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第3話 貝櫓《かいやぐら》 ― 1

貝櫓かいやぐら蜃気楼しんきろうのことだそうです。


 書くのってやっぱり難しいですね・・・(涙)。

 このへん書いてる時の作業BGMは ClariS 「rainy day」でした(名曲! この先も全部名曲!)。まあ脳内妄想アニメの挿入歌ですね(笑)。


**********


「また会うのか? 断れないのか?」


 白鳥先生のうんざりした声が響いた。


「はあ。自転車の修理ができたそうなんで。俺の自転車を引き取りに――」

「また〈マモ~レ〉か? お前ら、どんだけあそこ好きなんだよっ」

「すごく気に入ってくれたみたいで。ぜひ案内してほしいって言われちゃって。やんわり断ろうとしたんですけど。どうしても、って言われちゃって。断り切れなくて。すみません」

「・・・しょうがないな。組織には言っとくから。極力、目立たないように行動しろよ。今度何か出たらアウトだからな。分かってるな?」

「もちろんです。・・・あの・・・」

「まだ何かあるのか?」


 ケータイの向こう側でイラっと来たのが、端的に伝わってきた。


「あの。実は。この辺りの観光スポットにも、ぜひ連れて行ってください、というご要望をいただきまして。大自然とか、すっごく興味があるらしくて。やっぱり都会育ちのお嬢さんは、そういうの、新鮮で、ど~うしても見てみたいと。疲れた心が、きっと癒されるんじゃないかとっ」

「う~ん。まあ先方の希望なら、やむを得ないが。・・・まさかお前、点数稼ぎのために無理やり自分を売り込んだんじゃないだろうな?」


 ケータイを握りしめた俺の手が、じっとり汗ばんだ。


「ま! まさかっ。何をおっしゃいますやら。はっはっ。そんなわけ、ないじゃないですかっ。はっはっ。俺は正直、気が進まなかったんです。何度も断ろうとしたんです。でも、山本くんは、すごく詳しそうだから適任だと。絶対、山本くんじゃなきゃ嫌だと。ダメなら泣いちゃうと。ほんとに泣かれちゃいそうだったんです! だからもう、しょうがなくて――」

「ちょ! お前! 泣かれたのか? 人前で? 写真撮られなかったか?」

「いやそれ、ちょっと大げさでした。泣かれてません! ちょっと目がうるうるしただけで。いや違うな。『うる』ぐらいかな? 『う』ぐらいだったかも知れません」

「お前、それ自分の妄想がどっぷり入ってるだろ。・・・まあ点数稼ぎもいいが、覚えとけ。ハイリスクハイリターンだぞ。綱渡りだからな」

「了解です。・・・あの、それと・・・」

「今度は何だ?」


 俺は、あの日以来ずっと気になっていた、BB弾と謎アカウントからのメッセージについて、手短に説明した。これって偶然ですかね?


「知らんな。気持ち悪いから消しとけ、それ。ウイルスとか大丈夫なのか? 変なアダルトサイトとか見てないか? アップデートもちゃんとしとけよ。ケータイ古すぎじゃないのか?」


 古すぎてアプデできないんですよ。姉のお古なんで。・・・その姉だが、東京の難関大学に現役で受かって、今ではもうすっかり東京人きどりだ。


 正月にも帰ってこない。が、将来性は俺より断然上なので、両親の受けは良い。けっ。「東京に一回住んじゃうと、もうそっち帰れないのよねぇ~退屈でぇ~」とかぬかしよって。裏切者。歩く虚栄の市め。なんか、この前のミカの言いぐさにダブる。ふん。覚えてろよ。ミカには意地でも絶対、ここの良さを分からせてやるからなっ。


     *


 部室のドアをそっと開けて、気配をうかがう。・・・暗室にはやはり誰もいなかった。あの日以来、放課後はほぼ毎日のように来てみているが、逢魔先輩は姿を見せないままだ。


 気になってしょうがないんだが、さすがに、二年の教室まで押しかけて直談判する勇気はなかった。彼女がタレコミの主だという確たる証拠があるわけじゃないし、そもそも他の生徒の前で、あの写真の話をするわけにはいかない。・・・そういえば、どのクラスなのかすら知らなかったな。


     *


 土曜の午後。早めに着いた俺は、〈マモ~レ〉西口を入って驚いた。


 ミカが、もう、ベンチにちょこんと座っている。しまった! 人生初デートで、女の子を待たせてしまった。オフィシャルアンバサダーとしても大失態だ!


