マタギ鍋
ワタルは再びいダンジョン「ワイガー」に入っていた。
ゼロ合目~1合目のフロアボスマーダーグリズリーを危なげなく倒して再び魔石を手に入れると、1合目^2合目では、ルート上の最小限のトレントだけを瞬殺し、さらに進んでいった。
傾斜が出てきた分、登山道はわかりやすくなっていた。
それでも、倒木などに遮られ、両手をついて乗り越えなければならない箇所も出てくる。
そのムウ防備な瞬間を狙ってか、倒木の周囲には植物系の魔物、例えばマンイーターなどが倒木の陰にいることがあった。
ワタルは植物系魔物が普通に擬態しているものという前提でソナーを定期的に発動させながら進んでいるため、事前にその所在を任氏kしていたが、そうでない冒険者は、うかつに倒木だからとまたいで乗り越えようとすると、死角から足に蔦を巻き付けて、溶解液を飛ばし、溶かしながら飲み込んでいくマンイーターの餌食になる冒険者も少なくない。
ワタルは、あえて倒木を回り込み、マンイーターが伸ばしてくる蔦をアックスで刈り取り、その行動の自由を奪ってから、根本を刈り取って絶命させる。
登山道の整備はワタルの本職である。
冒険者のためにも、ルートをふさぐ倒木は自然に影響を与えない範囲で、除去しておく。
こうした倒木を放置すると先ほどのようなマンイーターの繁殖地になりやすい。ワタルはバックパックの天蓋の下に挟んでいるエメリーに出てきてもらい、「あの木の水分を抜いてくれるか?」と頼んだ。
エメリーは「わかった」と言っているのだろうか、ワタルの手の中で小さくプルッと震えると、飛び跳ねて地面に着地し、そのまま倒木に向かって跳ねていった。
いつもと同じように倒木の上にジャンプして乗ると、しばらく動かなくなった。
キマイラの肉片に比べると体積が大きく違うからか、ずいぶん長い間乗っていた。
ワタルはちょっと離れたところからじーっとそれを見ていたが、ようやくエメリーが動き出し、その場を離れて、ワタルのところに戻ってきたので、倒木に残っていた水分を除去し終わったのだと理解した。
ワタルは、そのまま倒木に近づいてアックスを振り下ろすと、倒木は年月の経ったコルクのようにボロボロと崩れていき、すぐに登山道と同じ幅の隙間ができた。一応人が通るだけなら登山道幅だけ確保しておけば十分だが、先ほどのマンイーターのような植物系魔物が死角から攻撃しないように、さらに登山道脇まで倒木を削り取る範囲を広げる。
ワタルは、倒木のある場所で合計3体のマンイーターを退治し、小さ目の魔石を回収した。
一昨日もそうだったが、もう少し魔物の数が多くてもよいはずなんだが。
一昨日は、一合目まではフロアボス一体だけ、1合目からはトレントを退治してたが、トレントは貞一から動かない魔物である。今日のマンイーターにしても同じ、どこにでもいるはずのゴブリンや魔狼、魔狐など、森ではおなじみの魔物が見当たらない。
何か嫌な予感がする。
ワタルはこの先で何か起こっているのではないか、なんとなくだが、そんな気がした。
2合目にさしかかろうとしたとき、ひときわ大きな木が前方に見えてきた。
ワタルのソナーはその木が魔物であるという反応を示していた。
見たことはなかったが、おそらくはトレントの上位種、メガトレントだろう。
弱点属性は変わらないものの、耐久力は通常のトレントの比ではなく、AED改ともいうべきワタルの電撃で一瞬のうちに決着をつけるという芸当ができる相手ではなさそうである。
さーてどうするかなっと
両手にアイスアックスを持ちながら、ワタルがその目がトレントの攻撃範囲に足を踏み入れると
戦いは土生津善始まった。
目の前の木は、枝を後ろにそらせたかと思うと、ばねのようにはじき出す。枝そのものはまだワタルに届く一ではないが、その木の枝の先から、葉が鋭利な刃物のようにワタルに襲い掛かってくる。
ワタルの体を切断する程度の強度と威力はあるのだろう。
ワタルは俊二に目の前に、キャンプでお風呂を作るときに使う土魔法のふろおけよりもう少し高くした土壁を形成させる。
メガトレントの葉はワタルにたどり着く前に土壁に突き刺さるが、同時にその勢いによって土壁も崩れてしまう。
それをみたメガトレント再度枝を撓らせて、葉を飛ばせる。ワタルは再度土壁を目の前に形成し、この攻撃を防ぐ。
繰り返すこと、5回、どうやらメガトレントは枝の葉を飛ばし切ったようである。
ワタルに遠距離攻撃の手段があれば、あとはメガトレントの攻撃の届かないところから、ひたすら雷魔法で蹂躙すればよいだけなのだが、あいにくワタルには放出系の魔法が使えない。
お風呂から出た後の顧客の髪を乾かすドライヤーに使う風魔法は放出系といえば放出系だが、多少魔力量の多さで威力を増大させることができるとしても、冬に秒速30mは超えるであろう風邪を受けてなおこの地に立つメガトレントにとってはそよ風程度の威力にしかならないだろう。
やむを得ず接近戦へとなだれ込むワタルだった。
ワタルは、AED雷撃で用いる掌に雷をw集める予備動作を完了させると、両手にアイスアックスを持ったまま、メガトレントに向かって走り出した。
