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26話【力の差】


◆◇◆◇◆◇


『げ…足りない!?』


 支払いの際、由々しき事態に陥る。全財産を合わせても今日の食事代に遠く及ばない。

 事態を収拾しようと厨房に居た店の主が出て来て、気不味そうに頬を掻いている。


「此方としても、君らの食べっぷりは良い刺激になったんだ。このまま憲兵に引き渡すのは、少し気が引けるんだが…」


 彼らのテーブルには綺麗に空になった7人前の皿が高く積み重なっていた。神獣の食欲は底知れない。

 食事の殆どは彼女が食べたものだ。


 店の物を全て食べ尽くす勢いでフォークが進んでいたが、それに危機感を覚えて止めるのが遅くなったスレインの責任だった。


 クルルは店での食事に金銭が必要だと思っていない。言えば無限に出てくるご飯、と認識していた。


「ごめん。美味しかったから」


 何かしてしまったと察したクルルが素直に謝罪した。それに気を良くした店主の妻が豪快に笑い出す。


「そうかいそうかい!」


 店のウエイトレスをしていた女性だ。本当なら問答無用で憲兵に突き出されても文句は言えない。しかし、2人は咎める事もなく、冷静に判断しようとスレインの言い分を聞いてくれていた。


『悪ぃ。手持ちはそれだけだ。代わりに雑用をさせてくれたら助かる』


「無いもんは仕方ないしなぁ」


「丁度人手が欲しいと思ってたのさ」


 労働を提供すると言うスレインの申し出を快諾した2人は、彼らを奥へ案内する。


 スレインは厨房、クルルは接客の担当になった。


 ジャケットを脱いだ格好で、任せた雑務を淡々と熟す青年に店主は感心する。厨房内の清掃、野菜の皮剥き、買い出し、皿洗いなど頼んだ以上の結果を残す彼は重宝された。


「手際が良いなんてもんじゃない…もしかして経験者かい?」


『あー…前に田舎貴族に仕えてたからな』


「ほぉ!通りで効率が良い訳だ」


 料理を作る合間に談笑が混じる。


 スレインはアップルパイを絶賛し、店主にも思いを伝えた。毎日食べても飽きない、どんな高級料理にも負けない美味さだと褒めちぎった。


 毒肉や毒蟲を食した彼には衝撃だったのだ。浮島で食事はしていたが、限られた食材の中で作る料理は至難。スパイスや生鮮食材が乏しく乳もない。調味料の種類が少なく、味の調整に苦労が絶えなかった。

 クルルは美味しいと食べてくれたが、彼自身は納得出来ない出来栄え。


 エドヴァンは修行僧のような食生活を送っていたらしく、質素な物が多かった。


 スレインが地上に戻って初めて食べたアップルパイに入れ込むのは自然だった。

 そんなに気に入ったのなら、と店主はレシピを教えてくれる。


『なぁオッちゃん、簡単に大金を稼ぐ方法はねぇの?』


「ははは!そんな方法があるなら僕にこそ教えて貰いたいよ」


 今後クルルを養っていかなくてはならない。我慢はさせたくないし、好きな物を思い切り食わせてやりたい。通常の仕事では彼女の胃袋を満足させる給金を得るのは困難だ。


 厨房からカウンター越しにクルルを見た。見慣れないエプロン姿の彼女を目に焼き付ける。

 接客に必要不可欠な客に対する笑顔は出来ずとも、彼女には誰もが見惚れる美貌があった。皿は落とすし摘み食いもしばしばだが、彼女目当てで客が店に入るようになっていた。


 鼻の下を伸ばしてクルルに接する客を殺したくてウズウズする。

 本当なら今直ぐにでも代わりたいが、既に彼は接客を店主に断られていた。人相が悪く客が怖がってしまうとの事だ。せめてサングラスを外してくれれば、と気を遣って言い直されたが、店側に迷惑を掛けてまで客の頭をカチ割る程、恩知らずではない。

