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5 ― 4

 ケータイが鳴ってる。美少女からの電話なのに。本来、狂喜すべきなのに。取るのを躊躇している俺が・・・あれ? デジャブ。でも今回はミカからです。俺、震えてます・・・。


「山本くん? あの。この間のことなんだけど・・・」


 とりあえずほっとした。少なくとも、いきなり電話口で罵倒されることはない模様です。よしっ。この隙に謝り倒す! 首の皮一枚のアンバサダーを、何とかつなぎとめるよ!


「ミカさん? 昨日はごめんなさいごめんなさいごめんなさいっ! 激怒なさるのも当然です! ですがわざとじゃないです! 不慮の事故だったんです!」

「ああ。・・・あれね。・・・まあそれはいいんだけど・・・」

「いや良くないですっ。わざとじゃないとはいえ、不慮の事故だったとはいえ、ミカさんにあんなことしちゃうなんて!」

「いえ・・・それ、ほんとにもういいから・・・」

「あんなふうにっ。横になって、ミカさんの体にべったりぴったり密着とかしちゃって! ほんと俺、万死に値しますっ」

「ああああなたねっ。そんな具体的に描写しなくていいからっ。思い出させないでよ!」


 ミカの声が上ずった。しまった! 薮蛇だった? ミカの機銃掃射が火を噴いた。


「だいたい、もうね、冗談じゃないわよ! あの後、あかねさんの誤解を解くのに、私がどれだけ苦労したと思ってるの? ああいうの困る! ほんと困るから。特に、あかねさんとか、人のいる前であんなことするのって絶対ダメだから。人に見られたらどうするの! 絶対困る。もう困る。私、すごく困りますからっ」


 怒りはさらに加速して、


「それに、せっかくの蛍が台無しじゃない! せっかく感動してあげたのに。私、これからの人生、蛍のこと思い出すたびに、山本くんの顔がアップで出てきちゃうじゃない! どうするのこれ。どう責任取るつもり?」

「すいませんすいませんすいませんっ」


 ここでミカはようやく一息ついた。声がちょっと柔らかくなって、


「・・・でも。あの。私も、ちょっと言い過ぎたかなって。あのときは思わず怒鳴っちゃったけど。でも後で、車の中で考えたら、山本くん、私をかばおうとしてくれたのかなって。結果バカだったけど。山本くんバカだけど。でもバカはバカなりに、一所懸命だったのかなって、そう思って。だから、あんな風に怒るべきじゃなかったかなって」

「ミカさんっ。ありがとうっ。分かってくれたんだね。分かってくれると信じてたよ! 俺はっ・・・俺はっ・・・」

「まあ、でも、泣いたってバカのバカ度が中和されるわけじゃないから。そこは誤解のないように」

「ははあっ」

「・・・あああのね。でも。今日電話したのは、そのことじゃないの。その件じゃなくて――」

「へ?」


 まだあったの? お怒りの火種? 今度は何だ?


「あの。・・・こないだのバスの件」


 それだったか! 忘れてなかったんだ・・・。


「山本くん。やっぱり聞こえてたんだよね? 私たち話してるの」

「いや! ほとんど! ほとんど聞こえてませんでしたっ。ただ一言二言。ちょっとだけ。微かにっ」

「・・・あの・・・」


 ミカは大きく息を吸い込むと、


「あの! あれ全部嘘だから! 私、山本くんのこと、全然そんな風に思ってないからっ」

「ツアーガイドじゃないの?」

「そこじゃなくて――」

「ボディガードでもないと?」

「それは合ってると思う。だって守ってくれたから。私が言ってるのは――」

「あ! げぼ――」

「そうっ! それっ。それなの。でもそれ、本心じゃないから! 私、なんであのときあんなこと言ったのか、自分でも分かんないの。そんなこと、考えたこともないから。本当です」

「いや別に大丈夫だから。全然気にしてないし」


 いや、ほんとはむちゃくちゃ気にしてたけど。


「でもっ。でも山本くん、思ったんじゃない? 私が普段から、陰で山本くんの悪口言いふらしてるんじゃないかとか。そんなこと全然ない。全然ないから。・・・信じてもらえないかもしれないけど。今さら。・・・だけど、どうしても言っておきたくって。信じてほしいの。私、山本くんに、そんな女だって思われたくないっ」


 語尾がちょっと震えた。いいなあ。お嬢さまの懇願モード。俺、ちょっと偉くなった気分。錯覚だけど。俺の声は自然と、野太いワイルドヒーロー調になった。


「いやああ。はっはっはっはっはっはっ。バカだなあミカは。そんなこと気にするなよおぅ。俺が、そんな器の小さい男だと思うか? はっはっはっはっはっはっ。そんなこと1ミリだって気にしたことないさ! それに、ミカがそんな女だとか思ったこともないぞ。疑ったことなんて一度もないしな。ほんとバカだなあミカは。はっはっはっはっはっはっ」

「ならいいんだけど! 良かった。・・・でもどさくさに紛れて、私をバカバカ言わないでくれる?」

「すいませんすいませんすいませんっ」

「・・・それでね。山本くん。あの。・・・北高、休みはいつから?」


 ミカの声が明るくトーンを上げた。いいね! 夏休みの話は楽しい!


