#1 絶望郷
-1-
「悪の王?貴方が?」
少女は片膝を付いて、老人に問いかけた。
「そうだ、私こそが悪の王だ」
「どうして?」
「どうしても、だ」
老人はゆっくりと、こちらが押し潰されそうな程の重厚な声で答えた。土埃と油臭い黒煙でその姿は霞んで見えないが、それでも尚圧倒される程の存在感である。が、それでも少女は臆することなく言葉を紡ぐ。
「貴方は何がやりたいの?貴方の望みは何?」
「つまらない事を聞くな、決まっているだろう」
「?」
「この世界の、再生だ」
「再生……悪の王が?」
「ああ」
「分からない、この世界を思うのなら……なぜ貴方は『悪』で在ろうとするの?」
「……私がやらねばならないのだ、私が、私がやらなければならない、必ず……」
老人の言葉に初めて、僅かな揺らぎが生じる。焦りか、苛立ちか、哀しみか、あるいはその全てか、それ以外か。それでも少女は言葉を紡いだ。
「……貴方の望みは何?貴方自身の望みは……」
「……決まっている、時間だ、時間がいる」
調子を取り戻した老人の言葉に、少女は初めて口を噤んだ。
「私がやらねばならないのだ、時間が足りない、私は、私はまだなのだ、まだ……」
「……」
「私はまだ、死ぬ訳にはいかないのだ」
-2-
夢を、見ていた。
夢など見るのは一体何時ぶりだろうか。いや、そもそも夢を見れるほど眠ったこと自体何時ぶりなのだろう。
イギリスに降り立ってから早1週間、ロンドンを出て3日、僕は今、イギリス北部へ向かう深夜バスの中で熟睡していたらしい。既に朝日が顔を覗かせ、空が東雲色に染まる時間帯であった。
「ご乗車、ありがとうございました」
重々しいブレーキ音を車内に響かせ、バスが歩みを止めた。どうやら終点らしい。ゾロゾロと降りていく他の乗客の間を縫って、僕は運転手にクシャクシャの20ポンド紙幣を手渡し、バスを後にして1番近い街を目指し歩き出した。辺りには一面の森が広がり、軽い吹雪にもなっていた。
鼻の中を貫いていくような冬の空気を感じた。同じ12月でも僕の故郷のそれとはまるで違う、乾いた冷たさである。あまりの冷たさに僕は上着のポケットに自分の指先をしまい込んだ。そして、随分と減ってしまったな、と思ったのだった。
ポケットの中には20ポンド紙幣が2枚、5ポンド紙幣が4枚、それと小銭が少々。言うまでもなく、これが僕の全財産である。
「払わなければ良かったかな。」
そう呟いて、思い直す。たった20ポンドケチったところで、どうせどうにもならないのだ。ここから何処か行くことも、それとも故郷に帰ることも、もう出来なくなってしまっているのだ。自分はきっとこの地で野垂れ死ぬのだろう。そう思うし、たとえそうだとしても、そんな人生もそれはそれでアリだな、なんて考えるほど、僕の心は陳腐し切っているように感じる。
どうせ死ぬのなら、あの20ポンドは僕のちょっと豪華な最期の晩餐なんかに使うより、運転手が自分の為、仲間の為、家族の為に使う方がずっと有意義だろう。
「チップも渡すべきだったかな?」
そう呟くと、今度はそれも馬鹿らしくなる。後からそんな大層なことを考えようが、どうせ払った時の僕はそんなことこれっぽっちも考えちゃいないんだ。ただ、なんとなく、悪いことをやりたく無かっただけ。何の見返りもなく赤の他人に施しが出来るほど聖人でもないし、なんの罪悪感もなく他人の矜恃を踏みにじれるほど悪人でもない。ただの凡人なんだ、僕は。
そうだ、僕は凡人である。間違っても物語の主役になり得るような人間などではない。生まれも平凡、育ちも平凡、唯一平凡じゃない所と言えば…いや、思い出すのは、やめたんだ。思い出して、感傷に浸って、もう戻らない時間に手を伸ばして破滅するなんて、それこそ本当に凡人だ。
と、思ってはいたのだが。結局僕は凡人らしい。悲しみに抗って、感情に蓋をした…つもりだったが、結局やっていることはただの自殺である。僕はただただ、ヤケを起こして自殺しに来ただけの男でしかないのだ。まさに今、イギリスの森の中でボロ布のように転がっているのが何よりの証拠である。
3時間…いや4時間くらいか。雪が降り積もり、吹雪がみるみる強くなる森の中をそれだけ彷徨っていれば当然無事では済まない。今、僕の全身は鉛のように重く、鈍くなりつつある。指などとうの昔に動かないし、一度転んだが最後、足の感覚がみるみるうちに消えていき、もはや何処が自分の足なのかも判別出来ない。
死ぬんだな。そう思った。
凍死か、まあ焼死や溺死よりはマシだろう。
この調子では死ぬ頃には全身の感覚が無くなっているだろう。このまま眠ってしまえば、痛みも、苦しみも無く、楽に死ねる。そう考えるとなんて幸運なんだろう、眠るように死ねるなんて、常人にはそうそう出来るものでない。病気だろうと事故だろうと、人が死ぬ時は大抵苦しいものだ。
