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37話【狩り勝負】



 数時間後、開けた河原で休憩する事になった。


 荷馬車を並べた横で火を起こし、薪を焚べる。【光の弓矢】が乗っていた1番大きな荷馬車を軸に簡易なテントを張り日光を遮った。


 (ながえ)を降ろした馬たちはシモンが預かり、水をたっぷり飲ませてやっている。


 それぞれのパーティーが出発まで思い思いに過ごしていた。【三本の杖】は荷馬車の中に篭り【光の弓矢】は狩りに出掛けている。【鋼の剣】は火を囲んで、御者と一緒に携帯食料を食べていた。


 軽食をとり談笑していた中にノエルが行くと、面々は1番座り心地の良い場所を空けて食料まで分けてくれる。

 日頃のスレインからの乱雑な扱いに慣れつつあったノエルは感動し、せがまれるままに今までのクエスト経験を語った。



 森の中【光の弓矢】のリーダー、モーデカイが弓を引き絞る。狙いを定め、鋭い視線の先には角の生えた(アルミラージ)が鼻を小刻みに動かしていた。


 放たれた矢は空を裂き、吸い込まれるように兎の急所へ命中する。周囲で息を殺していた仲間から歓声が上がった。

 絶命した獲物の脚を持ってリーダーが肩に担いだ時、同じく狩りをしていたクルルとばったり会った。

 

 彼女は湾曲した角が特徴的な鹿の仲間を引き摺って、スレインに褒めてもらおうと荷馬車に戻る途中だったようだ。

 目を丸くしたモーデカイと仲間たち、神秘的ともとれる見た目非力そうな少女の間で微妙な空気が流れた。


 【光の弓矢】が持つ獲物と、クルルが引き摺る獲物。少女の瞳は往復し、勝ち誇った顔で「フフン」と胸を逸らした。

 彼女の思考は、そんな小物でスレインが喜ぶと思ってる?、と全く見当違いの事を思っていた訳だが、馬鹿にされたと対抗意識を燃やされ、いつの間にやら少女対モーデカイの狩り勝負に発展していた。

 


