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 だがしかし! 俺はまったく動じなかった。それほどまでに、俺のミカへの愛と信頼は、限りなく深い。


「・・・でっ! でもさっ。こ。こういうのってあれでしょ? よくアニメとかにあるじゃん。テンプレ。実は! 実は、お兄さんだったっていうっ」

「ミカは、一人っ子だよね?」

「・・・実は兄貴がいて、幼いころ行方不明になったとか。つい最近、涙の再会を果たしたとかっ」

「一人っ子だって。親父がテレビで何べんも言ってただろ。一人っ子」

「・・・実は隠し子とか? つい最近、涙の再会を果たしたとかっ」

「もしそうなら、即スクープされちゃうだろ。大スキャンダルになるじゃないか。そんなこと言うと、ミカの親父に張り倒されるぞ」

「・・・実は幼馴染で、お兄さんのように親しくしてたとか? つい最近、涙の再会を果たしたとかっ」


 月島はうんざり顔で、


「君は、どうしても『お兄さんと涙の再会』に寄せたいらしいね。だけど幼馴染はまずいんじゃないか、この場合? もろ危険ゾーンでは?」

「ああっそうかっ。しまったあ! ・・・でもさでもさ。今どきの女子。特に都会育ちのばやいっ。腕組んで歩くとか、普通でしょ? 特筆するほどの、強い愛情表現じゃないよねそれ?」

「君はミカにそうしてもらったことあるんですか?」

「・・・あ! あるっ(キリッ)」

「どうでした?」

「大したことないです。鼻血吹き上げもたった5メートルでした(キリッ)」

「・・・」


 ・・・しかし例によって解せない。月島が、このイケメンと、そんな高度な駆け引き勝負を楽しみたいのなら、そもそもなぜ俺を呼んだ? 俺の怪訝そうな顔を見て察したのか、やつは、


「ふふ。その疑問、顔に書いてあるぞ。ならば、名手月島は、既にリタイアしたこの山本に、今さらどんな役割を期待しているのであろうか、と」

「いや俺リタイアしてねえから別にっ」


 月島は無視して、


「答えは二つある。まず第一にだ。我々すなわち神の打ち手二人が、灼熱のバトルを繰り広げているその最中に、空気読めてないお子ちゃまに乱入されるのは困る。だから観客席でおとなしくしててくれ。ちなみに、空気読めてないお子ちゃまとは、君のことだ」

「てめえっ。部外者扱いするのはやめろっ。メインはまだ俺なのにっ」

「第二に。僕には、きちんとした将来計画がある。行き当たりばったりな君とは違う。いずれ、時機を見て、僕の偉大なる半生を振り返る回顧録を出そうと思っているんだ。タイトルももう決まっている。『策士の異常な愛情:または私は如何にして心配するのを止めて寝取りを愛するようになったか(仮)』というのだ。どうだねこのセンス」

「絶対売れないからそれ。ラノベテンプレにすら、なってないからそれ」

「執筆に備えて考えた。山本くんは国語得意だったよね? だから僕のゴーストライターに任命してあげるよ。いや、礼には及ばない。君の唯一の才能を、正しく消費させてあげよう、世界に貢献させてあげようという、ほんの老婆心にすぎない」

「断る」

「だから君にとって、これはまたとない初仕事なわけだ。第三者の目からじっくりと名勝負を堪能しつつ、取材を進めてもらいたい」

「断るっ。第三者じゃねえしっ」


     *


 ったく。だから嫌いなんだよ月島は。せっかく幸せの絶頂にいたこの俺を、容赦なく引きずり降ろしやがって。


 だけどやっぱり気にはなる。あのイケメンモデル野郎。俺の嫌いな東京人だし(たぶん)。ミカを訪ねてこの街に来てるんだろうか? ミカが腕を組んでくれたのって、俺だけじゃなかったんだ・・・。その一点だけでも、もうかなりのダメージです。


 それに、そう言えばちょっと思い当たる節がある。先週ミカから電話があって、今度の週末の大自然ツアーは急にキャンセルになった。急に用事ができたとかで。ミカはずいぶん一所懸命に俺に謝ってくれたけど、でも、どんな用事かは言わなかった。別にいいんだけど。


 やっぱり彼氏なのかな。付き合ってるのかな。それとも過去形? 元カレとか? 今はどういうご関係で? よりを戻しに来たとか? 自分でも情けないけど、次々と下世話な疑問符が沸き起こっては脳内を巡る。うじうじ。まったく器の小さい男ですね。直接ミカに聞くとか・・・返事が怖くてもちろんできません。無理ゲーです。


