オリハルコンのアイスアックス
「うへえ」
ワタルはっ目の前の光景にため息しか出なかった。
目の前に広がる草原、かつては多くの動物がいたにちがいない。
今は見渡す限り、キマイラが・・・10頭前後いるだけえだる。
ほかの動物はキマイラにおびえてどこかに隠れたか、あるいはこの場所から逃げてしまったか。
念のためソナーで周囲を確認したが、見えないところにもまだ、キマイラの反応がある。
全部で・・・30頭くらいか。
ここに来る前にギルドに依頼を出した村の村長に、詳しい話を聞こうと立ち寄ったが、なぜか村長は目は泳いでいたうえに、奥歯にものが挟まったような感じだった。
話の内容からはとにかくキマイラの数が多すぎてこの草原で村人が狩りができないという話だったにもかかわらず、その肝心の数をきくと。
「・・・たくさん」としか言わなかった。
子供か。
これは結構な数いるんだな、詳しい討伐数を書いてしまうと冒険者への報酬が払えない以前に受けてもらえないということか。
ある程度予想してここにたどり着いたものの、目の前の光景は祖sの予想をトリプルスコア以上で上回っていた。
キマイラは本来単独で行動する魔物である。
1頭の討伐何度はBランク冒険者4、5人のパーティーで対応できる程度である。
が、30頭もいたら討伐ランクはS級、それもSランク冒険者5人のパーティーが3つくらい必要となる。
個体の戦力以上に、キマイラのモツ猛毒のブレスへの対応が困難で、パーティーにかならず治癒士がいなければ全滅すらありうるそういう魔物である。
それが30体とか、まじ無理ゲー
「かえっちゃおうっかなー」
これは依頼主によるギルドへの依頼時の虚偽報告に該当する。
適切な難易度でクエスト依頼を出すことで、冒険者にとっても能力以上の依頼を制限することによる安全確保の役割を果たす。
お金がないからってこういう依頼の仕方をすると、次からギルドに依頼出せなくなるんだが。
「愚痴はさておき」
さあどうするかな。
牛肉1年分につられて、ここまで来たものの、ワタル一人で相手をするには、ちょっと分が悪すぎる。
まあ、安全にできるところまでやりますか。
ワタルはまず草原とその周囲の地形を確認するところから始めた。
アドベンチャーガイドであるワタルにとって、自身のフィールドにおいて何が危険でどこを活動の拠点にするのかは、基本中の基本である。
村の人たちが「神々の住む山のふもと」と呼んでいるその草原は、山頂部が平らになった山の三兆から、急に切り立った岸壁が1000mほど落ち込み、そこから草原が続くというユニークな地形をしていた。
草原はところどころにちょっと背の高い木が生えているだけえ身を隠すところはない。
ワタルはもう一度切り立った崖の方を見る。
いずれにしても、戦うときは1頭ずつでなければ、そもそも死角から攻撃される。鋭い爪もさることながら、猛毒のブレスは厄介を通り越して危険でしかない。
ワタルにはsっ補給の治療魔法の心得はあるが、自分が毒に冒されれば、そもそもその治癒魔法の発動すら困難になる。解毒薬も党是円装備はしているが、服用できるだけの余裕があるかどうかは別の話である。
したがって、キマイラの頭上を取らなければならない。
鋭い前足の詰めを避ける上でも、猛毒のブレスを避ける上でも、同じ目線で攻撃防御するのは好ましくない。
同時に、一度に攻撃を受ける相手を制限しなければならない。
取り囲まれるような場所江戦うのはすなわち死を意味する。
ワタルが出した結論は
それから1時間の血
ワタルはキマイラに見つからないように慎重に草原を回り込んで、先ほど見ていた崖の下までやってきた。地上から30mくらいのところに洞穴を見つけた。また、そこまでのルートの前半がクーロワールになっていて、後半はホールドが少ない形状の垂直の壁のように見えた。
それでも、ワタルには勝算があった。
