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日歴117年 セゾンのとある昼過ぎ


「【もうだめだ、そう思ったときです。

 なつかしい色のひかりが、ルイをつつみました。

 ルイはひかりのなかで、リザとあいました。

 リザはルイをやさしくだきしめて、こういいました。

 『もうだいじょうぶ。私がまもってあげるわ』

 そうするとルイはちからがわいてきました。

 ルイが魔王とむきあったとき、リザはもうどこにもいませんでした】」


 非常に見目麗しい青年が、子どもたちへ向けて絵本を読み聞かせていた。


 彼の名前はレイディア。ここは、セゾンの園。エルザイアン(白の国)の外れに位置する孤児院である。


 レイディアは、背後に気配を感じてページをめくる手を止めた。


「リザどこいっちゃったのー?」


 絵本に夢中の子どもたちは、レイディアの隣に並び立った人物を特に気にすることなく、無邪気に声を上げる。


「うーん、どこだろうねえ」


 曖昧に笑んだレイディアを遮るように、得意げな声が響いた。


「俺の解釈を話してやろうか?」


「リー、やめなさい」


 レイディアと同年代の、この青年の名前はツァイリー。2人は物心つく前からこのセゾンの園で一緒に育ってきた、いわば兄弟のような関係である。


「なんでだ」


「そうだよ!リー兄、教えてよ〜!」


「いいかー、リザはなあ」


 意気揚々と話し出そうとしたツァイリーは、「リー」という底冷えした一声に口をつぐんだ。


「いいかな、みんな。リザがどこにいったのかは、いろんな答えがあるんだよ。それを考えるのも、絵本の楽しみ方なんだ」


 子どもたちはきょとんとして、首をかしげる。ツァイリーは呆れて、たまらず声を上げた。


「お前なあ、こいつらにはまだ早いだろ」


「そんなことない」


「むずかしいよ、レイ兄」


「わかんないよ」


 ツァイリーに賛成するように子どもたちが声を上げる。


 多勢に無勢となったレイディアが子どもたちを前に困った顔をすると、ツァイリーはレイディアが少し可哀想に思えてきた。


「よーし、この話はお前たちがもっと大きくなった時にしてやる。それまでに、リザがどこにいるか考えとくんだな」


「えー」


「教えてよお」


 ツァイリーは子どもたちからのブーイングをかわす方法を考えて、一つの案を閃くとニヤリと笑った。


「じゃあ、俺のことを捕まえられた奴に話してやる! 10秒後に追いかけてこいよ!」


 そう言って、ツァイリーは走り出した。


 子どもたちは「えー」と不満を露わにしながらも楽しそうで、10秒数えるとわっとツァイリーを追って一斉に駆け出した。




「ほんと、リー兄って元気だよねえ」


 呆れた様子で呟いた少女に、レイディアは相づちをうつ。

 視線の先には、楽しそうに晴れた空の下を走り回るツァイリーと子ども達がいた。


「メリッサは行かないの?」


「私そんなに子どもじゃないし」


 ついこの前まで「レイ兄、だっこ」とねだっていたはずのメリッサの言葉に、レイディアは笑った。


「何がおかしいの!」


「ううん、おかしくないよ」


「もう……そういえば、リー兄の解釈って何なの?私には教えてくれても良いでしょ」


 やっぱりメリッサも気になっていたんだな、とレイディアは思った。


 しかしそんなことを言ってしまうと、拗ねる彼女が容易に想像がつくので心の中で留める。


「知りたかったら、リーを捕まえに行っておいで。勝手に話すと怒られるかもしれないし」


「えー」


 不満そうなメリッサを上手くあしらうすべをレイディアは思いつかず、膝の上で開いていた絵本をパタンと閉じると立ち上がった。


「きっと疲れて戻ってくるから飲み物を用意してくる」


「私も手伝うよ」


「大丈夫。メリッサは子ども達を手伝ってやって。きっとリーは普通にやっても捕まらないから」


「……仕方ないなあ」


 メリッサはしぶしぶといった感じを出しながらも、どこか楽しそうに外へ向かった。



 今年13歳のメリッサは難しい年頃だ。施設の中では年長組なので年下の子のためにいろいろなことを我慢したり、レイディアやツァイリーの役を手伝おうとしてくれるのだ。


 しかし、メリッサもまだ子ども。レイディアとツァイリーは、彼女に心置きなく子どもとして振る舞ってほしいと思っていた。



 レイディアは全員分の飲み物を用意すると、窓から外を眺めた。

 ツァイリーは子ども達を楽しませる天才で、自分にはできないことを難なくやってのける。

 一緒に育ったはずなのに、どうしてこうも違うのだろうと常々思っている。


 孤児院の施設長であるモーリスが病に伏し、療養のために施設を離れてから半年。


 最年長の2人は、子供たちの世話を引き受けた。

 最初は不安だったが、子ども達もしっかりしているし、ツァイリーが子ども達の心を明るくさせてくれるので、何の問題も無く過ごせている。


 毎日を忙しなく過ごしながらも、2人とも人並みに大人になったときのことは考えていた。

 当然いつまでも孤児院に居続けられるわけじゃないだろう、と。


 しかし、最近はこのまま2人で孤児院を運営する側に回ってもいいのではないかと思っている。


 モーリスもいつ戻ってこられるかわからない。そして、話し合ったわけではないが、ツァイリーもまた自分と同じように感じているだろうとレイディアは確信していた。


 2人は物心ついた時からずっと一緒にいる。相手が考えていることなんか、手に取るようにわかるのだ。そして、その関係は心地よかった。


 子ども達とツァイリーが楽しそうに遊んでいる光景を見て、このままずっとこの穏やかな日常が続くのならばそれでいいと、レイディアは改めて思った。




 そして、その夢は叶わぬことを3年後に知る。




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