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25話【フーガの街】


◆◇◆◇◆◇


 広がる草原は見晴らしが良く、魔物の気配もない。


 土を踏み固めて作られた、荷馬車が通れる程の道をガンマ(大型二輪)が走っていた。

 ガソリンの代わりに魔力を消費して走行する。草原に聞き馴染みのないエンジンの重低音が響いていた。


『なぁクルルさんや』


「ん?」


 ガンマを運転しながらスレインが声を上げる。


『飛べるよな?何故後ろに乗る?』


 彼の後ろに当然の如く座っているクルル。


「レインと一緒に乗ってみたかった」


 彼女は目をパチパチさせて素直に答えた。

 一緒にバイクに乗るのは勿論良い。突っ込みたいのはそこじゃない。

 クルルは両腕を彼の腹部に回して体を密着させている。ハンドルを握って前傾姿勢のスレインにピッタリと添うように、抱き付いた姿勢を保っていた。


『まぁ乗るのは良いんだが、』


 言うか言わまいか迷う。しかし今後、この乗り方が習慣になると身がもたない。


「邪魔?」


『いや、邪魔じゃねーけど…』


 気の利いた表現を探してバリバリと頭を掻く。チラリと肩越しに見ると、しゅんとした彼女の潤んだ瞳と目が合った。


『当たってんスよ』


 何がとは言わない。無自覚なら首を傾げるだろうし、確信犯ならお仕置きが必要だ。柔らかな感触が気になって運転に集中出来ない。

 するとクルルがフフンと勝ち誇った顔をした。


「当ててるの」


『…何処で覚えた』


「エドがレインはこうすると喜ぶって」


『あの野郎ふざけんな』


 表紙を炙るくらいはしてやっても良かったかもしれない。可愛いクルルになんて事を教えてるのだ。確かに嬉し…いや、そうじゃない。

 言葉や文字を教えるのは容認していたが、誘惑を教えたとはどういう了見だ。それこそ子猫にへそ天を教えるようなもの。可愛いと可愛いが合わさって暴力的だ。(※スレインは猫派である)


 邪念を打ち払い体勢が辛いだろうから楽にしたら良いと言ったが、クルルはこれが落ち着くと言って離れなかった。道の凹凸の度に揺れるたわわに意識を持っていかないように別事を考える。


『それにしてもこのガンマって乗り物は良いな。意外に小回りも利くし、速度も速い。燃料は俺の魔力で良いみてーだし』


「…クルルだって飛んでレインを運べる」


『何対抗してんのよ』


 頬を膨らませたクルルは負けじと自分の有能性をアピールした。そんな事せずとも、スレインの1番は彼女であるというのに。

 

「何処に向かってる?」


『一先ず、情報が欲しい。近くに街があるみたいだし情報収集がてら観光でもしようぜ』


 エドヴァンからはマーレの大魔境近くに出る、としか聞かされていない。

 道の途中にあった看板で、先に街があるのは把握していた。

 

 先に進むにつれてその街から来たと思われる荷馬車と頻繁に擦れ違うようになる。見慣れないガンマの形状とエンジンの音で、その度に注目を集めた。

 何事かと剣を抜く輩も居たが、あっという間に通過し見えなくなる。


 全身に感じる風が気持ち良い。自由を噛み締め生きていると実感出来た。


 暫く走ると街の外壁が見えて来る。魔物や野盗から街を守る為の壁は20mを超えて壮大だった。

 

『中では名前、気を付けてな』


「…スレイン?」


『そ』


 バイクを停めて指輪に収納し、馬車や荷車が行き交う大きな門に向かった。2、3組先に待っているが直ぐ入れるだろう。

 クルルが横でそわそわと落ち着かない。多くの人間の気配と、初めての音、匂いを感じている。ポケットに入れていた手で彼女の肩を抱くと、安心した様子で身を委ねていた。


「次の方どうぞ」


 スレイン達の番になり、窓口に促される。窓口と言っても木箱を積み上げた受付に係員がいるような簡易なものだ。


「お客様…この街は初めてですか?」


 スレインが頷くと気の良い受付員は、それを聞いて笑顔を浮かべた。紙に書かれた文字をなぞって説明してくれる。

 

「街に入るには、1人あたり1万シェルが必要です。もしも冒険者であれば、冒険者ギルドがこれを負担してくれるので免除されます。また、商人も認証カードを提示してもらえたら割引されます」


