キャンプめしの定番カレーライス
「クリスは一体何しに来たんだ。」
もう何度目か忘れたくらいの、ご飯に焼き肉のリクエストを受けてワタルはため息をつきながらそう尋ねた。
「もちろんワタルの料理を食べに、あ、あとちゃんと領主として自分の領地で何が起こっているのかも知っておかないとね。」
「どっちをついでにしてるんだ?」
言っても聞かないので、仕方ないのだが。まあ、焼き肉は飽きたので、違うものにするけどね。
ワタルは、羊の肉を一口大に切り、スキレットで火を通し始める。
クセのある肉とカレーの相性は極めて良い。バトルシープの肋骨の部分を骨に沿って切り分けたフレンチラックに小麦粉、卵を纏わせると、黒パンを粉にしたパン粉をまぶして、スキレットにバターを落とし表面を焼いていく。
魔物の肉はきちんと中まで火を通さないとお腹を壊すので、弱火でゆっくり火を通していく。
カレーソースは大量に仕込んでストックしていたが、なかなか食べる機会に恵まれなかったので、フレンチラックの香草パン粉焼き、カレーソースを作ってみた。
冒険者は連日調査に入っているが、ワタルは夜間の警護だけで、日中に睡眠を取るにしても、その他の時間を持て余すことになり、他にすることもないので料理に凝りだしたのである。
パン粉には安くて食べてもあまり美味しくないパンを使う反面、食事に添えるパンはベルリーで買った富裕層向けの柔らかいパンである。スライスしてホットサンドにする用にたくさん購入していたが、気取った料理のときは、パンにもこだわりたい。
クリスだけでなくマリアもリディアもつばを飲み込みながらテーブルの前で料理が運ばれるのを待っている。
この料理には赤ワインがよく会う。
カレーと相性の良いのはどうしたってエールだが、フレンチラックのクセのある肉と食感には赤ワインが似合う。
泥酔するほど飲むのでなければ仕事中とはいえ、陣中見舞いだけであり、多少のアルコールは問題ないらしい。
もっともテントの外に料理のにおいを漏らすと、他の冒険者が騒ぎ出す。さすがにここに居る全員分の料理など作れるはずもない。
ギルド職員にも口止めはしているが、すでに何人かはワタルの料理が気になっている冒険者もいるらしい。人の口に戸は立てられない。
「じゃあ食べよう。」
ワタルがそういって、ワインの入ったカップを持ち上げたときだった。
外がざわつきだした。
ワタルは何事かとテントの外に出る。
一人の冒険者がギルド出張所のテントに駆け込んでいくところだった。
「ダンジョンが見つかった!」
ギルドの職員が冒険者の報告を聞いて、領主であるクリスがちょうど陣中見舞いに来ていることからすぐに報告しようとギルドのテントを出てきた。クリスを見つけると、駆け寄って冒険者の報告によればとダンジョンの入り口らしき穴が見つかったとのことであった。
その場所は山道を外れた、道からは死角になっている岩の陰に、岩が重なり合うように入り口を隠すような人が一人ようやく出入り出来るような穴だが、そこから入ると中はいきなり広い空洞になって、奥まで穴が続いていくようだった。
しかも慌てて報告に来た冒険者はパーティーで行動し、仲間と一緒に狩りをしている最中に、キズを負って逃げる魔物を追いかけて偶然その場所を発見し、追っていた魔物にとどめを刺した後、パーティーで入っていったのが、穴の奥でいきなり遭遇した魔物は、それまでとは桁違いに危険な高ランクの魔物で、あわやパーティーが全滅しかけたとのことだった。逃げ延びたのはその一人だけ、後の3人は話の流れからはどうも助からなさそうだった。たまたま後衛に居た上に、前衛の仲間を飲み込もう賭している間に逃げ延びたとのことだった。
彼らの遭遇した魔物は説明を聞く限り、タイラントパイソン、つまりクリス達が遭遇し、普段見かけない高位の魔物の存在に、調査を決めたきっかけになった魔物であった。
入ってすぐに場所にそのような危険度の高い魔物が居たという事実と、それまで存在を知られていなかったダンジョンが見つかったということで、一旦調査クエストは終了になり、入り口の付近はCランク冒険者以上でなければ立ち入り禁止とギルドによって指定された。
まあ禁止といったところで、入っていく命知らずの冒険者はどうしても出てくるのだが。
それでも、討伐クエストを含め、受注出来ず,討伐しても討伐報酬は払われずに素材買取だけとなれば、必然的に無理をする冒険者も減る。ギルドによって立ち入り禁止の指示が出るというのは一応理にはかなっていた。
存在さえ知られていなかったダンジョンが見つかったというのは、その地を治める領主にしてみれば、良い知らせと悪い知らせが一度に来たようなものである。
未知のダンジョンであれば初踏破の名誉とダンジョン内のお宝を求めて冒険者が国の内外から集まってくる。その冒険者相手の商売は宿や食事を筆頭に、食料品、薬品、武器、防具などの消耗品や道具の売買などが盛んになり、領民の所得が増えることは領主にとっても税金収入が増えることになる。
