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勇者リスペクト?

ワタルは、ソファに座っていた4人のパーティーと一緒にワイガーの異変について調査する依頼を受けることになった。

部屋を出ると、パーティーのリーダーらしい男がワタルに声を掛けてきた。

「この後、飯を一緒にどうだ。臨時とはいえ、仲間になるんだ、自己紹介もかねて、話をしようじゃないか。」

「飯はもう済ませたんだ。だが、行動を共にするなら最低限しっておかなければならないことがあるな。あんたらは飯を食えよ。オレは酒だけつきあう。」

「よし分かった、それでいい。酒くらいおごってやるよ」

「いや初対面だし、気にしなくていい。」

「そうか。じゃあ無理にとは言わん」

そうして5人はギルドのテラスに移動した。多くのギルドが飲食スペースを併設しているように、ここツェルマーのワイガーダンジョン出張所はログハウスになっていて、テラスで飲食が出来るようになっていた。夏の夕暮れなんかに、涼みながら冷えたエールは再興だろう。本当はビールがあるとありがたいのだが、麦芽の発酵により出来た炭酸ガスを留めておく機密性のあるタンクがこの世界にはないのだろう。気の抜けたエールとワインがこの世界のアルコール飲料の主流らしい。聞いたところによると、東の国では米を発酵させてつくるアルコール飲料があるらしいが。

まあ、いつか日本酒も手に入るといいな。

ワタルはエール一杯とつまみにオークの煮込みを注文した。

「名前、まだだったな。オレはアレン、Aランクパーティー「勇者はYOUさ」のリーダーをやっている。職業は剣士だ。そして、こいつが魔術師のリナ、治癒師のミーナ、盾役のミッシェルだ。」

「初めまして。魔術師のリナよ。得意なのは火属性の魔法ね。でも、風属性の魔法も使えるわ。風属性の魔法は中位まで、火属性は上位まで使えるわ。」

「こんいちは。治癒師のミーナです。ワタルさんは聖女マリア様とも一緒のパーティーでしたの。あの方は私のあこがれです。あの人に少しでも近づけたら」なぜか遠くを見るようなうっとりした顔になっていた。

「タンクのミッシェルだ。どんな魔物が攻撃してきても、オレ様が止める。それがオレ様の役割だ。」

「ワタルだ。職業は聞いたことないと思うがガイドだ。冒険者を安全に目的地まで案内し、無事に帰還させることを仕事の内容としていた。今はのんびりするはずだったんだが、かり出されてしまった。ガイドでは、何をするのか分からないだろうが、ルートの安全を確保するという意味で、索敵、罠回避、初等の毒と麻痺のそれにキズの治療はできる。魔法は基本4属性の魔法を使えるが、戦闘には余り向かない。遠距離での放出攻撃魔法は使えない。近接戦闘は好きではないが、出来ない訳ではない。」

一通り自己紹介が終わったところで、ワタルのエールとつまみ、4人の食事が運ばれてきた。

「それでは、明日のクエスト成功を祈念して乾杯」

アレンがそういってエールの入ったジョッキを持ち上げる。

「乾杯!」全員が唱和した。

ワタルは掌に氷の魔力を纏わせ、ジョッキを冷やしてから、口元に運んだ。

「え、それ何?」

魔術師だけあって、リナが魔力の流れに気がつきワタルの方を見る。ジョッキに水滴が付いているのを見つけて、何をしたのか聞いてきた。

「ああ、エールは冷えている方がうまいからな。」

特に不思議なこととも思わなかったので、気軽に答えたのだが、その場にいた全員に驚かれた。

突然横にいたアレンがジョッキをひったくり、飲み始めた。「うめえ、なんだこれ。こんな飲み方があったのか。」

その言葉を聞いたミッシェル、リナ、ミーナが自分たちにもと回し飲みしていく。

「おいしい」「うめえ」口々に叫ぶ。

「オレのエールなんだが。」

ワタルはあきらめてもう一杯注文しようとすると

アレンが「横から取っちまって悪かったな。次は奢らせてくれ、それで、俺たちももう一杯頼むから、そいつを・・・同じように冷やしてもらえないか?」

ワタルは苦笑しながら、自分と4人の分のエールを同じように冷やしてやった。

リナは魔術師としてその方法が気になったようで、どうやるのかを聞いてきた。

「水属性の魔法の応用になる氷魔法を手のひらに集め、その手をジョッキに当てることでジョッキ毎中ノエールを冷やすと教えた。

「それより明日だが、経験者のあんたらには言うまでもないことだが、無理は禁物だ。さっきも所長に言ったが、手持ちのポーションが3割を切ったら山頂までいけなくても引き返すことを約束して欲しい。蛮勇は決して武勇ではない。」

