バトルシープのジンギスカン
緑竜を倒した日からさらに一月が過ぎようとしていた。
その間もまあまあ順調にブランカの攻撃特訓が続いていた。
緑竜を倒したことで、ブランカのレベルは急激に上昇したようで、元々高かったのであろう攻撃力は手が付けられない状態になった。
HPがどの程度なのかは、ブランカがダメージを受けているところを見たことがないので、正直分からないが、もはや、森に出てくる魔物では、訓練にすらならなくなっていた。
あの日以来、狼が襲ってくることはなくなった。ブランカとコルの気配に怯えたのか、それとも縄張りが復活したため、森の入り口まで来る理由がなくなったのか、それとも銀狼王の命令によるのか。
そういえば、銀狼王は竜を倒した瞬間、フェンリルに変異していた。
狼は虎を倒すと銀狼王に変異し、竜を倒すとフェンリルに変異するのだそうだ。
まあ、狼が竜を倒すとか、よほどの条件が合致しないと実現しないので、フェンリルが最後に確認されたのは数百年前らしい。あまりにも昔のこと過ぎて伝承でしかないが。
フェンリルになった銀狼王は、ワタルにいつか、恩は返すと言って、森の奥に群れを率いて去って行った。
ワタルとしては緑竜の素材だけで十分高額の買取額が見込めた上、そもそも見返りを求めて助勢した訳ではなかった。特に気にしなくていいと伝えたのだが、フェンリルは律儀にも,そうはいかないのだそうだ。まあ、当てにしないで待っておくと返答しておいた。
コルは、しばしのブランカとの生活を堪能した後、再び妻の敵を探す旅に出ていた。
温暖な地域とはいえ、やはり冬は寒い。日中も薪ストーブで温めたテントの中で過ごす時間が自然と多くなっていた。
それでも、低い気温とそれほど高くない湿度は、肉の熟成に適していた。
生活用のテントとは別に、肉の熟成を行う場所としてもう一つテントを設営し、ベルリーに向かう途中で手に入れたバトルシープの肉の熟成を全部終えることが出来た。
エメリーのおかげで血抜きも完璧な内臓だったが、牛や豚に比べると今一つクセが強すぎてワタルの口には合わなかった。
ブランカとエメリーは特に不満もなく、辛味が主体の味付けで、特には焼いたり、あるいはスープの具にしたりして料理したものを完食していた。
だが、やはりワタルにしてみれば、自分の分とエメリー達の分を別々に調理するのは手間が2倍になるので、あまり嬉しくはない。
そこで、熟成が完了したこともあり、今日は羊の肉を使ってご飯を作ろうと考えていた。
キャンプで羊肉と言えば、もうジンギスカンしか思い浮かばない。
羊肉を挽肉にしてソーセージにするのも捨てがたいが、ミンチを作るのに、包丁で叩いて作るのは時間が掛かりすぎる。これについては別の機会にフードプロセッサーを注文製作しようと考えていた。思いついたアイデアがあったが、いかんせん今は街を離れてノマド生活中である。
で、結局芸はないが、ジンギスカンを作ることにした。
醤油と味噌の両方を併せた、辛味の強い目の揉みダレを造り、ニンニクも入れてみた。
タマネギとキャベツ、千切りにしたにんじんも羊肉と一緒にタレに漬けて、スキレットで焼いていく。すぐにテント内にビールが欲しくなるにおいが立ちこめた。
まあ、この世界にビールという飲み物はなく、よく似たエールという飲み物はあるが、炭酸の効いたビールこそ、ジンギスカンのお供であるべきだ。
まあ、ジンギスカンだけでも白いご飯は進むので、何の不満もない。
だが、問題はワタルが白米を食べようとすると、エメリーもブランカも欲しがるということにある。
ワタルがお米を炊いているのは山岳用の小さなコンロに乗せ、一人分の米を炊くことが出来る小さな銅製の箱であった。
ガイドとしての仕事で客を案内し、野営で料理を提供する場合でも、米ではなくパンであったため、一度にたくさんの米を炊く調理器具を持っていなかったのだった。
米を炊く釜もいずれ入手しようと考えながら、飯盒で2回ご飯を炊いて、エメリーとブランカにも分けて与えた。
「ご主人ーこれおいしいよ」
・・・
えっ?
