山のラーメンは正義(3)
翌日は鉱山での積み荷作業に充てられているため、護衛ノンむにあたっている冒険者は、一応周囲の警戒にあたってはいるものの、比較的自由に時間を過ごすことができる。
だが、ワタルは今回ギルドのクエスト依頼を受けて派遣された自分以外の冒険者がなぜか気になっていた。
決してそのパーティー名がスベッているとか、名前が「ワル」だとか「グル」だとかいう理由ではなく、ここまでの道の途中でのワルダーの不自然な動作が心の中に引っ掛かっていた。
その時は狼の来襲もあって、ソナーは中断して狼の迎撃に集中していたが、ワルダーの手の動きが誰かに向かって合図をしているよいうに見えたのだった。
「あのとき狼以外にも誰かがいたとしたら?」
ワタルは今回のクエストを受けるときにエレナが言った言葉を思い出していた。
「最近盗賊の被害件数が増えていて、護衛の冒険者が被害にあうことも多いのです。ワルダーさんは過去2回同じように護衛中に盗賊の被害にあって生き残ったただ一人で、同僚の冒険者をそのとき盗賊に殺された、仇を絶対に討つといって今回も参加してくださるのですが。、やはり、ギルドとしては護衛の失敗が続くと信用にもかかわるので、商会からはB級なら2名でも可という依頼でしたが、ギルドの判断で、護衛を増やすことにしましたA級のワタル様に引き受けていただけると安心です」
この経過をワルダーたちは知らず、ギルドは護衛の人数を伏せたままクエストの依頼を貼りだしていた。
「俺たちは周囲の見回りに行ってくる」同じパーティーのメンバーであるワルダーとグルカンが一緒に行動するのはそれほど不自然ではない。
「なら、オレが商会の人たちの荷造りを護衛しておこう」
とワタルが応じ、
「頼んだぞ」と二人は言い残して、山道を下っていった。
ワタルは、「間違っていればいいのだが・・・」と呟きながら、ソナーを発動する。
ワルダーたちと思われる二つの人と思われる魔力反応が遠ざかっていくのに合わせて、遠くからやはり人と思われる合わせて10個の反応が近づいてくる。
魔力の波形、動作の速度からみて、どう考えても人であり、狼や猪あるいは熊といった類のものではない。
「予想的中か」
ワタルはベルクに「すぐに戻る」と告げて、ワルダーたちの後を追うことにした。
不整地を音を立てずに歩くのは前世から合わせて50年以上の登山歴を持つワタルにとって体にしみ込んだ動作であった。浮石の多いガレ場で落石を起こさず、また膝に衝撃を与えずに山道を上り下りすることは、登山中の事故を避け、疲労の蓄積を軽減する必要不可欠の技術である。
音もたてずに、それでいてワルダーの3倍以上の速さで歩くワタルは、すぐにワルダーたちに追いついたが、当然気づかれないように、死角からワルダーたちの動向を見つめる。
「推測通りなら、そろそろ盗賊の一味と合流するのだろうな」
そんな独り言が聞こえたかのように、林の中から集団が現れるとワルダーたちと何か話し出した。
まあ、盗賊と内通し、手引する役割なんだろうな。その事実だけ確認するとワタルは、気づかれないうちに戻った。ただし、今度はソナーの出力を上げて、ワルダーたちと合流したあと、残りの盗賊団がどこに戻るのかその拠点が確認できるまで、ソナーで追跡していた。
おそらくは、帰りに銀塊を積んだ荷馬車を襲うのだろう。
息の荷馬車を襲ったところで、鉱山労働者の食糧しか奪えるものがない。商会の重職にある者を誘拐するにしたって、帰りであれば、積み荷と誘拐の両方できるのだから、帰りに襲うほうが実入りが大きい。まあ、そんなシナリオだろう。
こうなると冒険者というよりガイドとして依頼者の道中の安全を確保することが任務のワタルがすることは一つしかない。
危険を察知し、危険を予測し、危険を回避し、危険を除去する。
ガイドの最大の職務は、これにつきる。
あとは、段取りだが、・・・
その日の晩、護衛にも食事を渡そうとベルクがやはり干し肉とパンとチーズ、そして今日はスープもついていたが、を護衛3人に配っていた。
ワタルは、パンとチーズをしまうと、同じように鍋と魔石コンロを取り出すと、ベルクが目を輝かせながら、「ワタルさん今日もラーメンとかいうものを食べるのですか?:と尋ねてきた。
ワタルは笑いながら「山のラーメンは正義なんです。さすがに毎日だと飽きるのですが、2回続くくらいなら気になりません。ベルクさんもどうですか?」と答える。
「よろしいのですか?」
「もちろんです。」
ここまでは予定通り、ベルクから興味をもって話しかけるようにこれ見よがしにラーメンの準備をしたことで、ワルダーたちには気づかれずに、ベルクと明日の段取りについて話ができるだろう。
あとは、ベルクの演技に期待するが。
その日の深夜、盗賊団の拠点にを近くの物陰からのぞき込む一つの人影があった。
足音もなく忍び寄ると、見張りの一人をもう一人の死角に引きずり込んで絶縁素材の手袋をした左手で口をふさぎ、すかさず、出力を最小にした初等の雷属性魔法を纏わせた右手を首筋に充てて、気絶させ、両手を後ろに回して結束バンドで縛り上げ、猿轡を咬ませておく。もう一人の見張りも、同じように行動不能にすると、あとは見張りがいると安心しきっていびきをかいている残りの盗賊も、一人ずつ行動不能にしていく。
「うまくいってよかった。」
もちろん一人で、10人からの盗賊をすべて縛り上げたのはワタルである。
アサシンやニンジャでなくても、アドベンチャーガイドのスキルをうまく使えば似たようなことはできるものである。
もっとも属性魔法を拳に纏わせるのは魔拳闘術の領域に見られがちだが、ワタルはこのスキルを心肺停止した遭難者の救助のために必要だと考えて練習したのである。
そうワタルがいた前世ではAEDという心肺蘇生のためのポータブル機器があったのだが、この世界にはそれがないので、代わりになるものがないかと考えて思いついたのである。
ただ、ワタルの魔力はとある出来事によって尋常ではない数値になってしまったため、初等魔法とはいえ下限を間違えると対象が消し炭になってしまう。
AED用の出力だって、心肺が正常に作動している人間に使えばショックで心肺停止になってしまう。
ましてスタンガンとして使うには、さらに微弱の電流にしなければならない。むしろ加減せずにぶっ放すよりはるかに難しい魔力制御が必要となる。
間違って殺しちゃったらどうしよう。
まあ盗賊は死刑が相場だけど、正当防衛とはいいにくいシチュエーションだしなあ。
盗賊たちのアジトには過去被害にあったと思われる盗品があったため、証拠品として収納しておく。
後で盗賊らの身柄と一緒に引き渡す予定だ。せめて亡くなった人たちの遺族への補償の足しになればいいのだが。
拘束した盗賊らを一か所にまとめて、取り囲むようにテントのペグを地面に打ち込み結界を張る。
計画通りであれば、明日また近くを通るときに護衛に紛れ込んでいる共犯を無力化して、一緒に町へ引きずっていく予定だ。
犯人の身柄を拘束し、証拠品の見落としがないか最後にもうイチソ確認して、ワタルは闇の中に消えていった。