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4 ― 2

 う~ん。俺は悩む。花染さんの一目惚れサポート業務。だが相手があの野郎では、結果は見えている。純真無垢な美少女を、みすみす女たらしの毒牙にかけさせるわけにはいかない。


 とは言っても、花染さんを説得するのは、現状どう見ても無理そうだ。かくなる上は、できるだけ紹介をずるずると先延ばしにして、彼女の熱が冷めるのを期待するしかないでしょ。そもそも月島嫌いだし。話したくないし。顔見たくないし。


 花染さんとの話を切り上げる口実をあれこれ考えていたら、ちょうどいい具合にミカから電話が掛かってきた。らっきい。


「あ! すいません。ちょっとキャッチ入ったんで。また今度。いいすか?」

「ミカから?」

「・・・うん」

「いいわねえ~らぶらぶで。あたしもあやかりたい! じゃ、さっきの件、よろしくね!」


 よろしくって言われちゃったけど・・・。急がないって言ってたし、まあそのうちに、だな。気が重い。


 で、花染さんによれば「らぶらぶ」のはずのミカだが、実際は全然らぶらぶじゃない通話状況が続いている。毎回、俺が最高級の名所ツアープランをご提案し、ミカが無慈悲に却下するという、良くない流れの繰り返し。だが今日は違うぞ! 超自信作だ。今日こそ、却下されても絶対通してみせる! 譲らないぜ! 勢い込む俺。


 だが、いきなり出鼻をくじかれた。ミカがなにげない口調で、


「山本くん。誰かと話してた? 今」


 女の勘ってすごい。でも花染さんと話してたって言っていいのかどうか、ちょっと迷う。ミカは特に怒ってる感じでもないし、別に隠すこともないんだけど、用件が用件だけにプライバシーとも言える。月島の件とか話したくないし。いちおう黙ってようっと。


「いや別に」

「そう。・・・元気?」


 なんかちょっと、よそよそしい口調。気のせい?


「昨日話したばっかりじゃん」

「そうだけど。・・・決めた? 行く場所」


 おお。向こうから振ってきた! やっと乗り気になってくれたのかな?


「今日はね! 自信ありますよ。絶対です!」

「ほお? ちなみにその自信はどこから?」

「なぜならば。これはミカさんが、絶対大好きな場所だからですっ」

「大自然、嫌いだって言ったはずだけど」

「ちっちっ。今回は大自然じゃないぞ。人混みだ! 人混み、好きでしょミカさん?」

「・・・そうだけど。でもそれ東京の話だから。混んでれば何でもいいってわけじゃないから。まさかあなた、デパートのバーゲンセールとかじゃないでしょうね? まさかとは思うけど。あなたなら考えそうで怖いんだけど」

「ちっちっ」


     *


 五月の終わり――。この街は東京と化す! 三日間だけだけど。


「これは驚くわね・・・」


 公園にチャリを停めて、繁華街に向かって歩いてきた俺たちの前に、信じがたい光景が広がっていた。


「この街に、こんなに人がいたなんて。いったい普段はどこにいるのかしらね?」

「たぶん、うちでテレビ見てるんだと思う」


 人また人! 人で地面が見えない。向こう側も見えない。いつもは人が歩いていると驚くこの街で、この人波は尋常じゃない。まあ渋谷とかなら普通なんだろうけど。中心部の広い道路が全面、ホコ天に様変わりして、ベージュのパラソルとテーブルがずらりと並んでいる――市電のレールの上にまで。お花畑みたいに彼方まで広がる風景は、圧巻の一言。その両側にも、消失点まで延々と連なる、色とりどりの屋台。


「もともとは、南側にあるでかい神社の、由緒ある春祭りなんだけどな。今はもう繁華街も中心部も飲み込んで、露店が700も並ぶんだ。すごいだろ! 地元民にとっちゃ、早めの夏祭りって感じですねっ」


 実際暑いし。もうみんな半袖で、めっちゃハイテンション。子供も大人も。そしてとりわけ女子にとっては、これはもう真夏の夜の夢への前哨戦とあって、ここぞとばかりに、男の視線くぎづけ間違いなしのお洋服でぐいぐい勝負してくる。その姿が実に高貴で、思わず祈りを捧げたくなります。制服女子も、負けじとスカート折りまくっていますね。


「神社まで行ってみる? 縁結びの神様とか有名だぞ」

「・・・行きたい?」

「いや俺は別にいいけど。めちゃ混んでるから」

「・・・じゃ私もパス」


 ちょうど通り過ぎた神輿みこしと獅子舞を、ミカは物珍しげに見つめている。その横顔を眺めながら、俺は何とも言えない優越感に浸っていた。


 思い返せば幾年月いくとしつき・・・。小学生のころから毎年かよってきたこのお祭りだが、連れは例外なく男子数名だった。まあ気の置けない仲間だから、それはそれで楽しいんだけど。それでも、誰一人あえて口にしない、共通の想いが、そこにはあった。「・・・彼女と来たかった・・・」


 卒業おめでとう山本くん! よくがんばったね山本くん! 褒めてあげよう! 去年までの俺にさよなら! 素晴らしき仲間たちよ、悪いが(ぷぷっ)お先に失礼! 君らも、俺をよ~く見習って、負けずにがんばってね! 遂に。遂に! 遂に、女の子と、ここへ、来てしまったのだよっ。ううっ。辛かった幾多の日々・・・。


