山のラーメンは正義(2)
フランフールの町からヴォルフガング商会所有の鉱山までは、途中の村を経由して2日かかる。
休憩や村での休憩も含めて、往復5日、積み込みに1日、予備費1日の合計7日間が依頼の内容である。
何事もなければ1日早く町に戻ってくることはできるのだが。
幸いにして、ここまでは何のトラブルもない。
「どうやら無事に鉱山には到着しそうですね」ベルクさんが馬車の中でワタルにそういった。
護衛の冒険者は荷馬車の列の一番前と後ろを歩き、一人ずつ交代合で馬車の中で休憩をしながら、襲撃に備えてベルクさんの護衛にあたるという段取りになっていた。
ワタルは馬車の中でベルクさんの話に適当に相槌を打ちながら、山道に入ってから、インターバルを開けながら「ソナー」の魔法により周囲の様子を探知していた。
「ソナー」は微弱の魔力をワタルを中心に円状に波形にして広げ、魔力w持つものにあたると反射して戻ってくる、その到達時間と反射による波の変化を通じて、どれだけの魔力に跳ね返されたかで、どの程度の魔力を持つものがどの距離にいるのかを知る魔法である。
アドベンチャーガイドの職業を持つワタルにとって、ルートの安全確保のために不可欠なスキルであり、また微弱な波長でないと、先方にこちらの存在が逆に知られることになる。無論高位の魔術師や上級の魔物には気づかれてしまうが、それでも不意打ちを受けることに比べると、その利点ははるかに大きい。
そのソナーにより、ちょっと前から、道の脇にある林の奥から、7つ魔力をもった何かが向かってくるのを感知していた。
まあ、「無事に着きそう、なんていえばそうなるよね」と心の中で思いながら、ベルクさんに、「魔物、たぶん狼だと思います、7匹が脇の林からこちらに向かってきてますので、馬車をいったん止めてください。御者は、馬車の中に入れて、窓と扉は閉めて終わるまでじっとしていてください。作業員の方は、荷台の上で、とびかかってくる狼だけ払い落とすことに専念してください。」
ワタルは馬車を降りると、最前列と最後尾の護衛の冒険者に、「間もなく脇の林から狼が7匹襲い掛かってくるので、一緒に対応をお願いする。」と声をかけ、トレッキングポールを取り出すと、狼が来る方向に向かって馬車を守るように構えた。
次の瞬間、叢から1匹の狼がとびかかってきたが、ワタルは俊二にトレッキングポールで薙ぎ払い、続けてとびかかってきた狼も、同じようにポールの反対側で突き飛ばした。
地面からワタルのあごくらいまでの長さのポールを中心を支点にして円の動きをさせる。棍のような用い方で、次々の追い払うのだった。
これを見ていたワルダーとグルカンは「何やってんだよ。切り殺せよ」と自慢らしい刀を抜き、狼を一刀両断にしようとするが、そもそも山道は幅も狭く荷馬車が道いっぱいに泊まっているため、死角も多ければ林の中から突然とびかかる狼に対し、刀を振り回す予備動作もとれない。
狼にただ翻弄されるだけだった。
「くそ、ちょこまかと」
「じっとしとけ」
そんな悪態だけが聞こえてくるが、狼が「はいわかりました」などと黙って切られるはずもない。
これでBランクか、戦況を判断して自分の武器が有効に使える場所で戦うことを知らないのか、と思いながらワタルは、なおも狼を払いのけている。
こうなると、狼もワタルではなく、荷台にいる作業員に標的を変えるため、ワタルは荷台でとびかかってくる狼を振り落とす作業員と連携しながら、とびかかる狼をさらに跳ね飛ばす。
それでも、狼は攻撃の手を緩めない。
群れのリーダーをたたくしかないかと、ワタルは、到達するまでの狼の行動と魔力の大きさから、狼のうちの居匹に標的を定め、その狼だけを執拗に攻撃することにした。
狼は群れを作る魔物であるが、群れを率いるリーダーは部下の尊敬を得るため、率先して敵と戦わなければならず、また最後まで敵に後ろを見せてはならない。臆病だと群れの部下に思われたらリーダーとしての地位を失うからである。
そのボスを攻撃したことで、ボスは威厳を保つために、ワタルだけを相手として攻撃してくるようになった。
これでいい。
ワタルは、致命傷にならないように、それでも隔絶とした実力差が分かるように、ボスを攻撃した。
弱ってきたところでワタルは、大可kのリーダーに立ち去るよう促した。まあ人間の言葉がわかるはずもないが、ここでリーダーを殺してしまうと、それこそ残りの狼とも死闘を繰り広げなけrばならなくなる。討伐依頼でもなければ素材の回収を目的としているわけでもない。甘いと言われれば甘いのだが、このまま続ければこちらにも重傷者が出るかもしれない。それでは護衛失敗ということになりかねない。避けられる戦いは無駄えしかない。避けるに越したことはない。