 

 手慣れた素振りでフライパンを回す店主は肩を竦めた。


「簡単じゃないが、稼ぎが良いのは冒険者さ」


『冒険者…』


「命に危険が伴うが、それだけ難しい依頼には高額の報酬が用意されてる」


 スレインは洗い物の手を動かしながら黙考する。


『冒険者って具体的に何をするんだ?』


 魔物退治をするのは知っている。しかしそれ以上の知識は持っていない。

 スレインは世の常識に対して無知である。

 店主は「ははは、実は大貴族の息子かい?」などと茶化したが親切に教えてくれた。


「冒険者の仕事は多いよ。魔物退治、護衛、魔晶石の生成、迷宮探索、その他諸々…言ったら切りがない。何たって困ってる人が居れば依頼が来るからね」


『はぁーん…』


 ピンと来ないが、仕事は多く報酬もたんまり出る…考えてみれば悪くない。

 クルルと長閑に生活出来る安住の土地を見付けるまでは、旅をするつもりでいる。移動しても変わらず仕事にありつける冒険者は条件が良い。


 冒険者ギルドは世界中にあり、冒険者組合が管理していた。S級~F級までランクが存在し、S級ともなればそれ相応の待遇が約束されている。


 冒険者はランクに応じたタグを所持していて、それが身分証にもなる。高ランク程強度の高い金属で作られ、オリハルコン、ダイヤ、プラチナ、ミスリル、エレクトラム、アイアン、ブロンズの7種類がある。


 収入源の確保は必要だ。この店での雑用が終わる頃には今後の方向性を決めておくのが良いだろう。


 すると表から激しい音が聞こえた。またクルルが皿を落としたのかと思ったが、どうやらそうではないらしい。


 カウンターから覗くと、5人の男が騒いでいるのが見えた。


「酒を出せ酒だッ!」

「こっちは客だぞコラァッ!」


 防具と武器を装備した体格の良い男達だ。プラチナのタグを首から下げているのでB級冒険者。何処かで引っ掛けて来たのか既に顔が赤く酒臭い。


「アア!?何見てやがんだよ!」

「失せろッ」

「このタグが分かんねーのか!?俺達は【ドラゴンの尾】だぜぇ」


 【ドラゴンの尾】は主にフーガで活動する5人編成の冒険者グループ。実力はあるが元盗賊の集まりとの噂もあり、気性が荒く酒癖の悪さでも有名なパーティーだ。


 店内の客がそそくさと会計を済まし退店する。外から窓に張り付きビクビクと中の様子を窺っていた。


 大事にしたくない店主の妻が困った顔で接客についた。


「どっか行けババァ!」

「そこの嬢ちゃん、コッチおいで」

「一緒に飲もうぜ」


 呼ばれたクルルは注文を書く紙を手に、テーブルに近寄った。しかし店主の妻が前に出て「やめとくれ。この子は暫く手が空かないさね」と彼女を庇う。

 女の勘が、彼らに若い女の子を近付けるのは危険だと判断した。帰ってしまった客のテーブルを片付けるよう目で合図してクルルを酔っ払いから遠避ける。


「はぁ!?ババァはお呼びじゃねーんだよ!」

「失せろ!」


 神獣は何故彼女がそうするのか分からずにいた。店に来た人間の食べたい物を聞いてメモを取り、料理を運んで、皿を下げるのが仕事だと教えて貰った。

 分からない。まだ失敗はしてない筈だ。


 多少の罵声を浴びたが注文を取った店主の妻が酷く疲れた様子で戻って来る。注文内容は主に酒だ。


『なぁオッちゃん?あんなん追い出さなくて良いの?』


「酒が入ってるようだし店内で暴れられちゃ堪らない…。早く帰って貰えるよう祈るしか…」

 

