秋の野山でキノコ祭り(2)
金属音のような叫び声のする方をむくと、木々の間に動く緑色の物体を見つけた。
ありとあらゆるところに出てくる魔物、ゴブリン。
見間違えようのない、お世辞にもきれいといえない緑色、なりたての冒険者の討伐対象であるそれは、上位種でない限り、さほどの脅威でもなく、討伐に苦労する冒険者もそれほどいない。
最も上位種が発生すると、その上位種のランクに応じて集団化し、集落にまで発展するとそれなりに厄介な存在となる。
とはいえ、魔物であるがゆえに攻撃の手段をもたない普通の人たちにとってはそれなりに脅威であり、「害獣」でしかない。
知能も低いため、実力差があっても襲い掛かってくるためr、高ランクの冒険者にすれば、手間であることに加えて討伐報酬も決して高くはない。好んで討伐依頼を受けう対象ではないのだが、見つけてしまった以上、放置することはできない。放置して集落化すると損害が拡大する恐れがあるからだ。
「やれやれ」
ワタルはそうつぶやいて、トレッキングポールを取り出す。
ワイバーンを屠ったアイスアックスではオーバーキルになる。何よりゴブリンの血は悪臭がするため、愛用のアックスの手入れに手間がかかる。
面倒くさそうにゴブリンが向かってくる方に歩き出すワタルだが、どうやらゴブリン、全部で3体いるが、はワタルを見つけて向かってきたのではないらしい。
近づいてきたことで分かったがどうやら足元に何かいるらしく、それを追っていた。
山の林の中の起伏にとんだ地形のため、最初は気づかなかったが、ゴブリンの数歩手前を何かがはねながらこっちに向かっていた。しかし、その距離はどんどん縮まっているようだ。
「あれは・・・スライムか?」
形状はスライムのように見えるのだが、一般に変異種でなければスライムは水色のはずだが、目の前にいるそれが、鮮やかな緑色をしていた。
みるみるうちに動きが鈍くなり、ゴブリンに追いつかれるのも時間の問題だろう。
どうやらゴブリンに攻撃され、逃げてきたらしい。
モンスター同士の争いなら放っておいてもよいのだが、片方は害獣駆除指定のゴブリンである。
どうせやらなければならないならいつやっても同じだと、ワタルは駆け足でゴブリンに向かっていった。
「おのおの方、かよわきスライム相手によってたかっての不埒な悪行三昧、お天道様が許しても、この背中の桜吹雪がだまっちゃいねえ」
時代劇の大好きなワタル、誰も見てないし、どうせゴブリンには言葉通じないし、ちょっと寒い感じになるけど、ゴブリンなんぞに時間を取られるのはテンションダダ下がりだから、こんなことでもしてアゲていかないと。
林の中なので、火属性の魔法が使えない。
どうせ、あとで焼却処分しなければならないのに、なんて場所の悪いところで出くわしたのか、そう思いながら、ワタルは、ゴブリンをポールで薙ぎ払い、頭上に振り下ろし、絶命させていく。
さすがにミスリル製のトレッキングポール、傷一つなく、ゴブリンの頭蓋骨をつぶし、あっという間に戦闘が終わった。
討伐部位をギルドにもっていけば、常設の討伐報酬がもらえるが、一体銀貨5枚であり安宿の宿泊費程度にしかならない。
むしろ下手にギルドに顔を出してこの間のように名指しで依頼されるのが面倒なので、討伐部位の切り取り作業をせずに、そのまま穴を掘って埋めることにした。
ゴブリンの腐敗したにおいなど、阿鼻叫喚の事後候えずでしかないが、森の木にとってはいい肥料になることだろう。なんならキノコも生えてくるといいな。
意外と残酷なワタルだった。
土属性中級魔法で、ゴブリンの横たわる地面にそのまま穴をあけて、掘った土を上からゴブリンにかぶせる。ゴブリンの血が衣服に着くと浄化魔法まで発動しなくなるので、中級の土魔法のほうがコスパがよいのだ。
ゴブリンを全部埋めたところで、ワタルの立っている後ろに、それあ小刻みに震えながらやっと動いているのに気づいた。
先ほどまでゴブリンを殲滅するのに夢中で気づかなかったが、スライムのようだ。
というのも、ゴブリンの攻撃を受けて、スライムが形を維持できずに、表面に傷のあるところから、中野体液が流れ出していたため、床に落としたジャムのような形をしていたのである。
齢とは言え、スライオムもモンスターである以上、とどめを刺すのが情けなのかな、時代劇の流れでいけば。そういう思いも頭をよぎるが、ゴブリンと違って、スライムは見境なく人や家畜を襲うということのない魔物であり、食物連鎖の最下層にいるような魔物である。
一方的にゴブリンに攻撃されて瀕死のスライムにとどめを刺すのは、ワタルにできるような話ではなかった。
どこまでできるかわからないが、