「あと、ミッシェルはタンクとして耐久力と守備力には自信があると思うが、ワイガーの1合目のフロアボスのまーダーグリズリーと5合目までに出てくるらしいブラックグリズリーは出来るだけその攻撃を受け止めるのでは無く、躱すか足止めする方向で対処したい。」いくら大盾の守備力に自信があるといっても熊の突進力をまともに受けたら大けがするぞ。

「見くびるな、今までにも何度も止めている。」

「いや、見くびるつもりはない。回避出来るリスクは回避するほうがいい。」

「そういう話は明日でいいじゃない。ワタルさん、聖女様について教えてください」とどうやら聖女様ラブなミーナが話題を変えようとして会話に入って来た。

「いや、パーティーでの回復役という以外には知らないぞ。」

「こう、私生活でのエピソードとか。」

「悪いが私生活について語ることが出来るほど、よくは知らない。」

「魔王の討伐遠征でずっと旅した仲ではないのですか。」

「過去の話はあまりしたいとは思わないんだ。それに、プライベートなことは本当に何も知らない。魔王討伐の遠征もオレ一人だけ別行動することも多かったしな。」

「そうなんですか。ワタルさんだけ男性じゃないですか。ワタルさんを巡る恋のバトルとかなかったんですか。」

どうして女ってこういう話が好きなのか。

「いや、3人はお客さんで、オレはガイドだから、その辺の区別はきちんとつけないといけないし、宿も別にしてたんだよ。」

「えー、そこまで徹底すると逆に不自然ですよ。」

まあ、三人が宿に泊まって居る間に、攻略するダンジョンの下見などをしていたのだが、こんな話をするとさらに広がってしまうので黙っている。

「それより、オレは勇者クリスティーナ様の話が聞きたい。」

ミーナの勢いに押され、聖女マリアの話が一段落したところで、アレンが話題をクリスに替えようと話し出した。

「やっぱりクリス様の持つ聖剣ってすごい威力なんですか?」

まあ、勇者に関するありがちな質問ベスト3に確実に入りそうな質問が飛んできた。

「そうだな。魔王に唯一傷をつけることが出来るのが聖剣だから、その聖剣を操ることが出来る勇者が魔王討伐の使命を背負うことになる。」

「やっぱ勇者ってすげえなあ。」

クリスの方がどうみても年下なんだが、目の前のアレンは勇者に心酔しきっている。

「俺たちのパーティー名って勇者様リスペクトなんだぜ。」

うん、知ってた。

ていうか、本当にその名前で良いのか?

「酒もほどほどにしないと,明日に差し支えるし、今日はこれくらいにしておこう。ところで、明日は何時に出るんだ?もう日が大分短くなってきたから、早めに行動する必要がある。遅くとも朝8時、出来れば7時にはここを出るのが望ましいと思うのだが。」

ワタルは山の朝は早いのが当たり前という間隔でそう告げた。

「いくら何でも早すぎるだろ。9時にしようぜ。」

とアレンが言うが、

「朝1時間早く動き始めれば、その分野営地に着くのも、野営に適した場所を探す時間も1時間早くなる。安全な場所で1時間惰眠をむさぼれば、危険な場所での安全確保の時間がとれなくなる。そう考えれば、ここで時間を無駄にするのが命を縮める結果につながるのは分かるだろう。」