「休み? ええと。期末が終わってから終業式だから、たしか――」

「予定ある? 旅行とか?」

「あー。たぶんない。残念ながら。うち、課題の量、半端ないし」

「私も。いつもなら、パパにくっついてヨーロッパとか行くんだけど。今年は引っ越してきたばかりだし、ちょっとこの街にも慣れようと思って」

「そうなんだ。そりゃ良いですね。だったら大自然ツアーどうですか?」


 チャンス! 俺はここぞと営業を掛けた。


「うん。私もそれ考えてた。いろいろ相談したいなって。それとね、・・・あの・・・」


 ミカが言いよどんだ。悪い予感。


「・・・プール行かない? 夏だしっ」

「・・・へ?」


 予感外れた! てか耳を疑う。今、何とおっしゃいました?


「えええええっ! プール、すか?」

「・・・なに驚いてるのよ。そんな驚くこと?」


 いやマジで驚いてます。まあ確かにアニメなら、お約束ですよね。欠かせない水着回。プールか海。だがしかし、これはリアル。リアル世界において、なんと、こともあろうに、男子からじゃなく女子からプールのお誘い。これはどう解釈すれば?


 だって、プールにせよ海にせよ、これが泳ぐための場所でないのは明らかですよね。泳ぐのなら、自分ちの風呂で泳げばいいわけですから。これは明らかに、水着を鑑賞するための場所。常識ですね。


 ・・・ということはですよ。ご令嬢のこのご提案というのは、すなわち「山本くんに、ミカの水着姿をじっくり見てほしいのっ」っていう意図じゃないですか? それ以外の解釈はあり得ませんね! お嬢さまっ。なんと大胆な!


「ミカさん! いいいいいいんですかそんな? 相手が俺なんかで?」

「なんかリアクションがキモい。何考えてるのよ?」

「いや! 考えるも何も、明らかじゃないですかっ」

「全然明らかじゃない。全然イミフ。・・・うちのパパがね、県の偉い人から〈健康パレス〉のチケットもらったのよ。プールとか温泉とかの。知ってる?」

「ああ。空港のそばの・・・」


 そう言えば〈健康パレス〉は、たしか県の総合施設だったはず。プールだけじゃなく、トレーニングジムとか温泉とかサウナとか体育館とかが勢揃いした、かなり豪華な建物だったと思う。一度ぐらい行ったことあったっけ? ちょっと遠いんだよな。タダじゃないし。


「パパは例によってそんな暇ないし。だから、友だちと行ってくればって、私にくれたの。ついでに建物の写真も撮ってきて、って頼まれたし。それでね、南高の友だちも誘ったんだけど、けっこうみんな忙しいみたいなの。旅行とか。部活とか」

「なるほど」

「それでちょっと思いついて、山本くんどうかなって思って。興味があればだけど。この街いろいろ案内してもらってるから、そのお礼もあるし。それに・・・この前のバスのあれ。あれのお詫びっていうか。やっぱり。ね。どうかな?」


     *


 うふ。


 うふうううううっ! もう期末の勉強どころじゃない。ミカと出会ってまだ二か月なのに、思い返せば、もう超濃密な、アニメ的キラキラ青春ライフがばむばむ続いちゃっている。そして今回は、その極めつけ! 水着回です! プールデートですっ。どうですこの躍進ぶり。自分でも信じられません!


 ミカって、どんな水着着てくるんだろ? やっぱりモデルみたいなスタイリッシュなワンピースかな? それとも、もしや大胆お嬢さまのビキニとかっ? うわ鼻血が。問題集にしたたる。数式が鮮やかな赤に染まってゆく。俺が鼻にティッシュを詰めていると、ケータイが鳴った。


「あ白鳥先生。どうも。あの。こんな時間に何か? こないだの報告書は、ちゃんと出したと思うんですが・・・」

「おう。読んだぞ。なかなか順調じゃないか。その調子で頑張ってくれ」

「ありがとうございますっ。今後ともご指導ご鞭撻のほど、よろしくお願いいたしますっ」

「うむ。ところでだ。じきに夏休みだな。ご令嬢関連の計画は、何かあるのか?」

「ええと・・・」


 プールデートの件。組織に報告すべきか? 事後でいいかな? それとも隠しちゃう? だってこれ、そもそも俺の発案じゃないし。それに〈健康パレス〉って、オフィシャルアンバサダーがガイドするような場所なのか? なんか微妙。悪くはないかもだけど、優先順位は低そう。


