心の準備ってものが。というか、死の覚悟決めるより、彼女の手を繋ぐ覚悟は躊躇うのなに。
「ほら、早くしてください」
「お、おう。了解した?」
近くによるとやっぱりサボン系のいい香り。この香りは心を穏やかにする効果がどうやらあるようだ。自分でも緊張感も次第に緩和していくのがわかった。白い衣はまるで天使みたく、神にも似たなにかまでと感じるほど。やはり天色の瞳は色あせなさそうだ。
「つ、つなぐぞ」
「ぎゅーっと力を込めて握ってください」
俺も男だ、ここは意を決して。
手を握った俺、それに多少びくっとするも目を閉じながら黙りこむ彼女。その間、心臓の活動は頻繁になりつつあり、胸がはち切れそうな状態だった。だが手を握った以上。これを耐え凌ぐしかない。ここはひとまず、クールだ。
落ち着け俺、落ち着け俺。また思い出せ、父親直伝の切迫した緊張の下でも落ち着ける方法を、ってもういいわそれわ! おとなしく待と!
彼女の手を握ってわずか数秒後、心臓の鼓動が有頂点を達しそうになっていたとき、手は離され彼女からのほとばしる精神干渉レベルマックスのインパクトが告げられた。
「誠司さん、どうやら私達、キョウダイだったみたいですよ。驚きですよね」
????? キョウダイっていったいなんだ。キョウダイってあの、キョウダイなのか? え、さらに理解が追いつかなくなってしまう。
「どういうこった、キョウダイって」
「はい、私も手をつなぎ誠司さんに内部干渉してるあいだいにそれが発覚し、とてもじゃないほど驚きました」
よくみたら、彼女の足もかわいい子犬見たくそわそわしている。
こんな彼女もまた初めてだ。
「キョウダイっていうのは一体ー……」
「はい、私が姉でどうやらあなたが弟だったらしいのですよ。不思議ですよね、私たちがまさかの姉弟だなんて。にわかに信じがたいことです」
俺は言葉にならない掠れた声を出し、氷塊にうめられたのごとく動くことができないまま。それでも彼女は続ける。
「私がこの地球を創生した際、同時についてきたあなたが『人間と同じ営みをしたい』と言い出しのが端緒です。そこから、周期型のシステム、現代では輪廻転生なんても言われますか。それを長い月日の間、している間に私もあなたのことを忘れてしまっていたようです、ドジなことに。ですが、再びあなたに触れたのがきっかけで何かわからないまま、あなたをこの世界に誘いっていた。きっと大学にて私達が肩をぶつけることがなければ、こんな自体にはならなかったでしょう」
「仮にそれが本当だとするならば、輪廻転生性制度を採用した俺もバカだし、たとえ幾星霜と流れようと弟の存在を忘れてしまうあんたもバカだし。ほんと、飽き飽きするぜ」
いつしか、それが半信半疑なはずなのに笑えてきて、そこら中をのたうち回った。神殿の床が硬いとかはどうでもよくて、もうひたすら笑い転げる。
それにつられて彼女もほくそ笑み、仲良しこよしで笑い合っていた。
「だからか、あれなんだな。俺が駅で伝説を創造できた所以は」
「さすが、勘だけは鋭いですね。紫外線の見える眼のことといい、このことともいい」
なにか懐かしむような彼女の顔が俺は忘れることはなかっただろう、きっとこの微笑ましい笑顔は次に死んでも一生手放したくないくらいに。それほど、横顔が美しかったこと。これだけは確固たるもので、たとえ姉弟というのが事実でも姉にこんな感情を抱いてしまっても、罪悪感なんてのは湧いてこなかった。
「もしかしたら、お父様も途中で気づいていたかもしれませんね。だからこそあなたの声が響いたのかもしれません」
確かにそうかもしれない。神様のことだから、それくらい気づくのは容易いことだろう。
「お母様も、もしかしたら見ているかもしれませんよ」
「ああ、そうだな。この裏側での営みもしっかりと見守ってくれているに違いない」
クスッと笑う彼女の表情はまさに至極。女神に微笑まれている気分だった。というか女神だった。
「それよか、あるやつから聞いた話しだけどよ。アリ……アリなんとかネットワーク云々ってことをきいたんだが、あれで色々なことあったんだな」
