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18◆ 兵隊さん初めまして

 くるりとレヴナントに向き直って、俺はそいつが起き上がるのを待たずに手を振り上げた。だって泣いてる子がいるし。


 途端、西日とは違う強烈な光がその場を照らす。

 起き上がろうとする動きを止めて、レヴナントが己が頭上を仰ぎ見た。



 ――どォしてぇ――



 俺の背後からも、驚きの声が切れ切れに上がる。


 レヴナントの頭上に、俺の魔力で変えられた世界の(のり)が、赤々と眩い巨大な火球を生み出していた。


 渦を巻く炎が低空に君臨し、一秒。


 火球がその温度を上げた。

 白熱した炎の塊は、放つ光すら己の内に閉じ込めて、真っ白な輝きを灯して――



 ――俺は手を振り下ろした。



 レヴナントが身を捩った。

 だが大丈夫、こいつはそんなに知能の高い個体じゃない。


 起き上がることすら出来ずに、無意味に絶叫を轟かせるレヴナント。



 ――その上に、爆音を立てて火球が落ちた。



 熱気が膨れ上がり、風となる。

 土埃を巻き上げ、俺の髪を靡かせ、外套を翻らせる。

 弾ける炎が火の粉を散らし、もう一つの西日が生まれたかのような光を撒き散らす。


 全身が溶け出すレヴナントが途切れ途切れの悲鳴を上げる。

 どろどろと形を失いつつある両手を掲げ、再びぱっかりと口を開く――だが既に、その顔すらも溶け出しつつあった。


 もはや声も上げられずに、ぐずぐずと全身の形を失うレヴナント。

 もはや結果は見えていたが、俺はとどめの熱閃を撃ち出した。



 弾ける閃光に、今度こそレヴナントの巨体が跡形残さず爆散した。



 その断末魔を見届けた俺は、速やかに炎を消し去る。

 火の粉ひとつ残さず、火焔は迫りつつある宵闇に溶け消えた。光源が失せ、周囲は一気に暗くなったように感じられる。


 ふう、と息を吐いて、俺は外套を払って後ろを振り返った。

 そして、未だ腰を抜かしたままの、兵士と思しき男性に向かって手を差し伸べる。


「――怪我は?」


 尋ねる俺の顔と、俺の手をまじまじと見て、男性は恐る恐るというように手を伸ばし、俺の掌を握った。

 よいしょ、と彼を引っ張って立ち上がらせつつ、俺はざっとその全身を検分。大きな怪我はないようだ。


 驚嘆の色を映す緋色の瞳で俺を見てくる男性の顔から視線を逸らし、俺は後ろの数人に目を向ける。


「あなたたちも。怪我は?」


 全員が全員、茫然とした目で俺を見てくる中、辛うじて首を振る人がいる。


 俺は思わず一歩下がって両掌を彼らに向けた。

 よく考えたら、いきなり空中から吹っ飛んで来た男である。怪しまれて当然。


「――驚かせてすみません。俺はルドベキア……ええと、救世主です」


「……――あなたが!」


 兵士と思しき男性が声を上げ、いっそうの驚きを籠めた眼差しで俺を上から下まで眺めた。くすんだ金髪が、荒涼とした風に吹かれて揺れる。


「救世主さまが現れたと噂に――しかしなぜここに? 魔界にいらっしゃったはずでは……」


 情報が古い。まあ、噂話の移動速度なんてそんなもんか。


 俺は肩を竦めた。


「少し前に戻って来ました。ガルシアの意向でここに……ついさっき到着したところでレヴナントが見えて」


 そう説明しつつ、俺はちょっと後ろを振り返って、間違いなくレヴナントが消し飛んでいることを確認。


 そうするうちに、兵士と思しき男性の後ろの数人の間から、啜り泣く声が漏れ始めた。

 恐らくは安堵のための泣き声だろうが、俺は大いに動揺した。

 ルインを泣かせたときもそうだったが、俺は――というか俺たちは、他人の情動の発露にめっぽう弱いのだ。