「ごめん! 待たせちゃって」

「ううん大丈夫。私が早すぎたの。JRの時間に合わせて来たから。乗るならたぶんこれかなって。駅から十分ぐらいでしょ?」

「そうだけど。わざわざ調べてきてくれたんだ?」

「うん。・・・まあ、だって私も乗るかもしれないから。雨のときとか」

「なるほど」


 さすがです都会人。気配り半端ない。


 それにしても、初めて見るミカの私服姿。もう、直視できないほど輝いている。俺なんかの文章力を軽く超越していて描写不可能なんだけど、ティーンのモデルがファッション雑誌からそのまま抜け出してきたような的な、なにかそういう存在です。


 色はどうだっけ? ええと・・・今、目を閉じても、あのときの姿ははっきりと焼き付いていて、たぶん生涯忘れないと思うんだけど、まばゆいオーラに包まれているせいか、服の色はよく思い出せない。明るい緑のような・・・いや紫かな? 薄紅だったかも。とにかく春っぽい、わくわくするような色でコーディネートされていたのは確かです。わくわくしましたから。


「あ、やっぱり気になる? もう治ったよ。あとも全然残ってないし。山本くんのおかげ。すぐ洗って包帯したから。感謝感激!」


 どどどうして俺の目線を? そんな迷信は(以下略)。でも今日のミカは、「見る?」とは聞いてくれなかった。・・・べ、別に、期待してたわけじゃないんだからねっ。


「もう自転車は受け取って、外に停めたの。はいこれ、借りてた鍵。どうもありがと!」


 鍵を返してくれたミカの両手が、感謝の表現のつもりなのか、一瞬、俺の手を柔らかく包み込んだ。ふんわり暖かくて、微かに汗ばんでいる。俺が思わずぎょっとして顔を見ると、ミカはぱっと手を放して目を逸らした。これってヨーロッパの習慣ですかね? チャリの鍵を返すとき、必ず手を握るとか? でも、要注意ですミカさん! 日本の地方中核都市におきましては、これ、鼻血35メートル分に相当します! パパラッチいないよね? いても目をつぶれ! 見るな!


「・・・あのさ! 今日は、ここ案内してくれるんだよね? どっちから行く?」

「あ! そうね! ええと・・・」


 今の衝撃で、俺の頭からはフロアマップも精密案内計画も、とにかくことごとく全部が粉々に吹っ飛んでいた。手をしばらく洗いたくない。


「とりあえず二階から行く? 服屋さん、いっぱいあるんでしょ?」

「はいいいっ」


     *


 二階をご案内しながらも、俺はまだ衝撃から立ち直れずにいた。


 原稿を丸暗記して、人前で喋らなくちゃいけないときってありますよね? 何かの挨拶とか、クラス対抗の劇とか。で、練習のときは完璧だったのに、いざ本番ってときに出だしでつまずくと、もう頭が真っ白で何も出なくなっちゃう。ちょうどそんな感じだった。用意してた流暢なセリフが全部消えて、自分でも笑っちゃうような、たどたどしい説明を延々と続けている。情けない。


 考えてみれば、これが仮にデートだとして、これだけ不釣り合いなカップルも珍しいよな。ミカさんは、北高イケメンへの踏み台に過ぎない俺なんかのために、こんなにも完璧に決めてきてくれちゃっている。片や俺の方は、危うく制服で来そうになったくらいで、何を着たらいいか分からず、とりあえずタンスから一番上にあった服を取っただけ、というていたらく。内心、向こうはあきれてるに違いない。もういっそ、次からは制服にするか? その方が、アンバサダーとかツアーガイドっぽくてむしろ良いかも。・・・まあ次があればですが。


 それに、人生初のデートで、彼女にここまでハイエストなスタンダードをクリアされてしまったという、取り返しのつかない事実。俺にとっては、こりゃもう逆の意味でトラウマと言えるでしょう。人生、先行き暗いです。だって(まああるかどうか分かんないけども)この先誰かとデートするときには、いつでも、今日のミカさんと比較してしまうわけですから。辛い人生。


