16◆ 出立前のひととき
翌日早朝。
俺はガルシア砦から出て、まだ正規の隊員ではない子供たちが入る寮まで来ていた。
冬の朝は寒い。
新しい軍服に身を包み、襟を立てた外套をしっかりと着込んでいてなお、足許から這い上がって来る冷気たるや。
南の島育ちの俺にはなかなか厳しい。
一人道を歩きつつ、何度指先に息を吐き掛けたことか。
芝生に敷かれた飛び石を渡り、三段の階を上がって扉の前へ。
ディセントラは普通に扉を開けていたが、この早朝に無断で開扉して良いものか。
迷った末に周りを見渡した俺は、無事に呼び鈴を発見した。紐を引っ張り、しばし。
「――どなたですか」
扉の覗き窓がぱたりと開かれ、そこから不機嫌そうな子供の声が聞こえてきた。
俺は出来る限り朗らかに聞こえるよう意識して応じる。
「えーっと、救世主――の一人です。昨日からここにいる、ルインって人に会いに来たんですが」
「えっ、きゅう――マジ? うそ!」
効果てきめん。
扉を通して、どすん、という音が聞こえてきた。
恐らく覗き窓の位置が高くて、子供は踏み台に乗ってそこを覗くんだろうな。
さしずめ、その踏み台から飛び降りた音か。
それにしても盛大な音を立てたもんだ。
すぐに扉が開かれ、自分の顎の高さにあるドアノブを両手で掴んだ少年が顔を覗かせた。
赤い癖っ毛を揺らして俺をまじまじと見上げ、大きく見開いた緑色の目に、疑心と期待を半々に浮かべつつ、囁くように尋ねてくる。
「――ほんとう? ほんとうに、救世主さま?」
「うん、そうだよ」
俺は出来るだけ軽い口調で答え、足踏みしてみせた。
「ちょっと中に入れてくれないか? 寒いんだよ」
はっとした様子で、少年は慌てて扉を引っ張り、全開にした。その拍子に、中に置かれていた踏み台が引っ繰り返ったが、気付いた様子はない。
そして上擦った声で、「どうぞ!」と。
「どうも」
中に入り、扉を閉めた俺は、取り敢えずのところは外気の冷たさから遮断されて息を吐く。
とはいえ、外套を脱ぐには中もまだ寒かったので、脱ぎはせずに襟を寝かしつつ、俺は首を傾げて少年を見下ろした。
少年は、ぽかんと口を開き、零れんばかりに目を見開いて、俺をじっと見上げている。
可愛いんだけど、こうも見詰められると参ってしまう。俺は覚えず苦笑。
「朝早くにごめんな。俺はルドベキア。昨日からここにいる、ルインって人に会いたいんだけど、いる?」
ぱち、と瞬きして、少年は頬を上気させ、こくこくと頷いた。
「るっ、ルインさん、いる、います、待ってて!」
緊張させちゃったみたいだ。
ばたばたと奥に向かって走って行く少年を見送り、俺は両手を擦り合わせる。
寒い。
これ、俺は上空を移動するだろう西までの旅路に耐えられるのか。
コリウスには出来るだけ低く飛ぶよう頼もう。
俺たち五人を引き連れていた、魔界での移動とは違って、今回コリウスが連れて行くのは俺一人。
魔界での移動とは段違いの速度と高度で移動できるはずだ。下手したら俺は凍って死にそう。
そんなことを考えていること数分。
また、ばたばたと足音が奥から近付いてきた。
今度は二人分。
来たか、と身構えていると、物凄い勢いで灰色の髪のルインがこっちに突進してきた。
体当たりを警戒した俺だったが、ルインは俺のすぐ目の前で足を止め、満面の笑みで俺を見上げてきた。
「兄さんっ! 兄さん、来てくださったんですねっ!」
「おう、落ち着け」
ルインの肩を叩き、俺はその格好が大陸風の小綺麗なものになっていることに気付いた。
てか、今まで考えもしなかったが、魔界の貴族の格好のままここまで連れて来てしまって、ルインは言い訳に苦労したことだろう。
ルインを連れて来てくれた少年が、うろうろとルインの後ろを行ったり来たりしている。
その様子に苦笑しつつ、俺は声を低めて。
「――格好、ごめん、全然気付かなかった。あの服だと色々と出身とか訊かれただろ?」