言葉は通じないはずだが、なんとなく気持ちが伝わったのか、群れのボスは頭を下げるようなしぐさをしたあと、群れを呼び寄せ、背中を見せて林の中にかえっていこうとした。
ところが、1匹の狼に腕をかまれて軽いけがをしたらしいワルダーが怒りが収まらないとばかりに、林の中に帰ろうとする最後尾の狼を背中から切りつけようとしたため、ワタルはその腕が振り下ろされる前に、手をつかんで止めた。
「せっかくこれ以上の戦闘が避けられるのであれあ、無理に挑発する必要はない」
すると、ワルダーは顔を真っ赤にして「怖気づいたか。あの程度の狼などわしらの敵ではないわ」とワタルの手を振り払おうとした。
そこで、不穏な空気を察したベルクが「皆様、私たちを救っていただきありがとうございました。さすがはギルドが派遣した優秀な冒険者様たちです。ワルダー様のB級冒険者としてのご活躍を間近に拝見できて一層安心することができました」とワルダーの毒気を抜く最大級の賛辞を贈ったため、「わかればいいのだ・」とワルダーも振り上げた剣を下すことになった。
そのあとは、本来なら少し行ったちょっと開けた場所で休憩の予定だったが、先ほどの大可mにまた襲われてもということで、強行軍であるが、鉱山の詰め所までそのまま休憩なしで移動することになった。
幸いその後は何事もなく鉱山まで無事についた。
その日の晩の初jくじであるが、干し肉と硬い黒パンにチーズという冒険者の食事を絵にかいたような内容だった。息の馬車の荷物には、鉱山で働く労働者の食糧を積んでいくが、冷蔵庫のないこの時代、日持ちする食糧といえば、結局水分を極限まで飛ばしたがっちがちのパンに、干し肉にチーズ。なんのことはない、鉱山労働者の食事はその環境と手段において冒険者の食事と何一つ変わらないのである。
うわー。せっかく好意で「食事つき」とかいう条件にしてくれたようだが、これはしんどい。得ダンジョンの中でもこんな食事はしなかったのに
そう思うワタルだが、まさかそんなことを言う意訳にもいかない。
仕方ないのでありがたくいただくが、パンとチーズはそのまま収納にしまい込んで、干し肉だけこまかく刻み、重むろに魔石で発火させるコンロと鍋を取り出し、塩を加えた水を沸かすと、干し肉を煮だした。
「えーと何をなされているのですか?」ベルクが不思議そうに尋ねる。
いえ、せっかく頂戴した食事ですのですが、私には少々塩辛いので、こうして塩抜きをするのです。
と言いながら、お湯が沸騰してしばらくすると、お湯を捨て、小mん度は便の中から白濁した液体を鍋に入れて再び火にかけた。に立ってきたところで、細い棒ラーメンを取り出し、湯がいていくと「すぐに沸騰するので、火を止めて、乾燥野菜を加える。
ワタルがガイドとして提供する食事のレパートリーの一つである豚骨ラーメンである。
ブリタニアにはラーメンという食べ物が存在しない。世界は広いので、もしかしたらどこかに似たようなものはあるが、この世界で見たことはない。ときどき無性に食べたくなるのだが、なんせ売ってないので、仕方なく自分で麺を打つところから作っている。豚骨ラーメンなのは、味噌と醤油を見かけたことがないからである、すぐに手に入る食材で作ることができるのは豚骨ラーメンだけだった。
いつ何時も切らさないように、手が空くと麺を打ってゆでた後、水の上位魔法である氷魔法で瞬間冷凍させ、解凍時に風魔法で水分を飛ばす、いわゆるノンフライフリーズドライ製法でラーメン用の麺を大量にストックしておく。
スープもイービルボアのあばら骨と鶏の鶏ガラを水から10時間、野菜の切れ端と一緒に煮込み、野菜と鶏ガラの形がなくなるまで煮込んだあと、細かい網で漉したスープを瓶詰したスープと一部はフリーズドライにして粉末にしたものをストックしている。
ワタルがガイドする客にも好評を博しているメニューで、このラーメン食べたさにリピートする客もいるくらいである。
勇者の魔王討伐の時も、週に一度はラーメンだった。
「おいしそうなにおいですな」ベルク氏の目が輝いている。
これは仕方がない。
「少し食べますか」そういってワタルは深めの小さな皿に分けて差し出す。
「よろしいのですか」
「どうぞ」
そういって残りをワタルは自分のさらに持って食べ始める。
「これはなんとも濃厚なスープでおいしいですなあ」
ベルクは初めて食べたそのラーメンという食べ物に感嘆していた。
「初めて食べました」
「これは私の生まれ育った故郷の食べ物なのです」
ま、嘘はついてないよ。
「野営の地では保存食しか食べられないと思ってました。」
「山で食べる豚骨ラーメンは正義なんです」