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第12話 夜の鶴《つる》 ― 1

夜のつる:寒い夜に、鶴が自分の羽で子を覆うことから、親の深い愛情のたとえだそうです。


 今回のOPは ClariS 「サヨナラは言わない」(パワフルだけど切ない)。


**********


 やだなあ。月島がこっち来る。満面に笑みを浮かべて。しかも最近やたら血色が良い。腹立つっ。


「山本く~ん。あいかわらず死にそうな顔だけど、大丈夫? お昼いっしょに食べようよぉ。ねえ~」

「断る。とっとといつもの屋上行けよ。しっしっ」

「いやあぁ。いくら暖冬でも、さすがに二月に屋上はないっしょ。・・・お? 僕とおんなじコンビニおにぎりじゃない? とり五目? お揃いだね。ふはははっ」

「見んな。あっち行け」

「そんなつれなくしなくても。ふはは。こう見えてもね、山本くんには激しく大感謝祭の毎日なんだよほんとに。あのときスキーに誘ってくれなかったら、今のこの、絶好調の僕はなかったと思えるからね。お陰で学年末に向けてのお勉強も、はかどるはかどる」

「そりゃ良かったな。とりあえず、花染さんとよりを戻せておめでとさん。じゃ。俺の視界から去れ」


 と、――急に月島の笑みが消えた。こわ。


「・・・おおっと山本くん。それはちょっと聞き捨てならないな」

「・・・去ってください」

「そこじゃない。君だけは、真の理解者だと信じていた。あのスキー場での偉業を、『よりを戻せて』などという陳腐な一言で片づけてほしくないな」

「とおっしゃいますと?」

「決まってるじゃないか。ステージ3達成だ! 君の目は節穴なのか? みどりの究極の美に気づかなかったのか山本くんっ」

「・・・えぇぇぇぇ・・・」


 まあ確かに、医務室で月島に寄り添う花染さんは、めちゃめちゃきれいだったけど。


「忘れたのか山本くん。あのとき、ゲレンデに飛び出したみどりの魂の中で、僕は一度捨てられたのだよっ。あの一瞬、彼女はスノボ野郎をチョイスしたのだ。その直後、僕は、なんと捨て身の一撃で、その魂を奪還したのだよっ。亀裂にはまり込むという、死の危険を冒してまでなっ。全ては、ステージ3への相転移のために綿密に計算し尽された、水も漏らさぬ悪魔的天才的奇跡的完璧計画だったのだよっ」


 俺は呆れた。


「嘘つけっ。お前、ただ頭真っ白で花染さんに突進してっただけじゃないか。ちゃんと見てたぞ」

「・・・分かっちょないなあ山本くん・・・」

「だ~か~ら~。どうしてお前はそのクソみたいな屁理屈を捨てて、素直に『花染さんに心底惚れちゃいました恥ずかしいけどベタ惚れです』と、一言言えないのかと。もう何度言えば――」

「ちっちっ。分かっちょないなあ山本くん。まったくもって分かっちょない」


 照れ隠しなのか、やつはおにぎりをパクつきながらこっちを盗み見て、さっさと話題を変えた。俺が一番触れられたくない話題へ。わざと。


「ところで山本くん。同じとり五目食べるのでも、僕のこの上なくハッピーなぱくぱくに比べて、君の陰鬱な砂を噛むようなその食べ方を見るにつけ、つくづく同情に堪えないのであるけれども。どうかねミカとはその後?」

「関係ないだろ。呼び捨てにすんなっ」

「まさかとは思うが、引っ越しまでこのままなのか? 捨てられっぱなしで?」

「うっ。・・・す。捨てられてないからっ」

「じゃ捨てたのか?」

「まさかっ」

「だったらやっぱ捨てられたんだろうが」

「いやっ。ちょっと、お互いの事実認識に齟齬が発生しただけであってっ」

「つまり平たく言えば捨てられたわけだろ。で、山本くんとしては、手をこまねいておとなしく彼女を見送るだけなのか? 何もしないのか?」

「・・・」


 そりゃこいつに言われなくたって、何かしたいです。できることなら。どんなことでも。・・・でも。


「・・・悪いが山本くん。僕は君の親友として、見て見ぬふりはできないな。救いようのないこの状況を、ただ黙してやり過ごすわけにはいかない。僕の、帝王としての矜持がそれを許さない! しかも君は、今や僕の恩人でもあるわけだからっ」


 月島は自分のセリフに酔いながら、テンションを爆上げしていく。ヤバいぞ青春絶好調のいかさま野郎。自分で分泌した脳内伝達物質でキメちゃってないかお前?


