表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
37/66

第8話 三五《さんご》の月(後編) ― 1

「残念だったな。下がれ」


 怒りを押し殺したハスキーボイス。殺意みなぎる眼光。俺たちは、迫力に気圧けおされてじりじりと後ずさった。もう言われる前から自発的に両手上げちゃってます。


「・・・本物じゃないよね? おもちゃだよね? 君みたいなかわいい子が、本物のショットガンとか持ったら危ないよ?」


 月島の殺し文句もいつになくキレがない。尼僧は後ろ手にドアを閉めると、油断なく銃を構えたまま、


「変態コスプレ野郎二匹か。聞くまでもないな。〈ミレーマ〉も落ちたもんだ」

「そういうお前だって同じ衣装じゃないか!」


 すると尼僧はむっとしたらしく、さっと頭巾を後ろに下ろして美しい髪をなびかせると、大見得を切った。


「私は演劇部部長だからな! 変態と一緒にされては困るっ」

「あ。そうなんですか? だったらもう時間じゃないですか? 舞台、始まってるのでは? 行かなきゃでは?」

「はは。そうね~ああ行かなきゃって、行くと思うか? バカが。私は生徒会長でもあるんだよ。忙しいから今回は出ないの! 急に代役が要る場合に備えて、これ着てるだけ。・・・ってえ! お前らに状況説明する必要などないっ」


 え? 読者のみなさん。こんな切羽詰まった状況ですよ? なのにあなたは問うの? それは美少女か? 美少女なのかと? ならば取り急ぎお答えしますよっ。美少女ですっ。しかもSたっぷり入ったお姉さん系ですっ。それ系属性の人にはたまらないと思いますっ。俺違うけどっ。


 ・・・ところでこういうときにこそ、冷静な態度が何より大事だ(と思う)。俺は希望を込めて、人質解放を交渉する感じで優しく語りかけた。


「ええと。でも今回のご用件は〈P〉がらみですよね? だけどいくら〈P〉でも、女子高生に本物の銃は支給しないのでは? やはりそれレプリカでは? 脅し用でしょ?」


 尼僧・兼・演劇部部長・兼・南高生徒会長は、鼻でせせら笑った。


「試してみるか? 安心しろ。確かに実弾は出ない。だが、糸の付いた針が大量に飛び出す仕組みだ。正式名称は『ストーカー捕獲用ミニ銛打もりうち銃』。命に別状はないが、服を貫通して、肉にかなりぐさっと来るらしいぞ。相当痛いらしいぞ。糸で引っ張られるしな。ユーチューブで見た。大の大人が嗚咽おえつしながら、のたうち回ってたな」


 残忍な笑みがまじ怖い。俺と月島は顔を見合わせた。・・・ん? ということは、二人は撃てない。一人がのたうってる間に、もう一人は逃げら――月島が一瞬早かった。


「会長! こいつ撃ってください! こいつがわるです。首謀者です。むちゃくちゃ極悪人。この地味~な顔見たら分かるでしょ? 見るからにカルトの顔です。狂信者の顔っ」

「会長っ! 俺がそんな人間に見えますか? 撃つならこいつの方ですっ。今すぐ撃っちゃってください。顔見れば分かりますよね? 堕落した人間のクズです。歩く〈ミレーマ〉ですっ」

「僕は悪くないです。通りすがりです。ちょっと手伝って、って言われたので親切で来てあげただけなんですっ」

「嘘つけ! あのね。こいつ実は彼女二人もキープしてんですよ。しかも両方美少女。許せないよね! しかもですよ。こいつの趣味、寝取りですよ寝取り! 絶対許せないよねっ。・・・あ思い出した! 〈P〉の上の人に言ってもらえますか? こいつの評価、絶対おかしい。レベル1のはずがない!」

「こいつこんなこと言ってるけど、自分はね、レベル3なんですよっ。おかしいよね。自分を棚に上げて人を陥れようとか、ヤバくねそれ?」


 南の会長は、素直に銃口の先をそっちこっち忙しく動かしていたが、やがてため息を大きく一つついて、


「さすが〈ミレーマ〉の豚どもだな。麗しい友情に涙ちょちょ切れだ。・・・おっとそっちの地味な方。何ごそごそやってる? ポケットの物を出せ」


 しまった!