今まで散々な人生だった癖に、最後にこんな幸運が巡ってくるなんてやっぱり僕ってやつは、つくづくツイてない。とはいえ、こんなものでも幸運は幸運だ、甘んじて、受け入れよう。
そうして僕は、少しずつ消えていく意識に身を任せて、ゆっくりと目を閉じたのであった。
-3-
「うわぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!うわぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!!いたい!!いたい!死ぬ!!誰か!!誰か!!誰か誰か誰か誰か誰か誰か誰か誰か誰か誰か誰か誰か誰か誰か誰か誰か誰か誰か誰か誰か誰か誰か誰か誰か誰か誰か誰か誰か誰か誰か誰か誰か誰か誰か誰か誰か誰か誰か誰か誰か」
なんて、ただの凡人がそこまで潔く死ねる訳もなく、結局僕はそこら中をのたうち回り、這いずり回り、情けのない叫び声を上げていた。
『死にたくない』そう思った。何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も思った。心の底から、生きたいと願った。そしてこの旅の道程全てを後悔した。日本を旅だった瞬間から今まさにこの瞬間まで、1分1秒に至るまで呪い、恨み、憎しみ尽くした。それらは全て、自分に帰ってくるというのに。
「誰か誰か誰か誰か誰か誰か誰か誰か誰か誰
か誰か誰か誰か誰か!!!!!!!!誰か誰か誰か誰か誰か誰か誰か誰か誰か誰か誰か誰か誰か誰か誰か誰か誰か誰か誰か誰か誰か誰か誰か誰か誰か誰か誰か誰か誰か誰か誰か誰か誰か誰か誰か誰か誰か誰か誰か誰か誰か」
結局僕は凡人なのだ、いくら口では死にたい死にたいと言ったところで、それらは全て嘘だったという訳だ。凡人で、大嘘つきで、本当に救いようのない奴だ。僕って奴は。
「誰か誰か誰か誰か誰か誰か誰か誰か誰か誰か誰か誰か誰か誰か誰か誰か誰か誰か誰か誰か誰か誰か誰か誰か誰か誰か誰か誰か誰か誰か誰か誰か誰か誰か誰か誰か誰か誰か誰か誰か誰か誰か誰か誰か誰か誰か誰か誰か誰か誰か誰か誰か誰か誰か誰か誰か誰か誰か誰か」
少しずつ少しずつ、死に近づいているのが、分かった。理屈などではなく、けれどもあまりにも鮮明に、リアリティを持って死が近づいて来るのが分かる。きっと焼死や溺死の方がすぐに死ねる分楽なのであろう。その方が幸運だったのであろう。
「誰か誰か誰か誰か誰か誰か誰か誰か誰か誰か誰か誰か誰か誰か誰か誰か…誰か…誰か誰か………………だれか……………」
『助けて』
もう声も出なかった。何も、動かなかった。
死にたくなかった。生きていたかった。
全て、過去のものになっていく。
自分が、遠くなっていく。
誰か、
誰かに、そこにいて欲しかった。
『私は、まだ、死ぬ訳にはいかないのだ…』
そうだ、夢を見ていた。
今朝のこと。夢を見ていた。
目を、開いてみる。
森の奥、吹雪の先、確かに僕は見た。
「人だ。」
人だ、確かに人影が見えた。大人だか子供だか、男か女か。全く分からないが、とはいえはっきりと人だとは分かった。
「っっ………はぁ……っ!」
声は、出なかった。正直言うと体も動きはしなかった。けれども、それでも、
「っ!僕は…まだ……死ぬ訳にはいかないん……だ……っ!!」
夢で見た、誰かの真似をしてみる。荘厳で、然して優しい、あの男の声を。
「あああああっ!!!うあぁぁぁあ!!」
出ない声を引き絞り、動かない体を叩き起こし、僕は、立ち上がった。細かい理屈などどうでもいい、もう凡人でも嘘つきでもいい。ただ、生きたかった、誰かに会いたかった。
雪原を、走る。走る。走る。走る。
見失わないように、追いかける。人影は、未だ遠い。それも、何処に行くつもりなのだろうか、移動をしている。ゆっくりと歩いているような速度だが、今の僕では追いかけるので精一杯である。それでも、見失ってしまえば、僕は終わる。嫌だ、終わりたくない。待ってくれ、行かないでくれ。僕を、1人にしないでくれ。
-4-
?
???
???????
何が、起きたんだ?
僕はついさっきまで、森の中を走っていたはずだぞ?
どこまで行っても、どこを見渡しても、そこにあるのは木と、雪と、それだけだった。
それだけだった、はずだぞ?
ドームだ。
簡潔に言えば、ドームがある。僕の故郷的に言うと…東京ドーム的な?ただ、恐らくは僕の知っているそれよりも何十倍もの大きさなのだか。なんでこんなものがこんな森の中にあるんだ?
まあ、いい。とりあえずそんなことは今はどうだっていい。こんな建物があるんだ、人だっているはずだ。そうか、さっきの人はここに向かっていたのか。とにかく早く、助けを呼ぶんだ。早く。早くだ。
なんとか足を奮い立たせ、その建築物に足を踏み入れた。重々しい扉を力任せに開き、叫ぶ。
「誰かーーーっ!!誰かいませんか!!」
帰って来たのは、虚しい静寂のみだった。どうなっている?これだけ大きな建物なのに、無人なのか?
