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「でもまあ山本くん。良かったじゃん? 無事にミカとより戻せて。最近、ミカ楽しそうだし」
花染さんは、ほおずきの載った豪華なパフェをもぐもぐやりながら言った。
「どうも。おかげさまでまあ何とか。・・・それどうですか?」
「美味! 独特。トロピカル。珍しいよね。期間限定だって。ここ、果物屋さん直営だから」
俺たちは珍しく、いつもとは違う場所にいる。おなじみ〈クレープ田んぼ〉から、大通りを隔てて向かい側にある老舗デパート。その地下にあるフルーツパーラーだ。季節の果物をあしらった巨大パフェが名物です。花染さんは、俺の「ザクロとプリンの盛合せ」を指して、
「そっちどお? 酸っぱい?」
「プチプチうまいっす。・・・今日はクレープ屋じゃないんですね?」
「うん。最近あっちは月島くん専用。それにちょっとクレープ飽きてきちゃって」
「店変えればいいじゃないですか」
「いいんだ別に。彼、クレープ好きだから。いつも美味しそうに食べてるし」
はは。お互いに遠慮し合ってクレープを食べ続けている二人を想像して、ちょっと笑ってしまった。意外に微笑ましい。ようやく普通のカップルに収まったのか?
改めて花染さんを観察すると、確かに月島の言うとおり、ぱあっと花が開いたように美しい。さすがステージ2。って、俺は別に、そんな分類を認めたわけじゃないけど。
で、今日の俺は、月島の言うところの現状打破に向けて、対策を講じにやってきた――わけではまったくない。誤解しないでね。野郎の戯言にまじで付き合うほど、俺は暇じゃないんですよ。
「あの。で、花染さん。今日はどういうご用件で? あの。俺、ちょっと長居したくないっていうか。ナーバスっちゅうか。人に見られたくないっちゅうか。せっかく今、ミカさんと良い感じなので。また誤解されたりすると、ごたごたしますから・・・」
でも正直言うと、そんな風にミカが妬いてくれたら死ぬほど嬉しい。てか死ぬ。うふふっ。
「はあ? ・・・とりあえずヨダレ拭けよ」
花染さんはあきれ顔で、
「これだからもう。ちょっとミカと仲直りしたと思ったら調子こいちゃって。色男気取りかよ。誤解? あたしとあんたが? 普通にあり得ないからそれ」
「・・・ですよね。でも実際、そういう誤解するひとが・・・」
「いねえよ。それまたあんたの妄想。ちょっと注意した方がいいよ。そういうの、癖になるから。またミカに捨てられちゃうぞ」
「こ。怖いこと言わないでくださいよっ。・・・でご用件は? また月島がらみで?」
「他にあると思う?」
「いえ・・・でも花染さん、今うまくいってるんでしょ? クレープデートとか。楽しそうじゃないですか」
「うん。まあそうなんだけどさあ」
花染さんはなぜか浮かない顔で、
「あのねえ。ちょっと気になることがあって――」
「やつのナンパ癖ですか? そりゃもう、ばんばんやってると思いますよっ」
「山本くん。あんたね。いつも思うんだけど、あんた、なんか明らかに彼に悪意持ってるよね? 親友のくせに」
「親友じゃないって、もう何度言えば――」
「月島くん、確かに昔はプレイボーイだったかも知れないけど、今はあたし一筋だと思う。あたしが言うのもあれだけど。だってそう言ってたもん、本人が」
「・・・そうですか・・・」
「言ってくれたもん。みどり最近一段ときれいになったって。もう目が吸い寄せられて離せなくなるって。他の女なんて目に入らないって!」
まあ今回は珍しく、やつのその発言に嘘はない。ただしある種、花染さんの理解を超えた意味でだが。
「はい。確かに花染さんの美しさには、昨今、ますます磨きがかかっておりますですね。では俺はちょっと用事がありますので、これにて失礼を――」
「客観的証拠もあるよ。例えばね。・・・いつもじゃないよ。いつもじゃないけど、時たま、丸見るのね」
「はいっ?」
「全然怪しい動きしてないよ。普通の場所しか行ってないみたいだから。マックとかミスドとかケンタッキーとか」
「ばぶぶほっ」
「ザクロむせた?」
「ぶぶばはっ。・・・も。もちろんですっ。花染さんほどの美しい彼女がいれば、男が浮気などするはずもございません! たとえ月島ほどの救いがたいチャラ男であったとてっ」