一方で、ダンジョンの危険度によっては、冒険者による適度な魔物の間引きが追いつかなくなり、スタンピードを起こす危険が生じる。そうなると今度は街が消滅する危険を負うことになる。
まあ良い話と悪い話というのは一般的にその説明のとおりなのだが、クリスは領主であるにも関わらず、自ら踏破してしまいたがるちょっと異種な領主である。
むしろ冒険者の大切な稼ぎ場所を奪わないように手綱を抑える方が大変である。
ワタルはクリスが今にも飛び出しかねないのを抑えながら、それでも入り口早々Aランクの魔物となると、Cランク冒険者の立ち入りも止めた方がいいのではないかと一抹の不安を感じていたのだった。
やはり、何かがおかしい。キマイラの大量出没も邪竜も緑竜もベヒーモスも、魔王がいた時にすら、そこまで超高位の魔物が頻発して出没することなどなかった。ワタルだったりクリスだったりするから何事もなかったように退治しているが、普通の冒険者であれば秒殺されている相手である。
現実にこれらの魔物による犠牲者はそこそこ出ていたはずである。
まあ、それでもタイラントパイソン一体で金貨15枚以上になるのだから、冒険者にしてみれば、金の成る木にしか見えないだろう。自発的に危険と感じて距離を取るようでなければクリスが領主の権限を持ち出すのは相当ではない。
クリス達は話し合って、ダンジョンを発見した冒険者に特別報酬を出すと共にクエストの切り上げ終了を告げた。
もちろん引き続き、当地に残りダンジョンへ挑戦する冒険者はその自由に任せることとしたが、入り口早々にAランク魔物に遭遇した事実に鑑みて、Dランク以下の冒険者はそもそも立ち入り禁止、Cランク以上であっても、立ち入りは推奨せずと告知した。
また、ギルドの出張所は当初のクエスト期間中は残しておき、冒険者から持ち込まれる素材の量と額によっては常設の出張所を建設する方向で調整された。
そのためワタルは引き続きあと3日間の任務継続を要求されることになった。
クリスは領主として,領地の発展につながるダンジョンについてさらなる情報を収集するという名目で、本音はワタルの作る料理が食べたいという理由で、本来のクエスト終了期間まで同地に滞在することになった。元々その予定だったため、スケジュールは調整していたこともあり、即決だった。
その日の晩、ワタルは落ち着いて食べられなかったカレーを、今度は白いご飯に掛けるカレーライスとして振る舞った。
カレーのソースは大量にストックしてあるので、その都度メインの具材となる肉だけ別途調理して、トッピングすることでいろんなバリエーションを可能にするのである。前世では大量に作ったカレールーをジップロックに入れて凍らせ、テント場でお湯で温めてアルファ米に掛けて食べていたワタル、異空間収納なんて前世であれば、それこそヒマラヤの14サミットも連続で登頂出来るくらいチートな能力である。
そしてこの日の晩のカレーライスのメイン具材はもちろん、このために探索でも討伐でもなく野営地の警護の依頼を受けて合間に製造していたソーセージである。いや、ソーセージの製造というミッションの合間に野営地の護衛をついでにやっていたという方が正確だ織る。
ソーセージは一人2本でお替わりはなしにした。
例え2本でもクリス達3人とギルド職員の分まで併せると結構大量に消費されてしまうのである。バトルシープ20頭分の腸とはいえ、それほど大量に入手出来た訳ではない。
買取の素材としては、ほとんど流通しない。というのも魔物の内臓は絶命した瞬間から自己消化を初めてしまい、ワタルのようにすぐに血抜きし、内臓が溶ける前に酸を中和させないといけないのである。ソーセージのためにそこまでする冒険者はまずいないと言っていい。内臓が高額で取引される訳でもないので。
ソーセージを初めて食べるクリス達3人、それにギルド職員は、ソーセージに驚愕し、スモークしたソーセージが常温でもすぐに腐るものではないと説明すると、ギルドで販売したいので卸してくれとまで言う始末、しかしながら、その材料となる羊の腸がなかなか入手出来ず、その素材に見合う買取金額を提示すると、ソーセージが貴族の食べ物になってしまうのだった。
そう説明し、一人2本までと厳命すると皆が一様に落胆し、食べ終わった後物欲しそうな顔になった。
まあカレーライスにソーセージのトッピングなど、それこそ鉄板だから気持ちは分かるぞ、ワタルだって一人なら平気で5本は食べている。
しかし、一人2本と言い渡した手前、自分だけ余分に食べると、いくら自分の物だといったところで、そんな話が通用する相手方ではない。
その日の晩はキャンプでカレーライス、ある意味王道のメニューで夜は更けていくのだった。