「誰か!誰かいませんか!助けてください!」
声を振り絞りながら、奥へ奥へと進んでいく、もしかしたらここは危険な施設だったりするのではないか?などという考えは、残念ながら今の僕には成しえない発想であった。
明かりもない真っ暗な廊下を1歩1歩踏みしめる度に、僕の不安は膨らんでいった。もしかして人なんて居ないのではないか?だとすれば僕は、結局ここで死んでしまうのか?隙間風がすぅ、と僕の体を通り抜けていった。その瞬間。
「光だ…!」
確かに、廊下の先に光が見えた。一心不乱にその光を追い求める。なんでもいい、誰でもいい、誰か居てくれ。これ以上ない勢いで廊下を走り抜ける。誰か、誰か…
そうして、僕は廊下を抜け、光の元に飛び出したのであった。
そして、見てしまったのだ。
「?????」
声も、出なかった。あまりにも、想定外すぎて言葉を紡ぐことすらできなかった。冷静になろう。ありのまま、話そう。
穴、である。
僕の目の前の床に、大きな穴が空いている。それしか言うことがない。
いや、大きな穴と言っても、僕ら凡人が想像出来るレベルを大きく超えている。例えるなら、隕石のクレーターのようなものか。いやそれよりもさらに大きいかもしれない。穴の外縁が全く見えないし、まるで底無しのように内部は漆黒で包まれている。
更に、僕の頭上にはその穴を照らしている照明や、得体のしれない機械が蠢いている。ここは、来ては行けない所だったのだ。それを理解するのには、そう時間は掛からなかった。立ち去ろう、一刻も早く。死にかけの体の僕でさえ反射的にそう思ってしまうほど、この空間は異常に満ち溢れていた。
しかし、そう言えばと、僕は思い出した。例の人影だ。あの人は一体、こんな所に何の用があったのだろうか。いや、もしかすると、やっぱりあれは僕の見間違えだったりするのか?
そう思いつつ、けれども、やっぱり気がかりになり、僕は辺りを見回した。やっぱり見間違えだったのか。周りに人などいなかった。
いや、いた。
上だ。
上から、人が、降ってきた。
それも、例の穴の真上に、である。
「………えっ」
間抜けな声を出した僕を、一瞬だけ、呆気に取られたような顔をして見つめて来たのは、恐らく、少女であったような気がする。恐らく、10歳程度の小さな女の子であっただろう。
なぜ僕が繰り返し、恐らくだの、気がするだの、そういった言葉を使っているのかと言うと、あまりに一瞬過ぎて、正直はっきりと分からなかったからだ。彼女は一瞬で僕の目の前を通り過ぎ、そして今、穴の中に吸い込まれていったのだ。冷静に考えれば、全くもって訳の分からない話である。こんな話はきっと、誰に話したって笑われるか心配されるかの二択だろう、森の中に巨大なドームがあって、その中にはこれまた巨大な穴があり、そして少女が降ってきてその穴に落ちていった。
うん、完全にイカれている。どの話のどの部分を切り取ったって、これ程イカれた話は他にないだろう。そして、だ。そして最後に、何よりもイカれたことが、今、起こった。
「うわぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!!!!」
それを見ていた男が、突然自分から穴に飛び込んだのだ。
何故?なんで?なぜ僕は飛び込んだ?ここに来て自殺衝動が再熱したのか?いや、この後に及んでそんなこと起こるはずが無い。このタイミングで自殺を選ぶのはさすがに突拍子が無さすぎる。そんなものただのバカである。
僕の体は下へ向かってどんどん加速してゆく。もう既に自分の手も見れない程に僕の周りは暗闇に包まれていた。
ならば何故?あの少女を助けたかった?こんな死にかけの状況でか?残念ながら僕はそこまでヒーロー気質ではない。赤の他人のために、文字通り身を犠牲にする覚悟など僕にはない。そもそもついさっきまで逆に助けを求めてたのに…
「逆か。」
そうだ、逆なんだ。
僕は助けるために飛び込んだんじゃない。助かるために、ここに飛び込んだのだ。
……?
僕は何を言っているんだ?
