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2日ぶりのダウンシュラフが最高だったはずの件

ワタルは、テントの中で寝ていた。

ドラゴンに見つからないように、認識阻害と防音、魔力拡散防止の結界を張ったテントを張っておいたのは万一に備えてだったが、その嫌な予感が的中したことで九死に一生を得ていた。

それでも、さすがに息を殺してドラゴンをやり過ごす時間はとてつもなく長く感じた。こんなに長い夜は、アンナプルナの北壁を直登するのに手間取り、途中でビバークして氷点下の夜を崖の途中で過ごしたとき以来か。

その気になれば、昨晩も眠ることが出来たかもしれないが、極限状態にあった4人をそのままにして一人だけ寝るというのも憚られた。その前の晩に見張りを免除されたといは、襲撃されてもたかが知れてると思っていたし,現に対処出来る程度の魔物にしか襲撃されていなかったため、あの4人でも対応出来るだろうと一人熟睡を決め込んだが、さすがにあのドラゴンでは分が悪そうなので、ワタルもつきあって起きていることにしたのである。

やっと眠ることが出来る。そう思った矢先だった。

テントの外に誰かが立っている。と思ったら,テントをポコポコノックしてきた。

「ワタルさん、お休みのところを済みません。まだ起きていらっしゃいますか?」

前にもこのパターンあったような。

もう嫌な予感しかしないよ。

「・・・分かった。着替えてから行くから、先に行っていてくれ。」

ワタルは名残惜しそうにシュラフから這い出て着替え、自作のダウンジャケットを羽織ってテントの外に出た。

すぐに戻ってこれるかな、と一抹の不安を抱えながらもテントはそのままにしておくため、防犯の結界を張ってからギルド出張所に歩いて行った。

ギルドで通された部屋にはヘルマン所長の他、「勇者はYOUさ」の4人のほか、見慣れない顔がいくつかあった。

ワタルが部屋に入ると、ヘルマンが、話し始めた。

本日戻ってきた先行調査隊によれば、ワイガー山頂付近に真っ黒の個体のドラゴンが住み着き、結果ワイガーダンジョンの勢力分布がおかしくなっているとのことだった。ドラゴンがいつ山を下りて麓の村や町を襲うか分からない。そこで討伐隊を組織することになった。是非とも協力して欲しい。報酬は討伐者に金貨1000枚をゲルマニアギルド本部から用意する。」

「おお、金貨1000枚ってすっげえ金額じゃねえか。ビッグチャンスだぜ。」

部屋のあちらこちらからそんな声が聞こえる。

「オレはさっき断ったよな?何でオレを呼び出したんだ?」

ワタルが部屋の盛り上がる空気を一瞬にして冷やす一言を発する。

「金貨1000枚で何が不足だってんだ。」

の機嫌が悪くなる。

「金の問題じゃないだろ、どれだけたくさん金があったところで死んでしまえば使えないんだぞ。」

「そんな臆病なやつに参加を求めなくていい。」

部屋に居た見知らぬ男が吐き捨てた。

「アンタは誰だ?」

オレはAランクパーティー「賢者の剣じゃ」のリーダーを務めるワイズだ。俺たちがそのドラゴンを退治してやるから、引っ込んでいればいい。」

「そうか、がんばってくれ。じゃあ、オレはこれで。」

ワタルが部屋を出ようとすると,後ろからイラッとした声で所長が「ちょっと待てって行ってるだろう。ドラゴンが出たんだぞ。この町の危機じゃねえか。なんとかしてやろうって気概がお前さんにはねえのか。」

「いくらこの世界の冒険者の命が軽いからって、簡単に捨てるほど安っぽい命は持ってないつもりだが。」

「オレ様の権限で、Sランクに引き上げた上で、強制依頼という方法もあるんだぞ。」

「ねえよ。本人の意思に反してSランク昇格は出来ない。そもそもそういうのが嫌でSランク昇格を断ってるんだ。」

「お、お前Sランク昇格を断っただと?」今はそこじゃねえだろ、というツッコミをしたくなる発言が横から飛んでくる。

「一度話したと思うが、山岳地帯での戦闘というのは足場が悪く近接攻撃はその実力の5分の1も出せないんだ。まして相手はドラゴン、その体表を覆う鱗はミスリルの剣ですらキズをつけることは出来ない上に大半の魔法も通用しない。この部屋に居る人間など、秒殺されて終わるだろう。」

