決戦!ドラゴン
朝、4人は体ドラゴン戦に向けて最後の確認をしながら、朝食を取る。
朝はワタルがワイガー調査のときに作り置きしておいた時雨煮のおにぎりと牛骨スープで出汁をとった味噌汁にした。
どちらもワタル以外は初めて食べるものであり、今から生死を賭けたドラゴンとの戦いだというのに、マイペースのクリスが、おにぎりをもっとくれ、とワタルに詰め寄り、ワタルは苦笑しながら、もう一つ渡した。
4人の中で戦略を考えて指示するのはワタルの役目だった。
「戦場はここ、7合目避難小屋跡地にする。この一帯の地形で、ここが唯一4人の陣形を確保出来るスペースはここしかない。クリスとオレが前衛、マリアは開始直後に全員に防御の付与、後は回復に徹してくれ。リディアは最後尾から光属性の魔法で攻撃を頼む。他の属性魔法はほぼ通用しないだろう。光属性の魔法もどれだけ効果があるかは今のところ未知数。クリスとオレだが、ドラゴンが空中に居る間は有効な攻撃が出来ない。早めに地面に引きずり下ろすことがまず最初の目標になると思う。」
「攻撃届くよ。」クリスが2個目のおにぎりをほおばりながら、何でもないように話す。
「そうなのか?クリスの剣はそんなに長くないぞ?」
当代の勇者のクリスは女性であるにも拘わらず、地面から胸の位置まである聖剣を軽々と振るだけの腕力がある。とはいえ、所詮その程度の長さ、空中のドラゴンに届くはずもないのだが。
それでもクリスが出来るというのであれば出来るのだろう。
「準備が出来たら、オレが、山頂近くまで行って、ドラゴンをここまで引っ張ってくるから、今の陣形で迎撃の準備だけは怠らないでくれ。」
食事と戦略の最終確認が終わるとテントを片付け、戦場となる空き地を出来るだけ広く確保する。地上で戦うしかないワタル達にとって、平坦なこの場所は、唯一不利な地形の中で、不利を縮めるために必要な場所であった。
一応前回同様、7合目小屋の空き地から下った林の中に、避難用のテントを張り、万一の場合の逃げ場にしておく。ワタルの野営用結界にマリアの結界を重ねることで、ドラゴンのブレス・・・はともかく、通常の攻撃程度なら持ちこたえることは出来るだろう。
全ての準備が整うと、言葉を交わすでもなく、4人はそれぞれが目線を交わした。
魔王との決戦前、最後に魔王城に乗り込む前もこんな感じだったな。
ワタルは、ガイドとして常に客の安全に気を遣う立場ではなく、自分の背中を預けられる同僚としてみることの出来る3人の存在を頼もしく感じた。
「じゃあ、行ってくる。」
「「「気をつけてね」」」3人がワタルに同時に声を掛ける。
「生きて帰るぞ。」ワタルのおきまりの言葉だった。
危険な山に登る時も、山頂に到達することが最終目標ではなく、無事に戻ってくることが何より大切だということ、どんな危険な相手でもダンジョンでも、目的は倒すことでも攻略することでもなく、生きて帰ってくるということ、命さえあれば、無事でさえあれば、再度挑戦することが出来る。前世の登山家として、今世の冒険者ガイドとして、ワタルの生き方において、その部分だけは揺らぎようのない部分であった。
ワタルは、音を立てず、まるで氷の上を歩くかのように頭を縦に動かさずに、山道を歩いているとは思えない速さで灌木の林の中に消えていった。
しばらくすると、「ギャウーーー」という声が山の上から聞こえ、その数分後に、ワタルが林の中から飛び出してきた。
「来るぞ、迎撃準備」
その言葉の直後、林の上から、漆黒の翼、体をした大きな巨体が飛んできた。
ワタルの迎撃準備、の声に、マリアが防御支援魔法を発動させ、リディアは光属性の最上級魔法の詠唱を開始する。
ほとんどの魔法を無詠唱で発動出来るリディアであるが、最上級の魔法を威力を落とさずに発動させようとすると詠唱は省略できないらしい。もっともドラゴン相手に詠唱の時間を取ることが出来るのは準備二時間を取ることの出来る初撃だけだろう。最初の一撃に最大の戦力を投下する、これも兵法の鉄則である。
打ち合わせのとおり、マリアの支援によって防御力が一次的に上昇した、4人はそれぞれの役割通りの陣形を取る。