「また思い出して泣いてる。ほんとに嫌なこと、いろいろあったのね・・・」


 ミカは名物のお饅頭まんじゅうをもぐもぐしながら、例によって俺の顔を覗き込んで、同情してくれている。


「ね。山本くん。今じゃないけど。そのうち気が向いたらでいいんだけど。いつか、私にも、その辛かったこと、話してみない? 人に話すと楽になるって言うじゃない。ね? いろいろ助けてもらったから。お返しができたらって思うから」


 なんという優しいお言葉。女神さまのようですっ。


「・・・ありがとうミカさん・・・ううっ」

「あ、悪いけど、また泣く前に、そこの『玉こんにゃく牛すじ煮込み』買ってきてくれない? 『肉巻きおにぎり』と『マヨたい焼き』も。半分あげるから。『けずりいちご』って美味しいの?」

「・・・ちょっと食べすぎじゃないすか、それ」

「そうね。じゃ、少し休んでからにしましょう」


 結局食うんかい!


「あのさ。食べ物だけじゃなく遊戯系もいろいろあるよ。射的とか。輪投げとか。金魚すくい。ほら、あそこ! お化け屋敷まであるぞ。ろくろっ首の絵がキモかわでシュールだろっ」

「そうねえ。でもちょっと、どれもありきたりじゃない?」


 ・・・うんまあ。そうかな。たしかにアニメテンプレではあるけれども。東京じゃどこにでもあるんだろうな。俺は急に自信を失った。


「・・・やめとく?」

「もちろん全部やるわよ! どっちから行く?」


     *


 俺たちは、パラソルの下のテーブルに席を取り、マヨたい焼きをシェアしている。・・・今、シェアって言った? 俺? さらっと? わーおぅ! 美少女とシェアとか! なにそれ天国なんですけど。


 しかしお化け屋敷はすごかった。超怖かった。何が怖いって――ミカが。嬉しそうにきゃーきゃー言いながら、俺の左腕にしがみついてくるんですもん。柔らかな感触。もう死ぬ。すぐ死ぬ。


 アニメ観てたときは、こんなテンプレシーンが出てくるたんびに、「こんなの絶対ねえから!」とか思ってたんだが、いざ現実になってみると、実際、ちゃんとあるじゃないですか現実に。アニメ制作者の皆さん疑ってごめんなさい。お化け屋敷、最高っす! ・・・でもミカさんも、ちょっと考えてくださいよ。オフィシャルアンバサダーにも鼻血は流れてます。踏み台にも触覚あるんですから。お願いしますよほんとに。


 特に、お化け屋敷の出口で、ミカがまだしっかり腕を巻き付けたままなのには参った。正直ヤバいです。パパラッチのフラッシュが来たら? 超びびったので、思わず腕を振りほどいてしまった。お嬢さま怒らせちゃった? でもミカは、特に気を悪くしたふうでもなかった。


「射的、惜しかったわね。あの縫いぐるみ、けっこう欲しかったんだけど」

「カメの? でももう持ってんじゃん」

「見たの?」


 ミカの顔がちょっとだけ赤くなった。


「・・・すいません」

「別にいいけど。あの後、カメさんを用水路に帰してあげたんだけど、そのときの顔が、ちょっと忘れられないのよね。目とか。すっごくかわいくて。ぎゅってしたいくらい」

「き、き、気をつけてよっ! 指っ」

「分かってるわよ」


 代わりに俺をぎゅってしてもらっても、全然構わないんだけど。パパラッチいないとこで。・・・うふ。


 とかバカなことを思いながらも、何となく警戒心が働いて周囲を見回していた俺の目に、――とんでもないものが飛び込んできた!


 パラソルと人混みの切れ目に一瞬小さく見えた、それは、まぎれもなく――。


「ごめん! ちょっとここで待ってて! すぐ戻るから!」


 俺は椅子から飛び上がって駆け出していた。


     *


 あれは気のせいじゃないよな? どっちへ行った?


 神社の境内へ抜ける路地に入ると、人また人。人だらけ。だがその隙間、その先に見えているのは・・・確かにブレッソンの表紙だ!


 逢魔先輩。現場を押さえたわけじゃないが、あのスクープ写真を撮ったパパラッチの正体が彼女なのは、ほぼ間違いない。今、この祭りの雑踏の中で彼女を見かけたのは、果たして偶然だろうか? もしかして、俺とミカがお化け屋敷から出てきた瞬間を激写しやがったとか? 腕を組んでいるところを?


 くそっ。だとしたら、これは是が非でも写真を回収せねばならない。俺は走った。だが境内の入り口ではっと立ち止まると、素早く身を隠した。


 やはり逢魔先輩だ。ゆっくりと神社の正面、人混みの中をそのまま素通りして、人影のまばらな方向へと歩いていく。あれ? でも手ぶらだ。荷物は背中の写真集だけ。でかいフィルムカメラや望遠レンズがてんこ盛りの、いつものカメラバッグは持っていない。ということは、パパラッチの営業時間外なのか? 俺たちと同じで、ただお祭りを楽しみに来ただけ? 一人で?


 そのとき、先輩が急に振り向いた。見つかった! 俺は一瞬びびったが、そうではなかった。先輩は別の方向を見ている。その顔を見て、俺は仰天した。遠目でも分かるその表情。それはなんと――とろけるような乙女の顔。そして、彼女が手を振った先。そこに立って、にこやかに手を振り返しているのは、ほかでもない――。


 月島だった。




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