ああ…ダメだ…
あたまが…
-5-
「そこ」を初めて見た時、例えようのない「そこ」を、然して、敢えて、例えるとしたら。
ゴミ捨て場
そう思った。
「…………………………………………は?」
夢でも見ているのだろうか。いや、夢であって欲しいとすら思った。
何故か、僕は今、ゴミの山に埋もれている。
そう、ゴミである。ゴミとしか言い様がない。巨大な鉄塊からクシャクシャの空き缶まで、ありとあらゆる「ゴミ」が、そこにはあった。
状況を整理しよう。今、僕の目の前には、いや目の前どころか、右も左も、後ろにも、四方八方ゴミの山である。ゴミがゴミに覆いかぶさり、地層のようになっている。そして、見上げるとそこには分厚い雲、今にも嵐が吹き荒れそうな曇天である。
「うん。」
うん。なるほど。
もう、なんか、うん、分かった。
人間、訳の分からない事ばかり起きると逆に落ち着いてくるものなんだな。
僕はその場に大の字で倒れ込んだ。
あーーーーーーー………………
「つかれた……」
なんか、僕は今までなにをやっていたのだろう。
突然、自分のこれまでの行いを思い出し、そして恥ずかしくなる。僕は何故に全財産をはたいてイギリス何ぞに来てしまったのか、そんな事をするなら故郷で真面目に勉学なり、仕事なりして、それなりな生活を遅れたはずだろう。ああ、全く自分が嫌になる。
けれども、何故か、僕の心はいつの間にか晴れやかになっていた。落ちる所まで落ちたからだろうか。もし、ここからまた故郷に帰る事ができたなら、その時は真面目に働こう。多少辛いことかあろうと、今の僕ならきっと大丈夫さ、真面目に働いて、小さな家でも買って、のんびりした余生を過ごすんだ、そうだ、ギターを始めるのもいい、中学生の頃憧れたなあ、ちょっと高いやつでも買っ
ドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドド
逃げろ。
逃げろ逃げろ逃げろ逃げろ逃げろ逃げろ逃げろ逃げろ逃げろ逃げろ逃げろ逃げろ逃げろ逃げろ逃げろ逃げろ逃げろ逃げろ逃げろ逃げろ逃げろ逃げろ逃げろ逃げろ逃げろ逃げろ逃げろ逃げろ逃げろ逃げろ逃げろ逃げろ逃げろ
「うわぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!!うわぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!!うわぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!!」
幸せな余生を過ごす僕に、天からもたらされた贈り物は、富でも、名声でもなく、銃撃であった。
瓦礫の山の上、ゆうに3メートルはある、巨大な、人型の、鉄の塊。あれは、ロボット…?のようなものが、思い切りこちらへ銃口を向けている。というか、既に撃たれている。
「うわぁぁぁ!?うえっっっ!!!??おぉぉぉおおあああ!!!!!???」
弾丸が2発、頬を掠めた。画面の中のフィクションではない、鋭い痛みが走る。
ドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドド
走る。結局、また走る、前は追いかけるための疾走だったが、今は、逃げるための疾走である。
が、
「うあっ!」
そう言えば、既に僕は2度ほど死にかけていたのを忘れていた。足が絡まり、思い切りよく僕は転んだのであった。
轟々と音を立て、鉄の塊が向かってくる。赤いランプをこちらに向けて、右腕の銃口をこちらに向けた。
嫌だ、死にたくない。死ねば、終わりだ。
猛吹雪も、大穴への落下すらも生き延びた僕のこの命が、あれだけ捨てたかったこの命が、今はこんなにも愛おしい、だが、それなのに。
大袈裟な駆動音が響き渡る 。この僕の命を確実に奪い去ろうとする、冷たく、無機質で、乾いた機械音が。
何故、何故なんだ、どうして僕はいつも遅いんだ。気づいた時には、もう既に僕の手元から無くなっている。『あの時』も、
今も。
もう、何も、無くなってしまうのか?
「伏せて!」
僕の頭上を何が掠めた。
そして、右腕が落ちた。今まさに僕の肉体を捉えようとしていた。あのロボットの右腕が、落ちたのだ。
「ふん……っ!」
そして次に僕の頭上を掠めたのは、躯体であった。
それは、僕の頭上で捻りを加えた3回転半宙返りを決め、更にその勢いに任せてロボットの脳天、ロボットの癖に脳とか言うのはおかしなことだが。とにかく真上から思い切り飛び蹴りをぶちかましたのであった。
「おお…」
盛大に、まるで特大ホームランのように美しい弧を描いてロボットの頭が吹き飛んでいく。あまりの鮮やかな手口に、僕は思わず感嘆の息を吐いてしまった。
「何をしてるの?あなた。」
そして次に僕が吐いたのは、感想だった。
ロボットの頭を蹴り飛ばした張本人である、『彼女』に向けた、とても巨大な鉄塊を蹴り飛ばしたとは思えない、細くて瑞々しい四肢を携えた、『彼女』に向けた、白くてきめ細やかな、透き通りそうな肌をした『彼女』に、10代後半程の、メリハリの効いた、それでいてまだあどけなさが残る肉体をした『彼女』に、そして何より、このゴミのような世界において、吹き溜まりのような空気の中において、一片の曇りのない瞳をした、『彼女』に向けた、純粋無垢な他意のない、ありのままの感想だった。
「きれい…だ…」
心から、心の底から、そう思った。
-6-
「聞こえてる?」
彼女のその一言で、僕は気を取り直し…とまではいかないが、ある程度落ち着きは取り戻した。
「はっ…!はいっ!?あっ…えっと僕は…その…」
これでもかというぐらい吃ってしまう。僕は一体何を?それをすべて答えるには小一時間はかかる。一体何を言えばよいのか…いや、そもそもそちら様だって、どちら様なんだ?