『ふぅん…』


「1つの街で問題を起こせば他の街への立ち入りもお断りさせて頂く場合があります。今回のお立ち寄りはどのような目的ですか?」


「観光」


 右に居た少女が答えた。受付員は一瞬目を丸くしたが、淀みなく羽根ペンを走らせる。


「そうですか。我々の街では果実を使ったパイが人気です。機会があったら是非召し上がってみて下さい」


 穏やかに笑う彼は、記入を終えた2枚の紙を2人に差し出した。


「一般の方は此方です。内容に同意されたら、ご署名をお願いします」


 紙には街に立ち入る際の約束事が細かに記されている。

 ①罪を犯した場合、法律に基づいて裁きを受ける。②大型魔獣の同行は別途許可を要する。③万が一街中で命を落とす事があっても一切の責任を持たない、など多岐に渡る。

 大雑把に目を通したスレインは受付員に数点確認した。


『正当防衛であれば、相手を殺しても構わないな?』


「はい。確かな正当性が認められれば罪に問われる事は御座いません」


 係員の答えに満足したスレインは口元を緩める。

 大まかにはリンドの街の規則と変わらない。全ては自己責任だ。

 諍いに巻き込まれて命を落とす可能性もある。憲兵が居るとは言え、全ての犯罪から守る事など出来ない。


 そもそも憲兵は大嫌いだ。


「ご署名を確認しました。スレインさん、クルルさん、フーガの街へようこそ」


 受付員は2人を歓迎する。


 門を潜り開けた視界の先には赤煉瓦で統一された街並みが広がっていた。賑わった大通りに、子供が集まる広場が見える。

 これ程に大きな街を見るのはスレインも初めてだ。


 フーガは商業が盛んな街で、商人の出入りが多い。外敵の強襲を阻む20mもの高い外壁のお陰で、安心して商売が出来るのだ。

 質の良い魔道具や武器、防具を求める冒険者も集まる活気ある立派な街である。


「レイン、レイン!」


 興奮のまま裾を引っ張り、物珍しい光景に見入っていた。クルルはスレインと目が合うと、しまったと顔に出し呼び方を改める。

 彼の真名は2人の秘密だと思うと自分が特別な気がして優越感が湧いた。


「…中でもソレするの?」


 見上げた視線の先にあるのはサングラスだ。クルルの視線を手繰ったスレインは中指で押し上げ、位置を正す。


『嗚呼。眩しくて目が焼ける。それにもう体の一部と言っても過言じゃねーしな』


 数日前、彼は見え過ぎる視界に酔って吐いている。遠くまで澱み無く見えるは良いが、全てにピントが合って気持ちが悪かった。

 暗い所でも昼間と変わらぬ程に見通せる。


 網膜の桿体細胞が変化して僅かな光も逃さず取り込み、脳で像として処理をしていた。

 問題は見え過ぎる事だ。桿体細胞が発達した結果、昼間の世界は彼には明る過ぎる。


 我慢出来ない程ではないが、このサングラスの使い心地を知った今手放すなんて出来ない。視界は派手なマゼンタ一色に染まり疲労が緩和され、太陽の光が眩しくもない。


『何よりさぁ…どう?』


 スレインはサングラスを外した。隠れていた琥珀の瞳が睫毛に縁取られている。

 クルルを真っ直ぐに捉える眼差しに、彼女は紅潮しつつ惚けて「カッコいい」と呟いた。


『ハッハッハ!』


 それを聞いたスレインは軽快に笑う。お礼の意味を込めて頭を撫でた。


『素顔だと舐められるからな』


 サングラスは人相を隠すのに最適なアイテムだ。ただ、サングラスが有ろうと無かろうと最早悪人面の彼に軽々と絡む輩は居ない。居るとしたら余程の馬鹿か、勇気ある猛者だ。


 彼が態と目立つサングラスをするのも、ド派手な色は猛毒の印であり警告色だからだ。

 しかしこれを警告だと理解するのはある程度経験を積み相手の力量を測れる者のみである。


『クルル、腹減っただろ?まずは腹拵えだな』


「おー!」


 大通りに面する食事処の看板を掲げる小さな店に入った。落ち着いた雰囲気の店だ。丁度食事時と重なり、店には何人か客が居る。

 適当な席に座りメニューを広げクルルに見せてやると、わくわくと尻尾が揺れた。


 中年の女性が何を注文するか尋ねてきたので、目に付いたものを頼む。

 クルルが涎を垂らして見ていたロックバードの唐揚げ、牡蠣とほうれん草のドリア、ポテト、野菜スティック。

 スレインはカルボナーラに、門の受付員が薦めていた果実を使ったパイを注文した。


 料理は直ぐに運ばれて来て、並んだ料理を前に口内に一気に唾液が溢れる。浮島には無かった新鮮な魚介、食欲を唆る油の匂い。

 堪らずクルルがフォークを握って食べ始めた。料理を口に運んでは感激して震えている。


 微笑ましい様子を見ながら、スレインも手を付けた。パイを一口食べ、動きを止める。


 初めて食べた味だ。甘煮にした林檎をパイ生地で包んだ焼き菓子。 外の皮はサクッとして中はしっとりという食感が特徴的な一品。 林檎に独特なスパイスの風味がする。ミートパイと同列かと思ったが全く別物だ。

 地上に戻って初めて食べる料理だからか、非常に美味く感じた。甘い物に惹かれた事はなかったが、これなら幾らでも食べれる。


『クルルも食え。スゲー美味い』


「あー」


 神獣が開けた口にパイを入れてやった。咀嚼した彼女は他と同様、目を閉じて美味しさを噛み締めている。

 

 店員に聞けばこれはアップルパイと呼ばれる食べ物で、フーガの名物料理のようだ。

 砂糖で煮詰めた特産品の林檎は生地とよく合う。

 

 スレインがアップルパイに夢中になっている間に、クルルは全ての料理を平らげておかわりをしていた。



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