「・・・やっぱりか。〈ボスが来たボタン〉だな。前のやつも同じの持ってた。押していいぞ」

「は?」

「3個セットなんだが、電池は別売りなんだよ。LR44ボタン電池3個必要。裏に小さく書いてあるだろ」

「・・・ほんとだ。しまったあ・・・」

「お前んとこの支部長、鋭そうな顔して実はただのバカだからな」

「あ! すいませんっ。忘れてました。実は俺、〈P〉のエージェントなんですっ。このライセンスが証拠でっ」

「今さらか? どれどれ。やっぱりな。偽造するんならもっと真面目にやれ。これインクジェットじゃないか。本物はレーザーだから。ご愁傷さま。じゃあイケメンをそこの椅子に縛れ」


 がっくりきた俺が作業を終えると、今度は彼女が自分で、俺を別の椅子に縛り付けた。


「処分は文化祭が終わってからだ。まあ拷問の後、沖合に沈めることになると思うが」


 気持ちよさげにそう言い捨てて、南会長は出て行った。


     *


 あああ。人生終わったあ。こんなバカなとこで。こんなバカなやつと一緒に。やっぱ慣れないことするんじゃなかった。法令遵守してればこんなことには・・・。俺の頬を後悔の涙が伝い落ちた。そのとき、


「情けないな山本くん。こんなことで泣いてどうする。そんなことだから、君はいつまでたっても、小市民寝取られ男から寝取り側に脱皮できないんだよ」


 月島の声が、いつになく余裕をもって頼もしく響いた。いや、でもここはその種の議論の場ではないんだが・・・。ひょっとして何か考えがあるのか? 腕利きの〈ミレーマ〉要員として、とっときの最終兵器があるのか?


「な、何か秘策があるのかっ?」

「ふふ。敵は油断したようだな。そろそろ僕らの実力を見せつけてやろうじゃないか。まずは、さっさとこの縄を解いて・・・あら?」

「ど。どうした?」

「山本くん。この縄きついぞ。ほどけないじゃないかっ」

「は?」

「ちょ! こういう場面じゃ、わざと緩く縛っとくのが基本だろ? 何だこの縛りは? ぎちぎちじゃないかっ」

「・・・あ。ごめん。つい、内面の憎悪が指先に出ちゃって・・・」


 月島が突如うろたえた。やっぱり最終兵器とか別になかったんですね。


「バカかよ! どうすんだこれ! だったらお前が縄抜けしろよ! ちゃんとバカの責任取れっ」

「いや無理ですこれ。あの人、ぎゅむぎゅむに縛って行きましたから。ぐっと力入れたとき、ちょっとお胸が俺の背中に当たったりして。ふ。あとシャンプーもちょっと攻撃的な香りで」

「・・・死ねよ」


 部屋を重苦しい沈黙が支配した。やがて月島が重い口を開いた。


「山本くん。これが最後かもしれない。もし万が一、君が生き延びたら、後世に伝えてほしいことがある。僕の遺言と解釈してもらって構わない」

「何だよいきなり。やめろよ。お前が死ぬのは正しいと思うが、そんなフラグ立てて、俺にまで、とばっちりが来たらどうすんだよっ」

「まあ聞け。僕が今から話すのは――」

「懺悔するのか? 死期を悟ってようやく真人間になるのか?」

「――〈寝取り三原則〉についてだ。僕の豊富な経験が、きっと人類のために役立つはずだ」

「・・・は?」


 俺はうんざりした。ここはその種の議論の場ではないはずだっ。


「そのうちの一つについては、前に語ったよな。覚えてるか?」

「覚えてないけど繰り返すな。聞きたくない」

「あと二つある。知りたいと思っている人も多いだろう」

「いやいない。言うな! この状況じゃ耳ふさげないだろうがっ」


 月島は状況の深刻さをものともせず、熱く語りだした。やだっつってんのに。


「その二。寝取りに無縁な恋愛など存在しない。すなわち寝取りは恋愛の本質だ」

「なわけないだろ。でも議論とかしないぞ。無視するっ」

「なぜなら、どんならぶらぶカップルでも、二十四時間、相手を監視することは不可能だからだ。見ていないときに相手が何をしているのか、知る手段はない。個人が相手の心理や行動を把握する際には、必然的にギャップが生じるんだ。その間隙に忍び込むのが寝取りだ。だから、どんな恋愛でも寝取られの危険性は常にある。シェークスピアも言ってるだろ? 弱き者、汝の名は女なり。女は全員、寝取られ願望があるって意味だ」