 馬の世話に精を出す老人の様子を、白髪の青年は頬杖をついて眺めている。手綱を近くの柵に括り付けると、馬たちは足元の若草を頬張った。

 根ブラシを片手にブラッシングを始めるシモンは「見てても面白くないじゃろ」とスレインに言葉を投げる。


『んな事ねーよ』


「馬が好きなのか?」


『人間よりは嫌いじゃねー』


「ホッホッホ」


 正直な青年にシモンが笑う。

 馬たちは前肢を振り出して、地面を掘るような動作をした。


「おお、ちょっと待っちょれ…」


『他の奴らはやらねーの?』


 雇われた御者は荷馬車の横で談笑している。それに混じってノエルの能天気な笑い声が聞こえていた。


「彼らはまだ若いからのぅ。冒険者と旅をするのはこれが初めてなんじゃよ。せっかく話が盛り上がっとるのに、水を差すような事はしたくないのぅ」


『…爺さんって損な性格してんな』


 柵に座っていたスレインは上着を脱いでその場を離れる。

 老いぼれの話し相手に飽きたのかと自嘲した時、青年はバケツに川の水を入れて戻って来た。


『効率良くやってサッサと終わらせんぞ爺さん』


 バケツに入れたブラシを取り、馬の脚を持ち上げる。身体を密着させ支えながら蹄壁を磨いた後、蹄底の溝に入り込んだ泥を器用に掻き出した。


「驚いた…。お前さん、馬の面倒を見てた事があるのか…」


 シモンが見ても彼の裏掘り(蹄の手入れ)は文句のつけようがない。


『道がぬかるんでやがったから結構詰まってるワ』


「服が汚れちまうぞ」


『あー?替えがあるから良いよ』


 召使の時、厩舎に出入りしていた彼の手入れは的確で素早く、老人は感心した。蹄の手入れを怠れば裂蹄や義洞などの病気になるときっと彼は心得ている。


 途中からシモンは任せて安心だと、自分の作業に集中していた。背中に向けて『蹄油は?』と問われ「まだ大丈夫じゃろ」とブラシを動かしながら答える。


 穏やかな沈黙の中作業を終えた頃、狩りに出ていたクルルがスレインの元へ飛んで来た。


『どうだった?』


「来て!来て!」


 興奮した様子で手を引く彼女に、余程の大物が狩れたのだろうと予測する。

 『じゃーな爺さん』と断りを入れるスレインに、シモンは皺に埋もれた目を細めた。


「息子…いや、孫が居たらこんな感じなのかのぅ…」


 ポツリと溢した独り言は誰の耳にも届かず、若草を揺らす風に巻かれた。


◆◇◆◇◆◇


 クルルに連れられたスレインは森の中に入り、絶句した。


 狩られた動物が一箇所に集積され、こんもりとした山になっている。

 中にはコカトリス、アスプなど大きな魔物も散見され『ク、クルルさん?』と頬が引き攣り言葉に詰まった。


「スレインのご飯」


『飯ってな…。何でこんな大量に…』


「…あの人間が張り合ってきた」


 彼女が指差す先に大口を開けて固まる【光の弓矢】の姿がある。呆然とする彼らの手元には鴨や兎などの小動物がぶら下がっていた。


「スレインの1番はクルル。対抗するの1000年早い」


 青年の腕に両腕を絡めながら得意げな顔をする彼女の勘違いは持続している。

 話が見えないが、スレインは男たちを気の毒そうに見遣った。


「す…スゲーじゃねぇか嬢ちゃん!」


「コカトリスにアスプだぁ?こんなのC級…いやB級でも仕留められるか怪しいぞ!」


 コカトリスは首から上と下肢は雄鶏、胴と翼はドラゴン、尾は蛇という奇抜な姿をしている。強靭な足で繰り出す蹴りは人間の骨を砕く。


 アスプは体長10mにも及ぶ大蛇で、屹立する牙には強力な毒がある。槍も通さない鱗は固く、その皮は素材として重宝されていた。


「こりゃ完敗だぜ嬢ちゃん」


「フフン」


 モーデカイが肩を竦め白旗を振り、勝利したクルルは当然だと鼻を鳴らす。彼女にとって、スレインの1番は何よりも譲れぬ立ち位置だ。


 モーデカイは頭を掻いて、動物の山を見る。


「コカトリスかぁ…羽は良い矢羽になるんだよな…。上位種のなんて魔力が篭ってて矢の速度が上がるしよぉ」


 コカトリスの羽は、矢羽や羽根ペン、柔らかな羽毛は貴族が使う寝具になる。爪や嘴は風邪によく効く薬に変わる。肉質は淡白だが柔らかく人気が高い。コカトリスは解体したら素材という宝だ。


 物欲しそうに呟くモーデカイに、スレインは溜め息を吐く。


『羽根が欲しいなら持っていけ』


「良いのかよ…?」


『ひとまず、俺が欲しいのは肉だけだ。クルルはよく食うからな』


 青年の後ろで「そんな事ない」と少女は頑なに首を振っている。


 モーデカイの仲間が「お前知らねーのか!?コカトリスの価値を!」と焦った様子で叫んだ。


「これ1匹で15万シェルは下らないぞ?」


 金になると言ってもそれは冒険者ギルドに買い取りに出してからだ。

 どちらにしてもこの数の獣や魔物は持っていけない。収納機能のある指輪にも明らかに入らない物量だ。


 スレインにとって、今は素材よりも食べて腹が膨れる肉の方が何倍も価値がある。

 クルルが狩りに出たのも、彼に旨い物を食べてもらいたいという一心だ。


『羽根が美味いってんならやらねーけどな』


「どうかしてるぜ…」


 モーデカイは呆れたように笑った。


「女連れで生意気な奴だと思ってたが…ちったぁ話せる奴だな。【光の弓矢】リーダーのモーデカイだ。宜しくなルーキー」


『いんや、俺もむさっ苦しいオッサンだと思ってたしな』


 お互い様だと差し出された手を掴む。


『スレイン。こっちはクルルだ』


「…」


 クルルがモーデカイを一瞥した。


「見たことねー角の色だな…。嬢ちゃん種族名は?」


「レンヨウ」


『ッ、ッッ…、!』


 思い掛けない発言。よく考えればクルルに口止めをしていない。神獣だと露見すれば、人々は大騒ぎをする。それを彼女に伝え忘れていた。


「おいおい…レンヨウって…」


 【光の弓矢】がクルルに注目した。仲間内で小さく「レンヨウ…?」「神獣の…」と口を動かす。

 嫌な汗が頬を伝った。


『おい、クルル…』


「なに…もがもが」


 キョトンと首を傾ける少女をスレインは制止する。既に手遅れだが口を手で覆った。


「ぷっ」


 唐突にモーデカイが吹き出した。


「だーっはっはっは!」

「ははは!」


 そのまま大爆笑が巻き起こり、スレインは間の抜けた顔をする。


「レンヨウってあの蒼神だろ!?おもしれー嬢ちゃんだ気に入ったぜ!」


「噂ではマーダーグリズリーよりデカいそうだな!」


「確か水を司る獣で、綺麗な水辺に居るんだろ?ははは…生まれる時は水から噴き出してくるらしいな!」


 信じられていない。全く、これっぽっちも。


 ムーっと口を結んだクルルが「違うもん…」と拗ねた顔をする。

 その横で、青年は人知れず息を吐いた。


「分かった分かった!」


「嬢ちゃんがスゲー奴なのは分かったぜ!」


「まぁ、憧れる気持ちも分からんでもない」


 いい加減な態度で頷かれ、終いには哀れまれる。ブスくれた少女は口を尖らせたままスレインに抱き付いていた。

 少し小馬鹿にされている気もするが、少女を可愛がる【光の弓矢】の雰囲気は崩れていない。


 後で不用意に種族名を口にしないようクルルに教え込まないとなぁ、と白い髪を撫でながら思うのだった。



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