 取り敢えず泣き声には気付かなかった振りをすることにして、俺はどうでもいいことを男性に尋ねた。


「出現直後でしたか?」


 いや、そうに決まってんだろって話なんだけど。


 ここは掘っ立て小屋の集落で、倒壊した小屋は、レヴナントに踏み拉かれたらしき一棟のみ。

 出現から時間が経っていれば、これ程に脆い集落は容易く壊滅するだろう。

 それが、被害が幸いにも最小限に留まっているのだから、レヴナントは出現から間を置かずに討伐されたということだ。


 俺は単純に、どこかで上がっている泣き声を無視するために男性にこんな馬鹿げた質問を投げたのだが、男性は真面目にも、俺が状況の説明を求めていると思ったらしい。

 踵を合わせて敬礼し、「はい」と真面目に応答する。


「古い世双珠が割れてしまって――直後にレヴナントが。面目ないところをお見せいたしました」


 俺はうんうんと頷きつつ、こっそり、「世双珠って古くなったら割れんのか」と驚いていた。


 そういえばあれだ、世双珠って壊れるように出来てるんだった。

 だからトゥイーディアでなくても誰でも、世双珠が壊れるよう魔法を掛けることが出来て、それは自爆の手段としても使われる。

 外からの衝撃には強いが、()()()()()()()()()()()()、それが世双珠というものだった。


「いえ、無事なら良かった。――あなたは辺境伯閣下の私軍の方ですか?」


 装備を見るにガルシア隊員ではない。

 それ以外にここに兵士がいるとすれば、この地を治める辺境伯の私軍の兵士くらいだろう。


〈呪い荒原〉の拡大による浮民の発生、そしてレヴナントの発生と、辺境伯には心の休まる暇があるまい。

 いやむしろ、心の休まる暇があるというならそれは、辺境伯が稀代の暗君である証だ。

 高貴な者には責任がある。今この状況で為政者が心を痛めずしていつ痛めるのか。


 辺境伯がまともな思考の持ち主であれば、己の私軍はその大半を国境付近に差し向けて、浮民の救済に当たらせるはずだ。


 ――差し向けられる兵士の側からすれば、その判断は堪ったものではないにせよ。


 俺の問いに、男性は無言で頷いた。


 日は既に半ば沈んでいる。

 俺はその方向を見遣り、夕日の明かりの中で上空のコリウスを捜した。が、見付からない。


 あのやろう、どこに行きやがった。


 西の方角には町が黒々とした影を落としており、俺の視線がそこを向いていると勘違いしたらしき男性が、気を利かせて申し出てくれた。


「――町に指揮官がおりまする。そちらへご案内いたそうか」


 一瞬逡巡したものの、俺は頷いた。


 コリウスも恐らくは町に向かうはずで、俺も同じ場所へ行けば落ち合うことが出来るはずだ。


 だが一方で、上空から見たときの様子が気に掛かる。既に閉じられた城門に殺到して、何かを訴えている人の群れ。


「――お願いします、えーっと……?」


 俺が名前を呼ぼうとしたことを察して、まだ自分が名乗っていないことに気付いた男性が、やや焦った顔をしながらも、素早く名乗った。


「申し遅れました、シャロンと申します」


「シャロンさん、よろしく」


 そう言いつつ、俺は集落を見渡す。


 レヴナントの出現に蜘蛛の子を散らすように逃げ出していたのだろう、この集落に住む浮民の方々が、徐々に戻りつつあった。

 掘っ立て小屋の向こうから、幾つもの顔がこちらを覗いている。


 シャロンさんは自分の後ろを振り返り、そこにいる数人に何かを囁き掛けている。

 どういう状況でレヴナントが出現したのかは分からないが、そこにいる数人とシャロンさんは親しい間柄のようだった。女性の一人がシャロンさんの腕に手を掛けて、涙ぐみながら何か言っている。

