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20◆ ごはんを下さい

 物置小屋を出て、右手をアリーに、左手をトムに引っ張られ、身長差があって前屈みになりつつ歩く俺は、確かに四方八方から見られまくった。


 掘っ立て小屋の中からの視線を感じたのはもちろん、俺が通り過ぎてしばらくしてから、慌てたように小屋の中から飛び出して来た人もいたくらいだ。


 そんなに珍しいか。いや、珍しいだろうな。

 救世主なんて数百年に一度の出現頻度で――って、違う。世間的には、俺たちは史上初めて現れた救世主なんだった。



 シャロンさんはなんだか詫びるような顔で俺の斜め後ろを歩き、そんな彼の腕にジェーンがぶら下がっている。片腕で幼児一人をぶら下げて歩いているシャロンさん、素直に力持ちで凄いと思う。

 俺たちの先頭をカイが得意げに歩き、知り合いを見付けてはめちゃめちゃでかい声で「救世主さまだぞぉーっ」と宣伝する。

 なのであっと言う間に、俺の行く手の小屋から老若男女あらゆる人々が顔を覗かせ、俺が通るのをじーっと見物することと相成った。


 訳もなく緊張する俺。

 両手を引っ張られているから、今さら寝癖も直せない。

 飄々とした態度を装ってはいるが、その実周囲の声にはきっちり耳を澄ませる。だって俺が救世主の評判を落とすことになったら嫌だからね。

 まあ、こんな一団で出歩いている時点で、威厳も何もあったもんじゃないけど。


「……あれが救世主さま……?」


「……普通の人みたいに見えるな……」


「……でも昨日、あの人に治してもらったわ、暗くてあんまり見えなかったけれど……」


「……昨日一撃でレヴナントを斃したって……」


「……それは俺も見てた……」


「……おっかねぇ……」


「……でも見ろよ、トムもアリーも物怖じしねぇな……」


 好き放題言われている。

 聞こえない振りをしつつ、前を歩く二人に躓かないよう、手を引っ張られるままに歩く俺。


「ルドベキアさん、すっごく人気者ねっ」


 アリーがきらきらした目で俺を振り返ってそう言ったが、もう苦笑しか出てこない。


「そうだな……」


 軍籍の者が集まって食事を摂る場所は、集落につき一箇所設けられているという。

 ガルシアから派遣された部隊は町で宿を取っているようだが、辺境伯の私兵は小隊単位でばらけ、集落に留め置かれているためだ。


「食事処とも言えないようなものですが……」


 とシャロンさんは弁解するように言っていたが、それはそうだろう。

 この集落自体、浮民になってしまった人たちが、町の付近に慌てて築き上げたようなものだ。――と、そういえば。


「――この集落っていつからあるんですか?」


 前屈みの姿勢に苦心して歩きつつそう訊けば、シャロンさんは緋色の目を瞬かせた。くすんだ金髪をくしゃりと掻いて、首を傾げる。


「さあ。私が来たときにはもうありましたからねぇ」


「わたしが五歳になったときに出来たのよ!」


 ぐいぐいと俺の手を引くアリーが元気よく答え、俺は思わず笑ってしまった。


「そうなのか。おまえ、いつ五歳になったんだよ?」


 ぎゅう、と俺の手を強く握り、胸を張るアリー。


「夏の初めよ!」


「もう半年以上前か……」


 呟いて、俺は今度はアリーに向かって尋ねた。


「どうやって作ったんだ? こんなにいっぱい、家をさ」


 きょとん、と褐色の目を瞬かせて、アリーは俺を振り返る。


「木を切ってきて、おじさんたちがトンカチで……」


「木?」


 言葉半ばで尋ねた俺に、今度はシャロンさんにぶら下がるジェーンが答えた。


「あっちに森があったのよ、前までは。〈呪い荒原〉が広がる前にって、おじさんたちが木を切り倒して持って来たの!」


 なるほど、と口の中で呟いて、俺は顔を顰めた。


 鬱蒼とした森も、〈呪い荒原〉に掛かればひとたまりもあるまい。

 森が消滅する前にと、その木を有効活用したわけか。


 とはいえ、そうして作り出された集落にも、〈呪い荒原〉は迫っている。


 俺の疑問は解消されたが、子供たちはわっとばかりにその森に関する思い出話を始めていた。

 聞いていると、恐らくこの子たちは森のすぐ東側にあった町に住んでいたらしい。そこに〈呪い荒原〉が迫り、町の大人たちが森を越えた先に集落を作り、移り住んだというわけだ。