ルインは柘榴色の目を細めた。
「大丈夫です。訊かれはしましたが、上手いこと煙に巻いておきました」
「やるな、おまえ。――ムンドゥスは?」
ルインは肩を竦める。
「特に問題は起こしていません。小さい頃に揉め事に巻き込まれたことがあるので、あんまり他人と関わると良くない刺激になるから放っておいてくれ、みたいなことを言っておきました」
「――やるな、おまえ」
俺は思わず、見直した目でルインを眺めた。
心持ち、ふふんと胸を張るルイン。
俺はそんな彼の肩をぽんぽんと叩く。
「その調子で、ムンドゥスのことは極力隠し通してくれ。――で、だ。今日の用事なんだが」
「はいっ」
こっちに身を乗り出すルイン。
尻尾があったらぶんぶん振っているだろうその様子に、俺は若干引いた。
「なんでしょう、何かお申し付け事ですか?」
「いや、違うんだ」
口早に言って、俺はすうっと息を吸い込む。――また泣かれたらどうしよう。
そして覚悟を決めると、首を傾げたルインに向かって「ごめん!」と両手を合わせた。
きょとん、とルインが柘榴色の目を瞬かせる。
「はい?」
「実は俺、ちょっとここを空けることになって――」
ルインを拝みつつ、俺は言い訳がましく言葉を並べる。
「多分十日くらい。それくらいで戻って来るんだけど、その間はおまえの様子を見に来られないし、おまえに何か困ったことがあっても助けてやれないんだ……ごめんっ」
連れて来ておいてこれである。
ルインが頼れる同郷人は俺しかいないというのに留守にするのである。
何なら、東まで行くという話になったときに、俺は一切こいつのことを思い出さなかった。今朝、はたと思い当たって慌ててここまで来たという次第。
その後ろめたさが俺に冷や汗を掻かせる。
「――兄さん」
ルインに呼ばれ、俺は恐々とその顔を窺った。
そしてそこに、むしろきょとんとしたルインの顔を見て、「へ?」と間抜けな声を上げる。
あれ? 俺、実は自分で思ってるほど懐かれてなかった?
ぽかんとする俺に、ルインは首を傾げて、
「――何を仰ってるんですか? 僕は、兄さんに庇護されるためにご一緒したのではありませんよ?」
俺はますますぽかん。
え? そうじゃなかったっけ?
俺の様子に、む、とルインは眉根を寄せた。
「もう、申し上げたじゃないですか! お手伝いします、お役に立ちますと! ここで兄さんを引き留めるほど無能ではありません!」
声を潜めつつも主張するその勢いに、俺は思わず仰け反った。
「お、おう……」
――あー、びびった。助かった……また泣かれたらどうしようかと思った……。
密かに胸を撫で下ろしつつ、俺はルインの背中を叩いた。
「そっか、ありがと。――何か困ったことがあったら、カルディオスかディセントラを頼れ。何だかんだで面倒見がいいのはあの二人だから」
こくん、と頷いたルインは、軽く首を傾げた。柘榴色の目が訝しげに俺を見て細められる。
「――トゥイーディアさまにも、大変良くしていただきましたが。……やはり仲がお悪いので?」
ぐっと言葉に詰まる俺。
が、ここで俺は、「俺がいない間にトゥイーディアに手を出すな」なんて言えない。
なので必然的に、吐き出す言葉はただ一つ。
「……別に、あいつでもいいけど」
煮え切らない声でそう言ってから、俺はきっぱりと申し渡した。
「あと、ムンドゥスは絶対、一人で外に出すなよ」
「承知しています」
ルインもきりりと答える。
「あと、あの子は窓に張り付いて外を見ていれば満足なようで。昨日もずっと月を見ていたので、外に出て見てみるか訊いたんですが、別にいいと断られてしまいました」
照れたようにそう言って笑うルインに、俺は思わず安堵の溜息。
「そっか。――じゃ、引き続き頼む」
そう言ってドアノブに手を掛けた俺に、ルインは目を見開いた。
