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返り討ち

先に緑竜を討伐するために訪れた、ちょっと開けた場所へとワタル達はやってきた。

そこは、銀竜王だったフェンリルを群れの頂点とする狼たちの縄張りに戻った場所であった。

ワタルの存在に早くから気付いていたようで、フェンリルがワタルの前に顔を出した。

「ワタル殿、早速の訪問はいかなる要件だろうか。この先に人間共が何人かこちらへ来るようだが、そのことに関連しておるのだろうか。」

フェンリルの気配察知能力も相当なものらしい。

ワタルも、エドガー達が森に入ってきたあたりから、その気配を察知していた。昨晩の偵察といい、どうやらワタル達を追ってきているようで間違いないと判断出来そうだ。

「確信はないが、どうやらベルリーで遭遇したブランカを付け狙う奴ららしい。」

「何故、その竜の子が狙われるのだ。」

「詳細は知らないが、ベルリーに、ブランカを手に入れるために大金を支払うと言っている人物がいるらしい。そのときは知らぬ存ぜぬを貫いたが、その後宿の部屋の盗み聞きをされて、ブランカの存在がばれたので、早々に街を出たのだが、しつこく追ってきたらしい。」

「ワタル殿には、返しきれない恩がある。ブランカ殿にも同様だ。両名に仇をなす存在であれば、我と我の部下で返り討ちにしてもよいが。」

「面倒なことだが、奴らが俺の予想通りの奴らなら、ベルリーの憲兵隊という隠れ蓑の肩書を持っている。こちらから先に手を出すのは向こうにいらん口実を与えることになる。そこで、ちょっと協力してもらえないか。」

「何でも言ってくれ。」

そこで、ワタルはフェンリルに耳打ちし、フェンリルは、分かったと、その場から姿を消した。


それからおよそ15分くらい経った頃、緑竜の居た少し開けた場所に、エドガー達がやってきた。

後ろにワイズも居た。

「どうやってベルリーの街を抜け出したのかは知らんが、そこに居る竜の子をこちらに渡してもらおう。素直に引き渡せば、お前の命だけは助けてやる。」

「憲兵隊の発言としてはなかなかに友好的だな。当たり前だが断る。」

「早死にしたいようだな。11対1で勝ち目があるとでも思うのか。」

なんでまた、台本のようなおきまりの台詞なのだろう。もう少しバリエーションを増やしていくべきだろうに。

ワタルはため息をつきながらも、これ以上付け狙われるのも鬱陶しいので、ここでケリをつけてしまおうと、最初の計画通りに実行することにした。

「早死にするつもりはない。俺のセカンドライフはこれからだ。いろんな景色を見て美味しい者を食べる生活が待っている。」

ワタルは挑発気味に返答する。

「なめられたもんだな」エドガーは逆上すると、腰の剣を抜いて、部下に合図した。

戦闘開始だ。

ワタルにしてみれば、相手が言葉に出して、殺すと強迫したことになる。剣を抜いたのも向こうが先だ。

それでも憲兵隊との間で争いになれば、ワタルの正当防衛を認めない可能性もある。してがって、ワタルは専守防衛に徹し、攻撃はブランカとフェンリルに任せることにした。

そう、ブランカだけでなく、先ほどのフェンリルとの打ち合わせは、ワタルが注意を引きつけている間に、後ろに回り込んで、向こうが先に剣を抜いた時だけ、出来そうなら攻撃に参加してくれというものであった。

憲兵隊がいくら剣の扱いになれた存在とはいえ、日常相手にするのは盗賊などを筆頭にした「人間」である。魔物のみならず、魔族、その筆頭である魔王との戦いで生死の淵を彷徨ったワタルにしてみれば、目の前の憲兵隊の剣筋など、ぬるすぎてあくびが出てしまう。

たかが一人と一匹と高をくくっているエドガーらは自分たちが日常いかに憲兵隊という肩書に守られ、無抵抗の人間に暴力をふるうのを当然としてきたかが全く理解出来ていなかった。自分たちに刃向かうことなどないと心のどこかで甘く考えていたらしい。

しかし、ワタルが手を出さないといったところで、憲兵隊10人と冒険者1人でなんとか出来る相手ではない。しかも、幼竜とはいえ、緑竜との戦いを経て、高い経験値を得たブランカは,すでに単体で過剰戦力である。

さらに、エドガー達は気付いていないだけで、脅威度は竜に匹敵するフェンリルまで敵に回っているのである。過剰戦力とはこのことで、むしろ土下座して誤ったら命くらいは助けるよう、頼んでみるのにと考えるワタルだった。

そんなワタルの思いも空しく、ワタルが攻撃してこないのに増長したエドガーはワタルめがけて剣を振り下ろした。

ワタルはそれをミスリルのポールで受け止める。

アイスアックスだと、剣が切れてしまい、正当防衛っぽく見えなくなってしまうだろうと手加減したのだが、それでもミスリルのポール対、鋼の剣である。

その一撃をミスリルで受け止められたことにより、エドガーの剣にひびが入ってしまった。

もっとも、エドガーには、その事実に驚く暇さえなかった。

ワタルに対し明白な殺意をもって襲いかかったことによりブランカの逆鱗に触れ、次の瞬間にはブランカの前爪を振り下ろされ、その場で夏の海水浴場の浜辺のスイカとなった。

それでも他の隊員は、エドガーが死んだことで、自分たちの取り分が増える、ブランカへの攻撃は危険だが、ワタルを人質に取ればなんとかなると、まだ、攻撃の手を緩めず、ワタルを取り囲むように迫ってきた。

