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第7話 三五《さんご》の月(前編) ― 1

三五さんごの月:中秋の名月のことだそうです。


 書いてる時の作業BGMは ClariS 「シルシ」でした(爽やか!)。脳内妄想アニメの2ndOPですね(笑)。


**********


 〈なろう〉読者のみなさんこんにちは。お元気ですか? お久しぶり。おなじみ大バカ野郎の山本です。しばらく更新が滞っていてごめんなさい。ってのも、ちょっとショックで寝込んだりしてたもんですから。まあただの夏バテって話もありますが。あとタピオカをヤケ飲みしたってのもあるかも。


 新学期が始まって、みんなはすっかりリフレッシュした顔で、勉学に部活にと、充実した毎日のようですね。俺だけゾンビみたいに、へろへろ校内を漂ってる感じですけど。・・・あっ。あれは、もしや月島くんじゃないですか? 俺の一番の友だちです! 心の友です!


「月島くう~んっ! お~い!」

「またかよ山本くん。正直うざいんだよ。あっち行ってくれよ。しっしっ」

「そんなつれないこと言わないでよお。親友でしょ?」

「軽く違うから絶対」

「だって月島くん! 花火の日に、あんなに俺のこと、叱咤激励してくれたじゃない。俺、正直、月島くんのこと誤解してた。熱い友情に感謝ですっ。覚えてる? ミカさんが俺に惚れてるって、断言してくれたよね? 絶対確かだって。俺の目に狂いはないって。ジゴロ人生を賭けてもいいって」

「そんなこと言ったかなあ」

「ありがとう! あれで俺救われた。あれがなかったら、俺、たぶん欄干から踏み出しちゃってたと思う」


 でも月島くんは冷たい顔で、


「それ、その場にいても僕はあえて止めなかったと思うけどね。でもね山本くん。結局君は、彼女をものにできなかったんだろう? だからね、約束どおり、僕は君を男として認めてないから。じゃ。あっち行け。しっしっ」

「そんなあぁ。いくら何でも無理だよ。あの人混みでっ」

「言い訳は顔だけでいいから。男と女はね、結果が全て。テニスと同じ。まあ君には分かんないだろうけどさ。だいたいさあ、あの日から今まで何してたの? まさかただ、うちで泣いてたとか?」


 くそっ。月島くん。あんまりバカにするなよなっ。


「ちち違うよっ。ちゃんと毎日チェックしてた。今日もやっぱミカさんにブロックされてるかな? って。4種類のチェック。毎日3回ずつ」

「・・・すごい努力だね山本くん。だけど僕なら当然、彼女の家まで押しかけていくね。やっぱりこういうのは、ケータイとかじゃなく直接話さなきゃって」

「もっもちろんだよ! だけどお父さんが出てきちゃったらどうする? 何て言えばいい?」

「ちゃんと自己紹介すればいいじゃないか。花火大会の夜に、大切な娘さんの心をズタズタにもてあそんだ山本です! よろしく! って」

「・・・」


 月島くんは、あからさまな侮蔑の表情で、


「行ってないんだ?」

「行った! 思い切って行ったよ! ちゃんと行った!」

「ほお。ちなみに何回ほど?」

「9回。・・・でも思い切ってピンポンを押せたのは4回」

「・・・で?」

「返事はなかったけど。たぶん留守だったと思う。いや絶対留守だった。3回は夕方で、部屋に明かりついてて、人影が見えたけど・・・でも絶対留守・・・」

「・・・もういいよ山本くん。聞いててこっちが辛くなる。もういい」

「もうどうしたらいいか分かんないよお。君ならどうするの? 経験豊富な月島くんのアドバイス、ぜひお願いしますっ! 何でも相談してくれって言ったじゃない。俺に任せろって」

「言ってないし。それに返してもらったタピオカぬるくなってたし。でもアドバイスならあるぞ。もう無理。諦めろ。そもそもあんな上玉を邪険に扱うとか。君ごときが。勘違いもいいとこ」

「そんなあっ。そこをなんとかっ。お願いしますよっ」


 月島くんはすがりつく俺を振り払いつつ、


「しょうがないなあ。・・・あのな山本くん。君はなんか誤解してるようだから、僕の立場ってものを、きちんと説明してあげる必要があるようだね。ちょっと内密の話だから、そうだな・・・昼休みに、屋上で。弁当持参で」

「え? でも屋上は閉まってるよ。飛び降り防止で」

「合鍵作っといたからね。何かのときに使えるように」

「何かって・・・お前まさか・・・女と・・・」

「じゃ。離れろ。もう話しかけないでくれ。情けなさが伝染うつる」


     *


 屋上へ出るドアは、確かに鍵がかかっていなかった。俺は、恐る恐る重い鉄の扉を押し開けた。そして驚愕した。


 学校の屋上といえば、傷心の生徒が迷わず飛び降りたくなるような、殺風景で灰色のコンクリート風景が定番。のはずだったんだが・・・。


 一歩踏み出した俺の目に飛び込んできたのは、それとは真逆の世界。色鮮やかなパラソルが三つほど並び、その下にビーチチェア。そこだけもろ南国高級リゾート、プールサイドの風情だ。油断すると、今にも癒し系BGMが聞こえてきそう。どうなってんのこれ? さすがに日光浴しているやつはいないが。


