第6話 空蝉《うつせみ》 ― 1
空蝉:「現世」、または「蝉の抜け殻」の意味だそうです。
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運命の日が近づいている。
別名水着回。別名プールデート。本来ならば、恵まれない俺の慎ましい人生で、生涯最高の一日になるはずだった。ところがその日を前にして俺はガタブル状態。組織とやらの仲間割れのせいで。くそっ。
まあ、ミカと適切な距離を保ってさえいれば、何千人パパラッチが潜もうが関係ないわけだけど。・・・でも。でもですよ。俺には自信がない。自分に責任がもてない。あの美しいミカさんが、目の覚めるような水着で(しかも至近距離で!)ご登場される瞬間。もう想像しただけで鼻血。我を忘れてむしゃぶりついてしまう可能性が否定できません!
だが、あたらこの若き命を、みすみすジェットスパに散らしてなるものか! 俺は必死に自衛策を練った。そして閃いた。これだこれしかない!
「お~山本くん。珍しいね、そっちからって。あ。こないだは助かったよ。相談して正解。心がすっきり晴れた感じ。自分に自信がもてた。感謝感謝!」
花染さんはいつもの元気を取り戻したようだ。人助けって気分良いですね。
「花染さん。実は折り入ってお願いがございまして」
「はいよ。お安い御用だ! 何だい役人?」
「一緒にプール行ってくれませんか?」
「・・・なっ! なっ。あんた暑さでおかしくなったの? 正気か? ミカというものがありながらっ」
「ですからミカさんも一緒に」
「それを先に言えっての。・・・だけどそれも変だろ。らぶらぶカップルって、普通二人で行くもんだろ」
「それがですね。お願いというのは、正にそこなんです。プールとか海の男女って、ラッキースケ――もとい、意図せぬ不本意な接触事故って、ありがちじゃないですか。それを予防したいんですよ。つまり、花染さんに『接触事故監視員』を依頼したいんです。ライフセーバーならぬラッキーセーバーとでも申しましょうか」
さすが俺。素晴らしいアイディアだろ! だが花染さん側の感動は特になかった。
「前から思ってたんだが、あんたらほんと、よく分かんないバカップルだね。バカなのは一方的にあんたの方だけど。普通そういうのは、男が喜ぶもんじゃないの?」
「いや、そんなことは決してありません。それ花染さんの偏見です。誤解です。男が全部スケベってわけじゃないですよ。例えば俺。いつもミカさんの身になって考えてますからね。うら若き女性に、そんな不愉快な事案が発生してはならないっとっ」
「自分で気をつけりゃいいだけじゃん」
「そっ。そこが素人の甘さです。自分で最大限用心していてもですよ、不運は降ってくるものなのです。保険のCMでよくやってるじゃないですか。第三者の抑止力が必要なのですっ」
「・・・なんか無理してない? なんか隠してない?」
「まったく何も隠してません。あ。それとですね。ミカさんには、俺のこの深~い心配りのことなんか、別にお知らせしなくてもいいと思うんです。男の優しさって、これ見よがしにじゃなく、さり気ない方がやっぱク~ルだと思うんですよね。なので花染さんは、たまたま偶然会ったっていう感じで。そうお願いしたいと」
花染さんはもう理解を放棄した面持ちで、
「う~んよく分かんない・・・まあいいけど。あんたにはいろいろお世話になったし。プール嫌いじゃないし。ミカも一緒なら楽しいだろうし。要するにだ、あんたがミカにえっちなことしようとしたら、即ぶちのめす。そういう理解でいんだよね?」
「いやその理解違ってますっ! ただ優しく止めてもらえたら、それでっ」
「いやいや遠慮すんなって。そういうむっつり最低野郎はぶちのめすのが王道。あんた前科あるし。ベッド下から『ばあ』とか」
「・・・いや! でも。いちおうセーバーなんで。デストロイヤーじゃなく」
「両方任せといて! 報酬は――そうねえ。クレープ2個でいいよ。高いやつね。あと、月島くんも」
「ありがとうございますっ。・・・へ? 〈月島〉味のクレープってありましたっけ?」
「はは。面白いね山本くん。ウケる」
え? それって・・・。
「ま。まさかっ」
「せっかくだから月島くんも誘ってよ。いいじゃない。親友だろ?」
「鋭く違います。それに花染さん、耐え忍ぶことに決めたんじゃなかったですか?」
「もちろん女子に二言はないですよ。絶賛耐え忍び中。でもこれって別枠じゃん? 誘われて何の気なしにプール行ったら、偶然、彼も来ていた。偶然目が合った。偶然仲良く泳いだ」
「偶然プールの底に沈めちゃっていいですよっ」
・・・絶対やだっ。月島には絶対ミカの水着姿とか見せたくないっ。てかプールに来るのは、俺以外、全員女子でいいっ。
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「あ。山本くん? 今誰かと――何でもない。あのね。プールのことなんだけど・・・」
「ミカさん! すごく楽しみにしてますっ」
「それが、実は・・・」
え? 中止とか? めっちゃ残念だけど、命救われた?
「あの。あのね。うん。最初はね、山本くんとふたりでって思ったんだけど。でもね、よく考えたら、やっぱりちょっと大胆かなって。別に変な意味じゃなくて。ただ誰かに見られたら、やっぱり噂になっちゃうかなって」
「なるほど」
嗚呼。水着回が消えてゆく。でもまあ考えてみたら、こんな夢のような話は、現実にはあるはずもなく・・・。
「それでね、もう一人誘っちゃった」
「は?」
「あかねさん。この間のお礼もあるし。それに三人なら、見られても恥ずかしくないし」
「なるほどっ」
「・・・でも後で、しまった! って、ちょっと思って。勝手に決めちゃって。山本くん、気を悪くしちゃうんじゃないかなって思った」
「いやっ。別に全然いいすよそんな」
「山本くん、ふたりの方が良かった? ごめんなさい、私もほんとは――」
「いやほんとに。全然大丈夫だから俺」
「そう・・・ならいいんだけど・・・」
ミカの声は、ちょっと力ない。そりゃ俺だって、諸事情さえなければふたりがいいっす。ふたりで無人島行きたい。もう。とかくこの世は住みにくい。・・・ところで、新雪さんの水着って、(むふ)どんな感じですかね?
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「おう山本。いよいよ今度の日曜だな。決戦のときだ。命日とも言うが」
「白鳥先生。どうして日をご存じで?」
「あいかわらず甘いな。ご令嬢がネットで予約を入れた時点で、組織には筒抜けだ」
「ひえっ」
「いいな。ぬかるなよ。厳重警戒だ」
「もちろんです。ちゃんと手は打ってあります」
「・・・変な手じゃなきゃいいがな。それと山本。別にお前を信じないわけじゃないが――」
「は」
「私も行くぞ」
「はっ?」
「いちおうお目付け役というか、相談役だな。その名目で予算出た」
「パパラッチ、全員射殺してくれるんですね?」
「それはない。ジェットスパ、好きだからな。汚したくない。お前が浮いたら、仰向けにひっくり返すぐらいはしてやってもいいぞ」
つ、冷たい・・・。でも白鳥先生の水着、ちょっと楽しみです。・・・あれ? ってことは、今度の水着回、主要キャラ、全員勢揃いじゃないですか! あとは逢魔先輩ぐらいか・・・ってえ! パパラッチ大集合だろ! 来ない方がおかしい! いったいどうなるんだこれ?