 今思いついたけど、例の〈組織〉とか〈P〉なら、もっと詳しい情報握ってるのかな? ちょっと聞いてみようかな? だけどそんなの良くないよね。人として。ミカをスパイするみたいで。


 それに、よく考えたら、たとえこれがミカの彼氏だったとしても、ミカが悪いわけじゃないよな。厳密には二股じゃないし。てか普通に一股だしこれ。だって、俺とミカの間には、現在も過去も「告り・アンド・許諾」プロセスはなかったわけだから、正式な彼氏でも彼女でもないわけだから。てかよく考えたら、仲直りした後で「今は彼氏かも?」って思ったのは、俺が一方的にそう思っちゃっただけだし。だからミカを責めるのはお門違いだ。ミカは断じて悪くない。


 だからさ、これ以上詮索するのは、そもそもミカに対してすごく失礼だよね。ミカの自由だしそんなの。だから俺も、頭を冷やそう。今から十数えて、大きく深呼吸して、それでこの件はすっかり忘れて、お開きにしよう。決めた。よしっと。せーの。十。九。八。・・・。


 おおっ。晴れ渡るこの心。禅の境地。苔寺。一面モノクローム、白砂の庭。ナスカの絵みたいな模様が見える。無音。そして遂に降臨せし、美しき無我の世界。・・・わたくし山本は、今ここにおいて、全ての煩悩から解脱いたしました・・・。


 さてと。


「あ、白鳥先生ですか? お久しぶりです山本です! 今ちょっと、お時間よろしいですか? あの! 実はですね。ミカさんのことなんですけど。ちょっと気になる噂を耳にいたしましてっ」


     *


 先生のご機嫌は、いつもながら悪かった。


「山本。ちょうど良かった。お前、『アンバサダー辞職願まだ届いてないけどどうなってんですか』って、〈組織〉人事から苦情が来てたぞ。ご令嬢クライアント継続でいいんだな? そういうことは、決めたらちゃんと報告してもらわないと困るよ」

「すいません継続でお願いします」

「それと、南高で演劇部サポーターのバイトやったって? そういうのも、事前に兼業届を出して、きちんと承認得てもらわないと」

「以後気をつけます」

「もう半年になるから、気のゆるみだな。規則は守ってもらわないと、こっちが上からいろいろ言われるんだよ」

「肝に銘じますっ」


 はあ~。ケータイ持つ手が汗ばむのも、いつもどおり。


「で。何の用だって? こっちも忙しいんだよ。ああそうか。噂。それってあれか? 駅前のイケメンの件か?」

「お! やはりご存じでしたか! それなんですが――」

「某パパラッチルートから写真が来てたからな。だがなぜ気にする? お前には関係ないだろ?」

「そ。そうなんですが。でもいちおう。いちおうクライアントの交遊関係とかバックグラウンドを、ひととおりリサーチしておくことで、オフィシャルアンバサダーの業務たる、地方中核都市アピールのストラテジーを、異なる観点からマッシュアップしてゆけると、そのように確信しておりますのでっ」

「・・・まあいい。確かに我々も、少しだけ気にしてはいる。現在、情報を精査中だ。だが基本スルーだな。忘れたか? 相手は新幹線で来た東京人だ。お嬢さまが、東京人といくらただれた私生活を送ろうと、それは我々の業務範囲外だ」


 冷たいのも相変わらずだな。言い方がかちんと来たけど。


「それは重々承知いたしておりますが。ですがっ」

「あの男は急に現れたんでな。ちょっとまだ情報不足なんだが。うちの情報政策Gが、最近稼働した顔認証システムで検索したそうだが、どうもテレビに出たことはないようだ。芸能人とかタレントではないな。ただ――」

「ただ?」

「最近のパリコレとかアマゾンファッションウィークには出てるな。ランウェイに。モデルだな。名前は照会中」

「ぱ! パリコレ!」

「もういいか? 忙しいから切るぞ」


 ・・・やっぱそうなんだ。ミカの部屋にあった写真もそれか。はああ・・・。なんか、全身から力が抜けてゆく。活力って、どんな漢字でしたっけ?


 パリコレですか。


 これじゃもう、勝負どころか。押し入れの一番上の服を着て行く俺とは、土俵からして違う。話になんない。なんだかもう・・・。


 あの満月の夜、はにかみながら手を握ってくれたミカの姿は露と消え果てて、その代わり、ちょうどミカの部屋で写真を見つけたときに思ったみたいに、テレビや雑誌から抜け出てきた「東京セレブ」――魅惑的だけど、得体が知れなくて手の届かない美少女のイメージに、また戻ってしまった感じだった。結局、やっぱり、違う世界の住人なんだよね。


 そのときケータイが鳴った。




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