ワタルは、自分が決めたルートの真下までくると、収納からアイゼンとダブルアックスを取り出し、ヘルメットをかぶる。スライムには、両手両足の可動域を邪魔しないように、背中のシャツの間にいてもらうことにする。置き去りにするのも寝覚めが悪いし、連れて帰った以上責任を持たないといけないので、キマイラのおもちゃにするわけにはいかなかった。
前半のクーロワールは、ところどころにホールドがあるため、クライマー歴20年以上の、あ、前世からカウントしてだが、ワタルにとって、半分寝ていてもできるクライミングであった。
クロワールのトップまで来たワタルは、腰のアックスホールドからアイスアックスを両手に持つと、まるでアイスクライミングをはj秘めるかのように目の前の岩に突き刺し始めた。
肘を軸にして岩壁に垂直いアックスの先端を打ち込むと、まるで豆腐にくぎを刺したかのような何の抵抗もなく、岩が割れることすらなく、すっと先端が岩に突き刺さる。
今度は、12本爪アイゼンの先端の刃を伊分部に突き刺すと、やはり豆腐に突き刺したかのようにすっと突き刺さる。
ワタルはそのままセルフビレイすらなく岩毛羽相手にアイスクライミングをするかのように登って行った。目的の洞穴までたどり着いたワタルは洞穴の前のテラスで一休みした。
腰を下ろしたワタルの背中からスライムが肩に移動してくる。
「無事か、よかったな。」
ワタルがそう声をかけると、スライムはぷるぷる震えた。
「言葉わかるのか?」
音に反応したのか言葉がわかるのかは今一つ判断できないが、それでもなぜか言葉がわかっているような気がするワタルだった。
一息ついた後、ワタルは立ち上がり洞穴を調べることにした。
壁のところどころがガラス結晶になっており、高温で溶けた形跡がある。自然がというより人工的にできたような気もするが、差し当たって風雨をしのぎ、狩りの拠点とするには十分のようだった。
ワタルは草原でキマイラの数を確認した時点から、長期戦を覚悟していた。
季節は秋、ふもとはこれから紅葉してくるとは言え、標高の高い山の上では、気温も低く朝晩は氷点下も予想される。
ワタルは収納から防寒具と厚めのシュラフとシュラフの下いしく毛布を取り出し、洞穴全体に浄化魔法を発動させる。
洞穴を見た時からワタルには、キマイラ狩りの間に並行してやろうと決めていたことがあった。
ワタルは収納からレジャーシートにしているギガントライノの皮を取り出し、洞穴の隅に敷いた。
ギガントライノは文字通り大型のサイの魔物であるが、気温が高い砂地で、川が近くにある場所に生息しており、伝染病を媒介する魔蟲も多いことから、外皮は厚く、高い抗菌性を備えている。
また強靭な皮でもあり、高水圧での洗浄でも痛まないので、屋外で使い、かつそのうえで食事をするのに非常に便利である。
もちろん、その圧倒的な重量と大きな角、時速50kmを超える速度故、衝突されれば人間など50mは飛ばされたうえ全身の骨が砕けて即死する。
ワタルは敷いた川の上に、先日獲ったキラーベアの肉を置いた。
温度も湿度も低い洞穴は肉の熟成に適していた。
ワタルは洞穴の入り口に結界を張り、アックスを地面に差し込むとやはり、豆腐のようにすっと地面に突き刺さっていく。ワタルはアックスをアンカーにしてクライミングロープを結び付け、先ほど登ってきたルートを懸垂下降して降りた。
ワタルが武器としても用いる登山家の魂であるピッケル、この場合アイスアックスであるが、はオリハルコンでできている。
この世でもっとも固く、そもそも加工変形することができないとされているオリハルコンは、唯一古代遺物として勇者の持つ聖剣エクスカリバーだけが存在しているとされていた。
絶対的な強度を持つがゆえに聖剣は刃こぼれすることもなく永久にその形を変えることなく電精してきた。
しかしながらワタルの手元にあるのは、まぎれもなくワタルが自ら作り出したオリハルコン性のアイスアックスである。
もっとも当初は棒状のちょっと固い金属という認識しかワタルにはなかった。
ワタルがその金属の棒を拾ったのは15歳のときだった。