 5人を遠くから覗き見している店主は情けない事を言う。

 スレインは酒を持って行こうとする妻に声を掛けた。


『俺が持ってく』


「でも…」


『あの人相じゃお互い様だろ?』


 スレインも悪人ヅラだが、客席に居る輩も大概だ。言葉が終わらない内にエールを攫う。


 酔っ払い共がクルルに指一本でも触れようものなら、瞬時に腕を斬り落とし惨たらしく抹殺してやろうと物騒な考えが頭を擡げていた。

 可愛いクルルを男達から遠ざけてくれた彼女には大恩がある。


 厨房を出ると神獣と目が合った。


 エプロン姿のスレインに尻尾がピンと立って、抱き付きたい衝動に駆られている。手をワキワキさせて渋い顔で葛藤するクルルに『(後でな)』と口を動かした。


 客商売における接客など経験は無いが、元従者にとって配膳などお手の物だ。自然な動きで酒を提供する。


 夫婦は固唾を飲んで見守った。


「おいおい…やけに派手な奴だな?」


『…これ一杯で大人しく出てってくんね?』


「ハァア?何だとこの野郎!」


「俺達はお客様だぞッ!?」


『ハ…それ、客が言うと耳障りだな』


 店側の精神を客が語るなど、とんだ勘違い野郎だ。飲食店は接客を伴う性質上、多くの客が自分が偉いと錯覚してしまうがそうではない。

 金銭を支払って飲食とサービスを受ける、優劣の無いフェアな取り引きだ。


 座る位置、言葉遣い、目線などを総合して判断した、この中で最も権力を握る男に目を向ける。


『俺が優しく言ってるうちに出て行けって。んで、2度と来んな』


 椅子に踏ん反り返っていた男は眉間に皺を寄せた。帯刀していた剣を片手に立ち上がりスレインに躙り寄る。


「調子乗んなよ兄ちゃん…」


 並べば一目で分かる体格差。現役冒険者だけあって鎧のような体をしている。

 スレインより頭一つ分背の高い男は嘲笑した。


「よっ!リーダーやっちまって下さい!」

「謝るなら今のうちだぜ!」

「俺達に歯向かうなんて、死ぬ覚悟は出来てんだろーな!?ああ?」


 男達はリーダーの勝利を確信している。スレインと相対した男は接近戦を得意とした、素手で狼を殺す実力者だ。

 その彼が飯屋の下働きに負ける訳がないと。


 対する白髪の青年は構えもしない。ポケットに手を入れたまま余裕の笑みさえ浮かべていた。


「調子に乗りやがって!教えてやるよ俺たちの恐ろしさをよぉッ!」


 男が剣を抜刀し、雄叫びを上げて飛び掛かる。


 店主と妻は店の奥で思わず目を覆った。店内に大きな音が響き、2人は肩を揺らす。


『――で?何を教えてくれるって?』


 泰然とした声にハッとする。スレインはその場から一歩も動いておらず、平然と男を見下ろしていた。

 立ち向かって行った筈の男は床に伏し、泡を吹いて倒れている。


「何しやがったんだ!?」

「分からねぇ、リーダーがいきなり…ッ」


 スレインは男へ近付けば殺すぞ、と警告したに過ぎない。漏れ出た暴悪な殺気が、男へ自らが無惨に殺される幻影を見せ、そのショックで失神しただけだ。


「クソ野郎!」


『ハァアア?生かしてやってるだけ有り難いと思え。ブッ殺してパーティーしても良いんだぜ?』


「リーダーに何しやがった!?」


『さぁな。単に気が弱かったんじゃねーの?』


 殺気で威圧するつもりだったが、まさか意識を失うとは。

 エドヴァンも言っていたが、力の扱いには注意しなければならない。


 逆上した4人の男がスレインを取り囲む。


「ただで済むと思うなよ!?」

「世間知らずのガキに世の中の厳しさを教えてやるぜッ!」