ワタルは、4人の中で唯一、不安定な足元を苦にせず移動出来る山岳ガイドとしての経験とスキルを持っており、ドラゴンの攻撃と注意を自分に集めるように動く。
手に持つダブルアックスは勇者の持つ聖剣でなければダメージを与えられないと言われた魔王にも通用するオリハルコン製である。ドラゴンの堅い鱗にも通用するはずである。もっとも今はドラゴンが届く位置にいないため、回避に徹しながら、他の3人がそれぞれ役割を果たすことが出来るポジションを確保出来るように防御に徹する。
序盤はリディアによる遠隔攻撃に依存するしかない。クリスもワタルもドラゴンのダメージが蓄積して、地上に降りてくるまでは、攻撃の術がない。そういえばクリスは剣が届かなくても攻撃出来ると言っていたが。
勇者だから魔法の才能も通常の魔術師以上にあってもおかしくはないが、魔法を使っているところは見たことがないが。
ワタルがそう考えながらも、ドラゴンへの集中を切らさず、その一挙手一投足に注意していたとき、事件が起こった。
林の中から、人影が現れたと思ったら、突然ドラゴンの前に飛び出し、「俺たちが相手だ」と叫んだ。
その人物とは、ギルドの部屋に居たワイズだった。確か「賢者の剣じゃ」とかいうパーティーのリーダー、同じグループと思われる3人がドラゴンに向かって一斉にそれぞれが得意としていうらしい魔法を放っていく。どうやら前衛の一人である剣士を除いて他3人は魔術師らしい。
ワタル達がドラゴンの注意を引きつけていたため、初回の攻撃をドラゴンに浴びせることが出来たが、逆にそのために、ドラゴンの注意がワイズ達に向いてしまった。
リディアが光属性最上位の魔法、光を収束させて、一点に集め、万物を貫く線とする魔法がドラゴンに到達した直後、周囲一帯にドラゴンの雄叫びが響き渡った。「黒竜の咆哮」である。精神攻撃に対する耐性の低い者は即死しても不思議のない一撃、リディアが軽いめまいを生じたが勇者パーティーのメンバーは歴戦の強者であり、ほとんどダメージを受けなかった反面、
咆哮が止み、静寂が訪れたその場に気絶した4人が転がっていた。
「何しに来たんだよ。辞めとけって言ったのに。」
ワタルがぼやく。部屋の中で見たときから役不足なのは目に見えていた。こうなっては足手まとい以外の何物でもない。
ワタルは他の3人に、悪いけど時間を稼いでくれ、オレはこのバカ達を避難所として設置してあったテントに放り込んでくる。」
そう言って、身体強化を発動させ、地面に転がっていた4人を拾い集め、左肩に担ぎ上げて、林に向かって走り出す。
クリスが、ドラゴンに向かって,聖剣を一閃すると、その衝撃波がドラゴンに突き刺さり、ドラゴンはダメージを受けたと思われる悲鳴を上げた。
ワタルはその攻撃を横目に見ながら、「クリスが言ってた遠距離攻撃も出来るってこれか、勇者ってすげえな。」と感心したが、今は一刻も早く、肩に担ぎ上げた邪魔者を隔離して、戦線に復帰しなければならない。
ワタルは、駆け足でテントに行き、4人を中に横たわらせ、クリス達の元へ戻った。
ワタルが林から出て、最後尾のリディア、その前のマリアが見えた時、前方のドラゴンが口を開き、大きく息を吸い込んでいるのが見えた。
ドラゴン必殺の一撃「ブレス」の体勢に入ったようだ。
その標的はクリスだった。クリスはブレスの射線上にマリアとリディアが入らないように自分の位置取りを保っていたようだ。
とはいえ、こんな至近距離でドラゴンのブレスを真正面から受けたら勇者といえどひとたまりもない。いくらクリスが俊敏とはいえ、この足元ではブレスを躱し切れるほど早く動けるだろうか。
ワタルは、クリスをドラゴンブレスの射線から外そうと、クリスの元に向かおうとしたが、間に合わなかった。マリアが、リディアが、そしてワタルが見ている前で、クリスにドラゴンブレスが迫り、そして・・・
「「「クリス!」」」3人の悲鳴にも似た声が響くその刹那,ブレスがクリスを包みこ・・・まなかった。
クリスは目の前に迫るドラゴンブレスに向かって聖剣を一閃、ドラゴンブレスを真っ二つにしていた。
「ど、ドラゴンブレスを切った、だと?」何だ、コレ。
ドラゴンブレスって切れるの?