ワタルは35歳、8000mを超える14の山すべてを踏破する14サミット、その最後の頂であるK2の山頂直下で風速100mを超える暴風雪を受け、台風施設どころか、雪面にピッケルを打ち込むと雪面に張り付いてなんとか耐えきろうとしていた。
一瞬のことであった。カザキリ音に強風の到来を感じ、体に染みついた反射がワタルの体を雪面に俊二に沈みこませた。
その判断がコンマ5秒も遅れれば、ワタルは三兆から2000m下まで叩きつけられて死んでいた。
それでも風は収まらず、ワタルの体も限界に来ていた。
ここまでか。
最年少で14サミッターになること、ワタルの夢はもうすぐかなうはずだった。
あと数分後にはそこに到達しているはずだった。
そしてワタルの意識がどんどん遠のいていく。
次にワタルが気が付いたときは、この世界で15歳の成人になったばかりの冒険者となっていた。
クエスト中に採集しようとした薬草が生えている崖を無造作に登り、手を滑らせて、20mほど滑落して気を失ったとき、突然前世の記憶がよみがえったのである。
自分に収納や鑑定のスキルがあることを知ったのも、その時で、それまで、そんなスキルがあることすらも知らなかった。
しして、その収納の中に入っていたのが、オリハルコンの棒2本だった。
その時はただの棒でしかなかった。
前世の記憶に基づいて、ワタルは自分が愛用していたアイスアックスを作ろうと考えた。
そこで、某の先端の刃の部分と柄の部分になるように折り曲げようとしたが、どんなに力を込めても、その坊は曲がることはなかった。
金槌でたたいても、大きな岩を落としても、逆に金槌が砕け、岩は粉々になった。
ミスリルの槌は・・・高価で冒険者になったばかりのワタルには入手できないものだった。
もっともミスリルの槌でもミスリルが砕け散るのだが。
それであきらめるようなワタルではなかった。
腕力でだめなら魔法で曲げる。
ワタルは自分が使える魔法の中から棒を曲げるのに使えそうなものとして、火属性の魔法で手に熱を集め、高温にすれば熱で溶けて柔らかくなるのではないかと考え、試みた。また風魔法で、曲げる言ってんにだけ、風圧を書ければ曲がるのではないかと考え、極小の範囲に高圧の風を集めようともした。
それでもびくともしなかった。
それからのワタルは、自らのレベルが低いからだとレベルアップに努めた。基礎体力増加の鍛錬と、生活のためのクエスト遂行に並行して、魔力制御の地味な訓練も毎日欠かさず行い、毎晩その棒を曲げることを試みた。
それでも3年間の歳月を経て、某は曲がる気配すらみせなかった。
ワタルは18歳になっていた。
ワタルの魔力は、毎日の習練の結果、歴代の賢者を超えるまでになっていた。
ワタル地震がそれに気づかなかったのは、放出系の攻撃魔法が習得できなかったことから、魔物の討伐に攻撃魔法を使うという認識がなかったからである。
ある日、ワタルは歴史上もっとも偉大な賢者であったマーリンが、その魔法ゆえに歴史上もっとも偉大な賢者と呼ばれるに至ったという重力を操る魔法の存在を知った。
これならばあるいはとワタルは、目の前の棒に作用する重力をゆがめようというイメージを形にしようと魔力を発動してみた。
すると
ほんのわずかだが、某が動いた気がした。
ワタルは棒を手に取ってみた。少し曲がっているような気がするが、見た目にはそれほど変化がない。
転がしてみた。すると、確かにいびつな動きをして途中で止まってしまった。
コロコロと転がっていかなかった。
普通の人なら、3年たっていまだ目指す先の遠さにあきらめてしまうその絶望的ともいえる成果のなkさにあきらめてしまうところ、ワタルはこれまでの3年が無駄でなかったことに喜びを覚え、そこから毎晩、棒を包み込む空間を魔法で歪めるという勲れrンを開始した。
ほんの僅かであるが、少しずつイメージが形になっていくことが楽しく、またその事実gワタルの毎日の地味な基礎体力と魔力制御の訓練を続けさせる原動力ともなった。
そこから3年の歳月を経て、ようやく今のアックスの形になったのである。