「兄さん? もう発たれるのですか?」
うん、と頷いて、俺は肩を竦めた。
「急に決まった遠征なんだ。――大丈夫、十日で戻るよ」
「そうですか……」
一瞬眼差しを落としたものの、ルインはすぐに笑顔で顔を上げ、言った。
「兄さん、ご武運を」
俺はちょっと目を見開いて、それから苦笑した。
手を伸ばしてルインの灰色の頭を小突いてから、俺は軽い口調で応じる。
「そんな大した用事じゃねえよ。――でも、ありがと。行って来る」
扉を開け、入ってきた冷気にぶるりと震える。
ルインの後ろをうろちょろしていた少年が、驚いたように飛び出してきた。
「救世主さま、もう行っちゃうの――ですか。ごはんは? 食べて行かないの? ……ですか?」
いちいち語尾を丁寧にしようとする努力がいじらしい。
俺とルインはずっと声を潜めてたから、会話は聞こえていなくて当然だが、どうやらこの子は俺がここでメシも食って行くと思っていたらしい。
「うん、また来るよ」
手を振って答える俺と、少年の頭の上に掌を置いて押し留めるルイン。
「救世主さまはお忙しいんですよ」
言い聞かせるようにルインから言われて、少年は「ちぇ」と唇を尖らせた。それから一転、目をきらきらさせて俺を見上げる。
「レヴナントの退治に行くの?」
「ああ、そうだよ」
頷く俺。
寒い。思わず踵を上げ下げ。
少年はそれには気付かず、「すっげぇぇぇ……」と。
無垢な憧れの視線を、俺としても無碍にはし難い。
「――戻って来たら、また土産話でもしてやるよ」
思わず示した提案に、少年の頬が上気する。
「マジ? ほんと? すごいっ、絶対だよっ!」
その場で飛び上がりかねない少年の様子に、俺は苦笑した。
そんな俺に、ルインがやや気遣わしげな視線を向けてくる。
「兄さん、ご無理は」
「してねぇよ」
俺は手を振る。
「どうせ、おまえに会いに来るんだし」
それを聞いた途端、ぱあっと顔を輝かせるルイン。ますます忠犬じみて見える……。
それじゃ、と声を上げて、俺はひらひらと手を振って玄関の階を駆け下りた。
駆け下りたところでまた手を振り、芝生を横切って通りへ出る。
そこでもまだ視線を感じたので、俺は振り返って手を振った。
扉はまだ開け放たれていて、そこからルインと少年が俺に向かって手を振っている。
「――もう入れよー、寒いんだからー」
取り敢えずそう声を掛けておいて、俺はまた外套の襟を立て、ガルシアに戻る道を辿り始めた。
◆◆◆
砦の宿舎に戻り、大広間に入ると、慌ただしい食事の気配がした。
この早朝、まだ朝メシの時間なのである。
俺が朝食を後に回してまでルインに会いに行ったのは、まあまあ誠実な対応だったんじゃないかと我ながら思う。
早朝訓練なんてものはもはや開催されず、仮眠を取ったらしき隊員が十数名、詰め込む勢いで朝食を摂っていた。
ガルシアに留まっている隊員の中にも、ガルシア付近で発生したレヴナントを討伐し、そのまま野営となった者もいるだろうし、あるいは夜を徹して任務に当たっている者もいるはずだ。
そんなわけで、大広間にいるのはごく一部の隊員たちだった。
その中にニールもいて、パンを口に入れてはスープで流し込むようにして飲み込んでいた。
大丈夫か、あんな食い方して。
俺に気付いた隊員たちが、驚いた目で見上げてくる。中にはパンを咥えたまま俺を振り返る奴までいた。
「救世主だ……」
「マジで戻ってたんだ……」
「魔界から生還ってすげぇな……」
「これで助かった……」
「ねえ、ぶっちゃけ救世主ってどのくらい強いの?」
「海で出たあのでかい正体不明のやつと戦ってたの見なかったの? すごかったぜ」
「やっと非番の日が来るかも……」
ひそひそと交わされる言葉が耳に入り、俺は思わず歩調を速める。
が、さすがにニールには挨拶せねばと思い、テーブルを挟んで彼の目の前で足を止めた。
「――おはよう、眠れたか?」