「キャーーーー」

そのとき、憲兵隊らの後ろで森の静寂を切り裂くような悲鳴が上がった。

ワタルがそちらを、憲兵隊たちも何があったと同時に振り向くと、そこには右腕を神千切られたワイズが居た。

遠距離からワタルを狙った魔法の詠唱を始めたところで、後ろで待機していたフェンリルに襲われたのだった。

ワタルは急いでワイズのところに駆けつけ、ちぎれた右腕に治癒魔法「キュア」を発動させた。

これはもちろん作戦のうちである。

この世界にはちぎれた腕を新たに生やすなどという魔法は存在しない。ただ、切断された腕は6時間以内であれば、切断部分さえ残っていれば、血管と神経、筋肉と皮膚を接合する上位治癒魔法は存在していた。例えるならワタルの前世にあった、血管神経吻合手術を術技を魔法で代用するようなものである。

ちぎれた腕をそのままに止血だけを行う治癒魔法によって、ワイズの右腕は二度と元通りにならなくなる。それでも端から見れば、ワタルは出血を止めようと出来るだけのことをしたのであって、賞賛されることはあっても、非難されることなどない。

その場にいた憲兵隊員の中には、当然、切れた腕をくっつけるなどという高位の治癒魔法を使えるものなどいなかった。

ワイズは、何の罪もないワタルの命を竜の子に掛けられた懸賞金という金目当てで狙った代償として、二度と魔法が使えなくなったのである。

これで、すっかり戦意を失った憲兵隊は、一気に敗走ムードと成った。

ワタルはそのうちの一人に、「エドガーの死体は家族の元に届けてやれ。

キズを見れば魔物にやられたことは分かるだろう。金目当てに俺を殺そうとした事実については、わざわざこちらから遺族に知らせなければ成らない話ではない。」と伝え、エドガーの死体をもって、ここから立ち去るよう告げた。

ワタルは飛んでくる火の粉だからこそ払っただけで、人の命を奪いたいなどと考えたことはない。

それでも、自分の命が脅かされるとなったら話は別である。どこの世界にも、正当防衛によって相手を殺めることになっても、罪には問われないとする決まりはある。

「わざわざ、自慢したいとは思わないが、俺が魔王討伐の遠征で一人傍観していたと思うのか。クリス達だけが戦っている横で、何もせずに突っ立っていられるほど魔王討伐は簡単なものではない。ちょっと考えれば取り巻きの部下の何人かが俺に向かってきたであろうことは想像出来るだろう。お前ら、自分を魔王の直属の部下と比べて、あるいはクリスの装備取得のために棟はしたダンジョンの最下層のボスと比べても、実力が上だと思うか。これでもお前らを殺さないように目一杯手を抜いてるんだ。この先も、同じような手加減が出来るかどうかは約束しないぞ。」

ワタルはそう言い放つと、すっかり血の気の引いた憲兵隊たちは、おそるおそるエドガーの遺体を担ぎながら、後ずさりし、適度な距離が空いたあと、一目散に逃げていった。

「これで、平穏な日常が戻るといいのだが。」ワタルはそうつぶやくと、ブランカに小さく成るように告げる。

ブランカはワタルが背中に背負うバックパックの天蓋の上に乗れるほど小さくなると、ワタルの後頭部にしがみつく、ここ最近は移動する際の定位置となっている。

ブランカの体重はバックパックが受けて肩と腰に逃がすので、ワタルの首に負担が掛かることはなかった。

そこにフェンリルが近づいてくる。

「ありがとう。魔法での攻撃を防いでくれて助かったよ。」

「あんなのはいっそのこと、腕だけでなく、頭から真っ二つにした方が後々面倒にならなくていいのではないか。」

フェンリルがしれっとそう言い放つ。

「まああんなのでも、人の命を奪ったとなると面倒がついて回るものだ.エドガーは俺に剣を振り下ろしたから、殺意は明らかだが、魔法発動前で証拠も残らないとなると何かと面倒だしな。打ち合わせどおり、腕に留めてくれて計画通りだ。」

「この程度、ワタル殿達に受けた恩に比べれば、まだまだ借りを返したとは言えん。緑竜とあの程度の人間とでは比較にもならない。」

フェンリルは恩を返せると思ったのにと落ち込んだ様子で話すので、ワタルは、恩とか気にしなくていいと励ました。なんなら貸し借りなしと考えてもらっていいと。

それでもフェンリルは納得いかなさそうだった。

そこで、「俺は気にしてないが、そんなに気になるなら、またいつかこの地を訪れたとき、何か頼むかもしれんが、そのときに手伝ってくれ。」

ワタルがそういうとフェンリルは今まで落ち込んでいたのが嘘のように目を輝かせ、「そのときはいつでも言ってくれ。」と胸をはった。

ワタル達はフェンリルと別れを告げると、森の入り口まで戻ってくる。

「さて、この後どうするか。」

まだ、テント完成予定日まで2ヶ月ほどある。フランフールの町に行くには早すぎる。

いろいろあってツェルマーの町ではヴァイスホルンもマリウス鉱山も十分見て回れなかったが、厳冬期に標高の高い山に行くにはブランカにはきついので、次の目的地を決めあぐねていた。

それでも、しばらくはブランカを付け狙う者に追い回されることもないだろう。

ワタルは、早いとはいえ、しばらく町に立ち寄ってないことと、羊毛や緑竜の素材など,収納の肥やしになっている素材を金に換えようと、フランフールの町に戻ることにした。




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