年は…まだ成人していない、10代後半くらいだろうか?女性というより女の子、だ。が。その幼い顔立ちとは裏腹に、彼女の表情は随分と凛々しい、大人の女性…というよりも百戦錬磨の軍人のような、そんな顔をしていた。
というか、まあそれはいいとして、彼女のその、まあ、なんだ、あの、あの服装は、やたらとぴっちりした白シャツに、相当際どいショートパンツ。うん、まあ先程の超絶駆動を見ていれば趣味よりも実利を追求した格好であるということは、まあ分かる。まあ分かるが、あの、なんならその、この角度で見ても、少し見えそうというか、ちょっと見えているというか、いっそ見えてしまえというか。
ビーーッビーーッビーーッビーーッビーーッビーーッビーーッ…
「まあいいや、捕まってて。」
その瞬間、僕が結構呑気してた瞬間。十数メートルほど離れたロボットの上に乗っていた彼女は、突然僕の目の前、息と息が触れ合いそうな距離まで跳んで来た。意外と小さい、さすが女の子。
「グェッ!」
なんて考えた瞬間。僕の体が宙に浮いた。まるで米俵のように彼女の肩に抱えられたのであった。
「絶対離さないって約束出来ないから、自分でちゃんと捕まってて。」
「捕まって?どこにににににににぃぃぃぃぃぃぃ!?!?!?」
彼女の体に触れるのをほんの少し、躊躇した、が、その直後僕の体は思い切り高く飛び上がった。彼女は僕を抱えたまま、4、5メートル程飛び上がった。足場を飛び移りながら、ぐんぐんとゴミの海を進んでいく。
「うわぁぁぁぁぁぁあ!?うぉぉぉぉおおおお!?いぃぃぃぃぃぃぃぃぃやぁぉおおお!?」
必死に彼女にしがみつく、どこにしがみついたかはもうどうでもよく、ただただ振り落とされないように全力で掴む。さっきからずっとそうだが、やはり生きた心地はしなかった。
「!!」
前を見ると、まあもうどっちが前なんだか分からないのだが、目線の先には先程のロボット、が、5体。
5体!?
「うわぁぁあ!?さっささ、さっきの!!」
「ちょっと…待ってて…ふっ!」
「え?えぇぇえええええああああ!!!」
乱心でもしたのか、それとももう諦めたのか、彼女はロボット達の頭上へ向けて僕を放り投げた。当然、ロボット達に銃口を向けられるのは、僕である。
「やめてぇえええええええ!!!」
撃たれる!そう、空中で覚悟した次の瞬間。ロボット達に向けて巨大な鉄骨が飛んできて、2体の体を豪快に貫いた。更に巻き起こった土煙で、あとの三体は狙いを失っている。
いや、全く気づかない内に一体の顔面にナイフが刺さっている、土煙の中現れた彼女は、力任せにナイフを引き抜くとその勢いで別の一体に思い切り飛び蹴りをお見舞いした。
と、ここで土煙から逃れた最後の一体が、今度こそ僕に機関銃を浴びせようとする。が、それは叶わなかった。着地した彼女が勢いそのままに最後の一体の懐に潜り込み、あまりにも美しい、芸術的ですらあるフォームで正拳突きを叩き込んだのだ。最後の一体は一瞬思い切りビクンと体を震わせたのを最後に、二度と動くことは無かった。
「ふぅ、うん、大丈夫……………………?」
これは後から聞いた話なのだが、この時、見事に彼女にキャッチされた僕は、とてつもない苦悶の表情で、泡を吹いてから気を失った、らしい。あまりにも呆気ない終わり方である。
-7-
目を覚ますとそこは、雪原ではなく、ゴミの山でもなく、ベッドの上であった。
小さなシングルベッドである。かなり年季が入っているのか、動く度に軋む音がした。
「助かった……のか?」
寝心地はお世辞にも良いとは言えないが、ゴミの山よりは圧倒的にマシである。助かった、いや、助けて貰ったのか、彼女に…
そうだ、助けて貰ったんだ、彼女に。本当ならば僕はあそこで、あの訳の分からないロボットに殺されて居たのだ、彼女に礼を言わなければ。彼女は…何処だ?というかここは何処だ?
辺りを見回してみる、窓のない部屋に、白熱灯の明かりが1つだけ、これでは今が昼か夜かも分からない。薄暗い中で見た限りだが、節操のない部屋である。机や椅子、タンスなんかもあるが、皆バラバラのデザイン、バラバラの場所、とりあえず揃えたかのような煩雑ぶりである。しかし、物はあれど僕の他に人は人っ子一人居ないようだ。静寂にベッドの軋む音が吸い込まれて行く。
いや、いた。
右腕に奇妙な感覚を覚えた僕は、意を決して自分の被っているシーツを払い除けた。
いた。彼女である。
僕の右腕を抱き枕にしてこれ以上ないほど幸せそうな顔で眠っている。
「っつ………!?…………!??」
別に気を使うつもりでも無いのだか、何となく僕は、衝撃の声を押し殺した。ええと、どういう状況だこれ…何も覚えてないし何もしてないぞ僕は…断じて!