ニールは俺を見て軽くむせてから、こくこくと頷いた。
「おっ、おはよう。眠れた、眠れたよ、ありがとう。――今日からガルシアの任務なの?」
ニールの周りの隊員たちが、ぐっと期待を籠めて身を乗り出すのを気配として察知しつつ、俺は首を振った。
「いいや。俺とコリウスは東の国境まで行ってくる。あとの四人がガルシアでレヴナントの討伐」
「国境」
ぽかん、と呟いてから、ニールは腰を浮かせた。
「そうか……気を付けてね。どのくらいで戻って来るの? 国境まで行って帰ってくるとなると、何箇月か掛かるでしょ」
「十日」
そう答えて、周囲からの視線が「まさか」と物語るようなものになるのを感じ取りつつ、俺は微笑んでみせた。
「ガルシアは大丈夫。
救世主の中で一番暴力的で強い奴が残るから、そいつに戦わせておけば――」
「ルドベキア?」
突然、真後ろから大好きな人の声が聞こえて、俺の心臓は危うく止まり掛けた。
生憎と表情は白けたものになったが、その実ばくばくと拍動を始める心臓。
落ち着け、落ち着け俺。このままでは一生分の鼓動を使い切ってしまう。
顔を顰め、俺は半ば振り返った。
そしてそこに、蜂蜜色の髪を緩く編んで胸に垂らしたトゥイーディアを見る。
むっとしたように俺を睨むトゥイーディアは、ごく至近距離に立っていた。――全然気付かなかった。
今生のトゥイーディアは、さすが騎士。足音を殺すのも十八番と見える。
だが、それでも、この俺がトゥイーディアに気付かなかったなんて不覚。
外套を腕に掛け、真新しい軍服に身を包んだ彼女の登場に、ニールとその周辺の隊員たちががたがたと立ち上がった。
「リ――リリタリスのご令嬢」
トゥイーディアは、はっとした様子でニールたちに微笑み掛けた。彼女にしては珍しく、隊員たちの方には注意を払っていなかったらしい。
「あ、ごめんなさい――お邪魔するつもりはなかったのです。聞き捨てならないことが聞こえたもので」
お道化た様子でそう言ってから、トゥイーディアは俺を軽く睨む。
飴色の目に自分が映り込んでいるのを見て、俺は呼吸すら憚った。
「ルドベキア、暴力的って誰のことよ」
俺は無言でトゥイーディアから顔を背けた。
これが、相手がディセントラやアナベルであれば軽口で返せるのだが。
表情は、自覚できる範囲でなお限りなく無だった。
救世主同士のただならぬ雰囲気に、ニールたちが息を呑んでいる。
――並んで立つ俺とトゥイーディアは、どう見えているんだろう。
背丈にすれば頭一つ分の差があって、年齢も性別も違って。
トゥイーディアが晴れた夕暮れを飴細工にしたような優しい雰囲気なのに比べて、俺が人からよく言われるのは、夜のように暗いということ。
髪は漆黒だし、目の色も黎明の前の暁闇の色だから。
しかも、今生においては正当な救世主と魔王。まさしく光と影である。
ふう、と溜息を吐いて、トゥイーディアが俺から視線を外した。
そうしてニールたちを見渡して、にこ、と慈愛の権化のような笑顔を浮かべる。
「暴力的というのはさておいて、私は救世主の中で確かに一番強いですから。頼ってくださいね」
そうとだけ言って、トゥイーディアはこれ以上食事の邪魔をしてはいけないと思ったのか、そそくさとその場を離れていった。
長椅子に座り直しつつ、ニールはどことなく意外そうな目で俺を見て、
「――ルドベキア、リリタリスのご令嬢と仲が悪いの?」
速攻でバレた。
まあ、遣り取りはまだ許容範囲のものだったにせよ、雰囲気があれだもんな……。
「いや、まあ……」
歯切れ悪く答える俺に、ニールは瞬きをして呟いた。
「意外だなあ。ルドベキアって、何ていうか、達観してて誰とでも仲良く出来る人だと思ってた」
「――――」
思わず黙り込む俺。
そう見えてたのか。
色々と吐き出すように溜息を零して、俺は強引に会話を終了させた。
