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ベヒーモスの焼肉セット

翌朝、クリスの使用人がワタルの部屋に朝ご飯の用意が出来たと告げ二来る。

昨晩は久しぶりの屋内とベッドん、横になった瞬間に寝てしまっていた。

昨晩食事をした部屋に通されると、エメリーとブランカは使用人に連れて来られていたらしいが、使用人がおそるおそるつんつんつついていた。

エメリーはワタルが部屋に入ってきたのを見つけ、駆け寄ってワタルに向かって飛び跳ねる。ワタルはあわてて、抱き留めると、エメリーは「夕べは置いてきぼりにするなんてひどいよー。ご主人と一緒に寝られなかったー」と拗ねた。

「悪いな。クリス達の矛先を躱す必要があった。」ワタルは苦笑いしながらそう答る。エメリーも本気で怒っている訳ではなく、クリス達と楽しく過ごせたようだ。

ブランカも「きゅあっ」と鳴きながら、ワタルの足元に歩いてきたので、ワタルは中腰になって、ブランカの頭を撫でる。気持ちよさそうに目を細めた。

「ブランカもおはよう。」

ブランカもいつかは人語が話せるようになるのかな。コルさんは話せる品。同じ種類の竜だし、いつかは話せるのだろうな。

そこに、クリス達3人が入って来た。

「ワタルおはよう。」眠そうに目をこすりながらクリスがワタルに声を掛ける。

「おはようございます。」

「おはよ。」

マリアもリディアも後に続いていた。

クリスは普段から動きやすいパンツルックで戦闘中は、ミスリルのフルプレートアーマだが、街中では鎧は着けない。

今日はそれほど危険な魔物は居ない場所のはずなので、臑と腕にだけ革製の防具を着ける服装にしてもらった。

マリアもリディアも通常はローブを着用しているが、山を歩くのに、裾の長いスカートは厳禁である。体裁もあるだろうが、同行するならパンツでないと連れて行かないと言ったら、クリスの使用人に相談し、サイズのあうパンツを用意してはいてきた。

ちょっと新鮮だった。

朝ご飯は、一日の体の資本である。寝起きで食欲がなかろうと、食べずに山を登ろうとすると、すぐにばてることになる。なので、ワタルは3人がきちんと朝食を取るのを監視していた。食べなければ連れて行かないと言っておいたので、全員きちんと朝食を食べた。もっともクリスとリディアはまだまだ育ち盛りなので、食欲に問題はないらし。マリアはお腹周りを少し気にしていたが、気にするなら、朝食を抜くのではなく深酒を止めるのが先だ。まあ、怖いから言わないけど。

4人は食事を終えると、屋敷の外に出て軽くストレッチをする。これも遠征時にはお約束の一日の始まりだった。ワタルにとっては前世からの習慣である。ワタルがやっているのを最初は興味深く見ていただけだが、その理由を聞いてクリス達も始めるようになった。遠征中はずっとやっていた。

食べてすぐに歩き出すのはかえって体がついていかないので、軽いストレッチで体を目覚めさせてから、目的の薬草採集に向かって歩き出した。

街を出て,南に半日歩いていったところにある低山の裾野にターラの木が生えているらしい。

麓までの間、特に魔物に襲われることもなく、4人は話をしながら歩いていた。もっとも話題はもっぱら、リバープルで別れた後、ワイガー邪竜との戦いになるまでの間と、その後のワタルの行動について、3人に聞かれてワタルが答えるというものだった。

目的地までの道のりの半分くらいにたどり着いたところで、昼になり、道を少し外れた草原で食事にすることにした。移動の途中なので簡単に済ませる予定だったのと、クリスの屋敷の料理長がお昼にとサンドイッチを作ってくれていたので、全員それを食べることにした。