 聞き耳を立てるのも失礼なので、俺はそっぽを向いておいた。――しかし漏れ聞こえてきた言葉から、シャロンさんが少なくともこの付近の出身ではないことは分かった。

 女性とシャロンさんとで、言葉の訛りが違うのだ。


 そうしているうちに、母親らしき女性にしがみ付いていた女の子が、おずおずと俺に寄って来た。

 その灰色の目に涙が溜まっているのを見て、俺はちょっと及び腰。


 女の子は両手を組み合わせ、軽く腰を屈めてお辞儀した。

 その拍子にぽろ、と涙が零れて、俺は顔を強張らせる。


「……あの――ありがとうございます」


 女の子が震える声で言ってくる。俺は思いっ切り顔を逸らした。


「いや、別に――」


 苦手なんだって。苦手なんだって、こういうの。

 こんな風に湿っぽくお礼を言われるよりは、いつかの海賊ども――いや、もう海賊じゃないけど――のように、大歓声を上げながら背中を叩いてくれる方がよっぽどいい。


 女の子がまた頭を下げて、涙がぽとぽとと落ちる。

 俺はシャロンさんに身振りで「もう行きましょう」と合図しつつも、絞り出すように呟いた。


「――ありがとうって思うなら、頼むから泣き止んで」


 手に負えないから。


 女の子がきょとんとしたように目を瞠る。

 それを他所に、俺はシャロンさんを促して歩き出していた。


 ほうっと息を吐き出す俺を、シャロンさんが意外そうに見る。

 だが色々と言及は堪えてくれて、代わりにもっと実際的な話を振ってきた。


「……町に入るのは、少し――煩わしいかも知れませんが……」


「ああ、通りすがりに見ました」


 応じて、俺は掘っ立て小屋の陰や中からこちらを見てくる視線を避けるように、声を潜めて続けた。


「城門に人が大勢――あれ、どういう状況です?」


 シャロンさんは疲れた溜息を零し、掌で顔を拭う。


「レヴナントの出現が頻発しておりまして――どうしても、こうした集落では不安に思うもの」


 こうした、と言いつつ、シャロンさんは周囲を指で示した。


「町であっても、城壁の奥でも、レヴナントが出現してしまえば崩れるのは同じ。そう分かっていても、やはり――心の拠り所といいますか、町の中で身を休めたいという者は多く」


 あぁ、と俺は頷いた。そこまで聞けば何となく分かる。


「町に入れてくれって人と、もう限界だっていう町の側とで、一触即発って感じですか」


「仰る通り」


 頷いて、シャロンさんはまたも溜息。


「我々も、出来る限り町の外を回って、少しでも安心してもらおうとしているのですが」


 その言葉で分かった。

 シャロンさんが集落の人と親しげなのは、彼がこの付近をよく見回っているからだ。そうして安心の種を蒔こうとする彼の行動が、親愛を育んだのだ。


「お疲れでしょう」


 呟いて、俺は息を吐いた。


「――すみません」


 俺の謝罪に、シャロンさんが目を瞬かせる。


「はい?」


 訊き返されて、俺はちょっと唇を噛んでから続けた。


「すみません、俺は――俺たちは、辺境伯の要請で、防御の体勢を立て直す間だけのために、ここに遣わされました。ずっとここにいて、あなたたちを守ることは出来ません。数日でガルシアに戻らないといけない」