 ある日突然消失するというよりは、じわじわと削られていったんだろうけれど、それでも森がまるまる一つ消失するのを目の当たりにしたときはショックだっただろうな……。


「おっきい胡桃の木があったんだけど……」


「ノルクが登って降りられなくなってたねぇ」


「トムも登って怒られてたじゃんか!」


「僕は自分で降りたもん!」


「兎の巣穴も見っけてたんだけどなぁ」


「なくなっちゃったね」


 アリーがぱっと俺を振り返った。

 ちょうど行く手に大きな天幕が見えてきたところで、俺はそれを見ながらぼんやり、「あそこが食事処かな?」と考えていたので、不意を打たれてびくっとした。


 大きな褐色の目で俺を見て、アリーが首を傾げる。

 そして、この子にしては珍しい、おずおずとした調子で尋ねてきた。


「――大きくなったら忘れるからねって言われたの。フィグのこともぜんぶ。忘れちゃうの?」


 フィグってなんだ。

 一瞬きょとんとした俺の顔をちらりと見て、シャロンさんがこっそり助け舟を出してくれる。


「……森にいた兎に名前を付けていたようです……」


 なるほど、合点した。


 俺は軽く息を吸い込んで、やや緩んだアリーの手の中から自分の手を引っこ抜いた。

 そうして、ぽん、と彼女の栗色の髪の上に掌を置く。


「大丈夫だよ」


 恐らくこの子に、大きくなったら忘れるからねと言い聞かせた人は、故郷が消え、森が消え、そこにいたお気に入りの兎も亡くしたこの子を、ちょっとでも励まそうとしたんだろう。