『御託はいいからさっさと来いよ』


 口角を上げた白髪の青年は指を振る。


 感情に任せ「この…っ!」と腕を振り上げ突進してきた男に脚を引っ掛け転ばせた。

 横から襲いくる拳を上半身だけでヒラリと躱し、突き出された手首を捻って男の背中に回す。


「イテテテッ!」


 脱臼寸前で喚く男を手刀で気絶させた。


『…ふわあぁ、退屈過ぎて欠伸が出んね』


 ジャミルと比べると、どいつもコイツもトロくさい。


 同時に向かって来た男たちの攻撃をいなして回し蹴りをすると、縺れるように扉に激突する。


 瞬く間に片付けたスレインは凶悪な顔で口角を持ち上げる。

 最初に脚を引っ掛け転ばせた男へ『酒代置いて行けよな』と囁いた。


 先程の威勢は何処かへ消え去ってしまった男が「ヒィ…」と悲鳴を漏らす。懐から財布を取り出し、ガタガタと震える。


『へぇー、冒険者ってのは本当に儲かるんだなぁ』


 布袋を摘むとジャラジャラと小銭が擦れる。肥えた財布の感想を呟き、酒代を抜いた。


『んで、オバちゃんに再三失礼な態度しやがった罰金だろ?後…扉だな。壊れてたらお前らのせいだから念の為修理費っと…。後、これはクルルを変な目で見やがった謝罪料。俺の精神的苦痛に対する慰謝料、……手数料……。手加減料…』

 

 適当な理由を付けて更に金を巻き上げる。散々ふんだくって痩せた布財布を失神している男の腹へ無造作に落とした。


「お…覚えてやがれぇッ!」

「ひぃいい…!」


 意識のある男たちが気絶した輩を抱えてお決まりの捨て台詞を吐き退散する。慌てていたので出口で肩がぶつかり、揉みくちゃになっていた。

 尻尾を巻いて逃げて行く彼らの背中を、スレインは興味無さげに見送る。


「スレインカッコいい」


 腕に絡み付くクルルを撫でた。目を瞑りキスをせがむ彼女に絆されて頬に手を添えた時「他所でやっとくれよ」と呆れ声が聞こえ夫婦の存在を思い出す。


『あ?あー…』


 『良いと所で』と小さく文句を垂れつつも奪った酒代とその他を店主に渡した。


「はは…凄いな。あんな強そうな奴ら相手に」


「アンタも見習っとくれよ」


 尻に敷かれてるなぁ、と店主に同情する。


 すると店の奥に座っていたお客が立ち上がり、ズカズカと歩いて来た。ローブ姿でファー付きのフードを深く被った怪しい外見。


 興奮した様子で足音をドカドカ鳴らし、真っ直ぐにスレインに迫った。


 元々店内に客が1人残っているのは気付いていた。出て行くタイミングを完全に見失った鈍臭い奴かと思ったが、詰め寄る足取りはしっかりしている。

 

 勢い良く目の前まで突進して来たローブ姿の不躾な不審者に、スレインは体を反らせた。

 彼の胸程の身長で、フードからはみ出たシルバーグレイの横髪が揺れる。


 予想外の乱入者に夫婦は目を丸くしていた。


「あの、あの…ッ!」


『何だぁ?テメー…』


 鼻息荒く詰め寄って来る謎の人物を怪訝そうに睨んだ。すると不審者は自身のローブの裾を踏み、目前でコケる。


「ひゃ!?いたた…。あぅ…し、失礼しました!」


 床に打ちつけた膝を摩りながら立ち上がりフードを脱ぐ。


 艶のある髪が露出する。藤色の瞳をした、見た目クルルとそう変わらないあどけなさが残る少女だった。


 前髪が長く右眼が隠れている。ヘアバンドをしており、ローブの隙間から左右の太腿にハンドガンを装備しているのが見えた。

 

「その…私の話を聞いて下さいませんか?」



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