「8時出発でいいな。」

ワタルは全員の安全のために、8時出発を譲らなかった。


翌朝、ワタルは午前5時に起きると、テントを撤収し、朝ご飯ついでに、寸胴でショートホーンブルの骨を煮出して、牛骨スープを取っていた。

寸胴ごと収納しておけば、後は料理の都度少しずつ使ってスープのベースにすることが出来るからである。

早ければ、今日中に7合目にあるらしい避難小屋までたどり着き、翌日山頂を目指すことが出来るが、途中の魔物、特にフロアボスとの戦闘次第では、途中で野営、7合目にたどり着くのは翌日か、下手をすればさらにその次の日か。全体で3泊4日として、最悪の場合も想定して1週間分の食料は準備しておかなえればならない。

まあ、ワタルの異次元の容量を持つ収納には、まだショートホーンブルが200kg以上、キラーベアも50kg、米も3ヶ月分以上残っており、半年山にこもっても、間に合いそうな食料が備蓄されていたが。

調理が終わり、朝ご飯を食べ終わった頃、アレンたちが身支度を調えて待ち合わせ場所にやってきた。

「じゃあ、調査依頼の間よろしく。」

お互いに声を掛け、ダンジョンに入っていった。

「先頭はオレとミッシェル、真ん中にアレン、後方にリナとミーナのフォーメーションで進む。アレンは後方から敵が接近してきた場合は、リナとミーナの護衛として場所を入れ替わることが出来るポジションで。」

ワタルがそう指示を出す。一人だけパーティーメンバーではないが、それが一番理にかなっているので、素直に受け入れてもらえたようだ。


今日は寄り道しないでルートを最短距離で進んでいるあめ、ダンジョン二杯って1時間も立たないうちに1合目の標識手前、フロアボスのマーダーグリズリーのところまで来たワタルたちであった。

昨日と同じ戦法でいいかと思っていた横からいきなりミッシェルが盾を両手で構えて、マーだ-グリズリーを挑発し、自分に向かって攻撃させる。

アレンは、ミッシェルの後ろでミッシェルがグリズリーの攻撃を受け止めた瞬間に斬りかかろうと構えている。

「あれほど、マーダ-グリズリーの攻撃を受け止めようとすると怪我するといったのに」とワタルはため息をつきながら、自らに身体強化を付して、まっすぐミッシェルに体当たりをしようとするマーダ-グリズリーにトレッキングポールの石突きを槍のように刺し、併せてポールを伝わせて昨日同様、電撃を見舞うと、グリズリーはその電撃によって一瞬硬直した。

それによってミッシェルへの突進は防ぐことが出来、アレンの初撃がそのままグリズリーの肩口を切ったが、切り口は浅く、グリズリーはうなり声を上げると、次の攻撃に向けて構えた、が、そのまま地面に崩れ落ちて絶命した。

斬りかかるなら致命傷を与えないと、かえって手負いの危険な状態にするだけなのに、そうつぶやきながら、グリズリーの背後に回り込み、グリズリーの頭を両手で挟み込んで感電死させたワタルがそこに立っていた。

「詠唱終わったからどいてー・・・え?」威勢良くかけ声で合図して攻撃魔法を放とうとしてそのまま言葉を失ったリナと最初から目の前の光景が理解出来ずにワタルを見ながら唖然とした残りの3人が立ちすくんでいた。

「俺たち、居る必要あるのかな?」「いやまだ始まったばかりだから。」

そんな声が聞こえるが、「誰も怪我しなくてよかった。先に進もう。」

一人明るくみんなを励まそうとするワタルだった。

えにしても、やはり、獣系魔物が見当たらない。

森の形状をしたダンジョンなら、ほぼ確実にゴブリンがいてもおかしくない。狼だって、オークだって普通なら居そうなものなのに、ここまでフロアボスとの対戦しかない。

1合目から2合目もやはり、昨日と変わらなかった。木に擬態したトレントと死角から襲いかかろうとするマンイーターが居るだけだったが、ワタルのソナーによっていずれも攻撃を受けずに、トレントはワタルの電撃で、マンイーターはリナの火属性魔法で、弱点属性攻撃が有効ぶ機能した。

ただ一つ、トレントの弱点は火属性の魔法だと思っていたらしく、雷属性の魔法だと教えたら、植物なんだから火属性でしょ、と反発された。

ワタルが電撃でトレントを瞬殺して見せても、雷が弱点な訳でもないマーダ-グリズリーをも瞬殺しているだけに単純にワタルの魔法の威力が大きすぎるのだとしか思われていなかった。