「ん…んんんーーー……」
更に頑強に腕を掴まれ、最早抵抗の余地は残されていなかった。あのロボットを正拳突きで制するパワーである。勝てるかそんなん。
しょうがない、今起こすのは諦めよう。下手な事をすればどうなるか分からないからな…しかし…これはまあ…なかなか…なかなかな状況だな…彼女は、幼い少女のような寝顔とは裏腹に…こう…かなり仕上がっているというか…全体的に引き締まってはいるものの局地的にはこう…肉厚で…というか…かなりのものというか…こう…さ…
「んん…んー?」
「あぶっ…!?」
あ…危うく起こしてしまう所であった…右腕の感覚に全神経を集中していた僕は、思わず声を上げる所だった。いけないいけない…いや、やましい事は何もしていない…はず…
それから、僕はぼんやりと彼女の寝顔を眺めていた。前も思ったが、本当に整っている、美しい顔だ。大きな目に、長いまつ毛、白い肌、先程は凛々しい表情をしていたので意識しなかったが、女の子らしい、可愛らしい顔立ちである。左頬に大きな絆創膏のようなものが貼られているが、それらがまるで気にならない程に。
「絆創膏…か…」
ふと、彼女の頬にゆっくりと触れてみる。ハリのある、すべすべした肌だ。この絆創膏の下には、傷でもあるのだろうか。女性の顔なのに、こんなにも大きな傷が。ふと、先程の戦いを思い出す。あのロボット達がなんなのか、全く分からないが、彼女はあんなことを、何度も繰り返して来たのだろうか。何故だろう、何故彼女がやらねばならないのだろう。
そう思えば、少し悲しい気持ちになった。助けられた僕が言うのも何だが、あんな危険な事を、こんな少女にやらせてしまった自分が情けなく感じる。何故だが彼女が、これ以上ないほど愛おしく感じる。僕は思わず、彼女の体を抱き寄せた。華奢で柔らかくて、暖かい体だ。こんなにも他人の温もりを感じるのはいつぶりだろう。僕の目から自然と涙が溢れてくる。
「ごめんね…ありがとう…」
僕の目から涙が消えるまで、僕はその体を決して手離すことは無かった。
ふと、我に帰る。
今の僕って、かなり不味い感じなのでは?
あれから紆余曲折あり、現在僕の頭は彼女のその…胸部に収まっている。僕が彼女の胸を借りて、泣きじゃくっていた形だ。いやその、色々あったとはいえこの状況はかなり不味い、彼女を起こしてしまってもそうだし、誰かに目撃されてもヤバい。
そっ…と離れよう、そう…そっと…だ。決して彼女を起こしてはならない、ゆっくりとゆっくりと、彼女の腕を解き、そっと離れて…
「もういいの?」
「アッピャイ!??」
顔を上げた僕の目に映ったのは、ぱっちりと、くっきりと目を開いた彼女の顔であった。
「…………………………………………」
「…………………………………………………」
静寂が無限に感じる…頭が真っ白になっていくのを感じる…一瞬だけ、消えたはずの死亡願望が爆速で帰って来たのであった。
「あの…」
「アッ…アッ…その…いつから起きてた?」
「貴方にほっぺた触られた頃?」
「結構最初の方!?小一時間ぐらい前だよそれ!?」
「泣いてたから、このままの方がいいのかなって。」
「………………………あー…ごめん…なさい…」
「なにが?」
何か、肩透かしを食らったような気分である。意外と普通?というか、何も感じていないのだろうか?というより…
「……なんで僕ら、一緒に寝てるの?」
「ああ、貴方気絶してたから。私のベッドに寝せてたの。」
「ああ…そうなんだ…」
「……………………」
「………………………………え?」
「え?」
「それで?何故君もこのベッドに?」
「何故?これ私のベッドだもの。」
「………………………?」
「?」
いや…まあ…そうなんだけど…確かに自分のベッドに自分で寝るのは当然なんだけどさ…
「いや…それだったら…僕を退かしてくれてもよかったのに…」
「…………………………?」
「……………………………………?」
「何故………?」
「何故…って…」
「………………………………?」
「いや…嫌じゃない?見ず知らずの男と一緒に寝るの…」
「嫌……?……………………………」
「……………………………」
「…………………嫌だった?」
「イッ…いや、僕は別にいいんだけどさ……全然よかったんだけどさ……」
「? じゃあ、よかったって事?」
「いやいや僕はその別にそんなに気にしてはいないっていうか別にその辺は僕的には全然オールオッケーって感じなんだけれどもね!君ね!今話してるのは君の心情の話であって!」
「私?」
「そう、君!」
「……………………………………………………」
「……………………………………………………」
「どういうこと?」
「…………………何が?」
「何が?」
「ええと…何か分からないとこあった?」
「何か………貴方が何を言いたいのかが…よく分からない…」
「………………………………」
「………………………………」
「……………………………えーーーーーと…」
「…………………」
「何が?」
「何が?」
「話を変えよう。ここは、何処?」
「ここは私の部屋。」
「君の部屋、ね。じゃあ君の名前は?」
「アケビ。」
「アケビさんね。分かった。じゃあアケビさん、ここはどういう所なの?」
「ここは私の部屋。」
「うんうん、ごめんねそれは分かってる、そうじゃなくてそうだね…」
「?」
「ここって、君以外に誰かいる?」
「貴方がいる。」
「言い方が悪かったかな、ここには他に住んでる人はいない?」
「いない。」
「………他の部屋には?」
「他の部屋には、シオンと文月とスーさんがいる。」
「分かった、ありがとう。他の人も居るんだね。それじゃあ話を変えようか。君は何をしてる人?」
「貴方と喋ってる。」
「うーーん…じゃあいつもは何してるの?」
「いつも…?」
「……昨日は何をしてた?」
「昨日は、エデンにマルチリミネート合金を探しに行ってた。」
「マル…まあいいや。どうしてそれを探してたの?」
「スーさんに頼まれたから。」
「スーサンに頼まれたの?スーサンってどんな人?」
「どんな…」
「男の人?女の人?」
「男の人。」
「年齢はいくつ?」
「分からない。」