 それに、下手に事前申告して、「親密度高すぎで却下!」とかされちゃったらどうする? せっかくのミカのお誘いも、断らなきゃいけなくなる。冗談じゃない。ここはひとつ、夏休みなんだから、アンバサダーにもプライベートな休日を! ゆるふわな監視をかいくぐって、ミカとふたりで楽しくやろうじゃありませんか。謎の〈P〉の野郎は厄介だけど。


「いや、特に予定はしてないですね。今はもう、テスト勉強でそれどころじゃないですよ! やっぱ北高生は勉学第一。問題集が真っ赤になるまで切磋琢磨。全ては合格のために。目指せ東大!」

「ほー。見上げた心掛けだ。寝る間も惜しんで勉強か? ・・・だがな山本。たまには息抜きも必要じゃないか? 例えばだ。プールとかどうだ?」

「げぶほっ」


 げげっ。


「むせたのか? なんか声がこもってるが」

「げぶほっ。いや、鼻づまりでっ」

「そうか。風邪には気をつけろよ。普段からの健康管理が大事だ。〈健康パレス〉って知ってるか? なかなか良い所だぞ」

「げぶぶほおっ。・・・先生っ。なにかご存じなので?」

「もちろんだ。山本。さては、ご令嬢からお誘いがあったな?」

「どっ! どうしてそれをっ?」

「甘いな山本。しょせん高校生のガキだな。大人社会の怖さを知らんな」


 俺の背筋に冷たいものが走った。


「そ。それってどういう・・・」

「いいか山本。忠告しておこう。これは罠だ」

「・・・は?・・・」

「お前な。県の〈偉い人ルート〉が、何の魂胆もなく、貴重なチケットをただで上遠野氏に配ると思うか?」

「へ?」

「要点だけ話すぞ。いわゆる〈組織〉は、一枚岩じゃないんだ。中にはお前の起用に批判的な勢力も存在する。我々主流派は、お前という危険分子をあえて活用して、〈上遠野広告塔〉を最大限に輝かせるというハイリターンを志している。だがそれに対して、リスクを忌み嫌い、ひたすらゼロリスクゼロリターン、事なかれ主義に終始する豚野郎どももいるんだ」


 大人って怖い。先生も怖いっ。


「やつらはとにかくお前を切りたがっている。これはもはや主義の問題を超えて、ドロドロした個人的な確執の問題になっているんだ。つまりお前は、権力闘争に巻き込まれたということだ」

「それってつまり・・・」

「そのとおりだ。察しが良いな。やつらは、ミカがお前を誘うのを見越して、トラップを仕掛けたんだよ」

「ひ。ひええええっ」

「その当日。プールで、お前らの周りはパパラッチだらけだぞ。何らかの問題行為を起こせば、お前は即、終了だ。最悪、ジェットスパに浮かぶ。仰向けじゃないぞ。うつ伏せでだ」


 ジェットは体で受けるもの。顔で受けたくないっ。


「ひいいいいいっ。すぐミカに電話して、断りますっ」

「それはだめだ」

「へ? なぜですか?」

「不自然に断ったら、こちら側に情報が漏れたことがバレる。内通者に危険が迫る」

「じゃあ、俺はどうすれば・・・」

「行け。普段どおりに振舞うんだ。ただし、ご令嬢に指一本触れてはならない。簡単だろ?」


 ・・・嗚呼。俺の水着回が・・・。夢にまで見た、お約束のラッキースケベ回が・・・。人生とは。


     *


 ケータイが鳴ってる。美少女からの電話なのに。本来、狂喜すべきなのに。取るのを躊躇している憂鬱な俺が(以下略)。


「花染さん。・・・どうも先日は」

「山本くん? いつもの役人口調に張りがないんだけど?」

「はあ。最近ちょっと嫌なことがありまして。何か御用で?」

「山本くん冷たい。いつも冷たいけど、今日は特に冷たい!」

「いえ、これ地ですので」

「でもあたし、もうほんと、どうしたらいいか分かんないの! 相談できるの、山本くんしかいないの!」


 月島のやつ。花染さんに何をしたんだ?


「花染さん。月島に会ったんでしょ? こっぴどく振られちゃったんですか?」

「違うの! そうじゃないの。でも電話じゃ話せない。会って話すから。いつがいい? 〈クレープ田んぼ〉でいい?」




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