「いや親友じゃないし普通に。頼むからほっといていただきたいです」

「だが、話は全部、みどりから聞かせてもらった! 親父の仕事の都合だそうじゃないか。しかし来てまだ一年経ってないだろ? やっと慣れてきたばかりじゃないか。こんなひどい話があるかっ。それじゃミカがあまりにも不憫だ。あり得ん。許せん。これは問題ですよ。親の横暴だ。児童虐待だ。断固抗議すべきだっ」

「そうだ。そうですよねっ。そのとおりだっ。激しく同意っ。よくぞ言ってくれたっ。それこそ、俺が今まで言いたくて言えなかったことだっ」


 こいつもたまには良いこと言う! ・・・ん? だが待て。月島の熱血好青年モード。何だこのデジャブ感。何だこの高鳴るアラート感。俺は問うた。


「・・・しかし、どうしてお前がそこまでむきになる?」

「当然だろ! あんな上玉をみすみす逃してたまるかよっ」

「・・・は?」

「ミカは絶対にキープするぞっ」


 やっぱりかっ。


「・・・ちょっと待て。キープって何だよ? ステージ3でも何でもいいけど、お前、花染さんを遂に手に入れたわけじゃないですか? 永遠の愛に目覚めたって、こないだ、よだれ垂らして言ってませんでした?」

「言ったっけ? そんなこと」

「言った。5回。確かに言ったぞっ」

「まあ言ったな。・・・だがね山本くん。人の一生は、短いようで長い。諸行ああ無常。永遠の愛と、人は言うが――」


 お前が言ったんだろ!


「――それが、言葉の真の意味での永遠とは限るまい。長い人生、この先何が起こるのか誰にも分からない。永遠と信じた愛も、長きの雨風にさらされて、いつの日か、はかなくもその最終ページを閉じてしまうことが決してないと、いったい誰に言い切れよう? 生きるとは、そうしたものなのだよ山本くんっ」

「ですがその終焉は、かなりすごく先なわけでしょ?」

「もちろんだ! うむ。そうだな。・・・少なくとも2週間は先だな」

「みじかっ。永遠の愛みじかっ」

「とにかくだな。深く考えるまでもなく、とりま上玉はキープ。これ保険。これホスト道の鉄則」

「死ねっ」


     *


 まじでクソ野郎だな。改めて実感。危うく、やつのテンションに乗せられるところだった。だいたい、冷静になって考えてみたら、断固抗議ったってどこに抗議するんだよ? ミカパパか? 児相か? まさかね。で、なんて言うのよ。一年で転校、許せませんって言うのか? 彼氏ですらない俺が、お別れ辛くて泣いちゃうんで止めてくださいってか?


 ・・・話になりません。しかも、令嬢ご本人が泣いて嫌がってるならともかく、普通に行く気満々で準備とかしちゃってるし。


 つまるところ、どこをどう切っても、赤の他人である俺らが異議申し立てできる余地などない。考えるまでもない。バカかよ。ったく。


 あんなイカレ野郎と話すだけ時間の無駄だった。・・・そんなことより、今日って、実はバレンタインじゃないですか? ひょっとするとひょっとしないですかね? だって、この前スキー場で、ミカさんに、ちょっとだけですけど、口きいてもらえたじゃないですか。まあ仲直りってところまではいかなかったわけだけど。だから、もしかすると・・・あ! うあ! ラインだっ。もしやミカさん?


 ・・・けっ。月島かよ。何だよもう。くどいやつだな。既読スルーしようとした俺は、そのまま固まった。


〈ミカの親父に抗議しに行くぞ。アポ取った。予定空けとけ〉


 ・・・はああああああっ!?




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