「じゃあどうしろっていうんだ。」

「山から下りてくるなら、平地で迎え撃つというのが,考えられる選択肢だろうな。ただ、オレの見解では、あのドラゴンは山から下りて来ないというより来られない気がする。どうしても出向いて討伐したいというのであれば、隣国の勇者達に頼んだ方がいい。クリスの持つオリハルコンの聖剣なら、ドラゴンにダメージを与えることが出来るだろうし、リディアの光属性の最上級の魔法ならドラゴンにも通用するだろう。何より状態異常と即死攻撃への耐性のあるクリスが前衛でドラゴンを抑えることが出来なければ、パーティー全滅まで「分」も掛からないだろう。後は勘だが、聖女クラスの高位の神官が必須のような気がする。まあ最後のはあまり根拠がないが。」

ワタルはそう言うと、部屋を出て行った。

ガイドとして、無駄死にになる挑戦は止めたかった。調査クエストだって、危険と判断すれば引き返すことを条件に引き受けた。臨時とはいえ、パーティー扱いされた以上「生きて帰る」はワタルのガイドとしての矜持である。しかし、討伐クエストは意味が異なる。わざわざ向かっていったら、撤退のチャンスさえない。ドラゴン相手にそんな暢気な話は到底通用しない。勇者ですら、山岳という舞台では平地と同じような実力は出せまい。

下手に名前を出して巻き込んでしまったかな、そう思わないでもなく、何となく後味のほろ苦さをかみしめるワタルであった。


大分時間を遡ること、ワタルがリバープルの町でクリス達に遭遇し、ゲルマニアを目指していた頃、

クリス達はブリタニア王国王都の王城で国王と謁見していた。

「以前、ワタルは金だけ受け取って立ち去ったとおっしゃいましたことを覚えておられますか。本当のことでしょうか。」

クリスは勇者免責の庇護を受けており、国王に対しても、遠慮がない。

「もちろんじゃとも。話があるというから何かと思うたが、なぜ今頃そんな話をするのだ、勇者殿」

「ワタルと、リバープル野町で合いました。魔王討伐の報告の時、ワタルだけ謁見の間に居なかった本当の理由を教えてもらいました。」

「何?ワタルが生きておると申すのか。騎士団長、おぬし、ちゃんとワタルは始末したと申したではないか。」

国王は険しい顔つきで、クリス達の後ろに控えて居た騎士団長を叱責するが、

「国王様、勇者様の前でそのお言葉は」

遅かった。国王はワタルが生きていることに驚き、騎士団長に命令して、ワタルを殺そうとしたことを自白してしまっていた。

もちろんこれに激怒したのはクリス達3人である。

「聞かせて頂きました。ワタルを殺そうとしたのですね。報償を与えるのが惜しいなどという理由で、」

「私たち様は、ワタルに何度も命を助けてもらいました。ワタル様が居なければ魔王討伐どころか、魔王の前にすらたどり着けなかったと行っても過言ではありません。」

3人の中でもっとも性格が温厚で、声を荒げる等という高位と無縁であるはずのマリアまで怒りを抑えきれずに発言していた。

「ひどい。」

賢者であるリディアは、魔王討伐の功績におって大賢者の称号を与えられて居たが寡黙な性格は相変わらずであった。ただ、口数少ないからこそ、その一言は破壊力抜群である。

「この世界のために献身的に尽くした私たちの仲間にそのような仕打ちをされるとは。ブリタニア国王の見識を疑います。」

「王の御前であるど、勇者様とはいえ失礼ではないか。」

「賜った爵位は返上いたします。私たちはこの国を出ます。」

「それは困る。勇者がこの国に居ることがブリタニアにとって、隣国との外交上とても重要なのだ。そもそもおぬしらは、勇者、大聖女、大賢者、いずれもそれぞれの職業の頂点に立つ最上級職であるのに対し、ワタルは、なんと言ったかな、あどべんちゃあがいどとかいうよく分からない職業ではないか。そのような底辺の平民とおぬしらとを同列に扱うことのほうが間違いだと思わんか?」

「もう結構です.失礼いたします。」

クリス達が謁見の魔を退席しようとすると、後ろに控えて居た騎士団が制止しようと出口の前に集まる。

「私たち相手にその人数で足りると思われますか?通して頂けなくても通りますが、それでよろしいでしょうか?」

「・・・っ」呻きながら騎士団長が横へ退くと騎士団もそれに従う。静まりかえった謁見の間を3人は悠然と出て行くのだった。



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