「ワタルとこうして一緒に冒険するのも久しぶりだね。」

クリスがサンドイッチを頬張りながら、笑顔でそう話しかける。

「そうか?ワイガーでの竜討伐は、そんなに昔のことじゃないぞ?」

「デリカシーがないにもほどがあるわね。」

マリアが呆れたようにため息をつきながらワタルを責める。

なんで責められたのか、よく分かっていないワタルだった。

「こういう時間が欲しかったのよ。」クリスが再び口を開く。

「そうそう。」

「うん。」

マリアが相づちを打ち、リディアがこくんと頷く。

「3人は・・・やっぱり忙しいのか。まあこの国を救った英雄だしな。」

「そんなのワタルだってそうじゃない。」

「いや、俺は道案内しただけだぞ。」

「下見と称してあらかじめダンジョンを踏破したり、罠を回避したり、Sランクの魔物を単独討伐したり、魔王の攻撃を受け止めた上で攻撃の機会を作ったりというのは『道案内』とは言わないわよ。」

「言いんだよ。世間的には勇者と聖女と賢者が魔王を討伐したっていうほうが格好いいんだから。」

「もうその話は止めようか。」

ワタルは話題を変えることにした。

「話題は変えるけど、今日の夜のご飯はちゃんとベヒーモスの焼き肉にしてもらうからね。」

クリスがギブアンドテイクだと、そう告げる。

「今の話のどこに、ギブがあったんだ?」

ワタルは真顔で突っ込む。まあ、ベヒーモスの巨体からは結構な量の食材が確保出来たし、フランフールから深淵の森を経由する際に、熟成処理は終わっているので、別に食べられるっていえば食べられるのだが。

「いいのよ。ベヒーモスって食べて見たいし。ダンジョンの底にいたやつでしょ。」

ワタルが単独踏破した後、勇者パーティーとして再踏破している。勇者がいないと目的の魔王討伐に必要なアイテムが出てこないのが分かったので、安心して最後まで踏破出来たのだ。

「まあ、食べさせるのは構わないけどな。たくさんあるし。」

山で食べるぼっち焼き肉も美味しいが、みんなで食べる焼き肉もそれはそれで美味しい。

昼ご飯が終わると、ワタル達は再び目的の採取地に向かって歩き出す。

言っても勇者パーティー、全員健脚だ。

日没まで大分時間を残して目的地についたので、ワタルはまず野営地を決め、テントの設営を始めた。

「お風呂もよろしく。」

1日くらい、昨日もお風呂入っただろうに。明日も夜は屋敷に戻って豪華で広いお風呂に入れるだろうに、そう思うのだが、野外でテントの皮1枚隔てたところで入るお風呂は格別らしい。