 低く押し出した俺の声に、唐突にシャロンさんが俺の方へ手を伸ばした。

 俺の肩を掴んで、ぐいっと自分の方へ向き直らせる。


 先程までの遠慮がちの態度からは一変したその仕草に、俺は仰天して目を見開いた。

 そして、真剣なシャロンさんの顔を見て二度びっくりした。


「――とんでもない」


 シャロンさんが、押し出すように囁いた。声音は強く真剣だった。


「何を仰いますか。救世主さまがいらしてくだされた、それで十分です。この地が見捨てられていない、それで――本当に、十分です」


 思わず言葉に詰まり、俺はシャロンさんの緋色の目を見た。



 この国境に差し向けられたとき、シャロンさんは何を思っただろう。


 ――この状況は救われない。

〈呪い荒原〉の拡大は止まらないだろうし、レヴナントの発生も同様に。


 その事実を、恐らくは突き付けられるように悟ったに違いない。


 だからこそ、この人は集落を巡って浮民になった人たちと親しくしているのだろうか。じりじりと削られていく日常を、せめても、少しばかり楽しく彩ろうとして。


 この人は誠実な人だ。目を見れば分かる――何しろ俺は人生経験が豊富だから。



 俺は息を吸い込んで、微笑を浮かべた。


「――数日は活躍してから戻ります。だから、もう十分だなんて言わないでくださいよ。来ただけで用済みなんて言われたんじゃ、他の救世主にも面目が立たない」


 冗談めかして言った俺の台詞に、シャロンさんが目を見開く。

 そして、堪え損ねた様子でがはは、と笑った。言葉遣いが少し崩れた。


「は、これは失敬。――にしても、救世主っつうのは、想像していたよりも愉快なお人だ」









 シャロンさんと半マイルの距離を歩き、町の前に達する頃には、日はすっかり落ちていた。


 夕暮れの残滓すらも宵に溶け消え、周囲は暗い。

 町には明かりが灯されて、その光になおも群がるように、数十人が城門に詰め掛けたままでいた。


「開けてくれよぉ」


「中で休ませて――」


「外じゃ眠れねぇんだよ!」


 ここまでくれば、言葉の端々まで聞き取ることが出来る。


 シャロンさんは厳しい目でそれを見て、それから俺を見た。


「我々が行き届きませず――」


「いや違うでしょ」


 俺は即答。

 シャロンさんが何を言おうとしたのかは分かる。


 自分たちが行き届かず、ここの人たちを不安にさせていると詫びようとしたのだ。だけど違うだろ。


「どう考えても誰も悪くないでしょう、状況が悪いだけだ。――けど、」


 俺は顔を顰めて腕を組んだ。

 どうなさった、とシャロンさんが言葉を向けてくるのに、俺はぴしりと指を立てる。


「まず、普通にあの門を通ろうとするでしょう――無理でしょ」


 普通に考えて不可能。


 あそこの人たちを押し退けていくことになるし、何より、俺たちのために門が開かれた瞬間、あそこの人たちが町中に殺到してしまう。

 俺は町の状況を知らないから何とも言えないが、町の中も相当な混乱状態であるとすれば、下手すりゃその場で暴動だ。

 俺の立場を説明しようにも、冷静に聞いてくれる人が何人いるか。


「いやしかし、あそこを通らねば」


 言い差すシャロンさんを他所に、俺は周囲を見渡した。

 コリウスならば造作なく城壁を越え、町の中に入ることが出来る。この町の城壁の高さは大体三ヤードから五ヤードくらいだから、俺もやろうと思えば出来るが――


「――コリウス?」


 取り敢えず呼んでみた。


 シャロンさんが、「なんだこいつ」みたいな胡乱な目で見てきたので、「いや、ここには実は二人で来ていて」と口早に説明。


 いらえはない。

 俺は足を踏み鳴らし、今度はもう少し大きな声を張り上げた。


「コリウスっ!」


 ――しばし待ったが、反応なし。


 俺は半眼で町を睨んだ。


「あのやろう、自分だけ先に入りやがったな」


 組んでいた腕を解き、俺はシャロンさんを手招きした。


「横から入りましょう。こっちへ」


「横から、って」


 とは言いつつも、シャロンさんは俺の手招きに従ってくれた。



 夜陰に紛れ、城門を避けて町に近付き、城壁を振り仰ぐ俺たち。

 城壁は意外にもしっかりと手入れがされていて、割れている箇所などもなかった。


 まあ、割れているところがあれば、城門に詰め掛けている人たちはその割れ目からの侵入を選んだだろうな。


「町の中ってどんな様子です?」


「城壁の上から〈呪い荒原〉が見え始めた辺りから酷いもんです。あの方々は――」


 城門の方を手振りで示して、シャロンさんは肩を竦める。


「町に入らん方がむしろよろしかろう。最初のうちに町中から料理酒以外の酒類を撤廃した我々には、恐らく先見の明がありましたな」


 なるほど、と頷いて、俺はシャロンさんに手を伸べた。


「悪いんですけど、指揮官さんのところまで案内してもらわなきゃ、俺は立ち行きません。一緒に来てください」


「いや、それは無論。しかし――」


 言い差しつつも手を伸ばしてくれるシャロンさんの手を掴み、俺は目の前の空気を硬化させた。

 硬化させた空気で階段を形作る。きぃぃ、と甲高いあえかな音が響いた。


 硬化させたとはいえ、空気は空気。目に見えるものではない。

 訝しげな顔をするシャロンさんの目の前で、俺は階段の一段目に足を乗せた。


「……ふぁ?」


 シャロンさん、唖然。

 思わず笑いを噛み殺して、俺はシャロンさんの手を引いた。


「ほら、俺と同じところを通って。大丈夫です、このまま城壁を越えましょう」


 及び腰になりつつも、俺に手を引っ張られて逃げられず、シャロンさんが恐々と空中に足を乗せ――足裏に捉えた確かな感覚に、大きく目を見開いた。


 こんな魔法を使えるのは俺だけだからね、驚くのは分かる。

 本当なら空気を圧縮して足場にすれば事足りたんだけど、あれは微妙に足許がふわふわする。シャロンさんには快適な足場を提供したくて、わざわざこの魔法を使ったというわけだ。