「いやそれ学者が聞いたら怒るぞそれ」


 フェミニストも激怒だぞ。てか、この瞬間、地球上の全女性を敵に回したんじゃねこいつ? あ。でもこれは月島の個人的意見であって、俺こと山本の見解をいかなる意味でも反映するものではありません。そこんとこよろしくご理解お願いしますね。


「そしてその三。聞きたいよな?」

「言うな」

「これはすごいぞ。〈寝取り男〉と〈寝取られ男〉の定義。人類の二つの類型タイプというか、カテゴリー分類だな。僕の偉大なる発見。ウィキペディアにも載ってないぞたぶん」

「要らん」

「この二種類の人間を区別する最大の特徴は何か。分かるか?」

「そんなの明らかだろ。まともな人間と鬼畜。模範的市民と最低のクズ。それだけだろうが」

「はは。それだから君は。何度でも言おう。寝取られ男確定だな」

「違うって言ってんだろ!」

「じゃ君は寝取り男なのか?」

「侮辱するのも大概にしろよ。俺がそんなゲス野郎なわけがないだろっ」

「なら寝取られ男じゃないか。消去法」

「お前の世界にはその二つしかないのか?」

「むろんだ。男の世界にはこの二つしかない。二つで充分だ。寝取るか寝取られるか。そして、恋愛の資格があるのは前者だ。寝取られ男に資格はない。ゆえに君に恋愛の資格はない」


 温厚な俺もさすがに切れた。何言ってんだ偉そうに! ちょっとイケメンだからって調子に乗るんじゃねえ。ちょっと美少女2名キープしてるからって。ちょっとステージ3の写真いっぱい集めたからって。ちょっと・・・はあ。なんか、言ってて萎えてきた自分が悲しいけど。


「・・・なぜそうなるの? 俺だって、まあ地味だけど、でも人並みに恋愛ぐらいしたっていいじゃないか。でしょ? ね?」

「地味とか派手の問題じゃないんだ。要は人間としての、互いに相容れない、二つの類型タイプの問題だ。いいか? 〈寝取られ男〉は、どんな場合でも決してリスクを冒さない。常に法令を遵守する小市民だ。だから寝取られても、彼女さえ幸せならそれでいい、とか何とか言い訳を言って、泣き寝入りするだけだ」

「そ。そうかも――いやっ! 断固否定するっ」

「対するに、〈寝取り男〉は、たしかにクズかも知れないが、目的のためにはリスクを恐れない。身の破滅を恐れない。手段を選ばない。モラルを無視する。法律を無視する。騙す。脅す。酒を使う。媚薬を使う。睡眠薬を使う。もう何でもありの世界だ」

「おいっ! まさかお前――通報するぞっ」

「はは。例えだよ。ものの例え。だが、リスクを恐れて恋愛はできない。そんな甘いもんじゃない。恋愛は全てを超越する。安全な恋愛、健全な恋愛、殺菌消毒された恋愛なんてのは、単なる勘違いだ。真の恋愛とは、全てを犠牲にする覚悟のある、恋愛至上主義者にのみ開かれた、この世の王国キングダムなのだ!」

「まじですかっ」

「そして、〈寝取り男〉こそ、恋愛至上主義者と同義なのだよっ。ラディゲを読め。あれのどこにモラルがある? 寝取り男だ。クズだ。だがダークヒーローなのだ。そこにこそ恋愛の本質があるのだ。人生の本質があるのだ。真の美があるのだ。だからこそ、NTRゲーは万人に支持されるのだよっ」

「いやっ! 少なくともその最後のとこ、明らかに違うからっ」


 そのときだ! 廊下の方で物音がした。ぎょっとして目をやると、引き戸の摺りガラスに人影が見えた。


 尼僧ではない。ということは、南の会長でも、〈ミレーマ〉支部長の救援でもない。・・・まさか拷問班か? もはや絶体絶命。嫌だっ。まだ死にたくないっ。助けてえっ。沈めるなら月島だけお願いしますっ。


 引き戸がゆっくりと開いた。




評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