「見られそうで見られない背徳感がたまらないの、うふっ」だそうだ。よくわからん。

ワタルが野外専用のヒノキの湯船を出すと、マリアが「この木の香りがいいのよねー。辺境領の聖堂にも作ってもらえないかしら」とつぶやく。

「教会は金持ちなんだから、作ったらいいんじゃないの?信者が入浴できるようにすれば礼拝者も増えるだろうし。」

この世界には公衆浴場のシステムがあるが、教会もまた、礼拝前に身を清めるという意味では、浴場設置の許可を得られる団体である。

「この角の部分、複雑でどうやるのか職人が分からないのよ。ねえこれ売って?」

「いや、俺が困るから。」

「また作ればいいじゃない。」

「簡単に言うな。木を乾燥させるだけで・・・」とここまで言いかけて、そういえば今はエメリーが居るので、意外と木材の乾燥あっという間かもしれないと思い返すのだった。

それでもヒノキ風呂のありがたみはワタルのガイド商売のセールスポイントの一つだった。

公衆浴場にヒノキ風呂が出来てしまうとワタルのお風呂のありがたみが薄れてしまう。

「まあ同じ奴は無理だけど、そのうちなんか考えておいてやる。」

「本当約束よ。」

「あ、私も。」リディアが乗っかった。

断りづれえ。

テントの設営が終わると日没までまだ時間があったので、遠出しないところで、ターラの木を探し出す。

日の当たる山の斜面に生えているはずである。

その特徴はなんといっても幹にびっしりと生える棘である。

近くに背の高い木が生えていないところに確か生えるはずなのでと、前世の知識も生かしながらワタルは地形全体から植生を推測して、あたりをつけて探し出す。

すぐに群生を見つけることが出来た。

ワタルはクリス達に、必ず各木に一つ以上の新芽を残すことを注意として伝える。

全部取ってしまうと翌年には枯れてしまい、もう生えなくなるのだ。

前世でのマナーは一つの木が一つだけ、二つ取れる場合も一つは後から来た人のために残して置いて上げるというのが山菜採りのマナーだった。

まあ、趣味で山菜を採りに来る人はいないので、来年育つ分は残す反面、後の人への配慮は不要だが。

霧中になって新芽を摘み始め、4人はそろそろ日没を気にし出す頃には、それぞれが袋一杯のターラの新芽を採集していた。

明日はもう探さなくてもいいくらいの量だった。

他の3人は食べ方もしらないし、ギルドでクエストを受けた訳ではないのでと自分が採った分もワタルに渡してくる。一言「お礼は今晩と明日のご飯でいいわよ。」と添えて。

本当に変わらず平常運転過ぎる3人だなとワタルは3人の分も受け取って収納する。

ワタルは帰り道、ターラだけではバリエーションに乏しいので、食べられそうな野草を鑑定で探しながらテントに戻った。

いつものように、3人の分の大きなテントにお風呂を設置し、水魔法、火魔法とお風呂の準備をしていくが、今回は一度にたくさん米を炊くことが出来る鉄釜と何よりワタル用ソロテントを新調していた。その初使いである。

ワタルはドラゴンの骨で作ったテントのポールをスリーブに通しながら、やはり弾力性に少し難があり、折れたらいやだな、という感触におそるおそるながら、テントを設営した。

それ以外はほぼ期待通りの出来で、山でのテント生活が楽しくなりそうな出来映えだった。

夜ご飯はリクエストに応えてベヒーモスの各部位を使った焼き肉である。

シロコロホルモンとミノ、センマイは味噌ベースの揉みダレで焼く時間から逆算して味が良くなじむようにつけ込んでおく。もっとも時間が足りなさそうなので、リディアにも使えない重力魔法で、真空状態にして肉にタレをしみこませる。ドラゴンですら身動き採らせない魔法で作る焼き肉、きゃっちいなコピーにならんかな。

タンは根元の上質な部分を薄くスライスし、塩と胡椒を振っておく。焼き上がりに振りかける柑橘もスライスして添える。

ベヒーモスのカルビもロースも、これだけの最上級牛肉をタレに漬け込むなんてあり得ない。塩と胡椒を焼いた後で振って、柑橘果汁を数滴垂らして召し上がるべき肉である。

それ以外の食べ方は邪道だ。まあどう食べようと本人の自由ではあるが、ワタルは焼き肉奉行である。ワタルの目の黒いうちは、良い肉をタレに漬けて食べウルなどということはあり得ない。

3人が風呂から出てくると、ワタルは風呂の水を蒸発させ、浄化魔法で湯船を綺麗にしてから収納し、床も浄化魔法で飛び散ったお湯も残らず綺麗に乾かす。

その後、防音の皮シートを敷き、その上から毛布を敷いて、ダウンのシュラフを3つ並べておく。

お客様が食事に向かう間に寝床の準備とか、旅館の仲居か!ワタルは自分にツッコミながらも慣れた手付きで黙々と準備をする。

ワタルが外のたき火の前に戻ったときには3人はお風呂で濡れた毛をたき火で乾かしていた。

3人とも三者三様の美形であることは間違いない。その3人が武器も持たずに屋外でたき火の前で風呂上がりの濡れた髪を乾かしているのである。

普通に見たら無防備なことこの上ない。この光景に邪な考えを持つ冒険者など昔から後を絶たなかった。

しかしながら現実には、武器が見当たらないというだけで、クリスは勇者専用のマジックボックスに聖剣をしまっているだけだし、マリアにしたって治癒魔法に絶大な威力を持つから後衛にいるだけで、護身程度の近接戦闘はその辺の上位ランク冒険者にも引けを取らない。リディアに至っては杖がなくても魔法の発動は出来るわけで、出力が抑えめだと言ったところで、人一人を消し炭にする程度の魔法であれば指先ならす一つ程度に発動してしまえる。

