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8 ― 4

 ・・・そんな騒動が体育館で起きているとは露知らず、俺は天井裏で、ひとり孤独な闘いを続けていた。


 そもそも薄暗い。侵入ルートとは異なり、こちらは窓がないので、天井の羽目板の隙間から漏れてくる下からの明かりが頼りだ。気のせいか、天井板のギシギシいう音もなんか心細いし、気づかれないか不安が募る。


 迷ったんじゃないよね? ・・・せっかくだから自慢のレーザー距離計とpdfでチェックしてみると、もちろん〈ミレーマ〉推奨の脱出ルートからは遠く離れてしまっていた。まあでもたぶん、このまま進めば・・・たぶん問題なく・・・あともう少しで・・・。


 やっぱりこう暗くちゃ、どうしようもないな。俺は自慢のヘッドライトをつけてみた。そして凍りついた。


 これ超ヤバい! どうやら老朽化した天井板の一部が割れて落下したらしく、大きな穴になっている。その穴は、とりあえずって感じで、薄っぺらいベニヤ板でふさいであるんだが、なんと俺は、その真上に乗っかっちゃってるんだ! しかも俺の重みで、ベニヤしなってますってこれ! しかも今、ベリとか音してんじゃんこれ!


 こういう絶体絶命のときこそヒーローは冷静に対処する。これ鉄則。よって俺も冷静に。あくまでも冷静に判断。ベニヤのたわみ具合から推察して、前進が吉か? 後退が吉か? 右か? 左か? 斜め右前か? 左前? 今またベリいいました?


 ・・・だがパニックは良くない。急に動くのは絶対にダメ。俺は、落ち着いて自分にしっかりと言い聞かせつつ、恐怖に駆られて前方に猛ダッシュした。


 そして落ちた。


     *


 俺の頭がベニヤの破片を追い越してゆく。空気抵抗の関係かな? この分だと、到着は俺の方が先だな。


     *


 目的地が見えてきた。あれはたぶん床。だけど、その前にいきなり、俺の肩と胸に衝撃が走った。体が教室の机にぶつかったらしい。机も体も横転して床に激突した。そこに上からベニヤが降ってきた。


     *


 声が聞こえる。


「山本くん!」


 なんか懐かしいような・・・。


「なんで? 山本くん! しっかりしてっ」


     *


 ここはどこ? 白いベッドの中です。白いカーテンも見えます。消毒液の匂い。


「まだ気がつかないんですが。大丈夫なんでしょうか・・・」

「頭打ってないから大丈夫って、さっき本人が言ってたじゃない。ここまで歩いてきたわけだし。骨とかも折れてない感じよ。机がクッションになったんじゃないかな。救急車、やだってごねてたし」

「はは・・・」

「あれだけ元気なら大丈夫。天井裏這い回ったせいで、疲れて寝てるだけじゃないの? あなた、まだいる?」

「ええ。いちおう、もうちょっと待ってようかなって」

「じゃあお願いね。帰るとき職員室に声かけてくれる? あ。もし起きたら、いちおう明日にでも病院で検査受けるように、って言っといて」


     *


 ミカが、俺の顔を覗き込んでいる。うわあ久しぶりだよ。相変わらずお美しい。でもちょっと目の周りが赤い。まぶたも何となく腫れぼったい感じ。大丈夫?


「目が覚めた! 山本くん。大丈夫?」

「ミカさんどうも。お久しぶりです。お元気でしたか?」

「お元気じゃないわよっ。バカなの? バカじゃないの? 何やってんのよ山本くんは! ほんとにもうっ! ほんとにっ」


 お怒りモードのミカは、心配顔に転じて、


「大丈夫? 痛い?」

「ちょっとだけ」

「もう! 心配したんだからっ」


 ほっとしたらしく、今度はクスクスと笑い始めた。止まらなくなって、身をよじりながら笑い続けている。


「くっ。苦しいっ。・・・あのさあ! 山本くん知ってる? 私ねえ、写真部に入ったんだよ! それでね。今日、写真展やってて。私、受付の係やってて。ぷぷ。で。ちょっと、暇だから。ちょっとね、考えてたの。山本くんのこととか。ちょっとだけ。今どうしてるかなとか。県の写真展に来るのかなとか。そしたらね。ぷぷっ」