 とはいえどうやら、この子は忘れると言われたことがショックだったようだ。

 まだ五歳だし、色々と思うところもあるんだろう。


 両手を頭の上に持ち上げて、自分の頭の上に乗っけられた俺の手を、ぎゅ、と握るアリー。


「ほんとう?」


「本当、本当」


 頷いて見せて、俺はアリーの頭の上に乗せた手を軽く揺らした。


「昔のことでも、ほんとに大事なことは案外忘れないもんなんだ」


 ぱあっと顔を輝かせ、アリーが俺の腰辺りに抱き付いてくる。

 歩けなくなって俺は足を止めた。もう片方の手をトムに引っ張られ、俺は危うく転ぶところだった。


「アリー、なにしてんだよー」


 トムが唇を尖らせる一方、アリーはにこにこと俺に頬擦りしつつ。


「すごいねぇ、何でも知ってるんだねぇ、ルドベキアさん」


「ああ、うん。まあ、大体な」


 右手でアリーの頭を撫でつつそう答える俺は、そろそろ空腹で眩暈を覚えそう。

 昨日あれだけ魔力を消費したのに、晩飯を摂り損ねているのである。胃袋は空っぽ、気分は切ない。


 コリウスは今朝もしっかり食べたんだろうな。

 集落にいると自分から言い出した手前はあるが、せめて昨夜は町で休めば良かったかな……。


 俺の表情を正しく読み取ってくれたらしく、シャロンさんが片手で、アリーをべりっと俺から引き剥がした。


「アリー、こら。ルドベキアさまはこれからお食事なんだ」


「えー、けちー」


 不満たらたらのアリーを、トムとカイがけらけらと笑って見ている。

 仲がいいのは何よりだが、俺にメシを食わせてくれ……。



 軍籍の者専用の食事処となっているらしい天幕には、さすがに子供たちは入れない。


 天幕の入口でアリーもトムと渋々といった態で俺から手を離し、ジェーンもシャロンさんから離れた。カイも、心なしかむすりと顔を顰めて突っ立っている。


 お祭り騒ぎが終わるのが嫌なのだろうが、俺は内心でほっと息を吐いていた。

 子供は苦手ではないが得意でもない。自分自身、まともに幼児をやったことなどもう記憶にないということもあるんだろうけど。

 少しの間一緒にいるだけならば、可愛いなと思うことの方が多いが、長い間一緒にいるとなると別。予測不能の言動には愛らしさよりも疲れを覚える。


 やっと解放された――と、こっそりと解放感を噛み締めたところで聞こえてきた、「早く戻って来てね」という四人の合唱に俺は耳を疑った。

 こいつら、どんだけ俺に纏わりつくつもりなんだ。


 う、と言葉に詰まった俺は、取り敢えず四人に手を振って、シャロンさんに促されるままに天幕の中に入る。

 天幕は細い木の柱に麻布を留めて造られており、嵐が来たら吹っ飛びそうだった。

 入口は掛け布一枚で外界から遮断されており、もちろん地面は剥き出し。雨の日はさぞかし不快だろうに、こんな環境で耐えている軍人たちは超人か。


 俺に付いて来てくれるシャロンさんに、俺は謝意を籠めて軽く頭を下げた。


「すみません、なんか案内役をやらせてしまって」


「いえいえ、光栄なことですよ」


 シャロンさんはあっけらかんと笑ってそう言い、天幕の中を見渡した。


 天幕は案外と広かった。

 中には、大小様々な木箱を引っ繰り返して机や椅子の代用としている席が所狭しと並べてあり、天幕の中央に石を積んだ竈がある。

 竈の上には大鍋が据えられており、そこから何とも食欲を刺激する匂いが漂って、俺の腹はまたしても盛大に空腹を訴えた。


 中は無論、無人というわけではなかった。

 今は昼前、朝食には遅く昼食には早い時間だから、食事を摂っている人こそいないものの、木箱に腰掛けて仲間内でぼそぼそと何かを話している軍人たちが多い。

 そうした軍人で、席の殆どが埋まっているくらいだった。

 俺は何か口に出来るなら、立ち食いでも全然構わない。


 天幕内を見渡したシャロンさんは、「どこにお掛けいただきましょうか」と呟いていたが、俺の視線は真っ直ぐに大鍋に向かっていた。


 ごった煮のいい匂いがする。

 食い扶持を増やしてほんとに申し訳ないけど、でもその分頑張るから分けてほしい。