「山本くん。こっち」


 月島くんが、奥のチェアから顔を出して手を振った。行ってみると、悠然とカクテルかなんか飲みながら、豪勢な弁当を食っている。海パンじゃなく夏制服ってのが妙にミスマッチだが。


「ピニャコラーダだよ。ノンアルだけどな」

「すごい弁当だね!」

「イタリアンハンバーグ。静香の差し入れ。いいっつってんのに。まあ〈ロコス〉のテイクアウトなのは丸分かりだけどね。それにしても、これはさすがに勘弁してほしいぜ」


 逢魔先輩。いじらしい気持ちは分かるんですが、でもこれに関しては、俺も月島くんと同意見です。海苔佃煮でハートマークは、ちょっと・・・見ただけで口の中がしょっぱい。


「食べながら話そう。時間あまりないし。山本くんは――コンビニおにぎりか。わびしいのう」

「・・・ここすごいね。びっくりだよ」

「これか? 僕も最初驚いた。疲れた教師どもの、ささやかな憩いの場だな。うまく考えたよな。ちょうど向こうの屋上から死角になってるし」

「まずいんじゃない? 先生に見つかったら――」

「大丈夫。昼とか絶対来ないから。向こうも生徒に見られたくないし。あいつら授業の空き時間専用」

「なるほど」

「冷蔵庫もあるんだぜ。そこ。何か飲む? いろいろ入ってるよ」

「いいの?」


 俺は、小型の冷蔵庫から「飲むヨーグルト・ストロベリー味」を出した。ええと――なんかマジックで書いてある。「白鳥私物・飲んだら殺す」。・・・俺はそっと冷蔵庫に戻した。


「で、月島くん。話っていうのは?」

「実はだね。僕のちょっとした秘密を打ち明けようと思ってね。言う気はなかったんだが、君が、あまりにもうざいから」

「ひどいなあ。親友に向かって」


 月島くんはもったいぶった顔で、


「・・・まあ聞け。たぶん君の態度も変わると思うよ。実は僕は、・・・人に言えない性癖を持っている。属性というか」


 俺は驚愕した。


「ええっ!? 月島くんっ。君って・・・ゲイだったの?」

「山本くん。いいか。はっきりさせとくぞ。僕は、昨今のLGBTムーブメントを100%支持する者だ。だがストレートに言う。僕はゲイではない。ストレートだ。がっかりさせて悪かったな」

「がっかりとかしてないから別に」


 月島くん。ちなみにそれはダジャレなのか? 俺は笑うことを期待されてるのか、ここで? とりあえず読者の腐女子層に土下座して謝れ。一瞬期待しちゃっただろうからなっ。


「・・・じゃあ何なんだよ、いったい?」


 月島くんはさらにもったいぶった顔で、


「うむ。ここで一つ質問をしよう。写真部の君なら分かるはずだ。女性の美についてだ」

「は?」

「まあこれを見てくれ」


 ケータイで一枚の写真を出して見せた。


「えっと・・・これはたしか・・・君の元カノの・・・」

「覚えてるだろ? 二中のナミちゃんだ。かわいいよな?」

「うん」


 見せつけるなよなっ。でも月島くんはお構いなしに、


「だけどまあ、普通のかわいさだ。ステージ1と呼ぼう。じゃ、この写真はどうだ?」

「・・・おおっ!」

「同じナミちゃんだ。だけどまるで別人だろ? 真正の美少女。花開いた感じ。ステージ2だ」

「確かにっ」

「さっきのは彼氏ができる前。これは彼氏ができてらぶらぶの顔。いわゆるビフォーアフターだな。恋愛は女を美しくする。分かるな?」

「なるほどっ」

「じゃあこれはどうだ。またナミちゃんだ」


 俺は息をのんだ。


「こっ・・・これはっ・・・うおおおおっ」

「分かるよな? 写真部でなくても一目瞭然だ。ステージ3。究極の美だ。美少女の頂点だっ」

「・・・これって・・・まさかっ」

「そのとおり。これは、彼女が彼氏を捨てて、僕に走った瞬間のショットだ。どうだこの匂い立つような艶めかしさ、美しさ。最愛の彼がいるにもかかわらず、僕に愛され僕を愛してしまった苦悩と陶酔。後ろめたさ。後悔。そして、そんな背徳感をも、自らの運命として、毅然と受け入れてしまう高貴なる精神。許されぬ愛に殉じる決意。その全てが、この一瞬の画面に凝縮されているのだよっ。分かるかっ山本くんっ!」