メガトレントもその攻撃を予期しており、左右からトレントの枝がワタルに襲い掛かってくる。ワタルは突然垂直に右にはねて、まず右から接近する枝を右掌に集めた雷をアックスに伝わせて発動させ、そのままアックスで枝を薙ぎ払った。同時に同じように左からワタルに襲い掛かった枝はワタルが右に動いたことで、標的を失い空を切る。その枝をトレントが不引き戻して、再度の攻撃準備に入る前に、ワタルは左手のアックスで雷撃を纏わせながら切り払う。
これで、残る枝は3本
ワタルはさらにトレントに向かって走り出し、その懐に入っていく。
メガトレントは日本の枝を切り払われたことで怒りを増し、2本の枝を袈裟切りのように斜めに振り下ろしてきた。先ほどのワタルの反撃を見て、躱す場所を無くそうとする攻撃である。
ワタルはその攻撃の軌道をみて、踏み込んだら攻撃を受けると察知したため、その場で急停止し、大きくバックステップを取る。
次の瞬間、目の前をメガトレントの枝が交差しながら空を切っていた。
ワタルは、いったん距離をおいて、ちょっと離れたところにおいてあるバックパックのところに戻ると、エメリーを取り出し、「自分があメガトレントを引き付けるので、見つからないように回り込んで、背後からトレントによじ登り、枝が届かないところから、水分を抜いてくれ」と頼んだ。
エメリーはキマイラの血抜きの時のようにワタルの掌の中でプルルッと震えた後、地面に飛び跳ね、スルスルと叢の中に入っていった。
ワタルは再びトレントに向き直ると、トレントの残り3本の枝による攻撃を自分に集中させるため、身体強化により敏捷性を格段に上げたのち、トレントの懐に入っていった。トレントは先ほどと同じように、2本の枝を同時に袈裟切りにしてくる。
ワタルは、その枝を躱すことに専念した。反撃の隙を伺いながらの防御ではどうしても躱す方向や動きが制限されてしまうが、防御に専念するなあら、トレントの攻撃はさほど脅威でもなかった。枝の撓り具合で、攻撃の角度は簡単に割り出すことができるからである。
そうやって防御を続けていると、突然トレントの枝が硬直して空に定位したかと思うと、その枝はトレントの背後に回り、何かを払い落とそうとする動きに変わった。
エメリーがトレントの背後にたどり着いて木によじ登り、水抜きを開始したのだった。
トレントが目の前のワタルに集中できなくなったのをみて、ワタルはその懐にたどり着き、トレントが自分の背後に向かって攻撃している枝を同じように雷撃を纏わせたアックスで霧としていく。
これで勝負あった。
最後お一つの枝はトレントの背後に、回らないのである。
ワタルは目の前のトレントが立ったまま、みるみるうちに精気を失っていくのを見守るだけだった。
「結構江月に攻撃だよな、これ」ワタルはそうつぶやいて思わず身震いしてしまう。
今は懐いてくれているので、特に心配していないが、エメリーを怒らせて寝ているうちにこうなったらやだな、そう思うワタルであった。
そして、目の前の大きな木は消滅し、あとにはこぶし大の魔石が落ちていた。
メガトレントが消えると、そこにいたエメリーが飛び跳ねながら、ワタルの方に戻ってきて、ワタルの腕の中に飛び込んできた。ワタルはそれを受け止め、エメリーを撫でながら「よくがんばったなーえらあいぞーとほめてあげた。」
エメリーは嬉しそうにプルルッと震えるとワタルの方に移動し、ワタルの頬にすりすりと体を寄せてきた。
じゃあ、ちょうどいい時間だし、ここでお昼にしようか。
ワタルは先ほどまでメガトレントがいた広い空間に座り、昨日手に入れた調理器の中から銅製の鍋を取り出すと、水を入れて魔導コンロに乗せて火をつけた。
銅は熱伝導率が極めて高い素材であり、すぐにそこから泡が浮かんできた。それを確認して火を少し弱め、スライスしたキラーベアの肉と、葉物の野菜を鍋に入れていく、もちろん先日エメリーに見つけてもらったハシラタケも盾にスライスして肉に火が通った時点で投入する。
ハシラタケがしなってきたところで、火を止めて、ようやく見つけて手に入れた味噌を溶き入れると熊鍋が完成した。
食べ物のにおいが周囲の魔物をおびき寄せてしまう恐れはあったが、メガトrネトを倒した時点で、ソナーを使ってみたが周囲には魔物の気配がなかったので、大丈夫だろうと。
ワタルは収納からちょっと深めの木の皿を一つ、いつものエメリー用の浅めの皿を一つ取り出して、お手柄のエメリーに熊鍋の具をよそい、エメリーの目の前においた。
エメリーはするすると皿の中に触手を伸ばし、少しずつ消化していった。それを見ながらワタルも自分の分をよそい、食べた。
税役を言えば、出汁を取ってから味噌を溶き入れたいが、今はこれで十分
久しぶりの鍋料理、ワタルの拠点であった北アルプスのふもとでも秋が深まるころに食卓に登場していたマタギ鍋に舌鼓を打ちながら、一度山を下りて、魔物の少なさをギルドに報告したほうがよいのではないかと考えるワタルだった。