 足裏を支える見えない足場が、今にも砕け散るのではないかと不安がるように、慎重に、ゆっくりと、シャロンさんが残る片足を地面から離した。

 そして自分が宙を踏んでいる現状に、大きく息を吸い込む。


「――こりゃあ……」


「ほら、行きますよ」


 たんっと次の段に足を掛け、俺はシャロンさんを急かした。


「大丈夫、落っことしたりしませんって」


 最初こそ怖気が勝ったようだったが、シャロンさんはすぐに状況に適応した。

 見えない足場をぺしぺしと叩いたり撫でたりして、「こりゃすごい!」を連発する。


 城壁の上に到達して、今度は俺が硬化させた空気で町へ降りる滑り台を作り出し、「いいですか、滑りますよ」と念を押すと、年甲斐もなくはしゃいだ声を上げたくらいだった。

 この人、見た目からすると四十代の前半っぽいが、いい意味で少年らしいというか何というか。


「ほう、今度は滑り台ですか! 救世主さまっていうのは器用なもんですなあ!」


「行きますよー」


 シャロンさんを城壁の上に座らせて、俺は遠慮なくその背中を押した。

 滑るシャロンさんが「おお!」と声を上げる。


 彼が無事に着地するのを見届けてから、俺も城壁から滑り降りた。


 とんっと着地し、立ち上がる。

 手を叩いて空気の硬化を解除した俺は、町中の剣呑な雰囲気に眉を寄せた。


 何となく浮足立っているような感じだ。――まあ、そりゃそうか。

〈呪い荒原〉はもうすぐそこ。近々、この町の人々は生まれ故郷を捨てて逃げ出さなければいけないのだ。徐々に家財の整理をしている人々もいよう。


「――指揮官さんはどちらに?」


 冷静を装って尋ねる俺の一歩前に出つつ、シャロンさんが応じた。


「こちらへ」



 ――と、そこから更に一マイルほど歩き、俺は町の中央付近に案内された。


 平屋建てや二階建ての背の低い石造りの建物が並ぶ町中にあって、他より頭一つ抜き出た三階建ての高さの建物が見えてくる。

 窓から不規則に揺れる明かりが漏れ出しており、時折その光の中に人影が差した。


「あそこが司令部になっていて――」


 シャロンさんが言い差したまさにその瞬間、その建物から歩み出して来た人物を見て、俺は思わず声を上げた。


「――おまえ! 迎えにくらい来いよ!」


 扉が開いて道に差す逆光の中、進み出てきた人影は見紛いようもない。


 灯火に映える銀髪を揺らして、コリウスが通りに出てきたのだ。


 コリウスがこちらを見て、濃紫の目を見開いたのが、逆光の中でさえ見えた。

 足早にこちらへ歩み寄りつつ、コリウスは至って真顔で言ってのけた。


「ああ、ルドベキア。遅いので、今から迎えに行こうと思っていたところだ。自分で来てくれて助かった。――そちらは?」


 シャロンさんに目を向けて首を傾げるコリウスに、俺は思わず拳を握り締める。


「いや普通、レヴナント討伐に送り出したら直後に迎えに来るだろ……っ!」


 わなわな震える俺に、コリウスの淡白な無表情は小動(こゆるぎ)もせず。


「すまない、失念していた。指揮官どのには僕から挨拶しておいたから、おまえは何もしなくていいぞ。――で、そちらは?」


 仲間の一人を化け物退治に送り出しといて忘れるって、おい。

 しかも複数人行動ならまだ分かるけど、こいつに同行していたのは俺一人。

 しかもこいつが単独行動は嫌だっていうから来たのに、おい。


 言いたいことは喉元までせり上がってきていたが、それをぐっと呑み下して、俺はシャロンさんを示す。


「――っ、シャロンさんだ。辺境伯の私軍に勤めておいでで、ここまで案内してくれた」


 シャロンさんは俺とコリウスの遣り取りを目を丸くして見守っていたが、自分が紹介されるに至って会釈した。


 コリウスは外交用の笑顔を浮かべて、そんなシャロンさんに握手を求めて手を伸ばす。


「初めまして、コリウス・ダニエル・ドゥーツィアと申します。ルドベキアがお世話になったようで」


「いやそんな、私は命を救われまして――」


 恐縮しまくるシャロンさんがコリウスと握手を交わすのを見届けてから、俺は腕を組んで足踏みした。


「なあ、寒いんだけど。――俺、別にここですることないなら、」


 シャロンさんの方を向いて、俺は首を傾げた。


「なんかこう、怪我が重い人は一箇所に集められてたりします?」


















※シャロンって女性名じゃないの?

→19世紀までは男性名としても使われてたみたいです。



※活動報告もちょっと書いてます。


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