「うおおおおっ・・・何て残酷なっ・・・ふつくしいっ」

「そのとおりだっ。残酷だ。そして僕にとっても残酷なんだっ」

「え?」

「僕はだ! 山本くん。このステージ3の美を知ってしまった僕は、もうそれなしではダメなんだ! それなしでは生きられなくなってしまったのだよっ」

「と言いますと?」

「つまり僕は。一言で言って・・・僕は〈寝取り〉属性なんだよっ」

「・・・はあ?」


 俺は唖然とした。


     *


 月島くんは無邪気ににっこり笑って、


「知らない? 〈寝取り〉属性。有名だよ最近。みんな知ってるよ。英語でNTR」

「知らんし! それに絶対英語じゃねえからそれ」


 俺は急激に冷めていた。


「・・・そもそもその用語ダメだから。全年齢対象ラブコメで使用禁止だからそれ。『寝』って字が入る時点でアウトだから。即、不純異性交遊になっちゃうからそれ」


 だが月島くんは食い下がった。


「僕だって、別に『寝』にこだわるわけじゃないよ。問題の本質は〈美〉と〈魂〉の関係なんだ。プラトニックでも構わないんだ。・・・だけど〈寝取り〉〈寝取られ〉――この用語、インパクトあっていいと思うけどなあ。じゃあ山本くんは、この崇高な概念を、何て呼べば満足なんだ? 国語得意なんだろ?」

「改めてそう言われると・・・そうだな・・・例えばだな。〈略奪愛する人〉〈略奪愛される人〉」

「だるすぎ」

「〈略奪者〉〈被略奪者〉」

「単なる強盗だろそれ」

「〈取り〉〈取られ〉」

「言う前に考えろよ妥当性を」

「〈プラトニック取り〉〈プラトニック取られ〉」

「長い」

「〈プ取り〉〈プ取られ〉」

「言ってて恥ずかしくないのか?」

「〈彼女取り〉〈彼女取られ〉」

「不必要に性別を指定すると抗議が来るぞ」


 ・・・もうめんどくさい。もういいや。ってことで、読者のみなさん。この後〈寝取り〉〈寝取られ〉なる言葉が出てきたら、『寝』は無視してもらって、実はプラトニックなものを意味しているんだ、と、そう暗黙の了解をお願いしときますね。


「つまり月島くん。中学時代のあれ。あの略奪愛連続犯も、その属性のなせる業だったと?」

「よく分かってるじゃないか。お陰でステージ3がいっぱい集まったよ」

「だがそれって最低だぞ! 女性の人格を著しく毀損してる。女子を物扱いしやがって。トレカみたいにっ」

「おおっと山本くん。言葉を慎めよ。物扱いだと? とんでもない。言っちゃなんだが、僕ほど女子を幸せにしてきた男はいないと自負してるんだぜ。この写真を見てくれ! 全部ステージ3だ。最高の美がここにある。これが不幸の顔か? 彼女たちは、みんな、人生最高の輝きを手に入れたんだっ。見ろよほれ。ほれっほれっ」

「うおっ。ふつくしいっ。うおおっ」

「ほれっ。これも。ほれっ」

「うおおおおっ。ふつくっ。うおっうおっ」


 くそお月島くん。さすが口八丁手八丁。変に納得してしまう俺がここに・・・。あれ? だけど、それって・・・。


「ということは・・・あの花火の夜も・・・」

「そう。よく気がついたね山本くん。ミカはまだ片想い。まだつぼみ状態。ステージ1.5の段階だ。君の尻を叩いてミカを追わせたのも、さっさとステージ2へ上がってもらうためなんだ」

「き・・・きさまっ・・・急に悔い改めて、真人間・熱血好青年に生まれ変わったと思ったら。・・・たしかにどっかおかしい気はしてたが。性善説と熱い友情を信じた俺がバカだった!」

「人聞きが悪いなあ。僕は元から真人間。善き人だぞ。僕を突き動かすのは、無私の心――女性への奉仕精神だ。・・・まあないとは思うが、万一、ミカと仲直りできてらぶらぶになったら、その時点で知らせてくれ。そしたら僕が寝取る。最高のステージ3をプレゼントしてあげようっ」

「この外道があああああああっ!」

「本来こんなことは、君に言うべきじゃなかったんだけどね。寝取り三原則その一:寝取りは秘密裏に行うべし。だけど君の場合、正直、もはや無理ぽだからな。彼氏候補脱落は、既定事実だ。よって実害はない」

「くそおおおおっ」


 否定できないのが自分でも情けない。月島は弁当のハートマークを一口頬張ると、しょっぱい顔をして、


「ところで別件だが――みどりのこと、なんか知ってるか? 最近、妙によそよそしいんだ。花火の後。・・・ひょっとして、花火来てたのかな? あの晩、みどり見かけなかったか?」

「知らん」

「まあいい。とにかく、これで僕の崇高な理念は理解してもらえたと思う。分かったら、もう付きまとわんでくれ。それでなくても、最近、何となく誰かに見られてる感じなんだ。気のせいか・・・なんか上から目線で。真上から見おろされてるっていうか――」

「知らんっ」




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