 たまらずに吹き出して、


「降ってきたじゃない! 山本くんが! 上からっ。ちょっとっ。なにそれ! もうね。喉から心臓飛び出しちゃったぞ! まじで。ぷぷぷぶはははははっ。しかも! しかもですよ。頭に五つ目とか付けちゃって! 例のやつっ。何なんだよそれはって。ね? そこにいったい何の意味が? っていう! ぶははははははっ」

「はは。いや。そこまで面白いすかこれ。そんなウケてもらえると、逆に恐縮っていうか――」

「え? いやごめん~っ。いや心配したんだよ! すっごく心配したの。ふらふらしてたし。怪我したんじゃないかとか。倒れて目、覚めなかったらどうしよう! とか。保健室に連れてくる途中、もう泣きそう。でも――なんか笑っちゃったの。悪いと思ったけど、あの格好見たら、もう笑いが止まらなくて。もう何なのこの人って。変! もう明らかに変! ぶはああっ。苦しいっ。ひい~っ」


 ミカは脇腹を押さえつつ息を切らしている。・・・まあ何はともあれ、口をきいてもらえたのが素朴に嬉しい。この笑顔と笑い声だけで、はるばる来た甲斐はあったかな。このために来たと言っても過言ではない(キリッ)。今はご機嫌よさそうだから、チャンスかも。どさくさに紛れて全部謝っちゃおうかな? プールの件とか花火の件とか・・・。


 てなことをつらつら考えていたら、いつの間にかミカの笑いの発作はおさまっていた。真顔になって、俺の方へかがみこんだ。


「ごめん。なんかひとりで騒いじゃって。はは。疲れてる? もう少し休む?」

「あ。大丈夫。ミカさん待っててくれたんだよね? 俺もう帰れるから」


 急いで起き上がろうとした俺の顔が、かがんできたミカの顔にほとんどぶつかりかけた。懐かしいシャンプーの香り。すごく近い。ミカの顔が真っ赤になった。


 なんかこれ最高にいい感じ。時よ止まれ。君は美しい。


 そのとき、保健室の引き戸ががらっと開いた。


     *


 をいっ! これはアニメじゃねんだよっ。こういうときだけアニメのお約束展開してどうすんだよっ。誰得なのこれ?


 ミカははっとして飛びすさった。あああもうっ。何度目なのこれ? 返せ! 俺にシャンプーの香りを返せっ。


「どおっ? 具合どおっ?」


 おばちゃん先生の野太い声が、狭い保健室にこだました。辺りにそこはかとなく漂っていたはずの、繊細で青春でろまんちっくで甘酸っぱい空気を、時空の向こう側まで吹っ飛ばす勢いで、白カーテンがシャカ~んと左右に弾き飛んだ。


「お。起きたんだ。屋根裏男。無事で何より」

「はは。どうも~。ご心配をお掛けいたしまして」


 おばちゃんは、俺の必死の愛想笑いとミカの照れたような笑顔を見比べながらも、このうら若き男女に何の特段の配慮も見せずに、自分の言いたいことだけまくし立て始めた。


「ちょっとお礼言いたくて寄ったの! すごいわぁ。あの現代的解釈。ヒロインの内面の葛藤を、あんな風に、上空で二人で演じてみせるなんて! ちょっとセリフ聞き取れないとこあったけどね。だけどあのワイヤーアクション! マトリックスのあれよね? 吊り上げ大変だったでしょ? ワイヤー全然見えなかった!」

「はは・・・」


 何のことやら。でも褒められてるからいいや。


「なんかもう、こんな興奮したの、何年ぶりかしら? 久々に思い出した――月組、観に行ったとき以来よ。あのね、私もうおばちゃんだけど、こう見えても若いころね、ヅカツアー2泊3日。お金なかったから深夜バスで。車中泊っ」

「でもあの。俺、天井壊しちゃって・・・」

「大丈夫! 心配屋さんねっ。むしろ新築予算、通りやすくなって好都合かも。ここだけの話だけどふふっ」

「あの俺、やっぱ、処分とかあるんでしょうか? 停学とか――」

「な~に言ってるの。北高にはもう、お礼の電話しといたから。演劇部の応援、大感謝です、って。でも電話口の先生、下っ端でよく知らなかったみたいだけど。あ、吊られて大活躍の人――北高の会長よね? 直接お礼言いたくて探したけど、もういなかった。そう言えばうちの会長もいないの。二人とも、どこ行ったのかしらね? 知らない?」

「・・・いえ・・・」




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