 入口を潜ってすぐに足を止めた俺たちに、目の前の木箱に腰掛けた軍人が不意に視線を向けてきた。

 小さな木箱に腰掛け、目の前の大きな木箱に肘を突いて、煙草を吹かしつつ三、四人で談笑していた彼は、眉を上げてシャロンさんに声を掛ける。


「よお、シャロン。珍しいじゃねーか、ここで食ってくのか? 子守はどうした?」


 シャロンさんは苦笑した。


「いや、私じゃないよ」


「シャロンさんは俺のお守りです」


 俺がさっくりと会話に割って入ったため、目の前の軍人たちが一斉に俺を見た。


 話す口振りからして、この人たちがシャロンさんと親しいんだとは分かる。

 いつもなら黙って会話が終わるのを待つけれど、今は別。ごはん、ごはんを下さい。


 目の前の軍人が、煙草を口から離し、紫煙を吐き出しながら俺をまじまじと見た。

 俺は真正面からそれを見返した。


「なんだ、この坊主? ガルシアの部隊にこんなのいたっけか」


 ガルシアの隊服姿の俺に向かって遠慮会釈なく言い放った同僚に、シャロンさんが頭を抱えた。


「馬鹿っ、アーノルド、取り消せ、謝れ!」


「は?」


 アーノルドと呼ばれた軍人が、きょとんと瞬きした。

 俺を上から下まで、折り返すように眺めて首を傾げる。


「なんだよ? どっかのお偉いさんの息子か?」


「救世主さまだっ!」


 シャロンさんが叫び、その瞬間、天幕内が水を打ったように静まり返った。

 どこかで誰かがコップを落とす、かたん、という音がやけに響く。


 そして一瞬。


 アーノルドさんが泡を食って立ち上がった。

 煙草を足許に落とし、踏み潰し、どうぞどうぞと自分が座っていた席に俺を誘導する。


 しかし、俺は動かない。だってごはんを食べたいから。

 俺は座りたいんじゃなくて鍋の方に行きたいんだ。


 が、そんな俺の態度を、アーノルドさんは怒りゆえと勘違いしたらしい。座ったまま腰を抜かしたらしい他の同僚と目を合わせ、「やべぇ」という顔。

 そして、やにわに俺に頭を下げた。


「や、失敬。昨日はシャロンを助けてくださったそうで。友人の命の恩人に、大変失礼した」


「敬語を使え!」


 シャロンさんが叫んだが、俺は声を荒らげそうになるのを堪えつつ(空腹って人から余裕を奪うね)、「それはいいんで」と断言。そして、我ながら鬼気迫る表情で続けた。


「すみません、マジで腹減って倒れそうなんで、何か貰っていいですか」


 アーノルドさんは棒を飲んだような顔をした。

 ざわ、と軍人たちの間にざわめきが広がり、数秒後。


「鍋あっためろ!」


「器、器出せ」


「新しい匙あっただろ」


「水差しはどこだ?」


 どうやら誰も、俺にタダ飯を食わせることに異論はないらしい。

 助かった――いや、救世主なんだからそりゃあ食事にはありつけるか。


 ほう、と息を吐いた俺は、誰にともなく声を掛ける。


「器と匙さえ貰えれば、鍋は自分で温めます」


 他の誰がするよりも、自分でする方が早いからね。



 ――と、そんなわけで俺は大鍋に寄って行って(駆け寄りたかったのを我慢した。さすがに威厳が無さ過ぎると思ったから)、手の一振りで鍋の中身を程よく温めた。


 鍋の下、竈には赤い世双珠が数個転がされている。

 赤い世双珠は熱に関する世界の法を変更するものだ。


 ここにいる軍人全員が魔術師なのは疑いようがないので、恐らく通常はこの世双珠を通して魔法を使うんだろうが、俺にとってはそれは野暮。


 急速に温まった内容物が吐き出す熱気に、ことりと小さく揺れた大鍋の蓋を俺が取るや、ばたばたと足音がしてシャロンさんが走って来た。


「え、蓋取ったらまずかったですか」


「違う! 違います! もう、お掛けになっていてください、あとは私どもで持って行きますから!」


 真顔で尋ねれば、これまた真顔のお叱りを喰らった。

 シャロンさんが俺の手から蓋を奪い取り、続いてアーノルドさんが入口の傍の席で手を振ってくる。


「救世主さま、どーぞどーぞこっちへ」


「はあ……」


 蓋を開けた瞬間に、もわりと立ち上がったいい匂いに、俺の胃袋は空腹を盛大に訴える。