途端に彼女の顔つきが曇りかけてくる。きっと思い出したくもない過去だったのかもしれない、だが、これはいずれは訊こうと思っていた事柄だ。いまさら引き返すわけにはいかなかった。
躊躇するような素振りを見せた彼女だが、それでも俺は待つことにした。彼女から、語ってほしかったんだ。
「アリスシティネットワーク構想の話ですね。あれはついに失敗に終わり、泣きじゃくんだ時期でもありましたね」
深々と悲しむ吐息をだしながらも、続けてくれた。
「あれは元より不可能なことだったんです。それをわからず、ただ無鉄砲に走った結果です……簡単に訳を説明しますと、この地球では、表裏それぞれに岩盤が存在していまして、それらが動いてるんですが、あいにく逆方向に周っているものですから、その中間にその構想都市を生み出すのは不可能だったんです。まったく、この星の創成者として不甲斐ないです。この前、表側で観測不可な地震が起きてしまったのはまさにそのためで……」
「ふーん、なるほどなぁ。あの地震はその構造ゆえなんだな。だからこそできないってわけかぁ……」
「はい、本当にこの世界の住人には謝意しかないです。気恥ずかしくて、もう泣きそうでした」
そんな虚ろな顔、俯くのはそれだけこの世界の人のために本気だった証拠。
本気で申し訳ないと思っていた証拠。そして本気で助けようと思った証拠。
だからこそ、こんなことあっても仕方のないことだと。誰だって失敗は犯すということ。神様は絶対じゃないってこと。それこそ尚更、千と千◯の神◯しなんて神作品が代弁してくれている。なんなら俺だって、神様? だというのに訳のわからないことをして、忘れてしくじっているのだから。だから余計、その気持ちが胸に染みる。自然と共感できてしまう。元より、俺たちは似た者同士だったのかもしれないな。なにせ、姉弟だからな。
「そこまで気負いしなくても大丈夫だよ、この世界のやつは少なくとも、あんたのことを悪く思ってない。確かにこの耳で聞いた。俺が保証する」
ここは最大限の説得を。
決して彼女は悪くないと、そう言い励まそうと尽力した。もうこれ以上、悲壮な面を見たくなかったからな。
「これは弟として言ってるんじゃない、これは俺、誠司として言っていることだ。弟故の甘いこころなんかじゃない、心の底からお前のことを想っているんだ!」
今だかつてない程、こんなに想いを叫んだことはあっただろうか。
熱気に満ち溢れた俺の顔はきっと後世に語り継がれるレベルの黒歴史。だけどそんなのは気にしてられなかった自分がいたというのを今でも覚えてる。
それで気がついてしまった。
いつしか俺は彼女、ジオに対して恋心を抱いているということに。相手が姉だから、所詮は姉弟だからと言う理由だけでは収まらないこの高揚感。背徳感を覚えてはいたものの抑えられはしなかった。ただそれだけ。案ずることはないよな、だって人生何を間違って何が起こるかわからないんだもの。
人生というより正しくは、神生なのかもしれないな。とんだジンセイだろうよ全く。
「いきなり叫んですまなかった、未だ気持ちの整理がついていて無いこともあって感情的になっていた」
「いえ、大丈夫です。それより、そんな事を言ってくれてありがたいです。弟に言い負かされましたね、あはは」
涙目ながらも笑っている彼女は、打ち負かされた自分に嘲りを感じているのか、情動が激しく動かされたためなのか。どちらにせよ、感情を突き動かしたのは本当で、少なくとも俺という要素が絡んでいることも。
「その、なに。あんたが悲しんでるとこを見ると、俺だって悲しいし。それはちょっと困るから。あんたにはずっと笑顔で寄り添ってほしいという気持ちがあるんだが」
これって告白の文になっちゃうのかな!? これってまさにジャパニーズ告白だよね!? 大丈夫かな!? と不安視していたが、そうにもいかず普通にありがとうと返事をされた。ふう、安心安心、俺の恋心がばれちゃったのかと思ったぜ。
「それにしても懐かしいですね。私の創ったこの地球は開闢以来、数々の生命をここに宿してきたもので。あなたという存在とともに。表社会にて現代ではそんなことは滅多に信じられることはありませんがね」