「何をしてる人……職業は何?」
「職業…………」
「………んーーと………そうだねえ……うん………」
「…………………」
「その………スーサン……さん?」
「すーさんさん???」
「ん?スー……さん?″スー″さん…って事?」
「?」
「………まあいいや………その…スーさん?は………今…どこにいるかわかる?」
「…分からない。」
「………その……スーさんはいつもスーさんの部屋にいるのかな?」
「………うーん……いたり…いなかったり…」
「…………案内してくれるかな?スーさんの部屋に…………ね?」
「分かった、ついてきて。」
謎の女の子、アケビさんはすくりと立ち上がって、スタスタと部屋を後にする。僕も慌ててベッドから飛び降りると、出口のドアに手をかけた………うん………うん………状況を…整理…………
まず…僕を助けてくれたこの子は、アケビさん。そしてここは、アケビさんの部屋。この建物には他にも部屋があって、他の人も住んでいる……と……うん…少ない………情報が少ないなぁ…………でもこのままアケビさんを質問攻めにするのも気の毒だしなあ………ううん………とにかく他の人にも話を聞かないとなぁ……
話…………
こんなに人と会話したの……いつぶりだろう………僕は…こんな異常事態だというのに…少しだけ…ほっとしていた………人と話す……人と話すことがこんなにも暖かいこと…だなんてなぁ………それに…この…アケビさん?なんだろう…凄く話すのが苦手そうではあるけど………一生懸命話してくれてるんだな…ということは、分かる。うん………この子………いい子だな…………凄く………
再び、その顔に見蕩れてしまう…一目惚れ………という訳ではない………と思う……多分………一足先に部屋を出た彼女に置いて行かれないように…その横顔が見えなくなる前に…僕は急いで部屋を飛び出
ダンッ………!
カァン…………………
「?…………?…???」
「誰だ、そいつ」
銃声、紛れもない、銃声。と、なにか金属が弾ける音。僕が状況を理解出来たのは、足元に転がる1発の銃弾に気づいた時だった。
-8-
「文月、帰ってたんだ。」
「…………お前が…連れて来たのか?」
「うん」
ダンッ………!
カァン………………………
「ウビェァッ!?ヒュウィッ!?!?!?」
「…チッ…」
「文月、この人敵じゃない、私が連れてきたから」
「だから撃ってんだよ」
ダンッ………!
カァン………………………
「ウビェァッ!?ヒュウィッ!?!?!?」
「………………何故邪魔する」
「何故………………?」
「……………はあ……もういい……お前と話してると馬鹿馬鹿しくなる……もういいから退け…」
僕は恐る恐る、銃声の元、僕等が立っている廊下の先に目を向ける。見ればそこには僕と同年代か、少し下くらいの、青髪の白衣を着た少年が立っていた。しっかりと、僕の眉間を狙う拳銃の引き金に指を掛けながら…
ダンッ………!
カァン………………………
「ウビッ…………!!!」
…今度は…情けない声を上げるのは我慢出来た………女の子の前で、そう何度も恥を晒す訳には行かないしな。まあ、その女の子に庇われてる僕がそんなこと言ってもギャグにしかならないんだが。
アケビさんは僕の急所目掛けて飛んでくる銃弾を逆手持ちした果物ナイフで弾き落としている。どこぞの怪盗一味にでも雇われた方がいいんじゃないかという程の超絶技巧である。正直銃弾よりこっちの方が怖い。
「………………チッ………」
「あ………アケビさん………その……あの方は………」
「…………文月」
「ふ………文月…………」
文月…………ああ……そういえば………アケビさんが言ってたな…ここの…他の部屋に住んでる人だ………ん…?てことは…アケビさんの知り合い?なんか誤解されてそうな雰囲気だし、警戒を解けば話をきいてくれるかな…?
「あ………あのーー…?文月…さん?」
ダンッ………!
カァン………………………
「ウビェァッ!?ヒュウィッ!?!?!?」
ダメっぽい!これ!ダメっぽい!フレンドリーに接しようとしても入口でダメだ!
「あ……アケビさん…!」
「何?」
「ど………どうにかしてあの人止められないかな!?こう………人任せにしてしまってほんとに申し訳ないんだけど!」
「止める…………………」
「うん!止める!」
「………………分かった………殺すね……」
「ストップ!そういうこう……物騒な感じしゃなくて…!話し合い!話し合いとかで!」
「ああ、話し合い。」
……………ああ………うん………まあ…ほんとにアケビさんがいてくれてよかった………絶対死んでたもんな…僕だけで外に出てたら……こんな状況だけどアケビさんには感謝しないと………
「文月、話し合いしよ」
「話すことなんてない」
「…………………」
チラッ………
「……………………」
「……………………」
「……………なんで僕を撃つの………って」
「なんで僕を撃つの?」
「僕じゃない………この人………」
「なんでこの人を撃つの?」
「当たり前だろ、ここは隠れ家だぞ。素性も知れないやつを入れられるかよ。」
「………………」
「……………っ…はぁぁ…………いい…もういい………俺じゃなくてお前が説明しろ…そいつは誰だ?」
「誰……………?」
「……………………」
「………………………」
「…………………………」
スチャ…………
「あなた…………誰?」
「裏切られた!?」
ガチャ…
「っ…!?」
「………………アケビちゃんに…文月くん…?こんな夜中に…何騒いでるのぉ……ふわぁ…」
「あ、シオン」
「……はぁ…」
突然…僕の背後のドアから…また誰かが現れた…今度は…女の子…?背丈はアケビさんより小さくて…綺麗な白のロングヘア…何だか…こう…人形みたいな風貌の可愛らしい女の子だ…
「………………って…?うわぁぁぁあ!?だだっ…だれっ!?だれっ!?その人っ!?」
「えっ…!?あっ…いやっ…!怪しい者じゃっ…」
「シオン、危ないから、下がってて」
「えっ…え…あ…危ないのっ…?なんか大変なのっ…?いまっ…?」
し…シオン…ちゃん?ああ…アケビさんが言ってたここの住人…いやっ…この際誰でもいいから…!!敵じゃないって分かって貰わないと…!