だが、それでアイスアックスになるわけではない。氷壁に打ち込む先端はのこぎりの歯のように波形にすることで、返しをつけ、打ち込んだ刃がすぐに抜けないようにする必要が、石突は雪面に打ち込み、ロープや滑落停止のアンカーにするため、尖らせなければならない。
普通の金属であれば叩いて、鏨で切り込みを入れ、研ぎだしていく作業がオリハルコンでは、そもそも叩いても拉げない。すべて重力魔法でやらなければならない。
それでもワタルにはその作業が苦にならなかった。
何の効果も出なかった3年間、ようやく突破口を見つけてさらに3年かかって重力魔法を操りオリハルコンを捻じ曲げた。
その時点ですでにとんでもない魔術師なのだが、本人はオリハルコンをそれがどういうものなのかも知らない。
鉄よりちょっと固い金属という程度でこれだけ苦労するのは、自分に力がないのが理由だとしか思っていない。
結果、この時点でワタルは魔力量と制御の技術で歴史上の大賢者に肩を並べ、基礎ステータスのそれは勇者を超えていたのに、本人にその自覚がなかっただけであり、また聖剣も上級魔法も使えないワタルは、魔物との闘いにおいて、自らの能力が人外であることを確認する術がなかっただけであった。
それからさらに5年の歳月を経て、ワタルの手元には今のアイスアックスがあった。
重力魔法すら自分の物にしたワタルにも、その制御をミクロン単位の刃先に集中させてオリハルコンの刃を研ぎだす作業というのは苛烈を極めた。
その気の遠くなる作業をワタルはk巣あることもなく毎晩少しずつ続けたのである。
そして、重力魔法を習得した時から、ワタルの冒険者としての実りぃくは格段に上がっていった。
本人が自覚していないだけで、討伐対象の魔物の動きが遅く見え、その攻撃は蠅が止まって見えるほどだった。
それでも採集のクエストが好きで、ガイドの仕事が好きなワタルは好んで高ランクの魔物の討伐依頼を受けようとは思わないので、冒険者ランクはその実力に見合わないくらい低かった。
そんなワタルに転機が訪れたのは魔王の復活により魔族が頻繁に人々を襲うようになり、ある日、魔王の幹部に襲われていた人を助けるために、ワタルがその幹部を討伐した出来事があったからである。
魔王とその上位幹部はオリハルコンでできた聖剣もしくは聖属性の最上級魔法でなければダメージを与えることができないとされていた。
それゆえに魔王の討伐には勇者でなければならないとされているのである。聖剣を手にすることができるのは勇者だけであり、魔王討伐が勇者でなければならないのは魔王にはオリハルコンでなければ傷がつけられないからであり、聖剣しかなかったからである。
というのがこれまでの常識だったのだが、なぜかワタルの手の中にあるアイスアックスは魔族幹部を一振りで両断してしまい、これには切られて絶命した魔族幹部も人々も驚き、その出来事がブリタニア国王の耳に入ったため、ワタルは勇者のパーティーへの参加を半ば命令として求められたのである。
元々基礎ステータスは勇者より上で魔力量は賢者より上である。
ワタルの冒険者としての実力はSランクすらを突き抜けているが、これ以上面倒事に巻き込まれたくないとワタルは勇者パーティーへの同行は承諾したものの、ガイドとしての業務に徹し、冒険者ランクをSに引き上げようとするギルドに強制依頼は受けないとSランクへの昇格を固辞し、Aランクにとどまっていた。
オリハルコンのアイスアックスにかかれば岩壁も豆腐も大差はない。
世のファンタジー小説だともっとも固い金属としてオリハルコンが出てくる割には、結構な頻度でオリハルコンの鉱石を加工して剣にするとかいう内容が出てくるのだが、それってダイヤモンドの研磨にダイヤモンドを使う以上に矛と盾のような気がするのですよ。どうやって加工するの?まあファンタジーのお約束だから、その辺は深く考えないでお約束として流すのが正解なんでしょうけど。
ということで、ここでは、オリハルコンの加工に11年かかってしまう代わりにその鍛錬こそが主人公を人外にしてしまうという設定にしてみました。