古来より、ギリシャ神話で語られてきた世界の創生。それの代表的な原典でヘーシオドスによる『神統記』では、原初の混沌、つまりカオスから世界は創造が始まったと言われていた。
それは社会に浸透し、広く受け入れられていたが現代では科学の進歩など何だので非科学的と学者から信者が貶められることもしばしばだった。
ひどく世知辛いもので、学術誌に基づいた明確な事実じゃないものへは受け入れることが不可な世の中へと収斂進化していったのだ。今となって思えば、その現実はとても悲しいように感じる。間接的にいえへど、こっちの存在を否定してくるということなのだから。余計、気弱になることもあるだろう。だが、そんなものに屈さずこの方神様をしてきたのはとても偉大なことで、陰ながらの責務を全うするからこそ、神と呼ばれし存在に似つかわしいかもしれない。
「それにしても俺が人間になったのにも関わらず、偶然にも出会ったのは真の奇跡だな」
そして本日二度目の一句。
ジオととも 兄姉仲良く 記憶帰す
なんて阿呆な一句なのか。これほどまでに馬鹿な一句、初めてだぞ。でも、こうなったのは運命様のおかげで、最初から切れないものだったのは間違いなかったことを証明してくれたような気もした。
「私たちはきっと切っても切れない縁に結ばれてるんですね」
「それは言えてる」
互いに笑みがこぼれ、なんだか和やかな空気になった。
彼女も俺も、どこかしら明後日の方向を眺めるように。それは照れているわけではなく、きっと心が芯から温まり、その温度をあつくなりすぎないよう目で熱を逃しているのだ。
いや、熱を逆に逃さないためにかもしれない。
それは至極、嬉しさ混じりの笑顔のように。明日を照らす太陽のように、それは美しく輝いていた。
完全に着こなした可憐な白衣を自慢気にはらい、くすっと微笑みかけてくれた。それは未来を見守る女神、すっとこの美貌に飲み込まれそうだ。終いには互いに手を繋いで、このきれいな空を眺めていた。
華奢で小柄な彼女の手は、力自体弱いはずなのに、想いだけは誰よりも熱く、かつ力強いと感じて他ならない。だから、俺もそれなりに力を反射するように強く握り返してやった。空に飛ぶ二匹は翼をきらびやかせ、イルミネーションといっても過言ではない。どこからか、ファンファーレまで聴こえてきそう。
「彼らはとても愉快に空を舞っていますね、まるで私達の祝福を喜んでいるかのよう」
ほのかに彼女が笑顔になっていくのもわかる気がした。
「そうだな、あいつらも楽しそうだ。とりま一件落着だな、お父さんとのひと悶着も、俺らの記憶の回帰も」
心底安心した。こんなにカワイイ彼女が笑顔でいてくれるだけで俺は多幸感を得れる。安心安全のハーッピーエンドだしな。
それにしても、街中で見かけたり、大学内で肩と肩がぶつかただけでこんなことに発展するとは思わなかったが、これこそ必然的な運命なのかもしれない。そもそも、神様が運命なんぞ追求するのってものおかしな話だろうよ。
「私たちは姉弟だからなのか相互に類似点が多いですよね、しかもやっていることもおんなじで。それでもって、N極とS極がひかれあうように表側と裏側でもひかれあい。感情の向きも同じ。そこにはきっと相互作用する何らかの力が働いてるに違いありません」
「だな」
まさに彼女の言うとおりである。それを自慢気に話すのはわかるきがした。
こんなたいそうご立派に胸を張り、互いの関係性を大言壮語にできるなんてなかなかないのだろうから。まるで表と裏が同時に作用している、表裏一体を表すように。
「ありがとうジオ、俺をここに連れてきてくれて」
全力で感謝を伝えてみた。気恥ずかしさなんてとっくの昔に忘れていたのかもしれない。
「こちらこそ、ありがとう。そしてこれからもよろしくねっ、誠司さん!」
天馬と鳳凰が反応するように、天を駆けながら鳴いている。
これもやはり祝福を祝うための模様なのだろうか。
奇をてらった彼女の笑顔が余りにもまぶしかったため、俺はあさっての方向に目をやる。
なんたって太陽以上の輝きを見せつけられたらたまったものではないからだ。
「ああ、よろしくな」
これはとある、幾億年と輝き続けた想いがこもった暑い夏の日の話。
END