そして2合目のフロアボス、メガトレントの前までやってきた。

この先さらに敵が強くなるだろうことから、早めに誤解は解いておいたほうがよいとワタルは考え、「あのメガトレントも弱点は雷属性なんだが、どうしても信用できなければ、一つ好きないようにやってみたら?ただ、MPの浪費はこの先の攻略に望ましくないから、ポーション1回分の魔法で倒しきれなければ、弱点属性が間違ってたということを理解してもらえるとありがたいのだが。」

そういってワタルはこのボス戦を黙って見ていることにした。

遠距離から攻撃出来る分にはあまり危険はない。

ただ、最初に葉っぱが刃のように飛んでくるのだが、ミッシェルの盾で防御出来るだろう・・・多分

とりあえず、メガトレントの最初の攻撃だけは防御出来るようにパーティー全員に範囲が及ぶ結界を張ってメガトレントの葉を飛ばす攻撃は防いでおいた。

そのことに驚きながらも、リナが、炎ぞ属性の中級魔法を唱え、大きな炎の槍が5本、トレントに向かって発射され、着弾と同時に火に包まれた。

が、炎が消えた後には焦げた跡さえないメガトレントがそのまま立っていた。

「そろそろ理解した?」ワタルが念のために聞いてみるが、リナは「まだよ」。と一言叫んで、さらに火属性の上位魔法を発動させると、大きな炎の柱がメガトレントの根元から上がり、メガトレントを包み込む。

ところが、炎が消えた後にやはり焦げた跡さえ残らないメガトレントが立っていた。

「そんな。」リナが青ざめた顔でつぶやく。

もうこれ以上はパーティー全体を危険に晒すことになるので、ワタルは強く言うことにした。

「いい加減で間違っていることに気付け。これ以上はパーティーを危険に晒すことになるので容認出来ない。以後トレントに炎属性の魔法を使うな。守れないのなら、オレはこの任務を降りる。」そう叫んでワタルは、ミッシェルに右から飛んでくるメガトレントの枝による攻撃に留意して、出来れば受け止めている間にアレンが剣で枝を切り落とすように指示、左から来る枝の攻撃はワタルが対処すると声を掛けた。

近接戦闘のチームがメガトレントの射程距離に入ると、やはりしならせた枝が左右から飛んできた。

ワタルは左から来る枝をアックスでなぎ払い、断ち切ったが、右からの攻撃をまともに受けたミッシェルは吹き飛ばされていて、アレンの攻撃のチャンスが無かった。ミーナがあわてて、ミッシェルの回復に向かう。

ワタルは、アレンに代わり、右からの攻撃も切り落とした。

さらに接近すると、再度左右上から袈裟切りの攻撃を受けるのだが、ワタルだけ出た対処すると正直パーティーの連携が危うくなる。

「リナは雷属性の魔法は使えないのか?」ワタルが尋ねてみた。

雷属性の魔法は火と水、風と土のように相性が対立して、片方が使えるともう片方は使いづらいという関係になる対の魔法が存在しない。火属性の魔法が得意だと水魔法が苦手ということはあるが、雷魔法が使えないということはないだろう。

「使えないことはないけど、初等の魔法しか。」

「それでいい。初等の雷魔法で攻撃してくれ。メガトレントはもう「遠距離攻撃の手段がないから、一方的に攻撃出来る。」

リナがそれでもまだワタルの言葉を信じていないらしく半信半疑で初等の雷魔法を唱えるとリナがメガトレントに向けた手のひらから一筋の電撃が放たれて、まっすぐメガトレントに着弾する。

すると、それまで炎の柱に包まれても無傷だったメガトレントに明らかにダメージが生じているのが分かるほどメガトレントが苦しみだした。

その事実を目の当たりにして、リナはようやく最初からワタルが本当のことを言っていることを理解し、同じ魔法を立て続けに放つと、5回目でメガトレントが消えて,魔石が残った。

リナは明らかにばつが悪そうな顔をしていたが、魔力を無駄に浪費したことがこの先致命傷にならなければいいが、と願いながら、先に進むことにした。

ここから先は、ワタルも昨日引き返したので知らない。





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