「あえっ…!えっと!し…シオン…さんっ…!?ぼ…僕はっ!」
スチャッ…
「だ…大丈夫…大丈夫アケビちゃん…自分の身は…ちゃんと自分で守る…からっ…!」
…シオンちゃんの小脇から出てきたのは…恐らく日常生活では早々お目に掛かれない程の刃渡りのナイフ…まあ…うん…そうなるかぁ…
「……………………」
「…………………ふん」
「っ………!んんっ………!」
「ま…まって…僕は…僕はっ…」
ああ…僕は今日、何回命の危機に瀕したら気が済むんだ…もう自分で自分が生きてるんだか死んでるんだか分からなくなってきたぞ…
「……………………」
カチッ…
「っ………!!」
その…青髪の少年…ふ…文月さん…が無言で引き金に指を掛ける…静寂に金属の擦れる冷たい音がこだまして…僕の額から…一滴の汗が滑り落ちる…拳銃の玉なんて避けられるのか…?いやっ…でもっ…このままじゃっ…!
パンパンッ…!!
「っ……うっ………!!………………?」
突然の鋭い音に…反射的に僕は身を屈めた…撃たれた…!?う…いや…?違う…?これは…手拍子…?
-9-
「はい、そこまで」
「あ、スーさん」
「………………チッ」
「す…スーさんー!あうう…いたのぉ…?こわかったよぉ……!」
「よしよし、大丈夫だよシオン、文月も銃を下ろして?客人の前なんだから」
廊下の奥から現れたのは…スラリとした立ち振る舞いの、白衣を着た男の人…恐らく…この中の誰より年長者であろう事を感じさせる佇まいで…こちらに笑顔を向けてきた…
「……………………………………………」
「さて、お初にお目にかかるね?僕はスペアミント、普段はしがない科学者さ」
「す…スペアミント…あ…スーさん…なるほど…」
「アケビ?この子は君が連れて来た…って感じでいいのかな?」
「うん」
「どこで見つけたんだい?」
「エデンだよ」
「…………………そうか、エデン…」
…少しだけ…アケビさんの物腰が柔らかくなった気がする…いやさっき会ったばかりだからよく分からないけど…なんか…深い信頼を感じさせるような…
「じゃあ、君の事を聞かせて貰おうか?君、名前は?」
「…………名前…」
名前……………うん…そう言えば名乗っていなかったっけ………いつぶりだろうな…名前を名乗るなんて…というか…僕を…僕個人として見られるのは…
「如月」
「…ん…きさらぎ?」
「はい…僕の名前、如月…って、言います」
-10-
薄暗い部屋だ、いつも随分と長く階段を下らせられることから、恐らくはかなり地下の奥深くにあるのだろう、この部屋は。
「オトギリ様、ただいま戻りました」
そう言って私は部屋の中に足を踏み入れる…部屋の中には、見るからに小さく華奢…10代前半程に見える少女と…それに付き従う執事風の長身の男が居る。オトギリ様とスノードロップさんだ…何故オトギリ様が様付けされているのか…詳しくは私も知らないが…スノードロップさんに散々と教えこまれたので今ではすっかりと口に馴染んでしまった。
「…戻ったか、ルリ」
「何か報告は?」
「は…はいっ…!先程、エデンの警備に当らせていたオートマトンの信号がほぼ同時に6機消失…!破壊されたものと思われます…!」
「…6機が同時に…?」
「これは………オトギリ様」
「ああ…スノードロップ、ルリ、直ちに足取りを追え、今度こそ見つけ出すんだ」
「はっ!」
「はっ……はいっ…!」
「……………アケビ……アケビっ……!!!」
ダンッ…!!と…鈍い音が響き渡る…オトギリ様が拳の一振で脇に添えられた木製のサイドテーブルを木っ端微塵にしたのだ…スノードロップさんがいそいそと片付けている…オトギリ様が度々口にする「アケビ」という言葉の意味は分からないが…
「ルリ」
「は…はいっ!スノードロップさんっ!」
「破壊されたオートマトンを回収してこい、そして製造番号と損傷状況、再利用可能かどうかを報告しろ、今日中だ、いいな?」
「今日中…ですかっ?」
「早くしろ、さもなくば…」
「っ…!は…はいっ…!!すぐにっ…!!」
…大丈夫…私ならやれる…あれだけお金を貰ってるんだから…これぐらい…当然…
「…ロベリア」
大丈夫……大丈夫と言い聞かせて…私は今日も死地に向かう…大丈夫…いつか…いつかまた…2人で暮らすの…それまで…それまで絶対に…
「………生きるんだ…ここで…」