今のは。
エメリーの方を見る。
するとエメリーが
「おいしい。」
しゃべった。
緑竜との戦闘でレベルが急激に上昇したのはエメリーも同じだったらしく、さらに、この間のブランカの特訓中にエメリー にも経験値が分けられていたことで、人語を話すことが出来るレベルに到達したらしい。
というか、スライムって人語を話せるのか。
元々、スライムは最弱の魔物であり、そもそも他の魔物と戦闘して生き残ることがないため、レベルが上昇するという現象すらあるのかどうかも分からないほど希有である。
ワタルが保護しながらも、スライムではどうがんばっても討伐できない魔物を狩ることで、スライムではあり得ないほどのレベルアップを果たしていた。
結果、人語を話すことが出来る他の高位の魔物に引けを取らないレベルにまで成長していたのだった。
「このお肉美味しいけど、辛いー。」
そうか、エメリーは普段こんなことを考えていたのか。
少し辛味を抑えたタレをもう一つ作って、エメリーの分を焼いてあげた。
ブランカにも念のため、辛味を抑えた方も与える。
ワタルの倍以上食べる二匹だが、幸い羊肉は十分過ぎるほどたくさんある。
毎日食べると飽きるが、毎日食べても、冬の間は持ちそうである。
そろそろ場所を変えようか、ワタルはその日の夜、そんなことを考えていた。
ブランカの訓練にも物足りなくなってきた。他に比べれば過ごしやすい気温ではあったが、やはり一つのところにテントで長く滞在するというのはワタルの性に合ってなかった。
ブランカを付け狙う輩もそろそろ諦めたのではないか、コレがフラグになるとも考えずに,ワタルはそう思った。
深夜、ワタルはテントの外に一つの気配を感じた。
息を殺しながら、テントの中を伺う人間の気配であった。
魔物ではなく、こんな何もない場所に人間が、それもこの時間に、ワタルに声を掛けるでもなく、ただ、近くの林の木の陰から、友好的な理由でないことは明白と言えた。
誰が何の目的で、というのも愚問か。
しばらく落ち着いていたのに、面倒な話だ。
ワタルは、テントの中で音を立てずに起き上がると、相手の動向をうかがい、いつでも飛び出せるように身構えた。
エメリーとブランカは、専用のベッドで寝ていて、外の気配には気付いていないようだ。
ワタルは警戒しながら、そのまま相手の出方をうかがったが、しばらくして、気配は遠ざかっていった。
おそらくは偵察だろう。本体はと、ワタルはソナーで先ほどの気配が遠ざかっていった方向に、索敵の注意を向ける。
500mほど離れた街道の脇に10人前後の反応があり、先ほどこちらを伺っていた者は、その集団に合流していた。
日中は気配がなかったので、ここに到着したばかりだろう。
ブランカが居るかどうか分からなかったため、確認に来たものの、テントに防御結界が張ってあったので、確認出来ず、一度引き下がった、すると本格的に動くのは明日の朝、というところか。
こういうのは先手必勝である。
呑気に寝ていて回り込まれると、戦術的に不利であることは明白である。
ブランカの増大した火力なら、蹴散らすことも出来そうだが、相手の実力が分からないのに、過小評価するのは、愚者のすることである。
ワタルは、すぐに行動を起こすことにした。
ストーブの火を消し、シュラフとストーブを収納する。周囲の気配が消えているのを確認し、テントの外に出て、熟成用に設営していたテントの中の肉を収納し、テントもたたんでしまう。
寝ているのを起こすのは忍びないが、ブランカとエメリーにはバックパックの中に入ってもらい、最後にテントも収納して、移動の準備が完了する。
夜間に移動するのは、ガイドとして全く奨励できない行動だが、敵意のある集団に囲まれる恐れがあるとなれば別である。
ワタルは、ライトの魔法で足下を照らしながら、森の奥へと入っていった。
そのときワタル達のテントの場所から500mほど離れた街道脇で野営していたのは、ベルリーの憲兵隊の部隊長であったエドガーとその腹心の部下及びワイズだった。
ブランカに掛けられた懸賞金に目がくらみ、ベルリーの街でワタル達を襲った面々である。
街の中に閉じ込めたと、門の出口を固めて街中を探索していたがワタル達が見つからず、包囲網を突破してワタル達は街の外へ逃げたと結論付けた矢先、ワタルが助けた商人がベルリーに戻り、自分を助けてくれたワタルの英雄譚を吹聴していたのが、エドガーの耳に入ったのである。
その人物の特徴から、ワタルの可能性があると判断し、逃走者を捕縛するなどという口実をでっち上げて、自分の腹心の部下だけを連れて、ベルリーから相当離れたこの場所まで出向いてきたのだった。
翌朝、エドガー達は、偵察による情報を踏まえて、ワタルのテントがあった場所を取り囲むように、部下を配置させ、包囲網を狭めていく作戦に出た。
しかし、そこにあったのは野営の跡地で、テントも何もかももぬけの殻だった。
エドガーは偵察と夜警の部下を怒鳴りつけるが、夜警の部下は、自分たちを通り過ぎて街道に出た者はいないと断言したことで、昨晩ここでテントを張っていたものは、ほぼワタルに間違いないだろう、おそらく追っ手に気付いて夜中のうちに移動したに違いない。森の奥に入り、そこから方向を変えて別の街に出るつもりだと瞬時に判断した。
昨晩に出発しているなら、それほど遠くにはまだ行っていないはずだと、すぐに後を追いかけると部隊に指示し、森の奥に入っていった。




