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8 ― 2

 開いた戸の陰から、恐る恐る中を覗き込んだのは――花染さんだった!


「月島くん! どうしてこんなところに?」

「みどり! 助かった!」


 月島の様子に気がつくと、花染さんは慌てて駆け込んできた。顔が青ざめている。


「どうして? 誰がこんなひどいことをっ」

「話は後だ。縄をほどいてくれ」

「あ! 山本くんもいるじゃん。やっぱり! なんか電話で変なこと聞くから、どうもおかしいと思ったんだ。で、ちょっと丸見てみたら、うちの校舎じゃない! まさかとは思ったけど、ほんとに来てたとはっ」

「なるほどっ。助かりましたっ。急いでくださいっ」


 月島は、ほっとしつつも怪訝そうに、


「・・・丸?・・・」

「月島くんっ! いいいい痛くない? こんなきつく縛られちゃってかわいそうっ。ひどい。縛ったやつ絶対許さないっ。殺すっ」


 俺はそっと目を逸らした。


「今すぐ、ほどいてあげるからねっ。ちょっと待ってね。すぐだから。・・・えー。けっこうきついなこれ。・・・痛くない?」

「大丈夫。優しいね。みどりは」

「はは。ははっ。・・・もうちょっとの辛抱だからね。・・・あっ。・・・ごめん。・・・指、触っちゃった。・・・へへ。月島くんの手、あったかいね。・・・あたしの手、冷たいでしょ? ちょっと緊張しちゃって。へへ」

「すいません! 急いでもらえますか? やつら、いつ戻ってくるか分かんないんでっ」


 花染さんは鬼の形相で振り向いた。


「っせえな! 今やってんだろっ! ・・・ごめんね月島くん。あたし、のろくて。でも痛くしないように、一生懸命やるから。ごめん」

「分かってるよ。焦る必要ないからさ。みどり悪くないのに謝るなよ。それがみどりの、たった一つの悪い癖」

「月島くん・・・あたしね・・・」

「すいません。そっち時間掛かりそうなら、こっち、先やってもらえます? 俺、先に失礼しますから。俺とかいない方が、なんか、はかどる感じですよね?」

「っせえっつってんだろ! ・・・あっ緩くなったあ。みどり、やったあ、やりましたあ! お待たせっ。もうほどけるよ。ほら。ね? あっ――なんか顔ちかっ・・・うわっ・・・びっくりしたあ。はぁぁ。ははははっ」


 月島はようやく椅子から解放されると、花染さんの方へ向き直って、その両肩にそっと手を置いた。


「みどり。君は命の恩人だ。一生忘れないよっ」

「月島くんっ」

「すいません次お願いしますっ」

「あぁ? んか言ったかぁ?」

「ごめんみどり。もう行かなきゃ。後で電話するっ」

「月島くんっ・・・分かった。気をつけてっ」


 月島は僧衣を脱ぎ捨てると、廊下へと飛び出していった。・・・あれ? そっち行くの? 外じゃなく? そうか。中でナンパする気だな! あの野郎。・・・おおっとお! その後ろ姿を目で追って、花染さんもふらふら出て行っちゃいそう!


「ちょ花染さん! 俺も! 忘れないでっ」

「オーライオーライ分かったから。ぎゃーぎゃーわめくなって。みっともないなあ。・・・え~。え~。こっちは、もっときついじゃん。も~。めんどいなあ。カッターで一気にやるから、そこの指、どけとけっ」

「危ないっ! それ危ないっ。うああああっ」


     *


 花染さんは、よせばいいのに、やっぱり心配だからって、月島の後を追いかけて行った。一人ぽつんと残された俺は・・・逃げなきゃ。だけどここで真面目な性格が災いした。パソコンに刺さったままのハート型USBメモリ。


 結局これが目的だったわけですよね? みんな忘れてるみたいだけど。だったらやっぱり、やりっぱは良くないでしょ。やりかけた仕事はきちんと最後まで。俺は「ハードウェアを安全に取り外してメディアを取り出す」ボタンを押した。