ワタルが足元にいたスライムを両手で抱え上げると、左手で、体表の傷口を抑え、すぐにテントに戻り、見た目格好いいからという理由だけで、異空間収納があるのにしょっているバックパックの口に設定している異空間収納の中から、救急セットの袋を取り出し、なかから、包帯と木綿の布と切り傷の治療のために薬草を擂ったもの、抗菌用の椿の葉を取り出し、左手で傷口を抑えたまま、左手に浄化の魔法を纏わせ、そのまま右手で木綿の布をつまんで、抑えた傷口の周りを吹いていく。
その後、椿の葉に傷薬を載せて、左手を話すと同時に、傷口に葉っぱごと傷薬を当てると動かないように抑え、治癒魔法であるキュアの魔法をかけた。
一般に体力を回復するヒールという魔法は、生まれつき神の加護により特殊な能力を持つ聖職者、たとえば聖女マリアのようなものにしか使えないが、けがの治療などは、聖職者の職業でなくても、ワタルのようなアドベンチャーガイドであっても、応急手当程度の初等魔法は取得することができる。
もちろん腕が切り落とされたともいう話になれば、切れた腕を当てて元通りにするようなレベルでの治療は、専門の職業スキルが求められ、さらに切り落とされた腕は、その腕が切り落とされて6時間以上経過するか、あるいはそもそもなくなってしまえば、たとえ聖女といえど治癒できない。ないところからはやしてくるなどという芸当は不可能である。
もちろん、応急手当の範囲であると同時にスライムにまで、有効な治療かどうかはわからない。
それでもやるだけのことはやったし、これで助からなければそのときは仕方ない。
ワタルはスライムの治療を終えると、キャンプ用の食器の中から木製の皿を出して、飲料用の水を皿に注ぎ、スライムに巻いた訪台が濡れないようにスライムの体の一部を縁に寄りかからせて、体の一部が水に浸されえるようにおいてみた。
大きなけがをした後は体が発熱するため、水分を十分に摂取することが必要となる。人の治療の知識だが、スライムに通じるのかどうか、それでもけがで体液を失て散るので、とりあえず、水分補給はいるのではないか。そう考えた。
栄養もいるよな。
とりあえず、先日の鉱山での警護以来のときに手を付けなかった石みたいな黒パンを同じ皿の中に水に浸すようにおいていた。
少しはふやけると食べやすいかもしれない。
その作業が一段落すると、ワタルは先ほど中断したコンロに鍋を置き、水を入れて、火をつけた。
人参やジャガイモを自ら煮て、お湯が沸きだしたところで、弱火にしてエイーヴィルボアのバラ肉を一口大に切ったものを鍋の中に入れていき、肉に火が撮ったところで、本日収穫した食用キノコを適当な大きさに切って鍋の中にいれる。人参とジャガイモに火が通ったら、味噌を溶きながら適量入れて、火を止めれば、森のキノコの豚汁、イーヴィルボア仕立てが完成する。日が落ちると肌寒く感じる今からの季節のキャンプご飯に欠かせないヒトしなである。ジャガイモも入っているので、これ一品で十分ごはんになる。
ワタルは自分の食べる分をさらに装ったところで、スライムをのぞき込んでみると、パンは残っていたが、水はなくなっていた。とりあえず水は飲んでくれたらしい。
豚汁食べるかな?
すっこしだけ鍋からよそってスライムの皿にも入れてみる。
スライムってやけどとかするのかな?少し冷ましてからのほうがいいかな、とも考えたが、なんとなく大丈夫そうだったので、そのままよそうことにしたのだった。
このままにしておくと、食べ物のにおいにつられrて、魔物が集まってきてしまうかもしれない。
ワタルは鍋に残った豚汁を、残りは明日の朝食べようと、そのまま異空間収納に入れて、テントのペグを中心に周囲一帯に結界を張り、防御、防音、防臭の効果を合わせて付与する。
普段なら日が沈んであたりが暗く成れば、そのままテントに盛り込んで寝てしまうのだが、今日はスライムが気になってしまい、なかなか眠れない。結界の中にいるとは言え、そのまま外においておくのも気になる。
しばらく眺めていると、さらに盛った豚汁の水面が少しずつ下っているのに気付いた。
どうやら食べているらしい。
なんとなく元気になりそうな気がした。
1時間後、ふやけたパンごと、豚汁もすべてスライムは飲み干していた。まあ、飲むという表現が正しいのかどうかわからないが、体表にあたっているところから体内に取り込んでいるらしい感じだった。
皿が空になると、スライムを持ち上げて、皿を布にして収納し、スライムをテントの中、ワタルが寝返りを打っても下敷きにしないように、テントの天上から伝統を吊り下げるためについているフックにひも付きの籠をつるし、その中にスライムを入れておいた。その真下にワタルが横たわって寝b黒で寝るかたちにしたのである。
元気になってくれればいいが。
その晩ワタルは2回起きて、スライムの籠をのぞき込んだが、かごに入れたままの状態で動いた気配もないが、死んではいないようだった。