 思わず腹を押さえつつ、俺はアーノルドさんの方へ戻り始めた。


 そんな俺を、声すら出さない数十人の軍人たちがまじまじと見守る。コップを口に当てたまま硬直している人もいた。


 アーノルドさんと同じ木箱(テーブル)を囲んでいた四人も、今は立ち上がって身体の後ろで手を組み、俺が空いた適当な木箱(いす)に座るのを見届けていた。


 座ったはいいものの、これでは落ち着かない。木箱余ってるし。


「あの、座らないんですか……?」


 訊いてみると、全員一斉に首を振る。


「いやいやそんな」


「畏れ多い」


「救世主さまと同じ食卓になんてとても」


「お言葉だけで十分です」


 口々に言われて、俺は「はあ……」と。

 別に気を遣わなくていいのに……と思っていると、それが顔に出たのか、アーノルドさんが俺の真正面に腰掛けた。


「じゃあお言葉に甘えて」


 ちょうどそのとき、シャロンさんが俺の食事を持って来てくれた。


 シャロンさんが木を刳り貫いて作られた椀と匙を持ち、俺の目の前の木箱にことりと置いてくれる。

 シャロンさんの後ろに付いて来た若い男性が、同じく木で作られたコップと、ブリキの水差しをその傍に置いてくれた。手がちょっと震えている。


「ありがとうございます」


 礼を言うや匙を掴む俺。


 念願の食事。


 ごった煮は、多分味とかはそんなに考えずに作られたものなんだろうけれど、それでも夢中になって口に詰め込むほどには美味く感じた。


 無言でがっつく俺を後目に、シャロンさんが呆れたようにアーノルドさんに声を掛けている。


「物怖じしないな、おまえは」


「おまえもだろ?」


「私は昨日が縁で」


「命拾いしたんだよな、おまえ。昨日はこの集落壊滅も覚悟したけど。――そういや、あの子たちは?」


「外にいるだろう。朝からこの方のところへ押し掛けていて、見付けたときは肝が冷えたよ」


 ごくん、とごった煮を飲み込み、ブリキの水差しからコップに水を注いで、俺はそれを一気に呷った。

 生き返るような心地がした。そして、ぐい、と口を拭ってシャロンさんたちの会話に割り込んだ。


「アリーたちですか? あの子たちって有名なんですか?」


 主に、あの傍若無人っぷりで。


 内心でそう付け加えつつ尋ねた俺だったが、シャロンさんは困ったように眦を下げた。


「有名というか……」


 その顔を見て、俺も察した。


「……ああ」



 ――当然のことだが、子供は大人に比べて弱い。

 成長期の子供は多くの栄養を必要とするし、寒さにも暑さにも脆い。病気にも弱い。


 こんな集落で、子供が健康に生き延びられるはずがない。もう既に相当数が命を落としたはずだ。

 ――つまり、アリーたちは集落で生き残っている、数少ない子供たちなのだ。



 俺が察したことを悟ったのか、シャロンさんは無言で頷く。


 俺は緩く息を吐いて、胸中に溜まった憂鬱を吐き出した。

 そうして、次からはアリーたちにもっと優しくしてやることを検討する。何しろ、まず間違いなく、少なくない数の友達に先立たれているだろう子たちだ。

 救世主として、そんな子供たちに辛く当たれない。


 ――と、そんなことを思っているまさにそのとき、天幕の外で当のアリーたちの声が上がった。

 ここは入口の掛け布のすぐ傍だから、きゃあっと上がった高い声がよく聞こえた。


 恐怖はなく、喜色のみを湛えた悲鳴に混じって、トムの声が聞こえてくる。


「――ガルシアの制服だよ、黒いもん!」


 俺は食事の手を止めた。


 直後、掛け布がすっと持ち上げられ、少しばかり眉根を寄せたコリウスが顔を覗かせた。


 アーノルドさんたちが「もしや」という顔をする一方、シャロンさんが口早に、誰にともなく説明するように言う。


「救世主さまだ」


 静まり返る天幕内。

 席から立ち上がって俺たちを見ようとしている人までいる。


 俺は匙を持ったまま、左の肘を机代わりの木箱に突いてにやっと笑ってみせた。

 コリウスの――というか、仲間の顔を見るとやはり落ち着く。


「よう、コリウス。町にいるんじゃなかったのか」