すなわち、この3人に襲いかかって五体満足で済む冒険者などこの世にいるはずもないのである。そんなことが出来るなら今世で勇者と呼ばれて魔王討伐をしているはずである。

さておき。

釜の蓋の隙間の吹きこぼれがおちついたので、少し火を弱くして、耳を澄ます。釜の中からパチパチという音が聞こえてきたので、釜を火から外し、板の上において、お米を蒸らす。

たき火台の上に、溶岩で作ったプレートを専用の五徳に設置して、プレートを温め、薪を何本か抜いて火力の調節をした。

全員にお皿とフォークを配る。ワタルはお箸の方が使い勝手がいいのでお箸だが、他の3人は以前挑戦したものの、うまくつかめないので、フォークとナイフに戻っていった。

ワタルは、まず、塩胡椒したベヒーモスのタンから焼き始める。

ワタルは焼き肉奉行である。いきなり焼き網にタレ物から乗せ始めるのは、焼き肉の代わりにミンチにしてそのまま焼き網で消し炭にしてしまうくらい許されない行為である。

「とりあえず、タン塩」全世界共通言語である。

タン塩を焼いて一通り全員の皿に取り分ける。違いが分かるか多分に疑問だが、同じ物を食べないとへそを曲げるので、エメリーとブランカの皿にもタン塩を盛りつける。ベヒーモスの肉、貴重なんだけどなあ。

そしてワタルはタン塩を食べながら、エールを取り出し、ミスリルのカップに入れてからカップごと手のひらに纏わせた氷魔法で冷やして渡す。リディアも同じことが出来るので、リディアにもクリスの分を冷やすように頼みワタルはマリアの分を冷やして渡す。

エメリーとブランカはアルコールが嫌いなので、普通のお水を次いでやる。

ベヒーモスのタン塩は口に入れると心地よいこりこりとした弾力が官能的だった。

ショートホーンブルのタンも美味しいけど、なんというかこう、味に深みがあるというか。濃いというか。やっぱり貴重だというだけでなく味もちょっと上という感じだった。

さっそくクリスが、「美味しい。明日もこれ。」と言い出す。

クリスはとにかく焼き肉が好きで、遠征の旅で最初にワタルが焼き肉を出した時から、こんばんは焼き肉と言い出したのだ。さすがに飽きるので、何か二理由を付けてメニューを代えていくと、今日はSランクの魔物を討伐したから焼き肉、今日はサブクエストを達成したから焼き肉とことある事にイベント発生させたかのような焼き肉の口実を探すようになった。

まあ、今日はワタルも久しぶりだし焼き肉でも構わなかったし、ここ最近はエメリーとブランカは居たけど、ぼっちご飯だったので、みんなで焼き肉というのはアリだけど。

「タンの次は、ロース、そしてその次はカルビな」

上質のお肉は塩と胡椒で食べる。そしてプレートがタレで汚れる前に純粋な塩と胡椒で肉の甘みと香りを引き立てる調理法での焼き肉が順番として先である。

そして、塩焼き肉をアテにエールを飲み終えたら、タレものへの突入に併せて白いご飯がお供に替わる。焼き肉というのは一つのドラマである。

え?暑苦しい?

ちょうど見計らったようにご飯を蒸らし終わり、焼き肉のお皿にご飯を盛りつける。

そのご飯の上からたっぷりタレが絡むようにミノ、センマイ、シロコロホルモンを焼いて乗せていく。ご飯にタレを絡めて一気にかき込むのが焼き肉ご飯の食べ方である。

本当はターラの芽を少し天ぷらにする予定だったのだが、もうそんな気にはならないほど全員のお腹は焼き肉とご飯が詰め込まれていた。




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