「だから、そのにじみ出る悪意やめろよ。・・・でもありがと」
花染さんは、これまた珍しく、はにかんだような少女の笑顔を見せた。
「あたしね、月島くんのお陰で、どうにか自分に自信が持てるようになってきた。最近。前より、鏡よく見るの。あたし――月島くんに出会う前はね、正直、鏡見るの嫌いだった。あたしどうしてこんなあか抜けないんだろうって」
俺は慌てて、
「いやっ。そんなことは決してなくっ。前からきれいですからっ」
「山本くん、そういうとこは優しくていいね。・・・でも最近はね。驚いちゃうの。あたしって、こんなにきれいだったんだ! って」
「・・・は・・・」
「最近すごくきれいになれたなって。もうね。ひょっとすると、もう、ミカをも超えちゃうんじゃないかなって」
「いや・・・さすがにそれはちょっと言い過ぎでは?」
「ふんっ。あんたのそれ、だいぶ主観入ってるから。まあいいけど」
「ではこれにて失礼を――」
「まだザクロ残ってるじゃん。・・・あたしが気になってること、知りたいでしょ?」
「いや別に」
「なんかね。月島くん、あたしのこと、じ~っと見つめてるの。うっとり、みたいな。それってすっごく嬉しくて。もうとろけちゃうくらい嬉しい。だけどね。何て言うか――なんか、遠くを見る目なんだ。あたしを透かして向こう側を見てる、みたいな。分かる? これ」
「はああ」
分かりすぎる自分が嫌だ。月島。死ねよ。
「あたし、月島くんのこと信じてる。信じてるけど、やっぱりちょっと思っちゃう。誰か他の人のこと考えてるんじゃないかって」
「いやっ。それないと思います。花染さんも今言ったばっかじゃないですか。月島、花染さん一筋だって」
「そうだけど。だけどさ、例えば、そうねえ・・・ミカのこと考えてるとか? 月島くん、花火のときに、あたしのためにミカを振ったわけでしょ? でもまだちょっと未練あるとか? そんな可能性ないかな?」
「きっぱりないですね。そもそもやつがミカさんを振ったという事実もない、と。そう俺は確信しておりますけれども」
「あんたがそう思いたいのも分かるけどさ。でも主観入ってるよね。あたしだってミカ大好きだけど、もしかして魔性の女かも。男を狂わせる。ファムファタールってやつ?」
「いやっ。ミカさんそんなひとじゃないっすよっ」
まあ俺は狂ってるかもですけれども。でも俺、それでいいもん。・・・とか、のんきに構えていた俺は、花染さんの次の一言で凍った。
「まあミカじゃないかもだけど。他の女かも。とにかく、ちょっと考えたんだ。いちおう念のため、丸を補強したらどうかなって」
「は!?」
「お守りの入ったバッグ、いつでも持ってるわけじゃないでしょ? だからさ。例えば、最近流行ってるじゃない? アプリで。ゼンリー? 友だちの居場所分かりますみたいな」
「・・・ああぁぁ・・・」
「あれって使えないかな? 月島くんのケータイにそっと入れて――」
「ちょ! ちょっ。まずいっす! 花染さん! それまずい! それダメっ」
ヤバいですっ。美しさ満開のスポーツ系美少女が、満面の笑顔で爽やかにGPSを語る。これ超絶怖い。スポーツ系はヤンデレにならないはずなのにっ。
「絶対ダメ! 法律的にも倫理的にも完全にアウトですっ。しかもバレます絶対。通知とか来ちゃいますから絶対。気持ち分からなくもないですけど、花染さんこらえてください! 踏みとどまってください。あっち側行っちゃったら、もう帰還不能点。戻れませんからっ」
「そうかな~。そんな大げさな。大したことじゃ――」
「ありますっ。大したことじゃあります! 絶対にまずいですっ。人としてっ」
「融通が利かないなあ山本くん。公務員」
「いやこの際それ関係ないからっ」
「あんたもおひとつどお? ミカも見張っとくべきでは? 二人でやれば怖くないよ」
「要らんっ」
「ググろうかな」
「やめろおおおっ!」
さらなる俺の必死の説得で、花染さんはしぶしぶながらもどうやら諦めてくれたみたいだった。はあああ。胸なで下ろし。・・・もう~。油断した俺が悪かった。どこが普通のカップルだよ! いい加減にしてくれっ。