「そのつもりだったんだが」


 物静かに呟いて、コリウスは俺をざっと観察した。


「さすがに、餓死していないか心配になった」


「珍しいこと言ってくれるじゃん。俺は大丈夫だよ」


 食べてるよ、ということをアピールするべく、俺は手にした匙をぶらぶらと揺らす。


「そのようだね」


 頷いて、コリウスはちら、と天幕の外を振り返る仕草をした。


「外にいた子供はなんだ? 僕を見た途端に騒いでいたが」


 なお、まだアリーたちの声は聞こえている。「ルドベキアさんの仲間かな」「おんなじ服着てたね」などと言い合っているようだ。


「ここの子たちだよ。――おまえ、どうやってここまで来たの?」


 尋ねた俺に、コリウスは当然のように答えた。


「もちろん、飛んで」


「あー、そりゃ騒ぐだろ」


 コリウスが俺の現在地を特定できた理由も簡単だ。

 大鍋を温める際に魔法を使ったからね。俺の魔力の気配を察知したんだろう。


 納得の声を漏らす俺とは対照的に、コリウスの言葉を聞いて、耳を疑うといった顔をする軍人が続出した。


()()()来た?」


「いや、物の喩えだろ……」


「でも、魔界にいたはずの救世主さまがなんでこんな所まですぐに来られたんだよ……」


 ぼそぼそと広がる声に、コリウスは眉間の皺を深くする。


 カルディオスやディセントラなら、ここで自然と周囲に愛想を振り撒くものだが。

 トゥイーディアであっても、意識的に愛想よく慈愛の笑みを浮かべるだろう。


 これをこいつやアナベルときたら、何百年経っても無愛想の権化である。


 コリウスは溜息とともに俺をもう一瞥して、そして極めてあっさりと踵を返そうとした。


「おまえが元気そうで良かった。では僕はこれで」


「待って待って見送りくらいするから」


 早口に言って、俺は残るごった煮を掻き込み、ぐっと水を呷って席を立った。


 慌ただしく天幕を出て行く俺たちを、軍人たちがやや唖然とした顔で見送っていた。





 天幕を出るや、俺は前方からどすっと衝撃を喰らってよろめいた。


「ルドベキアさんおそーい」


「この人だれー?」


 ぶつかって来たアリーとカイを両手で受け止め、そのまま頭を撫でながら、俺はコリウスを振り返った。

 大人げないまでに、コリウスは顔を顰めていた。


「はいはい、ごめんな。この人は俺と同じ救世主だよ。で、偉い人の息子だ。そっとしとこうな」


 そんなことを言いつつ、俺は子供たちの頭上でコリウスと遣り取りを開始する。


「――町の方はどんな感じだ?」


 コリウスは皮肉に唇を曲げる。


「刺激的で大変結構だ。朝から七件、諍いの仲裁をした。――ディセントラを連れて来るべきだったな」


 俺とカルディオスとコリウスで、魔法を撃ち合い殴り合い、三つ巴の大喧嘩に発展していたところを、ディセントラにぴたりと止められた遥か昔のことを思い出しつつ、俺はじとりとした目でコリウスを見遣る。


「――って、おまえ。俺のことが心配で来たんじゃねぇな? 単純に喧嘩の仲裁に疲れて逃げて来たんだな?」


 コリウスは濃紫の目を逸らした。俺は思わず頭を抱えた。


「何してんだよ! 頑張れよ! 何のために来たんだよ!」


 声を殺して叫ぶ俺に、何を思ったかアリーが真顔でコリウスに物申した。


「……ルドベキアさんをいじめちゃ駄目だよ」


「朝から俺を虐めてきたのはおまえらだろーが」


 そうあしらって、俺は溜息を吐きつつコリウスに視線を戻す。


「――で、自分がいない間に喧嘩が起こらないように、ちゃんと手は打ってきたんだろうな?」


「それはまあ」


 気のない声でそう言って、コリウスは俺をちらっと見た。


「ルドベキア、さっき起きたばかりなんだろう? ――覚悟しておいた方がいいよ。ここに来るまでに、揉め事が起きているのも見えたから」


「……おぅ、マジか」


 激務の予感に、俺が顔を顰めたことは言うまでもない。
















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