「USB大容量記憶装置の取り外し中にエラーが発生しました」


 は? これってどうすんだっけ? 俺はググった。ボタンを押した。ググった。ググった。ボタンを押した。ググった。・・・背後で冷たい声がした。


「痛いのは背中とケツ、どっちがいい?」

「ひいいいっ」


 両手を上げて、びびりつつゆっくり振り返ると、・・・南会長の満面の笑顔がまぶしい。直視できません。


「ちっ。一匹逃がしたな。まあいい。どっちにもりぶち込むか、迷わないで済む」

「ひいいいぃぃぃぃ」

「覚悟しろ。目はつぶってもいいぞ」

「痛いのやだあっ」

「う~ん。顔と腹、どっちにするかな? どっちも捨てがたい」

「いっそパソコンにぶち込んだらどうですか?」

「黙れ」


 そのときだ! 小さな金属音とともに、後ろから、彼女の頭に銃がぴたっと突き付けられた。


「油断したな。南会長・兼・演劇部部長・兼・〈P〉支部長。その物騒なものを捨ててもらおう」

「会長! 助かりましたっ」

「遅くなって悪かったな。だが〈ミレーマ〉は決して同胞を見捨てない。ふふっ」


 背後の尼僧ウサギが、口元から不敵な笑いを漏らした。かっこいい! だが、南会長は少しも動揺することなく、


「まんまとおびき出されたな。ウサギこと北高会長こと〈ミレーマ〉支部長ことただのバカ。ふん。お前らの低予算で銃が買えるはずはない。どうせおもちゃか水鉄砲ってとこだろう。いいかげん諦めろ」

「はは。さすがだ南会長。洞察力恐れ入る。これは確かに水鉄砲だが――」

「え? そうなの?」


 正直、俺は落胆した。はああ。やっぱりどんな高尚な組織でも、先立つものがないと・・・。


「――だがこっちが一枚上だ。うずらの卵が5個装填してある。生卵だぞ。この意味が分かるな? 三年に一度、晴れの文化祭のその当日に、自慢の黒髪を黄色いぐちゃぐちゃにされたくなければ、おとなしくその銃を渡せ」


 一瞬、南会長がひるんだ。だがそれは一瞬だけ。直ちに反撃に転じた。


「はっはっ。相変わらず笑わせてくれるな。だがそんな脅しは通用しないぞ」

「脅しじゃないぞ!」

「本当にいいのか? お前らゴミどもは、日ごろから『女子生徒の味方』を標榜しているじゃないか。そんなやつらが、公衆の面前で、いたいけな女子高生の美しい髪を、非道にも、ぐちゃっと汚していいのか?」

「うっ」

「そんな無残なことをされたら、純真な女子の心は深く傷つくぞ。一生のトラウマになるぞ。それでもいいのか? 目的と手段が矛盾してないか?」

「ショットガン構えてるくせに何が純真だっ」

「そうだそうだっ。卑怯だぞっ。だったら銛ぶち込まれる俺のトラウマはどうなるんだっ」


 俺も思わず加勢した。だが彼女は、自分の優勢を確信した余裕の顔で、


「それにだ。万一、卵にひよこが入ってたらどうなる? 動物虐待だ。幼児虐待だ。人でなしだ。保護団体から一斉にバッシングが来るぞ。世論の支持を失って、お前らの組織は壊滅だ」

「きさまっ・・・くそおっ・・・」


 ウサギが歯ぎしりした。え? 俺たちの負け? なんかあっけなくないですか?


「ようやくバカにも理解できたようだな。分かったら、さっさとお縄につけ。二人並べて沖合に沈めてくれるわっ。うわっはっはっはっはっ」


 彼女は勝利の笑顔を輝かせた。高笑いがひたすら怖いです。だがウサギは、


「そうか・・・。お前がそこまで言うのなら、やむを得ない。最後の手段だ。これだけは避けたかったが・・・」


 おっと! まだ勝負は終わってない! 諦めたら試合終了だからねっ。頑張れウサギっ。


「ふん。虚勢を張るのも大概にしろ」

「俺がどうしてこんな格好をしているか、分かるか?」

「ふん。変態コスプレ以外のどんな理由がある?」


 ウサギは、どす黒い心の闇を思わせる眼光を光らせた。腕時計をちらと眺めると、


「いいか。よく聞け。今まさに、第一体育館のステージで『尼僧物語』がクライマックスを迎えるところだ。今からこの衣装で乱入して、お前らの舞台をめちゃめちゃにしてやるっ!」


 意表を突かれた南会長は、さすがに青ざめた。血の気の引いた顔で、


「ま。待て。それだけはやめろ。あの舞台は演劇部の血と汗と涙の結晶だ。あの子たちが、どれだけ辛い稽古を積み重ねてきたと思っている? 頼むっ。それだけはっ」

「もう遅い。お前の蒔いた種だ。止められるものなら止めてみろっ!」


 走れウサギ! 北会長はあっという間に建物の陰に消えた。


「待てっ! きさまっ。絶対に許さんっ」


 南会長も、ショットガンを抱えたまま、急いで後を追って行った。


 ・・・俺はまたしても一人取り残された。はああ。今日一日で、寿命何年分縮んだんだろ。とにかく逃げよう。


 外では、何やら慌ただしい物音が続く。ここはやはり、当初の計画どおり行きますね。俺は迷うことなく廊下に飛び出した。パイプスペースを目指して。




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