「・・・山本くん、大丈夫?」


 ミカが心配そうに俺の顔を覗き込んだ。人の顔を覗き込む癖がありますね、このひとは。


「はい?」

「なんか無理してない? 無理に案内頼んじゃった?」

「そっそんなことないよ! 〈マモ~レ〉得意だから! 任せろよ!」

「ならいいんだけど・・・それとも、あの・・・あのさ。もしかして、一緒に歩くのちょっと、とか思ってる? 好みじゃない? この服?」

「それはない!」


 俺は焦った。そんな、とんでもない誤解を与えることは許されない。人として。


「それは絶対ないです! すごく似合ってます! 死ぬほど似合ってます! むしろ俺の方こそごめんなさいですっ。変な服で」


 ミカはちょっと安心したらしい。思わず吹き出して、


「ぷぷっ。自覚あったんだ。まあ、色の組み合わせがちょっとね・・・」

「次から制服にしますからっ」

「だめよそれ。私が私服着れなくなっちゃうじゃない。それ却下」

「ははあっ」

「ひれ伏さなくていいから。こんなとこで。・・・それよりどうなの? これで終わり? お店」

「まあ二階はこんなところですかね。あと一階にもいろいろありますけど」

「また、ですます調に戻ってるわよ山本くん。却下」

「で・・・どうですかね? 感想としては」

「ですます却下」

「どう? 感想は」

「そうねえ・・・」


 ミカは例のからかうような表情でしばらくもったいをつけてから、おもむろに、


「まあ・・・思ったよりましかもね。ちょっと素敵なお店もあるし」

「でしょ? でしょ?」

「そのドヤ顔やめて。イラっとくるから。だけどほんっと、ここの人たち、みんな〈マモ~レ〉が大好きなのね。四月に引っ越してきた時、会う人会う人、全員が聞くのよ。『〈マモ~レ〉もう行きました?』って。クラスの女子も。担任の先生も。近所のおじさんまで」

「当然です」

「『です』やめて。ドヤ顔も。でもそこまで特別なの? ちょっとそうは見えないんだけど。別に普通じゃない」


 ミカ。その猜疑心が俺のハートに火をつけたぜ!


「ちっちっ。分かっちゃないなお前も。ここにはだな、都市に必要な機能の全てがあるんだ。商店。スーパー。飲食街。本屋。銀行。病院。映画館。ゲーセン。保育園――」

「でもそれって普通のモールじゃない? 今どき」

「市民コンサート用の中庭まであるぞ! あ、これ言ったっけ? そういえばこの街には、世界的に有名な音楽大学もあるんだぜ! 知ってた?」

「そうなの?」

「つまりだ。この広大な空間は、それ自体、コンパクトシティの中にあるもう一つのコンパクトシティ、いわば入れ子の小宇宙なのだよっ」

「へー。だから?」

「へーじゃないっ。だからじゃないっ。日本の町々にかつて存在した、活気と人情にあふれた商店街や横丁。地域社会の温かさが現代にバージョンアップして、この小宇宙に引き継がれているんだ。極めつけはこれだ。見ろ!」


 俺は、建物の中央部分で吹き抜けになっている〈ぽかぽか広場〉を指さした。


「見たかこれ。すごいだろ!」

「そお? まあ確かに広いけど。いわゆる催事場よね?」

「ただの催事場じゃないぞ。地域社会の象徴なのだ。お父さんお母さんが買い物してる間、子供たちが遊ぶ。それをおじいちゃんおばあちゃんが、微笑みながら見守る。そういう心温まる空間が、ここにある! 梅雨の雨でも! 猛暑の夏でも! 吹雪の冬でも!」

「はいはい。年中無休」

「はいはいじゃないっ。アニメグッズのフェアとか、子供とおばあちゃんが手をつないで並ぶんだ! 泣けるぞ!」

「まあアキバには負けるわよね。それにたぶん、あなただけよ、泣くの」

「・・・。あ、ちょっと待ってね。降りていい? ここから」


 俺たちは、吹き抜けにあるエスカレーターで一階へ降りた。広場の脇には、よくある感じの〈お客様のご意見箱〉が置いてある。


「・・・何書いてるの」

「うん。さっきエレベーターのとこで、子供が遊んでたんだ。手をはさむと危ないと思って。忘れないうちに指摘しとこうと思って」

「あなた模範的市民ね。尊敬に値するわね。さすが地元志向。公務員志望」

「そんなこと言ったっけ? 俺」

「3回は聞いたわよ」


 いや、そのジト目は、むしろ「デートの最中に何やってんのバカなの?」と言ってるように見えたんですが。


「でもまあ、いつもの山本くんに戻って良かったわ。ここの悪口言うのが、一番効くみたいね」


 ミカはくすっと笑った。




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