第1話
突然放り込まれたこの空間は一体どこなのでしょうか
「サーシャは新人だからねぇ。仕事の知識はあっても馴れてないのよ」
向かい側のソファーに座る女の人は微笑みを浮かべながらそう言う。ユリィと名乗った彼女は遅番の担当者なのだそう。早番の少女、サーシャと同じような白髪だが、華奢で幼かった彼女と違って大人でスタイルが良い。
「ここは何て言う場所何ですか?天国でも地獄でもないですよね」
私がそう聞くと、ユリィは図鑑のように大きな本をめくりながら答えた。
「天界とか三途の川って言うのが近いかしら。私達、案内者がこの先の道を示すのよ」
誇らしげに語るユリィはサーシャの先輩で、若い見た目とは裏腹にベテランなのだそう。
「案内者はここで生まれた子の中で白髪の子がなるの。白が終わりと始まりの色だからって聞いたわ。その中でもサーシャは赤い目をしているから特別な子よ。あなた達の言うアルビノね」
ここでは髪の色で仕事が分けられるのだそう。白髪の子が務める案内者はアルビノを特別視する。始まりと終わりの白に加え、肉体を表す赤を持つことが理由だとユリィは言った。そう言えば白い蛇を神聖なものとして扱う文化があるな、と思いながら私は頷く。
「ここの説明はこのくらいにしておいて、これからの事を話しましょうか」
ユリィは私の隣に座ると、手にしていた本を私に見せる。そこには姉のプロフィールが書かれていた。
「あなたの未練はこの子に関することで間違いないわね?」
私は力無く頷く。姉に会いたい、その気持ちは姉の訃報を聞いてからずっと心に張り付いていた。
「お姉さんに会いたい、か......」
ユリィは別の本を取り出し、パラパラとめくりだす。そして、ある1ページを私に見せた。
「あなたは運が良いわ。お姉さんはまだ生きてる」
見せられたページには姉のプロフィールが書かれている。ユリィが指し示す一文を読んだ私は目を見開いた。
「ファナ=エルダスに転生?でもどうして......」
「転生は未練があった人に与えられる選択肢の1つ。あなたのお姉さんは生まれ変わることを望んだってことよ」
ユリィはモニターを開き、映像を写し出す。そこにはいわゆる貴族のような服を着た黄緑の髪の少女が映っていた。すると、庭を散策している少女の元に顔立ちの似ているピンク色の髪の少女が近寄って来る。少女達は幸せそうに笑っていた。
「この黄緑の髪の子がファナ、中身はお姉さんよ。ピンク色の髪の子は双子の姉のサナ」
そこでユリィはパチンと指を鳴らす。移り変わった画面は寝室を映していた。大きな天葢付きのベッドにはサナが寝ていた。彼女の頬はとても健康とは言えないほど痩せており、ファナが細く青白い手を包み込むように握っている。
「あなたにも選択肢があるわ。お姉さんが転生したファナの姉であるサナは危篤なの。このままだともうすぐ死ぬ。だからあなたはこの子に転生できる。でも強制ではない」
転生すればお姉さんに会いたいという願いは叶うわ、とユリィは言う。誰かに会いたいという願いを叶えられる機会は少ないのだそう。
「私は姉さんに会いたいです。」
私の答えはすぐに出た。姉に会えるのならなんだってする、それは私の信念だった。
「分かったわ、準備をしてくるからサナの情報を見ていてちょうだい」
「ねぇ、姉さんの未練って何?」
転移陣を発動させようとしていたユリィはピタリと動きを止める。そして言い淀んでいるようにうつ向き、最後に私を正面からみすえる。
「妹になりたい。誰かに甘えたい。その2つが未練よ」
理想のお姉さんだった姉の未練。いつも私を甘えさせてくれた姉の未練。
「お姉さんは皆からの期待で押し潰されそうになっていたみたいよ」
姉に甘えていた私と違って誰にも甘えられなかったのだ。
「だから、あなたは双子の姉であるサナとしてお姉さんを思いっきり甘えさせてね」
そう言い残してユリィは転移していった。
ユリィが私の前に置いていった本を開くと、中には転生先の情報が連なっていた。国の名前から文化や常識、エルダス家の家系図などが分かりやすく書かれている。
「ヴェイシェント王国......身分制度があるけど廃止されたばかり......いわゆる中世みたいな世界ね」
姉を追って理系に進んだが、実は歴史が好きだった。重要じゃないと気付きつつ歴史の勉強は念入りにやっていたから、大学に入った今でも多くの事を覚えている。その中でも特に好きだった中世に行けると思うと、姉の事を抜きにしても少し楽しみな気がした。
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