「――まあ、色々あるんだ。邪魔して悪かった、じゃあ」
「気を付けてね」
ニールの言葉に頷き、ひらりと手を振って、俺は大広間で歩を進める。
目指す先は偶然でも何でもなく、トゥイーディアと同じ場所である。
即ち、カルディオスたちが食事を摂っているテーブル。
長机の一画を占領する救世主たちの中に、今しもトゥイーディアも混ざったところだった。
ディセントラと何か言って笑い合い、テーブルに置かれた大皿からパンを取り上げる。
カルディオスが、「はいよ」とばかりに彼女の方へスープ皿を押し出した。配膳のときに彼女の分も確保していたんだろう――俺の分もあるかな。
トゥイーディアから遅れること数十秒。
彼女とは斜向かいの位置に当たる、カルディオスの隣に滑り込むように座った俺に、アナベルが呆れたような薄紫の目を向けてきた。
「ルドベキア、またイーディに何か喧嘩を売ったの? あなたが来た瞬間にイーディ、不機嫌になっちゃったんだけど」
俺は内心で呻いた。
視界の隅に見えるトゥイーディアは確かに、先程までの気安い笑顔はどこへやら、つんとした顔でパンを齧っている。
俺は大いに落ち込んだが、口は勝手に他のことを口走っていた。
「腹減った。カル、俺にもスープ」
「あるけど、ルド」
スープ皿を俺の方に押し出しつつ、カルディオスがさすがに咎めるように俺を見てくる。
俺は肩を竦めた。
「知らねーよ、そいつの機嫌なんて」
「コリウス、一回か二回、その人を空の上から落っことしていいわよ」
すかさずトゥイーディアが不機嫌な声音で宣い、彼女の隣でコリウスがやれやれと息を吐いた。
「喧嘩に僕を巻き込まないでくれ……」
ディセントラが、ミルクの入った杯を俺の方に渡してくれつつ、しみじみと呟いた。
「イーディとルドベキアが別行動になるのは、ある意味すごく平和的なことかもね……」
――確かに。俺の内心以外は。
胸中で呻くように同意しながら、俺は杯をディセントラから受け取った。
折しも、トゥイーディアが不機嫌な顔のままミルクを呷るのと同時。
テーブルの上には蜂蜜の詰められた大瓶も置かれていて、匙が突っ込まれたままになっている蜂蜜は、瓶の半分ほどの量が残っている。
カルディオスが匙を手に取り、パンの上に蜂蜜を垂らしつつ、あながち冗談でもないような口調で言った。
「確かに。ルドとイーディが本気で喧嘩したら、マジでガルシアが吹っ飛びそうだもんな。レヴナントなんて目じゃねーよ」
スープを一口飲んだ俺は思わずカルディオスを睨んだが、トゥイーディアは笑い出していた。
彼女が軽く身を乗り出して、蜂蜜の匙をカルディオスから受け取ろうとする。
カルディオスはその催促を無視して、直接トゥイーディアのパンに蜂蜜を掛けてやっていた。
「ありがと」
と微笑んだトゥイーディアが一転、軽い口調で断言した。
「でも、カル。よっぽどのことがない限り、そんな殺し合いなんてしないわよ」
「よっぽどのことがあればするんだ……」
ディセントラが淡紅色の目を見開く。
アナベルとコリウスが淡々と食事を進める一方、俺は思わず勢い良くスープを飲み干し、ミルクを飲み切って、パンを二、三個掴んで立ち上がった。
「ここにいたら殺されそう。――コリウス、食事終わったら呼びに来て」
黙々とスープを掬って口に入れていたコリウスが、こくりと頷いて手を振った。
――実際問題、俺とトゥイーディアが本気で殺し合おうものなら、ガルシア全体が吹っ飛ぶとまではいかないにせよ、半壊くらいはするはずだ。
なので多分、ガルシアの中では俺は殺されない。
何しろトゥイーディアは優しいからね。
これからは出来るだけ人の多いところに身を置こう――とこっそり思った俺は、なんで想い人に殺害されることを警戒しなきゃならんのだと、甚だ不本意な溜息を胸に仕舞い込みつつ、行儀悪くもパンを齧りながら大広間を出た。