あ、いけないまだ戦いが終わってなかった。
ワタルの頭の中には、リディアの光魔法とクリスの聖剣による衝撃波がドラゴンに対し有効だったことと、そのときにドラゴンの体が少し小さくなったことが違和感として引っかかっていた。
普通なら、攻撃を受けた箇所にキズが付き、ダメージとして残るはずなのに、ドラゴンは全体としてダメージを受け、その結果としてサイズが縮んだ。
これが何を意味するのか、今一つ確証はなかったが、ワタルは試そうと考える攻撃について、マリアに指示を出す。
「マリア、今からオレがドラゴンの動きを封じる。その間にマリアは最上級の解呪魔法をドラゴンに掛けてみてくれ。」
「わかったわ」マリアが答える。マリアにしてもワタルが何を考えているのかは分からないが、そんなことは初めてではない。ワタルがこういう時は何か思うことがあってであり、その何かが結果として間違っていたことは一度も無い。だから、ワタルがそうしろと言えば、信頼してそれに応じることができる。
ワタルは、先ほどまで自身最大の攻撃であるブレスによって、跡形もなく消し炭にしようとしていたクリスが目の前でその攻撃を一閃した事実が受け入れられず混乱していたドラゴンの死角から、両手のひらをドラゴンに向け、時空魔法を発動させる。
魔術師としての才能に恵まれた訳ではないワタルが、10年の歳月を経て、オリハルコンの棒をアイスアックスに加工するために、ひたすら紡ぎ上げ、最後には空間毎オリハルコンをねじ曲げるという荒技でアイスアックスに加工したその魔法をもって、ドラゴンを地面にねじ伏せた。
ドラゴンは悲鳴を上げながらも、その場から動くことも出来ず、首を持ち上げることさえ出来ない。
そこにマリア、世界で最も聖属性魔法を極め、魔王討伐の一翼を担い、大聖女と呼ばれる解呪魔法の第一人者による魔法がドラゴンを包み込んだ。
すると、ドラゴンを包み込んだ光がひときわ強く光り出し、光の球の周りから黒い霧が大気中に放たれて消えていく、と同時にその光の球はどんどん小さくなり、そして光が静かに消えていった。
「きゅあっ」
光が消えた後、そこには子犬くらいの大きさの白い幼竜が居た。
えーと、今怒ったことを正直に話すぜ。俺たちはドラゴンに戦いを挑んだんだ。ドラゴンは強かった。その咆哮で足手まといとはいえ、上位ランク冒険者といわれた4人を失禁させて気絶させたんだ。しかもそのブレスはさらにやべえ、仲間の一人が絶体絶命のピンチに追い込まれたんだ、と思ったらその仲間が剣を一振りすると、そのブレスが真っ二つになって消えたんだ。そして、ようやく倒したと思ったらそこには竜の赤ちゃんがいたんだ。何を言っているか分かんねえだろうと思うけど、オレも何を言っているのか分からねえ。
そして、ドラゴンとの生死を賭けた戦いが終わった・・・多分




